荷電対称性の破れを発見~クリプトン-70とセレン-70の形状は大きく異なっていた~

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2021-05-19 理化学研究所,IEM-CSIC,CEA-IRFU

理化学研究所仁科加速器科学研究センターRI物理研究室のカトリン・ウィマー客員研究員(IEM-CSIC研究員)、ピーター・ドルネンバル専任研究員、櫻井博儀室長、CEA-IRFUのヴォルフラム・コルテン上級研究員らの国際共同研究グループは、クリプトン-70(70Kr、陽子数36、中性子数34)の形状を調べたところ、セレン-70(70Se、陽子数34、中性子数36)と大きく異なっており、「荷電対称性[1]の破れ」を発見しました。

現在、本研究成果を再現できる理論はなく、原子核構造の理論研究に大きな影響を与えることが期待できます。

荷電対称性は、原子核の性質を決める基本的な対称性だと考えられています。この対称性によれば、陽子と中性子を互いに入れ替えた関係にある原子核(鏡映核[2])同士の性質は、陽子数の違いによる電気的な違いを除くと同じになります。

今回、国際共同研究グループは、仁科加速器科学研究センターの擁する世界最高性能のRIビーム生成施設であるRIビームファクトリー(RIBF)[3]において、陽子過剰な70Krビームを生成し、金の標的に衝突させました。散乱された70Krを電気の力(クーロン力)で励起させ、70Krの形状(変形度)を世界で初めて決定しました。その結果、鏡映核同士の70Krと70Seの形状が大きく異なっていることが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』(2月18日号)に掲載され、本誌のEditors’ Suggestionに選ばれました。

鏡映核の関係にあるクリプトン-70とセレン-70の図

鏡映核の関係にあるクリプトン-70とセレン-70とは異なる形状を持ち、荷電対称性が破れている

背景

原子の中心にある原子核は、陽子と中性子で構成されており、陽子や中性子は核力で結びついています。陽子はプラスの電荷を持つため、電気の力(クーロン力)が働きますが、中性子は電荷を持たないためクーロン力は働きません。核力については、陽子と中性子は電荷があるなしの違いがあるだけであることから、同じ大きさの核力が働くと考えられています。すなわち、陽子同士に働く核力と中性子同士に働く核力は同じで、これを「荷電対称性」といいます(ただし、陽子と中性子の間に働く核力は、陽子同士、中性子同士に働く核力とは異なる)。核力の荷電対称性の研究に加えて、陽子、中性子が複数集まった原子核の構造に荷電対称性があるか否かの研究が進んでいます。

原子核の構造に荷電対称性が成り立つと仮定すると、原子核の中の陽子を中性子に、中性子を陽子に変換しても原子核の性質は、陽子の違いによる電気的な効果を除くと同じになるはずです。互いに陽子と中性子を入れ替えた関係にある原子核を「鏡映核」と呼び、束縛エネルギー[4]、励起準位[5]のエネルギー、形状などが荷電対称性でよく説明できることが軽い原子核の領域で分かっています。

荷電対称性の研究は、核図表の拡大とともに軽い原子核からより重い原子核へと対象を広げています。図1のように質量数74までの原子核では、鏡映核同士の第一励起準位のエネルギーについて荷電対称性が成り立っていることが分かっています。一方、原子核の形状については、これまで実験的な制約から質量数50までしか研究されていませんでした。

そこで国際共同研究グループは、2019年にクリプトン-70(70Kr、陽子数36、中性子数34)の励起準位のエネルギーをRIビームファクトリー(RIBF)で観測し、基底状態と形状の異なる状態が存在している可能性を指摘しました注1)。そこで、今回は70Krの形状に関する情報を取得する実験を行いました。

荷電対称性研究の対象となっている原子核の図

図1 荷電対称性研究の対象となっている原子核

陽子数20以上、40以下の領域で、陽子数Zと中性子数Nが同じ原子核を中心にして、鏡映核同士の原子核の性質が研究されている。今回の研究対象は、クリプトン-70(赤色)で陽子数36、中性子数34の原子核である。これまで、荷電対称性の研究は励起エネルギーについては質量数74までの原子核(緑色)、形状(変形度)については質量数50までの原子核(青色)について研究されていた。黒色の原子核は安定核を示す。

注1)K. Wimmer et al., Physics Letters B 785, 441 (2018). doi:10.1016/j.physletb.2018.07.067

研究手法と成果

原子核の形は球形のものは少なく、そのほとんどは回転楕円体に変形しています。変形度が大きいほど、基底状態と第一励起準位間の電気遷移確率[6]が大きくなります。国際共同研究グループは、原子核の形状(変形度)を調べるために、クーロン励起法[7]を用いて、70Krの電気遷移確率を測定しました。

実験では、図2のようにRIビームファクトリーの超伝導サイクロトロン(SRC)[8]でクリプトン-78(78Kr、陽子数36、中性子数42)を加速し、超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPS[9]70Krの大強度ビームを生成しました。このビームを金(Au)標的に照射し、金原子核の周りの強いクーロン力を利用して、70Krを励起させました。脱励起する際に放出されるガンマ線を、標的の周りにおいた高効率ガンマ線検出装置DALI2[10]で観測しました。散乱後の70Krは、ゼロ度スペクトロメータZeroDegree[11]で観測し、ガンマ線を放出した原子核が70Krであったことを確認しました。

本実験のセットアップの図

図2 本実験のセットアップ

超伝導リングサイクロトロンで加速したクリプトン-78(78Kr)をベリリウム(Be)標的に照射し、超伝導RIビーム生成分離装置を利用してクリプトン-70(70Kr)ビームを生成した。70Krを金(Au)標的に照射して、クーロン励起で励起準位を作り、脱励起ガンマ線を高効率ガンマ線検出器で観測した。ゼロ度スペクトロメータで70Krを観測したときのガンマ線のエネルギー分布(右下のグラフ)から、70Krの励起準位が生成された確率(電気遷移確率)を求めることができる。

実験で得られた70Krの電気遷移確率を鏡映核のセレン-70(70Se、陽子数34、中性子数36)、および質量数が70で陽子数、中性子数がともに35の臭素-70(70Br)の電気遷移確率と比較しました(図3)。荷電対称性を考慮すると、70Seと70Brの電気遷移確率から70Krの電気遷移確率を予想できます(図3の緑色の線)。70Krの実験値は予想値よりも大きく、70Krは70Seと比べて大きく変形していること、つまり荷電対称性が大きく破れていることが分かりました。

質量数70の原子核の電気遷移確率の図

図3 質量数70の原子核の電気遷移確率

セレン-70(70Se)と臭素-70(70Br)の電気遷移確率の値と荷電対称性から、クリプトン-70(70Kr)の電気遷移確率を予想できる(緑色の線)。本研究による70Krの実験値は予想値よりも非常に大きく、鏡映核の70Seに比べて大きく変形していることが分かった。これは荷電対称性が大きく破れていること示す。

今後の期待

今回見いだされた大きな荷電対称性の破れは、現在の理論モデルでは説明できないため、なぜ荷電対称性が破れているのか分かりません。70Krは図1のように安定核に比べて陽子過剰な原子核で、原子核が重くなればなるほど、陽子数と中性子数が同じ原子核は安定核から遠ざかっていきます。これは重い原子核ほど陽子数が多くなり、陽子の間に働くクーロン力が無視できなくなるからです。

観測された荷電対称性の大きな破れがクリプトンに特有の現象かどうかを調べるためには、今後、周辺の原子核の電気遷移確率を系統的に測定する必要があります。これら稀少RIは現在、世界最高性能を誇るRIBFでのみデータを取得可能なことから、RIBFでの研究展開が期待できます。またRIBFの高度化により、質量数100程度までの原子核を研究できます。

クーロン力は重い原子核ほど大きく、超重元素領域での核構造に大きな変化をもたらします。今回の研究成果が契機となり、クーロン力が原子核の構造に与える影響について、理論研究の議論が活発になるでしょう。重い原子核の成り立ちを深く理解することにより、核分裂やアルファ崩壊などに対する理解が進み、核のゴミ処理方法や宇宙での重元素生成などへの基礎研究へと発展していくことが期待できます。

補足説明

1.荷電対称性
陽子同士の間および中性子同士の間に働く核力は同じであり、陽子と中性子を入れ替えても核力は変わらないとする考え方。

2.鏡映核
陽子、中性子を互いに入れ替えた原子核のこと。例えば、陽子数8、中性子数6の酸素-14(14O)と陽子数6、中性子数8の炭素-14(14C)は互いに鏡映核の関係にある。

3.RIビームファクトリー(RIBF)
理化学研究所仁科加速器科学研究センターの擁する次世代RIビーム生成研究施設。水素からウランまでの多種多様なRI(放射性同位体)ビームを世界最高性能で生成できる。RIを生成するための重イオン加速器群、RIビームを分離・同定するための生成分離装置、取り出されたRIビームを使って実験を行うためのさまざまな設備によって構成されている。これまで他の施設では生成できなかったRIも含め、世界最多の約4,000種類のRIビームを生成できると期待されている。

4.束縛エネルギー
原子核を構成する陽子、中性子の質量の総和から原子核の質量の差。陽子、中性子が核力で結びつくと原子核は束縛エネルギー分だけ軽くなる。

5.励起準位
原子や原子核は、それぞれ電子と原子核、陽子と中性子で構成されており、このような複合粒子に外からエネルギーを加えると励起状態になる。原子や原子核は量子力学が働くミクロな系であり、エネルギーが飛び飛びの励起状態が現れ、これを励起準位と呼ぶ。

6.電気遷移確率
一つの量子状態ともう一つの量子状態との間の電気的な結びつきの強さ。

7.クーロン励起法
原子核の励起準位を核力ではなく、電気的な力(クーロン力)で励起する方法で、原子核の電気的な応答を調べる際に用いられる。RIビームファクトリーでは逆運動学の手法が利用されており、調べたい原子核をビームにして金や鉛などの重い原子核に散乱させる。重い原子核であればあるほど、クーロン力が大きくなり、励起確率を高めることができる。

8.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
RIビームファクトリーの加速器群のうち、最終段に位置するサイクロトロン加速器。サイクロトロンの心臓部分の電磁石に超伝導方式を導入しており、高い磁場を発生できることに加え、従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるという省エネを実現している。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐとともに、放射線を遮蔽できる構造になっている。SRCによって光速の約70% まで加速されたウランなどの重イオンビームを生成標的に衝突させることで、さまざまなRIビームが生成される。

9.超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPS
SRCで加速された重イオンビームを生成標的に衝突させて生成されるさまざまなRIから、研究対象の核種を分離・同定する装置。常伝導の偏向電磁石6台、超伝導の三連電磁石14組が約80メートルにわたって配置されており、2段階のRI分離ができる。大口径の電磁石により、他の施設の装置よりも約10倍優れた性能を持つ。

10.高効率ガンマ線検出装置DALI2
主にヨウ化ナトリウム(NaI)の結晶(シンチレーション検出器)を186個用いて構成される測定効率の高いガンマ線検出装置。光速の約60% で飛行する不安定核をMINOSの液体水素標的に当てて発生するガンマ線を測定し、原子核の励起状態を調べる。反応点を取り囲むように186個設置された。ガンマ線のエネルギーと同時に放出角度を測定することでドップラー効果の影響を補正する。

11.ゼロ度スペクトロメータZeroDegree
BigRIPSの下流にあるビームライン磁気分析装置。RIビームの2次反応で生成されたRIのうち、ビームと同じ方向(ゼロ度方向)に出射した反応生成物の運動量、飛行時間などを測定して、生成物の同定などができる。

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
客員研究員 カトリン・ウィマー(Kathrin Wimmer)
(研究当時、東京大学理学系研究科物理学専攻 講師、現IEM-CSIC(スペイン)研究員)
専任研究員 ピーター・ドルネンバル(Pieter Doornenbal)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

CEA-IRFU(フランス)
上級研究員 ヴォルフラム・コルテン(Wolfram Korten)

本研究は、理化学研究所、東京大学、CEA-IRFU(フランス)、IEM-CSIC(スペイン)などの国内外18研究機関に所属する38人の研究者による国際共同研究(代表者:コルテン・ヴォルフラム)によって実施されました。

研究支援

本研究は、英国STFC、スペインMinisterio de Ciencia e Innovación、欧州ERCによる支援を受けて行われました。

原論文情報

K. Wimmer, W. Korten, P. Doornenbal, et al., “Shape changes in the mirror nuclei 70Kr and 70Se”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.126.072501

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
客員研究員 カトリン・ウィマー(Kathrin Wimmer)
(研究当時、東京大学理学系研究科物理学専攻 講師、現 IEM-CSIC 研究員)
専任研究員 ピーター・ドルネンバル(Pieter Doornenbal)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

CEA-IRFU
上級研究員 ヴォルフラム・コルテン(Wolfram Korten)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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