南極海海氷域における窒素固定の発見~窒素固定が全球プロセスであることが明らかに~

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2020-10-27 東京大学,海洋研究開発機構,国立極地研究所,ワシントン大学,豊橋技術科学大学,東京海洋大学

  • 南極海海氷域で窒素固定(注1)が活発に行われていること、亜熱帯種と考えられていたシアノバクテリアのUCYN-A(注2)が主要な窒素固定生物であることを明らかにした。
  • 窒素固定は全球プロセスであり、UCYN-Aがそれを可能にしていることを明らかにした。
  • 海洋において、窒素供給プロセスである窒素固定と窒素除去プロセスである脱窒との収支が合わないことが問題になっていた。極域窒素固定が解決策になると期待される。

海洋における窒素固定はこれまで他の窒素栄養塩が極めて乏しい暖かい海で行われているローカルなプロセスと考えられてきました。本研究が対象とした南極海は窒素栄養塩が豊富にあり、かつ窒素固定に必要な鉄が不足した海域です。そのため、これまでほとんどの海洋生態系モデルにおいても窒素固定は行われないとされてきました。

東京大学と海洋研究開発機構、ワシントン大学、豊橋技術科学大学、東京海洋大学の国際共同研究チームは、第60次南極地域観測隊(実施中核機関:国立極地研究所)の研究観測事業として南極観測船「しらせ」において南極海で広く観測を行った結果、窒素固定が南極海沿岸の海氷域で活発に行われていること、亜熱帯種と考えられていたUCYN-Aが主要な窒素固定生物であることを明らかにしました(図1)。

この研究からさかのぼること2年前、塩崎准教授を中心とする研究グループ及びアメリカ・カナダの研究グループは、北極海において窒素固定が行われていること、UCYN-Aが北極海での主要な窒素固定生物であることを明らかにしていました(注3)。これら北極海の結果と今回の南極海の結果を総合すると、窒素固定は全球的なプロセスであること、そしてUCYN-Aが全球的な窒素固定を可能にしていることが新たに明らかになりました(図2)。南極海海氷域で窒素固定が行われている要因として、海氷には鉄が多く含まれていることが影響していた可能性が考えられました。

  • 海洋窒素循環(図3)において、これまで長い間、窒素供給プロセスである窒素固定と窒素除去プロセスである脱窒との収支が合わないことが問題になっていました。極域窒素固定はその問題を解決すると期待されています。

窒素分子は窒素同士が三重結合で結びついた物質であり、非常に安定していて、通常の生物はその窒素を利用することができません。この窒素を直接利用できるのが窒素固定生物ですが、窒素固定生物はその三重結合を壊して窒素を利用するために、他の窒素栄養塩(硝酸塩やアンモニウム塩)を利用するよりも大量なエネルギーを必要とします。そのため、窒素固定生物は他の窒素栄養塩の乏しい熱帯・亜熱帯海域においてのみ他の生物に対して競争的に有利であると考えられてきました。しかし、近年の研究によって、窒素固定生物は非常に多様で、様々な生理特性を持つこと、それによっていくつかの種はより高緯度にも分布し、窒素栄養塩が豊富な海域でも窒素固定を行っていることが明らかになっていました。

極域は極端に低い水温や海氷の存在、豊富な窒素栄養塩といったように熱帯・亜熱帯海域とは大きく環境が異なります。しかし近年、北極海において窒素固定が行われていることが明らかになりました(注3)。そしてそこでは亜熱帯域に存在する窒素固定生物が検出されていました。北極海は低緯度域から海水が流入しています。また北極海の一部では夏季に窒素栄養塩が枯渇することがあります。そのため、北極海は極域であっても窒素固定が起こりうると考えられたのです。一方、南極海は南極大陸を一周する周極流が存在し、周囲の海と海水の行き来が分断されています。また南極海は鉄が不足しているため、窒素栄養塩が生物利用されずに大量に余った海域として知られています。窒素固定を担うニトロゲナーゼという酵素は鉄を含む酵素であり、そのため窒素固定は鉄によって制限されます。そのためこれらのことを考慮すると南極海では窒素固定が行われている可能性は低く、多くの海洋生態系モデルでも南極海では窒素固定は起こっていないとされていたのです。本研究成果は、このようなこれまでの知見を覆す発見となりました。

観測は第60次南極地域観測隊夏隊の活動期間(2018年12月から2019年3月)に南極観測船「しらせ」と南極大陸沿岸における実地調査によって行われました。窒素固定は15NでラベルされたN2ガスを海水に加え、一定期間培養した後、粒子態窒素中の15N/14Nの比を測定することで調べることができます。窒素固定は南極海沿岸域の定着氷域と氷縁域において検出されました(図1)。氷縁域の測点では熱帯・亜熱帯域沿岸域で見られるような非常に高い窒素固定活性(44.4 nmol N L-1 d-1)が検出されました。そして南極海沿岸域ではすべての測点でニトロゲナーゼをコードする遺伝子であるnifH遺伝子が見つかりました。nifH遺伝子は種によって固有の塩基配列を持つことが知られています。そのため、微生物群集中のnifH遺伝子を調べることで窒素固定生物の存在の有無だけではなく、どの種がいたかまである程度特定できることになります。nifH遺伝子の配列を詳しく調べた結果、他の海域で検出されていた窒素固定生物が南極海でも検出されていました。中でも興味深かったのはUCYN-Aと呼ばれる光従属栄養性バクテリアのnifH遺伝子が検出されたことです。UCYN-Aは亜熱帯を中心に生息する代表的な窒素固定生物のうちの一つです。UCYN-Aはいくつか亜種がいることが分かっていますが、南極海で見つかったのはそのうち最も主要な種とnifH遺伝子の配列が完全一致しました。また窒素固定の活性が検出された観測で、発現したnifH遺伝子(メッセンジャーRNA中のnifH遺伝子)の組成を調べてみると、UCYN-AのnifH遺伝子が最も多くなっていました。つまり南極海の窒素固定は主にUCYN-Aによって行われていることが示唆されたのです。

図1: 観測点と最大窒素固定速度、窒素固定生物群集組成。
窒素固定は主に海氷のある海域で検出されていることがわかる。黒点は窒素固定が検出されなかった点。nifH遺伝子は南極大陸周辺のすべての測点で検出された。窒素固定活性が検出された点ではnifH遺伝子の発現が見られ(赤い太枠中の円グラフ)、UCYN-AのnifH遺伝子(赤色)が主要となっていた。地図中の海洋側のバックグランドは表面水温を示している。


何が南極海での窒素固定を可能にしているのでしょうか?一つの可能性として考えられるのは海氷に含まれる鉄です。海氷には鉄が多く含まれることが知られており、南極海では海氷融解時の鉄供給が要因で植物プランクトンのブルームがしばしば発生することが知られています。南極海での窒素固定の検出が海氷域に限られたことは、この海氷からの鉄供給に起因していた可能性が高いと考えられます。この結果は南極海の窒素固定と海氷域の分布に密接な関わりがあることを示唆しています。すなわち、気候変動による海氷面積の変化が南極海の窒素固定量を変える可能性があるのです。

南極海での窒素固定が検出されたことで、海洋窒素固定はもはや熱帯・亜熱帯海域だけのローカルなプロセスではなく、全球規模で行われているプロセスであることが証明されました(図2a)。また南極海ではUCYN-Aが主要な窒素固定者であることが示唆されました。UCYN-Aは近年北極海にも存在することが明らかになっており(注3)、全球規模の窒素固定を理解する上で重要な生物であると言えます(図2b)。

図2: (a)窒素固定が実測された点とそこで検出された窒素固定量の全球分布と(b)UCYN-Aの現存量の緯度分布。
(a)今回南極沿岸域で窒素固定が検出されたことによって、窒素固定が全球規模のプロセスであることが示された。図中赤線はこれまで窒素固定が行われうる最低水温とされていた水温(20 ℃)の等温線。バックグランドは表面の硝酸塩濃度を示す。(b)UCYN-Aは北極から南極まで広く分布していることがわかる。各点の色は水温を示す。黒点は水温データのない点。


極域の窒素固定は、海洋窒素循環の最大の謎とも言える問題を解明する鍵を握っている可能性があります。海洋窒素循環において、海洋に窒素を供給するプロセスである窒素固定と窒素除去プロセスである脱窒は平衡状態にあるとされています(図3)。しかし、それぞれの測定量を足し合わせると、窒素固定のほうが脱窒より明らかに小さくなる結果となることがわかっていました。つまり、窒素固定が過小評価されていることが示唆されていました。この不均衡の解消は海洋全体の窒素循環を理解する上で不可欠です。これまで算出されていた海洋の窒素固定量は熱帯・亜熱帯域のみで得られた値から見積もられたものです。そのため、極域の窒素固定を含めるとさらに海洋の窒素固定量は大きくなるはずです。極域窒素固定はこの窒素固定と脱窒の不均衡の解明に資すると考えられ、さらなる理解が重要となります。

図3:海洋中の窒素循環の簡略図(提供:JAMSTEC)

発表論文

掲載誌:Nature Geoscience
タイトル:Biological nitrogen fixation detected under Antarctic sea ice
著者:
塩崎拓平(東京大学大気海洋研究所 准教授 /海洋研究開発機構 外来研究員/第60次南極地域観測隊 夏隊同行者)
藤原周(海洋研究開発機構 北極環境変動総合研究センター研究員)
井之村啓介(ワシントン大学 海洋学科 研究員)
広瀬侑(豊橋技術科学大学 応用化学・生命工学系 助教)
橋濱史典(東京海洋大学 大学院海洋科学技術研究科 助教)
原田尚美(海洋研究開発機構 地球表層システム研究センター長/第60次南極地域観測隊夏隊長/国立極地研究所 客員教授(研究当時))
DOI:10.1038/s41561-020-00651-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41561-020-00651-7
公開日:2020年10月26日(イギリス時間)

注1:窒素固定
窒素固定は窒素分子(N2)を還元してアンモニアを生成するプロセスであり、主に微生物によって担われている。窒素固定は海洋における主要な窒素供給源として知られている。

注2:UCYN-A
亜熱帯海域に広く分布する窒素固定生物で、植物プランクトンのハプト藻に共生していることが知られている。

注3:
塩崎准教授の研究グループの成果:

Shiozaki, T. et al. (2018) Diazotroph community structure and the role of nitrogen fixation in the nitrogen cycle in the Chukchi Sea (western Arctic Ocean), Limnol. Oceanogr. 63, 2191-2205.
2018年のプレスリリース http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20180523/
アメリカ・カナダの研究グループの成果:
Harding, K. et al. (2018) Symbiotic unicellular cyanobacteria fix nitrogen in the Arctic Ocean. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 13371-13375.

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