2020-04-30 京都大学
小野輝男 化学研究所教授、塩田陽一 同助教、石橋未央 同博士課程学生らの研究グループは、二つの磁石の磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体において、スピン波の巨大な非相反性を制御する事に成功しました。
非相反性とは、ある方向に伝搬する波と180度逆の方向に伝搬する波が異なる性質を持つことをいいます。今回研究対象とした人工反強磁性体では、スピン波が伝搬方向に依存して異なる共鳴周波数を持ち、その非相反性は界面効果に起因した従来の報告に比べて非常に大きいことがわかりました。これは、アンテナで励起したスピン波が、伝搬方向によって波長が異なることを意味しています。また、人工反強磁性体中の磁極の向きを電流によって制御する事で、非相反性を制御できることを今回初めて実証しました。本研究成果は、スピン波を利用した論理演算素子などへの応用が期待されます。
本研究成果は、2020年4月25日に、国際学術誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1126/sciadv.aaz6931
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/250670
Mio Ishibashi, Yoichi Shiota, Tian Li, Shinsaku Funada, Takahiro Moriyama and Teruo Ono (2020). Switchable giant nonreciprocal frequency shift of propagating spin waves in synthetic antiferromagnets. Science Advances, 6(17):eaaz6931.
詳しい研究内容について
―人工反強磁性体を用いたスピン波デバイスの実現に向けて― ポイント
・ 磁気の波であるスピン波の伝搬を、人工反強磁性体において観測しました。
・ 人工反強磁性体のスピン波は、従来に比べて巨大な方向依存性が出ること (非相反性)を示し、さらにその非相反性を電気的に制御する事に成功しました。
・本研究によって、スピン波を利用した論理演算素子などの実現を目指した研究がさらに活発になると期待されます。概要
京都大学化学研究所の小野輝男 教授、塩田陽一 同助教、石橋未央 同博士課程学生らの研究グループは、二つの磁石の磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体注1)において、スピン波注2)の巨大な非相反性を制御する事に成功しました。非相反性とは、ある方向に伝搬する波と180度逆の方向に伝搬する波が異なる性質を持つことをいいます。今回研究対象とした人工反強磁性体では、スピン波が伝搬方向に依存して異なる共鳴周波数を持ち、その非相反性は界面効果に起因した従来の報告に比べて非常に大きいことがわかりました。これは、アンテナで励起したスピン波が、伝搬方向によって波長が異なることを意味しています。また、人工反強磁性体中の磁極の向きを電流によって制御する事で、非相反性を制御できることを今回初めて実証しました。本成果は、スピン波を利用した論理演算素子などへの応用が期待されます。
本成果は、2020 年4月 25 日に米国の科学誌「Science Advances」にオンライン公開されました。
1.背景
スピン波と呼ばれる磁石が作る波を利用した電子回路は、小型で低消費電力な情報処理システムを作り出す技術として期待されています。その実現のために重要なスピン波の性質の一つとして非相反性 伝搬方向に依存して異なる性質を持つこと)が挙げられます。しかしながら、従来の報告されていたスピン波の非相反性は、界面効果に起因していたために薄い磁石でしか効果が無く、また非相反性の切り替えには外部磁場の反転が必要でした。
2.研究手法・成果
本研究では、磁性材料として鉄コバルトボロン合金 (Fe60Co20B20)を用い、非常に薄いルテニウム (Ru)非磁性層を介して、それぞれの磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体を用いました 図 1(a))。この人工反強磁性体の薄膜の上に、スピン波の励起および検出を行うための 2 本のアンテナを作製し 図 1(b))、アンテナ間を伝搬するスピン波を測定しました。
図 1(c)に、外部磁場とスピン波の伝搬方向が平行な時に測定したスピン波の伝送波強度の周波数依存性を示します。スピン波の伝搬方向に依存してピーク位置が明らかにシフトしており、スピン波が異なる共鳴周波数を持つこと (非相反性)を観測することに成功しました。このような非相反性は、従来、非対称構造を有する磁性体における界面効果 (ここでは界面ジャロシンスキー・守谷相互作用のことを指す)に起因するものが報告されていましたが、磁性層が厚くなるにつれて非相反性が小さくなるというデメリットがありました。本研究で観測された非相反性は、人工反強磁性体の二つの磁石から生じる双極子磁場注3)との相互作用に由来しているため、磁性層が厚いほうがより非相反性が大きくなります 図 1(d))。今回実験を行った磁性層の膜厚 15 ナノメートルに着目すると、非相反性による共鳴周波数の差は従来報告されているものに比べて 28 倍程度大きく、さらに磁性層を大きくすることで増大する事が可能です。
図1((a)(人工反強磁性体の概念図。((b)(本研究で作製したスピン波デバイスの光学顕微鏡図。((c)(スピン波伝送強度の周波数依存性。黒線はアンテナ②からアンテナ①、赤線はアンテナ①からアンテナ②への伝送波。((d)(共鳴周波数差の磁性層膜厚依存性。黒線は従来型である界面効果 界面ジャロシンスキー・守谷相互作用)による非相反性、青線は本研究である人工反強磁性体で得られる非相反性の理論値。星印が今回の実験で得られた値。
従来型の界面効果に起因した非相反性は、外部磁場を反転させることで非相反性を切り替えることができます。一方、本研究では人工反強磁性体における非相反性は二つの磁極の配置に依存していることに着目し、電流パルスによって発生する局所的な磁場で磁極の方向を制御できるのではないかと考えました。図 2 は電流パルスを印加後に測定したスピン波の伝送信号を表しており、電流パルスの流れる方向に依存して非相反性が切り替わっていることがわかります。つまり、人工反強磁性体中の磁極の向きを電流によって制御する事で、外部磁場を反転させることなく、スピン波の非相反性を制御できることを今回初めて実証しました。
図2(人工反強磁性体に電流パルスを印加後のスピン波伝送強度の周波数依存性。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、人工反強磁性体中を伝搬するスピン波の巨大な非相反性を制御することに成功しました。図 1(d)に示すように、非相反性は磁性層の厚さを増やすことでさらに大きくなることが期待できます。本研究成果は、スピン波の可変ダイオード素子などの開発にもつながり、スピン波を利用した論理演算素子などへの応用研究を大きく発展させると考えられます。
4.研究プロジェクトについて
本研究の一部は、科研研究費補助金「(特別推進研究」、「若手研究 (A)」、「(挑戦的研究(萌芽)」、「(新学術領域研究 (ナノスピン変換科学」、「(京都大学リサーチ・ディベロップメントプログラム (いしずえ】」、「京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点研究」の助成を受けて行われました。
<用語解説>
注1 人工反強磁性体:非磁性層を介して二つの磁性層の磁極が逆方向に結合した構造。非磁性層の膜厚に依存して、平行または反平行に結合させることができ、本研究では反平行に結合させるようにルテニウムの膜厚を設定した。
注2 スピン波:スピン 微小な磁石)の歳差運動が空間的にずれて波のように伝わっていく現象。
注3 双極子磁場:正負の磁極の対の事を磁気双極子と言い、その磁気双極子から生じる磁場のこと。
<研究者のコメント>
本研究対象である人工反強磁性体のスピン波は、面白い物理を有しており、とても魅力的な研究テーマだと思います。今後は、本研究を足掛かりに、人工反強磁性体の磁化ダイナミクスを軸とした、より多彩な研究を行いたいと思っています。
<論文タイトルと著者>
タ イ ト ル :Switchable giant nonreciprocal frequency shift of propagating spin waves in synthetic
antiferromagnets (人工反強磁性体におけるスピン波伝搬の反転可能な巨大非相反周波数シフト)
著 者: Mio Ishibashi, Yoichi Shiota, Tian Li, Shinsaku Funada, Takahiro Moriyama and Teruo Ono
掲 載 誌: Science Advances DOI 10.1126/sciadv.aaz6931