2020-04-28 東京大学
1. 発表者:
酒井 明人 (研究当時:東京大学物性研究所 量子物質研究グループ 助教、現在:東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 講師)
見波 将 (研究当時:金沢大学ナノマテリアル研究所 博士後期課程大学院生、現在:東
京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 特任研究員)
是常 隆 (東北大学大学院理学研究科 物理学専攻 准教授)
Taishi Chen (東京大学物性研究所 量子物質研究グループ 特任研究員)
肥後 友也 (東京大学物性研究所 量子物質研究グループ 特任助教)
Yangming Wang(東京大学物性研究所 量子物質研究グループ 修士課程1年生)
野本 拓也 (東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教)
平山 元昭 (理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員)
三輪 真嗣 (東京大学物性研究所 量子物質研究グループ 准教授/トランススケール量子科学国際連携研究機構 併任)
浜根 大輔 (東京大学物性研究所 電子顕微鏡室 技術職員)
石井 史之 (金沢大学ナノマテリアル研究所 准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 客員研究員)
有田 亮太郎(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー 併任)
中辻 知 (東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 教授/東京大学物性研究所 量子物
質研究グループ 教授/トランススケール量子科学国際連携研究機構 併任)
2. 発表のポイント
♦ 鉄にアルミやガリウムを添加した材料で鉄単体より20倍の磁気熱電効果の増大を発見するとともに、薄膜でも性能を維持し、室温・ゼロ磁場で世界最高の磁気熱電効果を実現しました。
♦高速自動計算(ハイスループット計算)による材料探索や、ノーダルウェブと呼ばれるトポロジカルな電子構㐀の解明など、本研究の発見には数値計算が大きく貢献しました。
♦同一面積・温度差当たりの発電容量は従来型熱電技術を凌駕するほど大きく、薄膜型熱
電デバイスへの発展が期待されます。
3. 発表概要
東京大学物性研究所の酒井明人助教、Taishi Chen 特任研究員、肥後友也特任助教、東大
学大学院理学系研究科物理学専攻・物性研究所およびトランススケール量子科学国際連携研究機構の中辻知教授らの研究グループは、金沢大学の見波将博士後期課程大学院生(研究当時)、石井史之准教授(理化学研究所客員研究員)、東北大学大学院理学研究科物理学専攻の是常隆准教授、東京大学大学院工学系研究科の有田亮太郎教授(理化学研究所チームリーダー)、物性研究所・トランススケール量子科学国際連携研究機構の三輪真嗣准教授らの研究グループと協力して、鉄を含む汎用材料で鉄単体より 20 倍大きな磁気熱電効果(=異常ネルンスト効果、注1)が得られることを発見しました(図1、2)。
磁気熱電効果は従来の熱電変換と異なり、温度差と垂直方向に発電し、大面積化やフレキシブル化が容易で、高効率で発電が行えるという利点を持ちます(図3、4)。本研究により、鉄にアルミやガリウムといった元素を添加することで、鉄単体の場合より 20 倍大きな磁気熱電効果が得られることを発見しました(図1)。特に鉄やアルミは地球上の資源として豊富で、廉価な材料であり、このような汎用材料での巨大な磁気熱電効果の発見はその実用化に向けて大きなブレイクスルーとなります。また、同一面積・温度差当たりの発電量は従来技術を凌駕しており、薄膜型デバイスへの発展が期待されます。
本研究開発における材料探索には、まず、東北大学を中心として第一原理計算(注2)を用いた磁気熱電効果を自動的に計算するハイスループット計算手法を開発し、磁気熱電効果の理論値をデータベース化しました。その中から、安価かつ工業的にも利用しやすい鉄系材料に着目して材料の作製と実験を行いました。その結果、本材料の発見につながりました。また、この材料の性能理解のため、金沢大学および理化学研究所で電子状態の詳細な解析が行われました。その結果、ノーダルウェブと呼ばれるトポロジカルなバンド構造(注3、図6)に由来していることが明らかになり、今後の材料開発の指針が明らかとなりました。
本成果により磁気熱電効果を利用した熱電変換デバイスの開発が加速し、IoT 機器(注4)の自立電源などに利用されることが期待されます。
本成果は Nature オンライン版(4 月 27 日予定)に掲載される予定です。
4. 発表内容
(1) 研究の背景
既存の熱電技術に代わりうる革新的技術として、近年、磁性体の磁気熱電効果が注目されています。これまで多くの研究開発が行われてきた熱電変換はゼーベック効果(注1)という物理現象に基づくもので、温度差と同じ方向に起電力が発生します。そのため柱状の多数の素子を立体的に並べるモジュール構㐀であり(図3a)、薄膜化・フレキシブル化や大面積化が難しいことや、多重の接合に起因する不可避な大幅な性能低下などの問題があります。一方、磁気熱電効果を利用した発電では温度差と磁化に垂直方向に起電力が発生します。発電方向は磁化の方向で制御できるため、図3b のような大面積の薄膜かつ無接合のモジュール構造が実現可能です。加えて、性能を下げるペルチエ熱(注5)の発生が起きないため、効率的な発電が可能になると考えられています(図4)。このような特長を持つ磁気熱電効果は、IoT 機器に搭載する自立電源や省エネ社会の実現に資する革新的な熱電変換技術として期待されています。
(2) 研究内容と成果
本研究グループは、鉄にアルミニウムやガリウムを25%添加したFe3Al, Fe3Ga(図5)が、鉄単体に比べて10倍以上大きな磁気熱電効果を示すことを明らかにしました。また100℃の高温から-100℃の低温まで高い性能を維持し、耐久性・耐熱性にも優れているためさまざまな場所・シーンで利用可能です。さらに、厚さ数十ナノメートルのFe3Al, Fe3Gaの薄膜作製にも成功しました。薄膜でも性能を維持するだけでなく、ゼロ磁場でこれまでの報告値を全て凌ぐ世界最高の磁気熱電効果を示すことが分かりました。さらに、同一面積・温度差当たりの発電量は従来技術を凌駕するほど大きく、薄膜型デバイスへの発展が期待されます。
本研究で発見された巨大な異常ネルンスト効果は、ノーダルウェブと呼ばれるトポロジカルなバンド構㐀(図6)に由来していることが明らかになりました。異常ネルンスト効果の増大にはベリー曲率(注6)と状態密度(注7)を同時に大きくするバンドの存在が重要だということが知られていましたが、本物質のバンド構㐀はまさにそのような条件を満たすものとなっていました。
本研究の材料探索には、ハイスループット計算を用いた候補物質のスクリーニングを行いました。これまでの第一原理計算によるハイスループットスクリーニングでは、エネルギーやバンドギャップといった比較的単純な物理量が主な対象でした。今回、磁気熱電効果を利用した新たな機能性材料の探索のため、異常ネルンスト効果という非常に計算が複雑な物理量を自動的に計算することに成功しました。さらに、この手法を磁性体のデータベースに適用することにより、1400以上の材料の理論値を計算し、候補となる物質を抽出しました。本手法は、さまざまな複雑な物理量の計算をハイスループット化することを可能にする技術です。実験的にも今回のスクリーニング手法が有効であることが確認されたため、今後、さまざまな対象への適用が期待されます。
(3) 今後の展望
磁気熱電効果を用いた熱電モジュールや熱流センサーの開発を行います。Fe3Al、Fe3Ga は、結晶の乱れに強い性質を持ち、汎用材料を用いた廉価で応用性の高い材料であるため、実用化へ大きな飛躍が期待されます。実用化の暁にはフレキシブル化・薄膜化や大面積化によりさまざまな場所で排熱を回収でき、環境の微量な熱を利用した電源として IoT センサーや熱流センサーなどに活用されることが期待されます。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創㐀研究推進事業チーム型研究(CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田 正仁)における研究課題「電子構㐀のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3(研究代表者:中辻 知)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号 15H05882(研究代表:播磨尚朝)における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号 15H05883(研究代表者:中辻 知)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/ワイル磁性体を用いた熱発電デバイスの研究開発」、JST 戦略的創㐀研究推進事業個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」研究領域(研究総括:常行 真司)における研究課題「有効模型化を利用したマテリアルズインフォマティクス」課題番号 JPMJPR15N5(研究者:是常 隆)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域「次世代物質探索のための離散幾何学」における公募研究「ナノスケールのスピン構㐀が誘起するトポロジカル熱電変換物質デザイン」課題番号18H04481 (研究代表者:石井 史之)、文部科学省科学研究費助成事業「強相関物質設計と
機能開拓―非平衡系・非周期系への挑戦―」課題番号 16H06345(研究代表者:今田 正俊)の一環として行われました。
5. 発表雑誌
雑誌名:Nature(4月27日オンライン版)
論文タイトル:“Iron-based Binary Ferromagnets for Transverse Thermoelectric Conversion”
著者:*Akito Sakai, *Susumu Minami, *Takashi Koretsune, *Taishi Chen, *Tomoya Higo,Yangming Wang, Takuya Nomoto, Motoaki Hirayama, Shinji Miwa, Daisuke Nishio-Hamane,Fumiyuki Ishii, Ryotaro Arita, Satoru Nakatsuji†
(* equal contribution, † corresponding author)
DOI:10.1038/s41586-020-2230-z
6.問い合わせ先:
【研究内容に関すること】
東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻
講師 酒井 明人 (さかい あきと)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 是常 隆(これつね たかし)
東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻/東京大学物性研究所 量子物質研究グループ/
トランススケール量子科学国際連携研究機構
教授 中辻 知 (なかつじ さとる)
【JST の事業に関すること】
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(しまばやし ゆうこ)
【報道に関すること】
東京大学物性研究所 広報室
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
東京大学大学院理学系研究科・理学部広報室
金沢大学 総務部広報室
科学技術振興機構 広報課
理化学研究所 広報室 報道担当
7.用語解説:
(注1) 従来型熱電技術(ゼーベック効果)と磁気熱電効果(異常ネルンスト効果)
物質に温度差を加えると、電流の運び役となる電子(キャリア)が温度差に沿って
移動するため、温度差と同じ方向に起電力が生じます(ゼーベック効果)。一方、
磁性体では磁化の存在のためキャリアの移動が曲げられ、磁化と熱流に垂直方向
にも起電力を示します(異常ネルンスト効果)。
(注2) 第一原理計算
第一原理計算は実験で得られた値を用いず、結晶構㐀のみから量子力学に基づい
て物質の電子状態や物性を計算する手法です。物質の本質的な振る舞いを予言、
解明するのに大変有効です。
(注3) トポロジカルなバンド構㐀、ノーダルウェブ
電子の持つ波数(運動量)により電子の状態を表したものをバンド構㐀といいま
す。トポロジカルなバンド構㐀とは2つのバンドが(偶然ではなく)何らかの対称
性の存在により交差しているものを言います。そのような場合、対称性を破るこ
とでしかバンド交差をほどくことができないため、「トポロジカルに守られている」
とも言われます。点で接するものに、ワイル半金属やディラック半金属、線で交差
するものにノーダルライン半金属などがあります。「ノーダルウェブ」はノーダル
ラインが複数交わり、かつ平坦な形状をしている場合(図6)のことを指します。
(注4) IoT 機器
IoT(Internet of Things、モノのインターネット)を通じてやり取りをするセンサー
やカメラなどの情報取得機器の総称です。
(注5) ペルチエ熱、ペルチエ効果
ゼーベック効果の逆効果であり、電流を流すと温度差が発生する現象です。従来
型熱電材料を電池として使うと、熱電材料自身に電流が流れるためこの効果が発
生し、元の温度差を小さくするように働きます。一方磁気熱電効果では温度差と
電流方向が垂直であるためこの温度差減少機構が働きません。
(注6) ベリー曲率
波数空間で磁場と同様の数式で定義される物理量であるため仮想磁場ともよばれ
ます。磁気熱電効果や異常ホール効果など横方向の応答の起源となります。
(注7) 状態密度
電子が取りうる状態の数を表します。
8.添付資料:
図1 表1
図1 今回開発に成功した材料と鉄の磁気熱電係数の比較
表1 従来型の熱電技術(ゼーベック効果)と新技術(磁気熱電効果)の比較
図2 今回開発に成功した磁気熱電材料の外観(奥:薄膜材料、手前:バルク材料)
図3 (a)従来技術(ゼーベック効果)を用いた熱電変換モジュール、(b)新技術(磁気熱電効果)を用いた無接合フレキシブル熱電変換モジュール
図4 新技術(赤)と従来技術(青)の性能指数に対する熱電変換効率
図5 Fe3X (X = Ga, Al)の結晶構㐀。青色が鉄、赤色がガリウム(またはアルミニウム)を表します。
図6 ノーダルウェブの概念図。十字に走っているライン上で青色と黄色の面(バンド)が接しています。