「亀裂」と「光」で世界最小サイズの絵画の作製に成功~インクを使わずに超高精細な印刷が可能に~

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2019-06-20 京都大学

シバニア・イーサン 高等研究院物質–細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)教授と伊藤真陽 同特定助教らの研究グループは、大きさ1mmという世界最小サイズの葛飾北斎「神奈川沖浪裏」をインクを一切使わずにフルカラーで作製することに成功しました。
ポリマー(高分子)が圧力にさらされる時、「フィブリル」という細い繊維を結成する「クレージング」と呼ばれる作用が起こります。このフィブリルが視覚的に認識出来るレベルでクレージングが起こった時に視覚効果が得られます。
本研究グループは、OM(Organized Microfibrillation:組織化したミクロフィブリレーション)と呼ばれるクレージングを調整してフィブリルを組織的に形成させ、その形成したフィブリルで特定の色の光を反射する素材を開発しました。そして、フィブリル層の周期を調整することによって、青から赤まで全ての可視光を発色する事に成功しました。
OM技術は、様々なフレキシブルで透明な素材上に画像解像度数14000dpiまでの大規模なカラー印刷をインク無しで行うことを可能にしました。本研究成果は、インクを使用しないカラー印刷技術の発展に繋がることが期待されるとともに、紙幣の偽造防止など様々な技術への応用が示唆されます。
本研究成果は、2019年6月20日に、国際学術誌「Nature」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究のイメージ図

 

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41586-019-1299-8

Masateru M. Ito, Andrew H. Gibbons, Detao Qin, Daisuke Yamamoto, Handong Jiang, Daisuke Yamaguchi, Koichiro Tanaka & Easan Sivaniah (2019). Structural colour using organized microfibrillation in glassy polymer films. Nature, 570(7761), 363-367.

朝日新聞(6月20日 29面)、京都新聞(6月20日 25面)、日刊工業新聞(6月20日 28面)および毎日新聞(6月20日 29面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

“亀裂”と“光”で絵画を作製
インクを使わない高精細な画像印刷で作製された、1mm の葛飾北斎「神奈川沖浪裏」。 世界最小サイズの浮世絵がプリント技術の未来を示す。


*イメージ画像です。

葛飾北斎(1760 – 1849) は、西洋美術におけるダ・ヴィンチ、ゴッホ、レンブラント・ヴァ ン・レインと並んで挙げられる日本美術界の大巨匠です。葛飾北斎の残した名作の中で も「神奈川沖浪裏」は、北斎の芸術的才を示す最高傑作であると言われています。

このたび、京都大学アイセムスのシバニア・イーサン教授と伊藤真陽特定助教らの研究 グループが大きさ 1mm、世界最小サイズの葛飾北斎「神奈川沖浪裏」をインクを一切使 わずにフルカラーで作製しました。本成果は、英国科学誌 Nature に 6 月 20 日に掲載 されました。

色彩や形を記すことへの欲求は太古から存在しています。葛飾北斎が木片と小刀を手 にする 約 38000 年前にインドネシア・東カリマンタン州のルバン・ジェリジ・サレー洞窟 では名も知れぬ住民が黄土を用いて雄牛の壁画を描き、現在それが世界で最古の” 絵”として知られています。やがて人類史上に美術という分野が生まれ、美術史を生み ながら発展し、デジタルアートといった新しい分野が加わった現在でも変わらず、人は色 や形を記し表現してきました。

本研究グループでは、”物質”そのものが形を記し色彩を放つという、今までになかった 方法で「神奈川沖浪裏」を作製しました。研究グループ Pureosity を率いるシバニア・イ ーサン教授はこう説明します。

「ポリマー(高分子)が圧力にさらされる、つまり、 分子レベルで引っ張って伸ばした状 態になった時、「フィブリル」という細い繊維を結成する作用(“クレージング”と呼ばれる) が起こります。フィブリルが視覚的に認識出来るレベルでクレージングが起こった時に 視覚効果が得られるのです。子供の頃、学校で手持ち無沙汰な時に透明なプラスチッ クの定規を繰り返し曲げていると、曇ったような不透明な白色に変わってしまったことが あったでしょう。それは定規(プラスチック)がクレージングしたということなのです。」

本研究グループは OM(Organized Microfibrillation: 組織化したミクロフィブリレーション) と呼ばれるクレージングを調整してフィブリルを組織的に形成させ、その形成したフィブ リルで特定の色の光を反射する素材を開発しました。フィブリル層の周期を調整するこ とによって青から赤まで全ての可視光を発色する事に成功しました。最新鋭のカラー パレットが誕生することで、プリントにインクは要らなくなると期待されます。

動物学者たちは昔から、インクなしで形成される「色」に馴染みがあり、それを ”構造 色”としています。自然界で見られる蝶の羽や孔雀の雄の見事な羽、鳥たちに見られる タマムシ色のキラキラした鮮やかな色はそれと全く同じ原理で生み出されています。実 際に、地球上の自然の営みの中には色素を持たずに光の反射によって体の表面を魅 惑的で美しい色に彩っている生き物たちがいます。

OM 技術は、さまざまなフレキシブルで透明な素材上に画像解像度数 14000 dpi までの 大規模なカラー印刷をインク無しで行うことを可能にしました。これは例えばお札の偽造 防止など、多くのテクノロジーへの応用が考えられます。しかし、シバニア 教授はさらに 斬新な OM テクノロジーの応用を示唆しています。

「OM 技術は、通気性もあり身体に装着可能な多孔性チャネルへのプリントも可能です。 例えば医療やヘルスケア分野において、肌に装着可能なフレキシブル人工環境器系流 路チップやコンタクトレンズに OM テクノロジーを組み込んで、生体情報を直接、あるい は クラウドを使って医療専門家へ送信するといったことが可能になると考えていま す。」

OM 技術は、そのものを使用することや、何かに組み込むことも可能な柔軟性の高い技 術です。京都大学 シバニア 研究室では、プラスチックの 1 種であるポリカーボネートと いった一般的に使用されているさまざまなポリマーで OM 技術の使用が可能であること を実証しています。 食品や医薬品の包装にプラスチックが広く使用されていますが、食 品や薬品の安全における分野で OM 技術を応用することが出来ると期待されています。 さらに、開封の有無や異物混入を防ぐセキュリティーラベルに OM 技術を組み込むこと によって透かしのようなものになっていくかもしれません。

伊藤 真陽助教は、今回の画期的な研究によって提起されたのは基本理念にすぎない と考えています。「今回、構造色を示すミクロな構造を形成するために圧力を1 ミクロン 以下のスケールで調整できることを立証しました。OM 法は構造色以外のマテリアルの 性能制御にも役立つ可能性があります。今回私たちはポリマーで OM 技術を実証しまし たが、金属やセラミック素材においても亀裂は起こると予想しています。私たちはこれら のマテリアルでも亀裂の制御ができるのではないかと研究を進めています。」


写真:インクを使わずに OM 技術により印刷された絵画

1. 研究プロジェクトについて
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「超空間制御と革新的機能創成」の支援 を受けて行われました。 JST-PRESTO (JPMJPR1417)

2. 論文タイトル・著者
Structural color through organized microfibrillation in glassy polymer films (組織されたマイクロフ ィブリル化によるガラス状高分子中の構造色)
著者: Masateru M. Ito *, Andrew H. Gibbons , Detao Qin1,2, Daisuke Yamamoto1 , Handong Jiang1,2, Daisuke Yamaguchi1,2, Koichiro Tanaka1,3, Easan Sivaniah1,2*.

Affiliations:
1. Institute for Integrated Cell-Material Sciences (iCeMS), Kyoto University, 606-8501 Kyoto, Japan.
2. Department of Molecular Engineering, Kyoto University, 606-8501 Kyoto, Japan.
3. Department of Physics, Kyoto University, 606-8501 Kyoto, Japan. These authors contributed equally to this work

3. アイセムスについて
京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)では、生物学、物理学、 化学 の分野を超えて新しい学問を作り、その学問を社会に還元することを目標に活動している研究所です。 細胞を制御する物質を作り出して生命の謎を探求するとともに、生命現象をヒントに優れた材料を作り出 すことで、現代社会が直面する課題に新しい解決策を提示できるよう挑戦を続けています。 詳しくはウェブサイトをご覧下さい。 http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/

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