2020-06-03 東京工業大学,理化学研究所
要点
- 中性子数が陽子数の2倍を超えるフッ素同位体:フッ素28(28F)の準位構造を初めて明らかに
- フッ素同位体28Fで魔法数20が消えている証拠を得た
- 魔法数の消失したフッ素同位体は、中性子星や宇宙における元素合成過程を理解する鍵ともなる
- 二重魔法数が期待される未知の同位体、酸素28(28O)の構造を解く手がかりに
概要
東京工業大学 理学院 物理学系の近藤洋介助教、中村隆司教授、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの大津秀暁チームリーダー、上坂友洋室長らは中性子数が陽子数の2倍以上の原子核「フッ素28」(28F、陽子数9、中性子数19)の準位構造[用語1]を初めて明らかにした。フランスやドイツの研究機関・大学※などとの国際共同による実験により実現した。
中性子と陽子でできている原子核は中性子数や陽子数が2、8、20、28、50、82、126個の時に特に安定なため、これらの数字は魔法数[用語2]と呼ばれている。最近、中性子数が陽子数より非常に多い原子核では従来知られていた魔法数が消失し、新しい魔法数が出現する「魔法数異常」という現象が見つかっている。
今回、フッ素28に魔法数異常の証拠となる侵入状態[用語3]を初めて発見した。魔法数異常は中性子数が過剰になっているという極限状態にある原子核において、中性子や陽子を結合させている「力」(核力)や安定性を理解する上でも重要である。これらは未だによくわかっていない中性子星の構造や宇宙における元素合成過程を理解する鍵にもなると期待される。
成果は4月16日に米国物理学会の学術誌「フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)」に掲載された。
- ※共同実験に参加した海外機関:【フランス】重イオン加速器研究所(GANIL)、カン素粒子原子核研究所(LPC CAEN)、サクレー原子力庁(CEA-SACLAY)【ドイツ】重イオン研究所(GSI)、ダルムシュタット工科大学等
背景
天然に存在する原子核はほぼ同数の陽子と中性子からなり、観測できる宇宙の物質質量の99.9 %以上を占める基本的な粒子である。最近、地上の加速器施設では陽子数に比べ中性子数が2倍にも達するような短寿命の不安定核[用語4]が人工的に生成されるようになり、通常の原子核にはない性質が明らかにされつつある。一方、宇宙では超新星爆発や中性子星合体などの天体現象で中性子数が過剰な不安定核が瞬間的に生まれ、現在の宇宙の元素組成を決定づける重要な役割を果たしてきたと考えられている。
原子核は量子力学の法則に従う複合粒子であり、陽子や中性子は決められた軌道(席)のエネルギーの低い準位から埋められていく。そして特定の軌道準位が埋まると安定化するという性質がある。原子(原子核+複数の電子でできた系)では希ガスの安定性が知られているが、サイズが4桁小さい原子核の世界においても類似の安定性が存在する。
原子核の場合は陽子数または中性子数が2、8、20、28、50、82、126個の時、特に安定となる。この数字を魔法数と呼んでいる。魔法数は、従来の原子核物理学では、天然に存在する安定核から不安定核に至るまで「普遍的」と考えられてきた。しかし、不安定核の研究が進むにつれ、その代表格である中性子過剰核ではこれまで知られていた魔法数が消失する例が見つかり、一方で、新しい魔法数も発見された。つまり、魔法数が普遍ではないことがわかってきた。こうした魔法数異常の典型例が中性子過剰なマグネシウム(陽子数12)、ナトリウム(陽子数11)、ネオン同位体(陽子数10)における中性子魔法数20の消失である。図1には横軸を中性子数、縦軸を陽子数として表した原子核の地図、核図表を示している。魔法数20が消失した原子核群は核図表上で「逆転の島[用語5]」と呼ばれている。逆転の島内の原子核は、魔法数核の特徴である「球形」にはならず、ラグビーボール型の変形を示すことがわかっている。
魔法数20の破れがフッ素(陽子数9)や酸素(陽子数8)の同位体でも見られるかが魔法数異常のメカニズムを探る上で重要である。とりわけ酸素28(28O、陽子数8、中性子数20)という同位体に注目が集まっている。陽子・中性子ともに魔法数という稀有な二重魔法数核の候補だからである。28Oは現在、開発が急速に進んでいる原子核の第一原理計算[用語6]のベンチマークにもなる。これは中性子星の性質を決定づける基本方程式である中性子物質の状態方程式[用語7]の決定にも重要となる。
今回、研究の対象としたフッ素28(28F)は28Oと同じ質量数で、中性子と陽子を一個取り替えた原子核となっている。28Fが魔法数異常の核なのかそうでないのかは、現在未発見ながら今後研究が進むと期待される28Oの構造を予測する上でも重要である。28Fの先行研究は1例のみであり、統計量、分解能が十分とは言えないものであった。なお、この先行研究では28Fで魔法数20が維持されているという結論であった。
研究成果
近藤助教らの研究グループは理化学研究所(理研)の重イオン加速器施設RIBF(ラジオアイソトープ・ビームファクトリー)の基幹測定装置SAMURAIスペクトロメータ(多種粒子測定装置)を用いた実験で28Fを生成した。RIBFは世界最高性能を誇る不安定核生成装置である。48Ca(カルシウム48)をまず光速の70 %ほどに加速し、これとベリリウム標的との反応で29Ne(ネオン29)及び29Fを不安定核ビーム[用語8]として生成した。
28Fは2種類の反応で生成した。つまり、(1)29Neビームを陽子標的に入射し、29Neから陽子を1個剥ぎ取ることによって、また(2)29Fビームを陽子標的に入射し、29Fから中性子を1個剥ぎ取ることによって生成した。28Fは寿命が10-21秒未満程度であるため、中性子1個ないし2個を放出してすぐに崩壊する。
SAMURAIでこの崩壊過程をすべて検出し、28Fの詳細なエネルギースペクトル(エネルギー準位)を得た。本研究では国際協力による実験性能の大幅な向上が成功に導いた。その一つは理研とドイツのGSI及びダルムシュタット工科大学との協力に基づく中性子検出器NeuLANDのSAMURAIへの導入であり、もう一つは理研とフランスCEA-SACLAYとの協力に基づく液体陽子標的MINOSの導入である。
- 図1.
- 核図表(陽子数:7≤Z≤12, 中性子数8≤N≤24)。 中性子数が陽子数の2倍に達するような中性子過剰核では魔法数が消失する「逆転の島」が現れる。28Fは不安定核の中でも「非束縛核」と呼ばれる同位体で、その基底状態が逆転の島の証拠を示す侵入状態であることがわかり、従来知られていた逆転の島の範囲(実線)がフッ素同位体の範囲(点線)まで拡がっていることが示された。
実験の結果、新たに10以上の励起状態を観測し、28Fの準位構造を初めて決定した。さらに、基底状態については運動量分布の測定から侵入状態であることが判明し、28Fにおいて魔法数20が消失していることが示された。つまり、逆転の島は核図表の南側である「フッ素」に拡がっていることが確定的となった(図1の点線の領域)。
今後の展開
今回の研究により、二重魔法数の候補原子核28Oにおいても魔法数の破れが見つかる可能性が高まった。27O、28Oの発見を目指した実験も近藤助教らが主導した本実験グループによってすでに行われており、実験データの解析が進んでいる。本研究の28Fに加え、今後27O、28Oの構造が判明すれば、原子核が極限状態(中性子数をこれ以上増やすことのできない極限)で魔法数が存在しうるのか、どのような核力、量子多体効果に支配されているかが明らかになり、現在、原子核の究極の理論ともなる第一原理計算の構築においても大きな役割を果たす。こうした第一原理計算は、核力や核構造の理解を飛躍的に進展させるだけでなく、より一般の量子多体系の理解、関連する中性子星や元素合成のメカニズム解明などでも大きな役割を果たすと期待されている。
謝辞
本研究は科研費・新学術領域研究(18H05404)、基盤A (16H02179)、物理学リーダーシッププログラムFGIP(東工大)、および、総合科学技術・イノベーション会議により制度設計された革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化(プログラム・マネージャー:藤田玲子)」等の支援を受けて行われました。
参考文献
「不安定核の物理」(中村隆司著、共立出版、物理学最前線8)
用語説明
[用語1] 準位構造 : 原子核の構造はとびとびのエネルギー準位で特徴付けられ、それぞれの準位は決まったエネルギー(質量)、スピン、パリティ(偶奇性)を持つ。最低エネルギーの準位を基底状態、それ以外を励起状態と呼ぶ。
[用語2] 魔法数 : 原子核は何層かの殻からなる構造を持つとみなせる。一つの殻(軌道)に入る中性子や陽子の個数が決まっているため、その殻がすべて埋まる(殻が閉じる)とより安定になる。殻が閉じることによって安定化するその個数を魔法数と呼んでいる。従来知られていた魔法数は2、8、20、28、 50、82、126であり、その仕組みはノーベル賞受賞者であるメイヤーとイェンゼンによって説明された。しかし、最近の不安定核の研究から、中性子の多い原子核で8や20などの魔法数が消失すること(つまり殻構造が消失すること)、一方で、新しい魔法数16、32、34が発見されている。魔法数の消失や新魔法数の出現が魔法数異常である。
[用語3] 侵入状態 : 用語2で述べたそれぞれの殻はエネルギー順に並んでいる。しかし、この秩序が崩れ、通常ならエネルギーがより高い殻に起因する状態が基底状態(最小のエネルギーを持つ状態)や低い励起状態となる時、これを侵入状態と呼んでいる。殻の順番の逆転に起因し、魔法数異常を意味する。
[用語4] 不安定核 : 天然に存在する約270種の原子核を安定核と呼ぶ。一方、中性子数または陽子数が安定核より多くなると不安定になり、有限の寿命で崩壊する。このような原子核を不安定核あるいは放射性同位体(RI)と呼んでいる。不安定核には安定核より陽子の多い陽子過剰核、安定核より中性子の多い中性子過剰核がある。不安定核は、理研RIBFのような加速器施設で重イオンビームと原子核標的との反応によって生成でき、ビームとして取り出せる。用語8を参照のこと。
[用語5] 逆転の島 : 中性子数が20の原子核は、魔法数20で殻が閉じた安定的な球形構造となることが期待される。しかし、陽子数(=原子番号)が10、11、12のネオン(Ne)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)同位体においては、中性子数20の場合でも強く変形していて、殻が閉じていないことがわかった(魔法数20の消失)。図1に示すように、魔法数20が消失した原子核が陽子数10〜12、中性子数20付近に島のように集まっていることから「逆転の島」と呼ばれている。
[用語6] 第一原理計算 : 原子核を構成する全ての中性子と陽子の自由度をとり入れ、中性子や陽子間の核力(自由空間における核子間力)から出発して核子多体系を量子力学的に解く多体計算。仮定や近似が最小限で、より根本原理に基づくため、実現すれば最も正確な原子核の多体計算になる。未知の原子核や中性子星の構造の予言、いまだ謎の多い3体核力の導出においても大きな役割を果たすと期待されている。原子核の第一原理計算は長い間、質量数10未満程度の軽い原子核でしか適用可能でなかったが、最近、多体計算技術や理論、計算機の進展で、より重い原子核においても実現しつつある。
[用語7] 中性子物質の状態方程式 : 無限個の中性子でできた物質を中性子物質と呼ぶ。高密度天体の中性子星はほぼ中性子だけでできていると考えられており、中性子物質と言える。中性子物質のエネルギーまたは圧力を中性子密度の関数で表したものを中性子物質の状態方程式と呼んでいる。この方程式が中性子星の半径や最大質量、最近重力波の観測で注目された中性子星合体現象で重要な鍵となる。しかし、未だに状態方程式の決定に至っていない。これは、中性子が過多な場合の核力や中性子相関の密度依存性がよくわかっていないためであり、本研究のような中性過剰核の研究が重要である。
[用語8] 不安定核ビーム : 加速された安定核のビーム(重イオンビームと呼ぶ)を高エネルギーで標的に衝突させ、原子核の反応(核破砕反応、飛行核分裂反応など)により、不安定核を生成することができる。この不安定核は重イオンビームの速度とほぼ同じ速度で生成することができ、磁気スペクトロメータ等による分離ののち二次的なビームとして実験に供される。これを不安定核ビームと呼んでいる。
論文情報
掲載誌 :Physical Review Letters
論文タイトル :Extending the Southern Shore of the Island of Inversion to 28F
著者 :A. Revel et al.