生物多様性保全と温暖化対策は両立できることが判明

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生物多様性の損失は気候安定化の努力で抑えられる

2019-12-04 京都大学

藤森真一郎 工学研究科准教授は、森林研究・整備機構森林総合研究所、立命館大学、国立環境研究所、東京農業大学と共同で、パリ協定が目指す長期気候目標(2℃目標)達成のための温暖化対策が、森林生態系を含む世界の生物多様性に与える影響を評価し、その結果、2℃目標の達成により、生物多様性の損失が抑えられることを予測しました。

温暖化を放置しておくと、気温上昇により生物の生息環境が悪化する恐れがあります。2℃目標達成のためには新規植林やバイオ燃料用作物の栽培といった土地改変を伴う温暖化対策が必要ですが、同時に生物のすみかも奪い、多様性を低下させてしまう可能性があります。

本研究では、2℃目標達成のための温暖化対策「あり」と「なし」それぞれの場合における将来の生物多様性損失の度合を、複数の統計学的な推定手法を使って、世界規模で比較しました。その結果、対策「あり」で2℃目標を達成した方が、「なし」のままで温暖化が進行してしまった場合と比べて、生物多様性の損失を抑えられることが示されました。

本研究成果は、2019年11月20日に、国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図

詳しい研究内容について

生物多様性保全と温暖化対策は両立できることが判明
-生物多様性の損失は気候安定化の努力で抑えられる-

ポイント
・地球温暖化による気温上昇を2℃以内に抑えるには、新規植林やバイオ燃料用作物栽培 など土地改変を伴う対策が必要です。
・しかし、温暖化対策による土地改変は、野生生物のすみかを奪い、多様性を低下させる かもしれないと心配されていました。
・本研究では、土地改変による影響を考慮しても、気温上昇を2℃以内に抑えることで、 生物多様性の損失を抑えられることを予測できました。

概 要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所(以下、森林総研とする)は、立 命館大学、京都大学、国立研究開発法人国立環境研究所、東京農業大学と共同で、パリ協 定(*1)が目指す長期気候目標(2℃目標)達成のための温暖化対策が、森林生態系を 含む世界の生物多様性に与える影響を評価しました。その結果、2℃目標の達成により、 生物多様性の損失が抑えられることが予測されました。
温暖化を放置しておくと、気温上昇により生物の生息環境が悪化する恐れがあります。 2℃目標達成のためには新規植林やバイオ燃料用作物の栽培といった土地改変を伴う温暖 化対策が必要ですが、同時に生物のすみかも奪い、多様性を低下させてしまう可能性があ ります。本研究では、2℃目標達成のための温暖化対策「あり」と「なし」それぞれの場 合における将来の生物多様性損失の度合を、複数の統計学的な推定手法を使って、世界規 模で比較しました。その結果、対策「あり」で2℃目標を達成した方が、「なし」のまま で温暖化が進行してしまった場合と比べて、生物多様性の損失を抑えられることが、世界 で初めて示されました。この成果は、2019年11月20日にNature Communications誌でオン ライン公開されました。

背 景
森林などの豊かな自然環境が育む生物多様性は、人類が生存するために欠かせない様々 な恩恵をもたらしています。しかし、過去 100 年間の土地改変等の人間活動により、地球 上の生物多様性は急激に失われてきました。これに加えて、気候変動も生物多様性にとっ ての脅威となると考えられています。これまでも、エネルギー消費量の削減や再生エネル ギーの導入等により気候変動を抑制することは生物多様性の損失を抑えるうえで重要であ ると報告されてきました。しかし、これまでの研究は温室効果ガスの大幅な削減に必要な 新規植林の拡大やバイオ燃料用作物の栽培など、いわゆる温暖化対策による大規模な土地 改変による負の影響を考慮していませんでした。温暖化対策がかえって生物多様性に負の 影響を及ぼしかねないという可能性については、これまでも議論されてきましたが、それ を科学的に裏付ける研究はありませんでした。そこで、本研究は、温暖化対策「あり」と 「なし」のそれぞれの場合における生物多様性の損失の程度を、複数の統計学的な推定手 法を使って世界規模で初めて比較・評価しました。

内 容
材料と方法
世界中の生物多様性を評価するため、5億件以上の生物分布情報から、5つの分類群(維 管束植物、鳥類、哺乳類、両生類、爬虫類)に属する 8,428 種の生物種を選び出し、情報 を整理しました。このデータをもとに、地球規模で生物の生息に適した地域(潜在生息域) を予測するための生態ニッチモデル(*2)を構築しました。完成したモデルに将来の気候や土地利用の条件を当てはめると、その条件に見合った生物の潜在生息域を予測し、地 図上で可視化できるようになります。将来の気候条件としては、「2℃目標を達成するた めの温暖化対策を推進する場合(対策あり)」と「なにもせず温暖化が進行した場合(対 策なし)」の2通りを想定しました。さらに、5種類の異なる社会経済シナリオ(*3) を想定し、それぞれの社会経済状態に見合った将来の土地利用変化を予測するモデルと生 態ニッチモデルとを統合することで、シナリオごとの生物多様性損失の程度を比較・評価 しました。

結果
温暖化対策による大規模な土地改変が野生生物にもたらす負の影響を考慮したとしても、 温暖化対策を積極的に進めて2℃目標を達成することにより、地球規模の生物多様性の損 失を抑えられることが、シミュレーションの結果わかりました。 このうち、5種類の社会経済シナリオのシミュレーション結果を比較すると、持続可能 な社会の構築に向けた取り組みを積極的に推進するシナリオ(持続可能シナリオ)で、生 物多様性の損失が最も少ないことが示されました。これは、持続可能シナリオで想定した 強い土地利用規制等の取り組みが、高い生物多様性を保つ原生林などの自然環境の保全に つながるためと考えられました。この結果は、生物多様性保全と2℃目標達成を両立でき るかどうかは、社会や経済の将来発展の速度や方向性に左右されることを示しています。

今後の展開
本研究で開発した手法により、温暖化対策と生物多様性の関係を世界規模で分析するこ とが可能になりました。この手法は、温暖化対策だけでなく、持続可能な社会のための様々 な政策が生物多様性に及ぼす影響の評価にも応用することが可能です。今後、今回開発し た手法を用いて、複数の持続可能な開発目標を達成するためのロードマップを探索するこ とが可能になります。

論 文
タイトル: Biodiversity can benefit from climate stabilization despite adverse side effects of landbased mitigation
著 者: Haruka Ohashi, Tomoko Hasegawa, Akiko Hirata, Shinichiro Fujimori, Kiyoshi Takahashi, Ikutaro Tsuyama, Katsuhiro Nakao, Yuji Kominami, Nobuyuki Tanaka, Yasuaki Hijioka, Tetsuya Matsui
掲 載 誌: Nature Communications、10 巻 記事番号 5240(2019 年 11 月) https://doi.org/10.1038/s41467-019-13241-y
研 究 費:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題 S-14(気候変動の緩和策と適 応策の統合的戦略研究)、2-1702(パリ協定気候目標と持続可能開発目標の同 時実現に向けた気候政策の統合分析)

共同研究機関
立命館大学、京都大学、国立研究開発法人国立環境研究所、東京農業大学

用語解
*1 パリ協定
京都議定書に代わる 2020 年以降の温室効果ガス排出削減等のための国際枠組み。世界 共通の長期目標として産業革命以降の温度上昇を2℃以内に抑えるという目標(通称2℃ 目標)を設定するとともに、これを 1.5℃に抑える努力も追及することとしている。

*2 生態ニッチモデル
生物種の現在の生息地点と気温・降水量・土地利用などの環境因子から、当該生物種の 生息適地の存在確率を推定する統計学的手法。

*3 社会経済シナリオ
地球温暖化とは直接関係しない社会経済の多様な発展の可能性を、シナリオとして記述 したもの。本研究では、「持続可能」、「中庸」、「地域分断」、「格差拡大」、「化石 燃料依存」という名称の、それぞれ異なる社会経済状態(人口、GDP、エネルギー技術の進 展度合い等)を想定した5つのシナリオを用いた。

図、表、写真等


図 1.研究の概要:本研究では、温暖化対策「あり」と「なし」、それぞれの場合における将来の生 物多様性の損失程度を比較しました。その結果、気温上昇が2℃以内に抑えられる対策「あり」 のケース(上)のほうが、大幅な気温上昇によって多くの生物種の生息地が失われる対策「な し」のケース(下)よりも、生物多様性の損失が抑えられると予測されました。


図 2.生物多様性への影響予測結果:温暖化対策「あり」と「なし」それぞれのケースについて、5 種類の社会経済シナリオのもとで予測した 2070 年代の生物分類群ごとの潜在生息域の変化割 合(%)。変化の要因の寄与度を色分けして示しました(土地改変、気候変動、2つの要因の 相乗効果)。鳥以外の多くの生物では潜在生息域は減少しますが、その減少の程度は対策「あ り」の場合の方が対策「なし」の場合よりも緩やかになると予測されます。

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