資源が豊富なカリウムを用いた新しい“低コスト”蓄電池の実現に貢献
2018/09/20 国立研究開発法人 産業技術総合研究所,Nanjing University ,立命館大学
ポイント
- リチウムイオン電池用正極材料と同等の4 V程度の作動電位を示す複合酸化物群を開発
- 開発した酸化物群の結晶中のハニカム構造がカリウムイオンの高速な二次元拡散を実現
- 低コスト蓄電池システム普及への貢献に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電池技術研究部門【研究部門長 谷本 一美】次世代蓄電池研究グループ 鹿野 昌弘 研究グループ長、マセセ タイタス 研究員らは、Nanjing University of Posts and TelecommunicationsのHuang, Zhen-Dong 准教授、立命館大学 生命科学部応用化学科 折笠 有基 准教授らの研究グループと次世代の蓄電池であるカリウムイオン電池用の4 V級酸化物正極材料を開発した。
カリウムイオン電池は、資源的に豊富で低コストが期待されるカリウムを用いるという利点から、リチウムイオン電池に続く次世代蓄電池技術として研究開発されている。現在までカリウムイオン電池用正極材料の作動電位は、プルシアンブルー系で4 V(vs. K+/K)が達成されているが、熱安定性に優れ、より信頼性の高い酸化物材料では3 V程度にとどまり、高い作動電位を示す新しい酸化物材料が求められていた。今回、結晶構造解析と理論計算によって候補化合物を選定して、リチウムイオン電池用正極材料の層状酸化物系材料と同様の4 V程度の作動電位を示す複合酸化物群を開発した。開発した酸化物群は、結晶中にハニカム型の層状構造を持ち、この層がカリウムイオンを高速かつ二次元に拡散させる経路となっている。カリウムイオン電池はまだ基礎研究段階で実用化には時間がかかるが、今回開発した材料は大きな進歩につながると期待される。
なお、この技術の詳細は、Nature Communicationsに2018年9月20日版にオンライン掲載される。
合成した材料の一例(左)とカリウムイオン電池の原理図(右)
開発の社会的背景
蓄電池の用途は拡大の一途にあり、さまざまな需要に応える必要が生じている。例えば、携帯電子機器用には小型・軽量で長持ちするものが、電動車両や定置型用の蓄電池には大型で長寿命のものが求められている。特に大型蓄電池では、エネルギー密度や作動電圧で従来型のリチウムイオン電池と同等で、本格的な普及のために資源量や価格の課題を解決した蓄電池が必要である。
既存のリチウムイオン電池は、資源が偏在し安定供給に課題のあるリチウムが用いられているため、資源的に有利で低コストな他のアルカリイオンをキャリアーとする蓄電池が注目を集めている。特にカリウムイオン電池は、リチウムイオン電池と同様に黒鉛を負極材料に用いることができるため、既存の生産設備を流用できるという利点がある。さらに、黒鉛は作動電位が0 V(vs. K+/K)に近いので、カリウムイオン電池は正極の作動電位をそのまま生かすことができる作動電圧が高い蓄電池として期待されている。
研究の経緯
産総研は、カリウムイオン電池や金属負極を用いた電池など次世代蓄電池の実用化のために、新規材料の研究開発に取り組んできた。これまでに天然鉱物やリチウムイオン電池の正極材料を参考にして、新しいカリウム含有複合酸化物の合成を試み、120を超える化合物を発見してきた。一方、Nanjing University of Posts and Telecommunicationsでは新規化合物の精密な構造解析を、立命館大学では放射光施設を使ったリチウムイオン電池用正極材料の充放電機構解明に関する研究開発を行ってきた。
今回、3機関は共同で、カリウムイオン電池で課題となっている新規な正極材料の開発に取り組んだ。
研究の内容
これまでに発見してきたカリウム含有複合酸化物について、精密な結晶構造解析によって結晶構造を決定し、その構造からカリウムイオンの拡散障壁のエネルギーを計算した。さらに拡散障壁が低い化合物群について理論計算によって作動電位を見積もって、正極材料として有望な酸化物を選定した。これらの候補酸化物の作動電位を実測して、層状型構造を持ちK2M2TeO6(K2/3M2/3Te1/3O2、Kはカリウム、Teはテルル、Oは酸素、Mは2価の陽イオンになる金属元素)という組成で表される4 V程度の作動電位の化合物群を発見した。なお、作動電位の実測値は計算結果と良い相関を示していた。発見した化合物群は、比容量は理論値で130~140 mA h g–1、平均作動電位は3.6~4.3 V(vs. K+/K)、正極材料ベースでのエネルギー密度は470~600 W h kg–1に達し、これまでの酸化物材料を大きく超える可能性がある。現行の実用リチウムイオン電池用正極材料のエネルギー密度が600 W h kg–1程度なので、同等の性能が期待される。金属元素Mにニッケル(Ni)を用いたK2/3Ni2/3Te1/3O2の場合、比容量の理論値130 mA h g–1に対して実測値は70 mA h g–1でありまだ改善の余地はあるが、平均作動電位3.6 V(vs. K+/K)が可能である。さらに、このNiの一部をコバルト(Co)やマグネシウム(Mg)など他の金属元素に置き換えることで、4.3 V(vs. K+/K)まで作動電位の向上が可能である(図1)。今回の開発は、理論計算による事前の候補化合物の選択が成功した例であり、新しい材料開発の道筋といえる。
図1 K2/3M2/3Te1/3O2の作動電位の実測値
図1に示したようにK2/3M2/3Te1/3O2の作動電位の実測値は、これまでの層状型酸化物正極材料より高い。その理由は、結晶構造中のTeO6の働きによるものであることを、理論計算の結果から明らかにした。図2はK2/3M2/3Te1/3O2の結晶構造モデルで、オレンジの球で表したカリウムがハニカム型の層状構造を構成している。この層が、カリウムイオン(K+)が高速で二次元に拡散する経路になるため、K2/3M2/3Te1/3O2は高出力の正極材料として期待できる。さらに、金属元素Mの選択で多様な組成の材料が存在する。
図2 今回開発した層状構造のK2/3M2/3Te1/3O2の結晶構造とカリウムイオン拡散経路を示したモデル図
また、近年、電解質溶液(電解液)の代わりに固体電解質を用いた安全性の高い全固体電池が注目されている。上記の正極開発で着目したK2/3M2/3Te1/3O2型の複合酸化物が、高いカリウムイオン伝導性を持つことから、固体電解質としても利用できる可能性も見出した。例えば、金属元素Mとしてマグネシウム(Mg)を選択したK2/3Mg2/3Te1/3O2のイオン伝導性は300 °Cで38 mS cm–1と非常に高い値を示した。もし、作動温度が室温に近い材料を開発できれば全固体カリウムイオン電池が実現する可能性がある。
今後の予定
カリウムイオン電池を構築するため、今回の成果を生かして正極材料の性能を向上させるとともに、それらに適した負極と電解液、固体電解質の開発を推進する。
用語の説明
- ◆蓄電池
- 充電することで、繰り返し使用(放電)できる電池。自動車用の鉛蓄電池やリチウムイオン電池が代表的なもの。二次電池や充電式電池とも呼ばれる。
- ◆カリウムイオン電池
- 次世代の蓄電池の一種で、リチウムイオン電池の「リチウムイオン」の代わりに「カリウムイオン」を用いたもの。カリウムは資源的に豊富なため低コスト化が期待できる。
- ◆リチウムイオン電池
- 蓄電池の一種で、パーソナルコンピューターや携帯電話などの電子機器の電源として広く普及している。充放電の際に、正極と負極の間をリチウムイオンが行き来するという特徴から名付けられた。
- ◆作動電位、作動電圧
- 作動電位は電極材料の性能を示す指標で、今回は、金属カリウム電極に対する電位差で示しており、単位はV(vs. K+/K)となる。正極材料の作動電位と負極材料の作動電位の差が、電池の作動電圧となる。4 V程度の作動電位の正極材料では、作動電位が0 Vに近い黒鉛を負極材料に用いることで、作動電圧が4 V程度のカリウムイオン電池が可能になり、作動電圧3 V程度の電池と比べて直列でつなぐセル数を減らせるなどメリットが大きい。一方、作動電位が4.5 Vを超えるような正極材料では、副反応が生じやすく、電池の寿命が著しく低下することが知られている。
- ◆プルシアンブルー
- 化学式Fe4[Fe(CN)6]3で表される有機錯体で、紺青色の顔料としても知られる。正極材料としては、金属組成の異なるK2Mn[Fe(CN)6]が報告されている。
- ◆ハニカム型の層状構造
- ハニカムとは蜜蜂の巣を意味し、正六角形や正六角柱を隙間なく並べた構造である。K2/3M2/3Te1/3O2では、金属元素Mとカリウムの配列がそれぞれハニカム型の層をなしている。
- ◆電動車両
- 電気自動車やハイブリッド自動車のように駆動系に電動モーターを用いる自動車の総称。
- ◆定置型
- 病院や商業施設などの停電時のバックアップ電源などに用いられる大型の蓄電池の類型。
- ◆エネルギー密度
- 電池の性能を示す指標で、電池の単位重量当たり(または単位体積当たり)得ることができるエネルギーの大きさで示される。単位は通常W h kg–1(またはW h L–1)を用いる。
- ◆金属負極
- 金属リチウムなど、蓄電池の負極材料として金属を用いたものをいう。リチウムイオン電池では、負極材料として金属リチウムを用いると、現行の黒鉛負極と比べて約10倍の高容量化が可能であり研究が進められている。しかし、リチウムイオン電池やカリウムイオン電池のようにアルカリイオンをそのまま受け入れる仕組みになっているのとは異なり、アルカリ金属負極を用いた畜電池では充放電でアルカリ金属の溶解・析出反応を伴う。この反応を適切に制御することは非常に困難であり、アルカリ金属負極を用いた蓄電池はまだ実現していない。
- ◆拡散障壁
- 固体内でのイオンの拡散は、周辺のイオンの配列によるポテンシャルの影響を強く受ける。拡散過程を妨げるポテンシャルの最低値を拡散障壁といい、それが小さいほど、イオンは容易に拡散する。
- ◆比容量
- 電池の電極材料の性能を示す指標で、材料の単位重量当たり得られる電気量の大きさで示される。単位は通常mA h g–1を用いる。
- ◆電解質溶液(電解液)
- イオン性の物質(溶質)を水などの極性液体(溶媒)に溶かしたイオン伝導性を示す溶液のこと。電池や電解めっきなどに用いられる。
- ◆固体電解質
- 比較的高いイオン伝導性を示す固体のこと。
- ◆全固体電池
- 電池には通常は電解質溶液が用いられるが、これを固体電解質に代えて構成材料を全て固体としたもの。電解質溶液を用いた電池よりも、安全性が高いと言われている。