氷表面の原子レベル観察に成功

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2020-09-12  東京大学

発表のポイント

◆結晶氷の表面の構造を原子レベルで直接観察することに初めて成功した。

◆氷の表面は結晶内部から想定される構造から乱れている。

◆氷表面で起きるさまざまな現象の解釈に大きな影響を与える結果といえる。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の川上直也大学院生(研究当時)、岩田孝太特任研究員、塩足亮隼助教および杉本宜昭准教授の研究グループは、氷の結晶の表面構造を原子スケールで観察することに成功しました。成層圏の雲に含まれる氷の表面でオゾン層の破壊につながる化学反応が起きるなど、氷表面ではさまざまな物理・化学現象が起こります。このような現象を解明するためには、表面構造を知ることが重要です。そのため、氷の表面構造はさまざまな手法を用いて長年にわたって研究されてきました。今回、表面の原子一つひとつを観察することが可能な原子間力顕微鏡(AFM、注1)を用いることで、氷表面の凹凸を原子スケールで捉えました。これにより、氷の表面は結晶内部から予想される規則的な構造ではなく、水分子の位置がずれた乱れた構造であると判明しました。複数の条件で作製した氷の表面がすべて同様の構造であったことから、この乱れた構造こそが氷表面の真の構造であることが確認されました。原子スケールの表面構造が明らかになったことで、氷表面上での化学反応の反応経路の解明など、氷表面で起こるさまざまな物理・化学現象の理解が深まることが期待されます。

発表内容

水の固体である氷は非常に身近な物質であると同時に、その表面は重要な自然現象が起こる場であることが知られています。例えば、成層圏の雲に含まれる氷の表面では、化学反応によってオゾン層の破壊につながる物質が生じます。また、宇宙空間の星と星の間には気体や微粒子が高密度に存在する領域があり、そこでは氷の表面に付着した小さなガス分子が反応して、タンパク質の原料であるアミノ酸が生み出されます。そのような現象を理解するには氷の表面構造を知ることが重要であるため、氷の表面構造がさまざまな手法で調べられてきました。氷には複数の種類がありますが、その中で最も普遍的な結晶氷である氷I(注2)の内部では、水素結合(注3)のネットワークによって水分子が六角形に並んだ層が積み重なった構造をしています(図1)。単純な予想では、表面ではこの水分子が六角形状に規則正しく並んだ構造が露出することになります(図1(b)、(c))。しかし、原子スケールでこの構造が保たれているのかどうかは、賛否が分かれており決着がついていませんでした。その原因のひとつに、既存の手法では空間平均的な情報から構造を推定していたことが挙げられます。それに対して、表面の分子を直接観察して位置を特定することができれば、規則正しい構造が維持されているかを明確に判定することができます。

本研究では、高い空間分解能(注4)を有するAFMを用いて金属基板上に成長させた氷の表面をマイナス190 ℃で観察しました(図2)。その結果、1ナノメートル(注5)以下の非常に狭い間隔で密集する個々の原子を識別できる高分解能な像が得られました(図3(a))。結晶内部と異なり、表面では隣接する水分子の数が減少するため、水分子を構成する水素原子のいくつかは水素結合に関わらずに表面から突き出た状態になります。その突き出た水素原子一つひとつが、このAFM像の個々の丸い点として可視化されています。この表面の水素原子の密度(1ナノメートル四方あたり1.5 個)は、結晶から予想される表面での値(1ナノメートル四方あたり2.8個)のおおよそ半分でした。また、図1(c)のような水分子が規則正しく並んだ構造では、AFM像から判明した水素原子の並び方を説明できません。これらのことから、氷の表面は、結晶内部の構造から大きく乱れた構造をとることが明らかになりました。氷を成長させるための基板の種類や氷の厚さを変えて同様の実験を行ったところ、どの条件でも同じ結果が得られたことから、今回観察された構造が氷表面の真の構造であることが確認されました。得られたAFM像に基づいて表面構造モデルを構築し、水分子の並び方にゆがんだ六角形、五角形、七角形が含まれることで配列が乱れていることを提唱しました(図3(b)、(c))。この乱れは、水分子が持つ静電気的な力によって生じていると考えられます。

本研究によって、原子スケールでの氷表面の構造が初めて明らかになりました。今後は、本研究で判明した構造に基づいた理論計算などによって、どのように化学反応が起きるかなどがより詳細に解明されることが期待できます。また、AFMを用いることで、氷表面上での化学反応を分子一つひとつのレベルで直接観察できる可能性があります。

発表雑誌

雑誌名:「Science Advances」(第6巻(2020年)eabb7986頁)

論文タイトル:Intrinsic Reconstruction of Ice-I Surfaces

著者: Naoya Kawakami, Kota Iwata, Akitoshi Shiotari, and Yoshiaki Sugimoto

DOI:10.1126/sciadv.abb7986

発表者

川上 直也(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程3年生:研究当時/台湾国立交通大学 博士研究員:現在)

岩田 孝太(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 特任研究員)

塩足 亮隼(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教)

杉本 宜昭(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授)

用語解説

(注1)原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)

鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と表面の原子との間に働く力を測定することで、試料表面を観察する顕微鏡のこと。略称はAFM。探針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって微小な力を検出し、表面の凹凸像を得ることができる。絶縁体を観察することができ、また周期構造を持たない表面も構造解析できる。

(注2)氷I

大気圧付近あるいはそれ以下の圧力で生じる氷の結晶のこと。大気圧よりも圧力が高い条件下では、温度によって水分子の配列が異なる結晶構造(氷II、氷IIIなど)となることが知られている。

(注3)水素結合

酸素原子のように電子を引き寄せる力が強い(電気陰性度が大きい)原子が、水素原子を介して結びつく結合。

(注4)空間分解能

近接した2つの点を2つの点として判別できる能力のこと。この能力が高いほど微細な構造を観察できる。

(注5)ナノメートル

1ナノメートルは10億分の1メートルである。原子や分子と同程度の大きさ。

添付資料

図1 (a)氷の写真と氷の結晶の構造を(b)横から見た図と(c)上から見た図。赤と白の球は酸素原子と水素原子を表している。結晶内部は、水素結合のネットワークによって六角形に並んだ水分子の層が重なった構造である。水素結合で結びつく際に水分子同士の向きに複数の許容される組み合わせがあるため、水素原子の位置には自由度がある。単純な予想では、氷の表面はその層のひとつがむき出しになった(c)のような構造となる。

 

図2 氷表面の原子間力顕微鏡による観察の模式図。左上から伸びてきている板バネに鋭い探針がついており、その探針の先端と表面の原子との間に働く力を測定することで表面の構造を観察した。氷を構成する水分子は、結晶内では規則正しく並んでいるが表面では配列が乱れている。

図3 (a)原子間力顕微鏡によって観察した氷表面の像。明るい部分が表面から突き出した水素原子の位置を示している。(b) (a)の一部を拡大した画像。(c) (b)に構造モデルを重ねた図。赤と白の球は酸素原子と水素原子を表している。

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