生きたサナギの成長を観察して「作り方」も模倣 リサイクルが容易となる環境調和技術として期待
2020-06-11 物質・材料研究機構
NIMSは北海道教育大学および浜松医科大学との共同で、「接着と分離を繰り返せる接着構造」を単純・低コストで製作できる新しい製造プロセスの開発に成功しました。ハエの脚裏にあるヘラ状接着性剛毛の構造を参考に、作り方もハエの「生きたサナギの中での成長」を観察して模倣することで実現しました。シンプルな製造方法で、しかも繰り返し使用できる接着構造は、持続可能社会における環境調和型の技術としての普及が期待されます。
概要
- NIMSは北海道教育大学および浜松医科大学との共同で、「接着と分離を繰り返せる接着構造」を単純・低コストで製作できる新しい製造プロセスの開発に成功しました。ハエの脚裏にあるヘラ状接着性剛毛の構造を参考に、作り方もハエの「生きたサナギの中での成長」を観察して模倣することで実現しました。シンプルな製造方法で、しかも繰り返し使用できる接着構造は、持続可能社会における環境調和型の技術としての普及が期待されます。
- 従来は「強力な接着」により丈夫な製品がつくられていましたが、循環型社会では「強力な接着」がリサイクル時の分解・分別を妨げる問題が生じます。このため分解や繰り返し使用に配慮した設計が求められ、「接着と分離を繰り返せる新しい接合構造」の開発が進められています。バイオミメティクス (生物模倣技術) の分野では、このような接着構造を持つ生物の「形」を模倣して高機能の接着構造が開発されています。しかしながら、複雑な構造を製作するためにMEMS (半導体製品製造技術) などを用いるため、高い生産コストが課題となっていました。
- そこで本研究グループは、生物が接着構造 (例えば、昆虫の脚裏) を少ないエネルギー消費で、しかも室温で形成していることに着目し、生物の「形」だけでなく、新たに生物自身の「作り方」を模倣する独創的な手法を開発しました。今回、接着と分離を繰り返せる接着構造として注目したのは「ハエ型」 (脚裏のヘラ状接着性剛毛) です。キイロショウジョウバエのサナギの中での形成過程を、免疫組織化学染色及び細胞骨格性アクチンを蛍光標識することで観察した結果、ヘラ状の脚裏接着性剛毛は、①剛毛形成細胞の伸長と細胞骨格性アクチン繊維により「へら状の骨組みを形成」した後、②クチクラの分泌により「固化」して形成するという、単純な形成プロセスであることを解明しました。この形成プロセスをもとに、①ナイロン繊維の引き上げ (ヘラ構造の形成) と②固化という2ステップのみの単純な製作プロセスを設計し、ハエ型と同等の接着構造を室温で製作することに成功しました。作成した接着構造は、昆虫の脱着機構と同様に、力をかける方向により強い接着力を示したり、簡単に分離させたりできる脱着効果を確認しました。わずか1本で、52.8 gのシリコンウエハを持ち上げることができました (756本 (9 cm2) で60 kgの人間がぶら下がれます) 。
- 「接着と分離を繰り返せる接着構造」は、産業用ロボットのアームに取り付けて滑りやすい製品の新しい保持方法にしたり、屋外用ロボットの脚部として虫のように垂直の壁を登れるようにしたり、新たな応用環境を拡大できる可能性があります。開発した製造プロセスにより生産コスト・製造エネルギーの低減が図れるため、持続可能社会を実現するための環境低負荷技術としての普及が期待されます。
- 物質・材料研究機構 構造材料研究拠点の細田奈麻絵グループリーダーが接着機構の開発を担当し、北海道教育大学木村賢一教授・南竜之介特任研究員 (現在は : 国立長寿医療研究センター) と浜松医科大学針山孝彦特命研究教授・山濵由美教務員らがサナギの接着構造形成プロセスの解明を担当しました。本研究はNIMSシーズ育成研究及び科研費新学術領域 (No.24120004) の一環として行われました。本研究成果は、Communications Biology 誌の2020年5月29日にオンラインで掲載されました。
プレスリリース中の図1 :
キイロショウジョウバエの脚先 (赤丸部分) 。(b)脚先の拡大 (電子顕微鏡写真) 。水色 (赤丸部分) が「ハエ型」 (脚裏のヘラ状接着性剛毛) の接着構造。
掲載論文
題目 : Framework with cytoskeletal actin filaments forming insect footpad hairs inspires biomimetic adhesive device design
著者 : Ken-ichi Kimura, Ryunosuke Minami, Yumi Yamahama, Takahiko Hariyama, Naoe Hosoda
雑誌 : Communications Biology
掲載日時 : 5月29日
DOI : 10.1038/s42003-020-0995-0