南極アイスコアのデータから立証
2018/11/29 国立極地研究所,琉球大学,オレゴン州立大学
最終氷期にグリーンランドで起こった急激な気候変動が、「大気」による迅速な影響と、「海洋」によるはるかにゆっくりとした影響の2つの経路によって、南極大陸へ伝搬していたことが初めて実証されました。オレゴン州立大学、国立極地研究所、琉球大学などの国際共同研究チームがグリーンランドと南極で掘削された氷のデータから明らかにしました。この成果は科学雑誌「Nature」11月29日号に掲載されます。
現在のような間氷期には、大西洋の海流が熱帯から北大西洋に暖かい水を運ぶため、グリーンランドやヨーロッパは高緯度の割には温暖になります。一方、氷期にはこの海流が非常に弱くなり、グリーンランドは寒冷な状態になります。しかし、直近の氷期である最終氷期(11万年前~1万年前)には、突然、海洋の循環が強くなり、グリーンランドが数十年に約10℃という急激なペースで温暖化、その後寒冷化することがありました。最終氷期におけるこの激しい気温の上下変動は、ダンスガード・オシュガーイベント(以下、DOイベント)と呼ばれ、25回確認されています。
DOイベントでグリーンランドが温暖化すれば、地球の反対側にある南極の気候にも影響を与えるはずです。気候モデルを使ったこれまでの研究で、大気と海洋の2つの経路によって南極に影響が伝搬していることが予測されていました。大気の影響は迅速で、南極の周りに吹いている偏西風が低緯度側に移動し、南極の一部では温暖化を、他の地域では寒冷化を引き起こしたと考えられていました。また、海洋による影響は大気の変化よりはずっと遅く、200年かけて南極大陸の全体で寒冷化を引き起こしたと考えられていました。しかし、これを裏付ける気温や大気循環のデータは、十分には得られていませんでした。
南極とグリーンランドでは、過去数万年から数十万年の間に降った雪が自重で固まり氷になっています。この氷を掘削して取り出した円柱状の氷はアイスコアと呼ばれ、雪が降った当時の環境を読み解くことができます。今回、研究チームは、日本のドームふじ基地を含む南極大陸の5つの異なる場所から掘削されたアイスコアを使って、最終氷期における南極の空間的・時間的な気候変化を解析しました。具体的には、火山噴出物の層を指標にして5つのアイスコアの深さと年代を対応させ、DOイベント時の南極大陸上の気温分布とその変化のデータを得ることに成功しました。さらに、グリーンランドのアイスコアとも年代を対応させて両極の詳細な解析を行いました。気温と大気循環の変化はアイスコアの水分子の同位体比から明らかにしました。その結果、DOイベントの影響が大気と海洋の2つの経路によって北半球から南半球に伝わっていたことが実証されました。
研究チームのクリスト・ビザート氏(Christo Buizert、オレゴン州立大学)は、「北大西洋は2つの異なる時間スケールで南極にメッセージを送っていたのです。大気の経路はすぐに到着する携帯電話のメッセージのようなもので、海洋の経路は配達に時間がかかる郵便はがきのようなものです」と語っています。また、この結果は、長らく謎とされてきたグリーンランドと南極の気候変動のタイミングがずれている理由の説明にもなっています。
地球の気候変動メカニズムには未解明の部分が多くあります。本研究のように、DOイベントに代表される過去の急激な気候変動がどのように地球全体に影響したかを明らかにすることは、気候システムの理解に役立つと期待されます。
発表論文
掲載誌: Nature
タイトル:Abrupt Ice Age Shifts in Southern Westerlies and Antarctic Climate Forced from the North
著者:
Christo Buizert1, Michael Sigl2, Mirko Severi3, Bradley R. Markle4, Justin J. Wettstein1,5, Joseph R. McConnell6, Joel B. Pedro7,8, Harald Sodemann5, 東 久美子9, 川村 賢二9, 藤田 秀二9, 本山 秀明9, 平林 幹啓9, 植村 立10, Barbara Stenni11, Frédéric Parrenin12, Feng He1,13, T.J. Fudge4 and Eric J. Steig4
1 College of Earth, Ocean and Atmospheric Sciences, Oregon State University, USA
2 Laboratory of Environmental Chemistry, Paul Scherrer Institute, Switzerland
3 Department of Chemistry “Ugo Schiff”, University of Florence, Florence, Italy
4 Department of Earth and Space Science, University of Washington, USA
5 Geophysical Institute and Bjerknes Centre for Climate Research, University of Bergen, Norway
6 Desert Research Institute, Nevada System of Higher Education, USA
7 Centre for Ice and Climate, Niels Bohr Institute, University of Copenhagen, Denmark
8 Antarctic Climate & Ecosystems Cooperative Research Centre, University of Tasmania, Australia
9 国立極地研究所 気水圏研究グループ
10 琉球大学 理学部 海洋自然科学科
11 Department of Environmental Sciences, University of Venice, Italy
12 Université Grenoble Alpes, CNRS, IRD, IGE, France
13 Nelson Institute for Environmental Studies, University of Wisconsin, USA
論文公開日(冊子): 2018年11月29日(木)
論文公開日(オンライン): 2018年11月28日(水)
URL: https://www.nature.com/articles/s41586-018-0727-5
DOI: 10.1038/s41586-018-0727-5
研究サポート
この研究は、アメリカ(オレゴン州立大学、ワシントン大、砂漠研究所、ウィスコンシン大学)、スイス(Paul Scherrer Institute)、イタリア(フィレンツェ大学、ヴェネツィア大学)、ノルウェー(ベルゲン大学)、デンマーク(コペンハーゲン大学)、オーストラリア(タスマニア大学)、フランス(グルノーブル・アルプ大学)、日本(極地研、琉球大)の8か国の研究者が共同で実施しました。日本での研究はJSPS科研費(新学術領域研究17H06320)の助成を受けました。
※本リリースのイラストはOliver Day氏(オレゴン州立大)によるものです。
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国立極地研究所 広報室