積雪のある砂丘地でパン用小麦が生産可能に

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日本海側砂丘地・気候における砂丘畑地パン用小麦の栽培技術マニュアル

2021-03-16 農研機構

ポイント

北陸地域の日本海側の積雪のある砂丘地1)において、高品質なパン用小麦2)を省力的に栽培する方法を開発し、スマート農業技術などの活用法も含めて生産者向け栽培技術マニュアルとしてまとめ、公表しました。本成果は、多雪な砂丘地における高品質なパン用小麦生産に貢献することが期待されます。

概要

本州の日本海側に広がる砂丘地ではタバコなどの工芸作物が広く栽培されており、これまでパン用小麦の栽培は行われていませんでした。近年、砂丘地での耕作放棄が問題となる一方、地場製粉業者からは地場産パン用小麦の生産が強く望まれていることから、その同時解決を目指し、新潟市の砂丘地でパン用小麦栽培への取り組みが開始されました。しかし、新潟県では30年近く小麦栽培が途絶えていたことや、パン用小麦に特有な栽培方法が知られていなかったことから、収量・品質共に低いことが問題となっていました。
砂丘地は、砂質土壌で水はけが良いため、降雨後も早期に作業を開始できることから農作業を計画的に進めることができます。また、保肥性が低いため他のタイプの土壌よりも養分を自由に制御できます。そこで、生産者、実需者などと農研機構、新潟県が協力し、積雪のある砂丘地に適したパン用小麦の栽培方法を開発しました。
新潟市においてパン用小麦「ゆきちから」の栽培試験を行い、スマート農業技術(収量コンバイン3)、営農支援システム4)など)を活用し、積雪のある砂丘地に対応したパン用小麦の栽培方法(栽培暦5))、特に、水稲栽培と作業が競合する春先の効率的な作業方法や、初めてパン用小麦を栽培する農業者に参考となる播種から収穫までの情報をまとめ、「日本海側砂丘地・気候における砂丘畑地パン用小麦の栽培技術マニュアル」を作成し、本日、以下の通り公表しました。
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/138667.html

関連情報

予算:生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」

問い合わせ先

研究推進責任者 :農研機構中央農業研究センター 所長 白川 隆

研究担当者 :
同 水田利用研究領域 グループ長 関 正裕
同 水田利用研究領域 主任研究員 島﨑 由美

広報担当者 :同 広報チーム長 谷脇 浩子

詳細情報

開発の社会的背景

新潟県産小麦を求める地場製粉業者の強い要望と、砂丘地で問題となっているタバコの廃作地対策や耕作放棄地対策の一環として、地場製粉業者が小麦栽培に特化した法人を2012年10月に設立し、砂丘地でのパン用小麦の栽培が開始されました。しかし、砂丘地でのパン用小麦栽培は過去に実績がなく、新潟県では小麦栽培が途絶えて30年近く経過していたこともあり、収量は低く、品質もパンには合わないものでした。
このような中でも、パン用小麦栽培についてマスコミ報道により認知度が高まり、県内のリテールベーカリー6)からの要望が増え、小麦生産が需要に追いつかない状態となりました。さらにパンの製造に適するよう、品質の向上も求められました。そこで、新潟県の砂丘地の土壌・気候特性に適合し、かつ、省力的なパン用小麦栽培技術を開発することで、小麦の作付面積を拡大するとともに、安定した収量・品質のパン用小麦の確保を目指しました。

研究の経緯

生産者からの要望により、品質7)向上のため灰分含有率8)を上げずにタンパク質含有率9)を好適値に制御する栽培方法の開発に取り組みました。特に、パン用小麦の栽培では水稲の移植時期にあたる5月に追肥作業が必須となることから、水稲生産者が取り組みやすく省力的であること、新たな投資を最小限とするため手持ちの機械・施設を活用できることを目標とし、砂丘地でのパン用小麦の栽培方法を生産者、普及関係者、パン用小麦を利用する実需者と共同して開発しました。

研究の内容・意義

パン用小麦が今まで栽培されていなかった日本海側の多雪・砂丘地において、実需者の求めるタンパク質含有率12%に制御できる施肥診断技術を開発し、現地実証を行い、その成果を栽培技術マニュアルとしてまとめました。内容は以下の通りです。

1.「準備編」
マニュアルの対象地域や砂丘地での小麦栽培を紹介しています。

2.「基本技術編」
初めてパン用小麦の栽培に取り組む水稲生産者を対象に、砂丘地での栽培のポイントについて小麦品種「ゆきちから」の生育状況、施肥の目安、主な作業、栽培管理のポイントを栽培暦としてまとめました(図1)。また、栽培暦の作業ごとに留意すべきポイント、作業に必要なもの、作業方法をまとめました。手持ちの水稲作業用の機械を活用できるように、コンバインや穀物乾燥機を小麦と水稲で利用する際にそれぞれの種子が混じることを軽減する機械の清掃方法なども紹介しています。さらに、砂丘地で栽培したパン用小麦のパンや醤油への加工適性・品質が、水田転換畑で栽培したパン用小麦と同程度であることを示しています。

3.「応用編」
パン用小麦の追肥作業は田植え時期と重なることから、追肥回数を減らした施肥体系、および、同じ時期に行う赤かび病10)防除と同時に追肥を行う防除同時施肥について紹介しています(図2)。この省力追肥栽培により、作業回数を7回から4回に減らすことができます。また、慣行栽培と比較しても同等以上の収量・品質になることを明らかにし(図3)、具体的な施肥量や作業についてまとめました。その他に、収量コンバインや携帯型反射計11)、営農支援システムなどのスマート農業技術を利用したタンパク質含有率を向上させるための生育診断方法や、「ゆきちから」の後継として近年農研機構で育成したパン用小麦品種「夏黄金」12)について紹介しています。

4.「実践編」
新潟市の現地における本技術を利用した栽培結果、経済性評価などについてまとめています。

今後の予定・期待

1・技術の利用状況
現地実証生産者であるマルエイファーム(株)では本技術が導入されています。また、開花期の赤かび病防除と開花期追肥を同時に行うため、赤かび病防除薬液に尿素水溶液を混合する方法は、すでにいくつかの生産者で取り組みが行われています。本研究を実施したグループ(農研機構、新潟県、(株)新潟クボタ、マルエイファーム(株)、丸榮製粉(株))も参加する研究会(新潟小麦の会)において研究機関や普及指導機関が会員として栽培技術面の指導を行っており、引き続き普及・実用化に協力をしています。

2.今後の方向
「夏黄金」は新潟県の産地銘柄品種に申請中であり、「ゆきちから」より製パン適性が高く、病害に強いことから品種転換が期待されています。当マニュアルの栽培技術は「夏黄金」に対応しており、品種転換後も活用できます。また、砂丘畑小麦の省力施肥体系は、新潟県全域においても追肥作業の削減に有効で、品質も既存技術と同等以上であると示唆されたことから、砂丘地以外の水稲転換畑のパン用小麦生産者に本技術を広く周知し、普及を図ります。
北陸地域の日本海側砂丘地におけるタバコ廃作地などの耕作放棄地対策や新たに作付けする土地利用型作物として導入が期待できます。

3.本技術導入による効果
約60ha規模の生産法人が新技術を導入して砂丘地で6haの小麦を栽培する場合について実証結果に基づく試算では、所得が約300万円増加する結果となりました。1次実需者である新潟県の製粉会社では、新潟県だけで1,000t程度の潜在的需要があり、そのパン用小麦の作付面積は300haと見込んでいます。

用語の解説
1)砂丘地
新潟県には海岸線沿いに広く分布しており、新潟市を中心に広がっています。砂丘地は、排水性が良いために機械による栽培管理がしやすく、保肥性が低いために養分はより自由に制御できる特徴があります。
2)パン用小麦
タンパク質含有率が高くパンや中華めん向きの小麦のこと。小麦のタンパク質に含まれるグルテンの量が多いと粘弾性に富むため、パンが良く膨らみます。
3)収量コンバイン
収穫作業を行いながら収穫した穀物の重量を計測できるコンバインです。計測方法は重量を直接計測する方法やコンバインのタンクに流れ込む穀粒の流量から推定する方式などがあり、穀粒の水分計測とあわせて収量を推定することができます。また、本事業で使用した収量コンバインはタンパク質含有率が計測でき、ほ場ごとのタンパク質含有率の計測に利用しました。
4)営農支援システム
営農支援システムは、パソコンやスマートフォンを利用して、ほ場情報、栽培記録、作業日誌などを紐付けて管理でき、ほとんどの場合地図上に表示することができます。本事業では、営農支援システムにクボタ製のKSASを利用し、クボタ製収量コンバインを利用することで、ほ場ごとの収量・品質データを自動的に蓄積し、試験結果の評価に利用しました。
5)栽培暦
農作物の生育を栽培法などとともに時間を追ってまとめたもので、新しい栽培技術の普及のために、栽培試験などの結果から作成されます。
6)リテールベーカリー
パン製造・販売形態の一種。店内に厨房を持ち、パンを製造・販売するいわゆる街のパン屋を示しています。その他に、パンを工場で製造し配送したものを販売する形態があります。
7)小麦の品質評価項目と基準
小麦は品質に基づいて経営所得安定対策における畑作物の直接支払交付金の交付単価が設定されており、外観品質である等級と小麦の収穫後の品質評価結果に応じて決まります。パン・中華めん用小麦の品質評価項目は4つで、「たんぱく」、「灰分」、「容積重」、「フォーリングナンバー」13)です。各項目には基準値と許容値が定められており、基準を満たすことで4つのランク区分に分けられています。詳細は、農林水産省「経営所得安定対策等実施要綱 麦の品質区分と品質評価基準」を参考にしてください。
・農林水産省、「経営所得安定対策等実施要綱」(外部サイト:農林水産省)【PDF:3.22MB】
8)灰分含有率
小麦に含まれるミネラル分。小麦粉の粉色や製パン性に影響し、気象、土壌、栽培方法が変動要因です。パン・中華めん用小麦の基準値は1.75%以下(許容値は1.80%以下)となっています。
9)タンパク質含有率
パン・中華めん用小麦の基準値は11.5~14.0%(許容値は10.0~15.5%)となっています。
10)赤かび病
赤かび病は、赤かび病菌が開花期の小麦の穂に感染して発生する病害で、小麦だけでなく麦類では重要な病害となっています。赤かび病に感染すると、収量や品質を低下させるだけでなく、かび毒の一種を生成することが知られています。
11)携帯型反射計
光の反射による作物特徴を捉えるための計測器です。反射光を利用して計算により作物の生育状況を把握します。本事業では携帯型NDVIセンサ(Trimble社, GreenSeeker Handheld Crop Sensor)を利用しました(現在は販売終了)。本測定器は、手で持って利用でき、結果は数値が表示されるので分析が不要で簡単に利用できます。
利用が進んでいるマルチスペクトルカメラ14)搭載のドローンを利用し、反射マップ15)を作成することで同様な利用ができます。ただし、追肥判断のNDVI16)値については検証する必要があります。
12)パン用小麦品種「夏黄金」
農研機構東北農業研究センターで育成され、2019年に登録されました。特徴はパン用小麦品種「ゆきちから」よりもパン加工適性が高く、穂発芽しにくく、赤かび病にやや強くなっています。
農研機構、「夏黄金」
13)フォーリングナンバー(FN)
小麦粉に含まれるデンプンが糊化した際の粘度のことです。フォーリングナンバーが300以上であれば、加工適性への影響は少ないとされています。基準値は300以上となっています。
14)マルチスペクトルカメラ
眼では認識できない(可視光以外の)近赤外光などの波長を撮影できるカメラです。
15)反射マップ
ここではマルチスペクトルカメラで撮影した画像を元に、反射光の特徴を色の濃淡を使って表し、作成したマップのことです。
16)NDVI(Normalized Difference Vegetation Index: 正規化植生指数)
代表的な植生指標の一つです。植物による光の反射の特徴を利用しており、NDVI値が+1に近いほど、植生が多い結果となります。
発表論文

新潟県の砂丘地において、葉面散布追肥を取り入れた省力栽培がパン用コムギ「ゆきちから」の収量・子実タンパク質含有率に及ぼす影響、島崎ほか、北陸作物学会報54巻32~37ページ(2019)。
開花期追肥がパン用小麦品種「ゆきちから」の子実タンパク質含有率および子実灰分に及ぼす影響、渋川ほか、北陸作物学会報53巻16~19ページ(2018)。
新潟県において開花期窒素追肥がパン用コムギ品種「ゆきちから」のリン吸収および子実灰分に及ぼす影響、渋川ほか、日本作物学会紀事89巻307~316ページ(2020)。

参考図

積雪のある砂丘地でパン用小麦が生産可能に
図1 砂丘地におけるパン用小麦「ゆきちから」の栽培暦


図2 省力追肥体系による作業回数の削減

従来は追肥作業5回と赤かび病防除作業2回の計7回だった作業が、省力追肥体系では追肥作業2回、防除同時追肥2回の計4回となり、作業回数を約40%削減できます。


図3 新技術を利用した栽培と従来の栽培による収量・タンパク質含有率の比較

注)本データは新潟市の現地実証地で得られた2017~2019年産「ゆきちから」の平均値です。「新技術」は現地実証ほ場における栽培試験結果、「従来」は現地実証地近隣のほ場で生産者が追肥回数5回で栽培した結果となります。
追肥回数を削減した省力追肥体系(新技術)は、追肥の仕方が異なってもタンパク質含有率が従来と同等程度となり、品質基準である11.5%以上(目標である12%以上)になりました。

1202農芸化学
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