銅酸化物におけるスピン系の超高速ダイナミクスを検出

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高温超伝導など強相関電子系の解明に期待

2018/09/26  東京大学,東北大学,科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • 高温超伝導体の母物質である銅酸化物において、光励起による電荷キャリアの生成に伴って生じるスピン系の超高速ダイナミクスはこれまで直接観測されていなかった。
  • 時間幅7フェムト秒のパルスレーザーを用いたポンプ-プローブ分光法を適用することによって、磁気ポーラロンの形成過程、および、スピン系のダイナミクスに関係した光励起状態間の量子干渉を実時間観測することに世界で初めて成功した。
  • 今後、情報科学に基づく新しい理論計算を用いて結果を解析することにより、電荷とスピンの相互作用に起因する強相関電子系の物理現象の解明が期待される。

二次元銅酸化物における高温超伝導の機構や複雑な電子状態を理解するには、母物質である二次元モット絶縁体注1)に導入された電荷キャリアの性質を明らかにする必要があります。二次元モット絶縁体中の電荷キャリアは、反強磁性的に配列した周囲のスピン系注2)と強く相互作用すると考えられており、電荷キャリアが磁気ポーラロン注3)を形成することや、モットギャップ遷移注4)に対応する吸収ピークの高エネルギー側に2マグノン励起注5)によるサイドバンドが現れることが理論的に指摘されています。しかし、このような電荷とスピンの相互作用によって生じると予想されるスピン系の動的挙動(ダイナミクス)は、これまで直接観測されていませんでした。

東京大学 大学院新領域創成科学研究科の宮本 辰也 助教、岡本 博 教授(兼 産業技術総合研究所 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 有機デバイス分光チーム ラボチーム長)、東北大学 大学院理学研究科の石原 純夫 教授らのグループは、京都大学、産業技術総合研究所の研究グループと協力して、時間幅7フェムト秒(fs)(1fs=10-15秒)のレーザーパルスを用いたポンプ-プローブ分光法注6)を典型的な二次元モット絶縁体である銅酸化物NdCuOに適用し、電荷キャリアの生成によって生じるスピン系のダイナミクスを世界で初めて検出しました。結果を解析することにより、電荷キャリアが約18fsで磁気ポーラロンを形成することが明らかとなりました。また、2マグノン励起に関係した光励起状態間の量子干渉注7)を観測することに成功しました。これは、2マグノン励起を伴うサイドバンドが存在する明確な証拠となります。

本研究で新しく得られた電荷とスピンの相互作用の情報を、今後の理論計算の基礎情報として用いることで、二次元モット絶縁体の高温超伝導を始めとする強相関電子系の物理の解明へとつながることが期待されます。

本研究成果は2018年9月26日付けで、英国科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載される予定です。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究総括:雨宮 慶幸 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任教授)における研究課題「強相関系における光・電場応答の時分割計測と非摂動型解析」(課題番号:JPMJCR1661、研究代表者:岡本 博 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授、研究期間:平成28~33年度)、および日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:JP15H06130,JP16K17721,JP17H02916,JP15H02100)の一環で実施されました。

<研究の背景・先行研究における問題点>

さまざまな遷移金属酸化物において、元素置換によるキャリアドーピング注8)によって絶縁体から金属や超伝導体への転移が生じることが知られています。その典型例として、LaCuOやNdCuOなどの層状構造を持つ銅酸化物が挙げられます。二次元モット絶縁体の性質を示すこれらの物質では、電荷とスピンの相互作用が、反強磁性スピン秩序上の電荷キャリアの運動に大きく影響します。理論的には、電荷キャリアの運動が周りのスピン秩序を乱すため、磁気ポーラロンを形成することが知られています。また、光吸収に対応する光学伝導度スペクトルにおいて、モットギャップ遷移の高エネルギー側に2マグノン励起によるサイドバンドが現れることが予想されています。このような電荷とスピンの相互作用に起因するスピン系のダイナミクスを調べることは、二次元銅酸化物における高温超伝導の機構や複雑な電子状態を理解するために重要です。しかし、そのようなスピン系のダイナミクスを実時間で観測した例はありませんでした。

電荷やスピン系のダイナミクスを観測するには、ポンプ-プローブ分光法が有効です。二次元銅酸化物におけるスピン間の相互作用エネルギーの大きさは約150meV(ミリエレクトロンボルト)ですが、この相互作用が生じる時間スケールを同じ大きさのエネルギーを持つ振動の周期から見積もると、約30fsとなります。すなわち、光励起によって電荷キャリアが生成した後スピン系に生じる変化は、30fsの時間スケールで生じると予想されます。しかし、汎用的に使われるフェムト秒レーザーパルスの時間幅は約100fsであるため、それを用いたポンプ-プローブ分光法では、二次元銅酸化物におけるスピンダイナミクスを検出することは困難でした。

<研究内容>

本研究では、典型的な二次元モット絶縁体である銅酸化物NdCuO(図1)において、独自に開発した非同軸光パラメトリック増幅器注9)から発生させた時間幅7fsのパルス光を用いたポンプ-プローブ分光測定を行いました。本測定系では、モットギャップ遷移を励起し、その後の反射率変化を測定することで、光励起後の状態変化を10fsの時間分解能で検出することが可能です。本測定系を用いることにより、超高速のスピンダイナミクスによる信号を捉えることに成功しました。

光励起後、10fs以内に電荷キャリア生成による吸収の減少に起因した信号が現れた後、約20fsの時間をかけてさらに反射率が減少することが分かりました(図2a)。これは、図2bに模式的に示した磁気ポーラロン形成によるものです。さらに、光励起後の反射率変化に高周波数のコヒーレント振動注10)が含まれることが分かりました(図3a)。その振動のエネルギーħωOSCは、プローブ光の光子エネルギー(ħωprobe)に依存し、モットギャップ遷移のエネルギー(ħωMott)から、ħωOSC=ħωprobe-ħωMottという関係式に従って増加しています(図3b)。モットギャップ遷移の高エネルギー側には2マグノン励起を伴ったサイドバンドが含まれていると考えられるため(図3c)、実験で得られたコヒーレント振動は2マグノンの励起に関係していることが示唆されます。本質を残して単純化したモデルに基づく理論シミュレーションを実施した結果、上記の特徴を示す振動モードは2マグノン励起を伴う光励起状態間の量子干渉によって生じることが示されました。これは、2マグノンサイドバンドの存在を裏付ける証拠となります。

<社会的意義・今後の予定>

本研究では、高時間分解能のポンプ-プローブ分光法を用いることによって、二次元モット絶縁体である銅酸化物NdCuOにおいて、電荷とスピンの相互作用に起因するスピン系のダイナミクスを世界で初めて観測することに成功しました。NdCuOは、強相関電子系を持つ遷移金属酸化物の中では、構造が単純であり、電子格子相互作用が比較的弱く、物性を複雑にする要素が少ない物質であるため、過渡応答の理論解析を行う対象として最も適している物質の1つです。そのため、本研究で得られたNdCuOにおける電荷やスピンのダイナミクスに関するデータや、電荷とスピンの相互作用に関する知見は、強相関電子系の光応答を理論的に解析するための基礎情報として活用することができます。

強相関電子系の光応答の機構を解明するには、相互作用しながら変化する電荷とスピンの非平衡状態を理論的に解析することが必要です。そのために、情報科学的なアプローチを取り入れることにより実験データを正確に再現することを可能とする新しい理論解析手法の開発が求められています。本研究グループは、物性理論の研究グループと協力してその開発を進めています。今後、本研究で用いた高時間分解能のポンプ-プローブ分光法と新しい理論解析手法を組み合わせることにより、銅酸化物だけでなくさまざまな強相関電子系の非平衡状態の解明を進める予定です。これらの研究は、将来的には光励起による電子相変化を利用した高速光デバイスの開発へとつながることが期待されます。

<参考図>

銅酸化物におけるスピン系の超高速ダイナミクスを検出

図1 銅酸化物Nd2CuO4の結晶構造の模式図

銅の3d軌道と酸素の2p軌道が混成して二次元電子系を形成する。銅の3dバンドが電子間の強いクーロン反発力によって分裂し、二次元モット絶縁体となっている。

図2

図2

(a)反射率変化の時間発展(青丸)。励起光子密度は1銅イオンあたり0.003光子である。水色実線は磁気ポーラロンの形成の時間スケールを求めるために利用したフィッティング曲線。黄色の影の部分は測定系の装置関数に対応するポンプ光とプローブ光の相互相関関数。

(b)磁気ポーラロン形成の模式図。

図3

図3

(a)さまざまなプローブエネルギーにおける反射率変化の時間発展。

(b)プローブエネルギーに対するコヒーレント振動のエネルギー(○)。赤実線はNdCuOの光学伝導度スペクトル。

(c)2マグノンサイドバンドの模式図。

(d)光励起状態間の量子干渉の概念図。

<用語解説>
注1)二次元モット絶縁体
価電子帯が半分あるいは部分的にしか満たされていない結晶は、バンド理論からは金属となる。しかし、電子間のクーロン反発力が強いと、電子がお互いを避けるように各サイト(原子や分子)に局在し絶縁体となる。このとき、価電子帯は2つのバンドに分裂し(エネルギーの高い方からそれぞれ、上部ハバードバンド、下部ハバードバンドという)、エネルギーギャップが生じる。このような絶縁体は、モット絶縁体と呼ばれる。本研究では、二次元正方格子上の各原子の軌道に1つずつ電子が存在する二次元モット絶縁体を対象とした。
注2)反強磁性的に配列した周囲のスピン系
二次元正方格子からなる二次元モット絶縁体では、各原子に局在した電子のスピンの向きは、隣り合う電子のスピンの向きと互いに逆向きになるよう配列する。これは、各電子が少しでも隣りの原子に移りやすくなる方がエネルギー的に安定化することによる。このようなスピン配列は、反強磁性スピン配列と呼ばれる(図1)。
注3)磁気ポーラロン
一般的には、電荷キャリアが周りのスピン配列を変化させることによりエネルギー的に安定化した状態を意味する。二次元モット絶縁体に電荷キャリアが導入された場合は、反強磁性スピン配列を弱めることによってエネルギー的に安定化するが、ここではこの電荷キャリアの状態を磁気ポーラロンと呼ぶ(図2b)。
注4)モットギャップ遷移
モット絶縁体における最低電子励起状態である、下部ハバードバンドから上部ハバードバンドへの遷移。本研究で対象としたNdCuOにおいては、厳密には下部ハバードバンドと上部ハバードバンドの間のエネルギーギャップ内に酸素の2p軌道からなるバンドが存在するため、そこから銅の3d軌道からなる上部ハバードバンドへの電荷移動遷移が光学ギャップに対応するが、ここでは簡単にモットギャップ遷移と呼んでいる。
注5)2マグノン励起
マグノンとは、スピン波を量子化した準粒子である。通常の光励起ではスピン反転は生じないため、1個のマグノンのみを生成させることはできない。符号が逆で同じ大きさの波数(±k)を持ったマグノンが2個同時に生成するとスピン反転が生じないため、光による励起が可能となる。二次元銅酸化物では、ラマン散乱スペクトル上に2マグノン励起による幅広いピーク構造が現れることが知られている。
注6)ポンプ-プローブ分光法
強いレーザーパルス(ポンプ光)を試料に照射したときに生じる物質の状態変化を、もう1つの弱いレーザーパルス(プローブ光)の反射率や吸収率の変化を通して測定する手法。ポンプ光とプローブ光のそれぞれが試料に到達するまでの時間の差を変化させることで、状態変化の時間発展を測定することができる。時間分解能は、レーザーパルスの時間幅で決まるため、高い時間分解能の測定を行うには短い時間幅のレーザーパルスを用いる必要がある。
注7)光励起状態間の量子干渉
光照射によって生成する励起状態として、電子(ダブロン)と正孔(ホロン)とエネルギーħωOSCを持つ2マグノン励起状態が合わさった状態を考える。ダブロン-ホロン対の数がN、2マグノンの量子数がnの状態を、|N,n>で表すものとする(図3d)。時間幅が狭いポンプ光は周波数領域で広がっているため、多くの励起状態(例えば|1,0>と|1,n>)が同時に励起されることになる。その状態で、同様に周波数領域で広がっているプローブ光を照射すると、例えば、同じ終状態を持つ|1,0>→|2,n>の遷移と|1,n>→|2,n>の遷移が同時に生じることになり、2つの遷移が量子力学的に干渉する。その結果、|1,n>のエネルギーに合わせたプローブ光の反射率変化に、これらの2つの遷移のエネルギー差であるħωOSCのコヒーレント振動が現れることになる。
注8)元素置換によるキャリアドーピング
例えば、本研究で対象としたNdCuOでは、Nd3+をCe4+に置換することでNd2-xCeCuO(Nd原子2-x個当たりCe原子x個となるように置換)という物質を合成することができる。Ndが三価の正電荷であることに対し、Ceが四価の正電荷であるため、Cuの価数が減少し電子キャリアが注入されることになる。このように、価数の異なる電荷を持つ原子に置換することでキャリアを注入することを、元素置換によるキャリアドーピングと呼ぶ。
注9)非同軸光パラメトリック増幅器
二次の非線形光学効果を利用して、弱いシグナル光(周波数ω、波数k)を別の強いポンプ光(周波数ω、波数k)で増幅する装置のことを光パラメトリック増幅器という。シグナル光が増幅されるとき、同時に同じ光子数のアイドラー光(周波数ω、波数k)が発生する。このとき、エネルギー保存則(ωωω)と位相整合条件(k=k+k)が同時に満たされる必要がある。不確定性原理から時間幅とスペクトル幅の積は一定値以上の値となるため、短い時間幅を持つパルス光を発生させるためには広いスペクトル幅を持つ光を発生させる必要があるが、ポンプ光とシグナル光を同軸で照射した場合、単一の周波数でしか位相整合条件を満たさない。
本研究で利用した非同軸光パラメトリック増幅器では、β-BaBという二次の非線形光学結晶にポンプ光とシグナル光を非同軸で(別々の方向から)照射することで、幅広いスペクトル領域で位相整合条件を満たすようにしている。その結果、広いスペクトル幅の光を増幅することが可能となり、狭い時間幅のパルス光を得ることができる。
注10)コヒーレント振動
定常的に存在する振動子(例えばフォノン(音量子)など)は、時間的・空間的に位相が定まっていない。一方、振動の周期よりも十分に短い時間幅のパルス光を照射すると、全ての振動子が一斉に同じ位相で振動するということが生じうる。これがコヒーレント振動である。ポンプ-プローブ分光法では、パルス光の時間幅よりも長い周期のコヒーレント振動を検出することができる。本研究では、光励起状態間の位相差がポンプ光を照射した時に決定されるため、プローブ光を照射した時に量子干渉が生じ、コヒーレント振動が現れる。
<論文情報>

タイトル:“Probing ultrafast spin-relaxation and precession dynamics in a cuprate Mott insulator with seven-femtosecond optical pulses”

著者名:T. Miyamoto, Y. Matsui, T. Terashige, T. Morimoto, N. Sono, H. Yada, S. Ishihara, Y. Watanabe, S. Adachi, T. Ito, K. Oka, A. Sawa, H. Okamoto* (責任著者)

掲載誌:Nature Communications

DOI:10.1038/s41467-018-06312-z

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

宮本 辰也(ミヤモト タツヤ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教

岡本 博(オカモト ヒロシ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授

石原 純夫(イシハラ スミオ)
東北大学 大学院理学研究科 物理学専攻 教授

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 総務係

東北大学 大学院理学研究科・理学部 広報・アウトリーチ支援室

科学技術振興機構 広報課

1701物理及び化学
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