回転運動の消失による高速磁気デバイスの材料探索に道を拓く
2018/08/31 日本原子力研究開発機構,理化学研究所
発表のポイント】
- 磁石を高速回転させるだけで、磁気の素となる電子の回転運動(角運動量)の温度変化を観測する汎用性の高い角運動量測定装置を開発した。
- 角運動量測定装置を使って角運動量の大きさを調べることで、ある特定の磁性体で、角運動量が消失するのを観測した。
- 磁気反転プロセスと角運動量は密接に関係しており、角運動量が小さい時に磁気反転が高速化される。角運動量測定装置でさまざまな物質の角運動量を測定することで、次世代の高速磁気デバイス向けの材料探索を行うことができる。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センター スピン-エネルギー変換材料科学研究グループの今井 正樹特定課題推進員、国立研究開発法人理化学研究所 創発物性科学研究センターの前川 禎通特別顧問らの研究グループは、磁石が磁気を持つ素となる電子の回転運動(角運動量注1)を観測する高速回転装置を開発しました。
回転している物質中の磁気を測定することは、角運動量と磁気の関係の解明に役立ちます。磁石内部の角運動量は、磁気の制御と密接に関わる重要な物理量です。しかし、微小な磁気や角運動量の測定は、地球が持つ地磁気をはじめ、周囲のさまざまな磁気の影響を受けるため、測定が大変困難です。そこで、本研究ではモーターなどの磁石を使わない高速回転装置を使用するなど、磁気を測定系から排除した角運動量測定装置を開発しました。本装置を使うことで、今まで測定ができなかった物質中の磁気と角運動量の温度変化を測定することに成功しました。フェリ磁性体注2と呼ばれる磁石においては、今まで測定することができなかった角運動量が消失する角運動量補償温度の観測に成功しました。
本装置では、さまざまな物質で角運動量補償温度を測定することで、コンピューターの高速化などに必要な次世代の高速磁気メモリーの材料探索につながると期待されます。本研究成果は、米国の応用物理学専門誌『Applied Physics Letters』オンライン版にEditors’ Pick(注目論文)として8月2日に掲載されました。
【研究開発の背景と目的】
物体が回転すると、回転軸と垂直な方向に回転の勢いをあらわす角運動量が生じます。
磁石の磁気の素は、内部の電子の自転や公転によって生じる角運動量であることが量子力学により明らかにされています。角運動量と磁気量の関係は、磁石を構成する原子の種類や周りの原子配置により異なります。したがって、角運動量を精密に測定することで、その物質の角運動量と磁気の関係を明らかにし、磁気に関する特性を調べることができます。
また、角運動量や磁気の大きさは温度の影響を受けて変化します。物質の持つ磁気の特性を調べ、角運動量や磁気が消失する補償温度を決めることは、高速磁気メモリーや高速スイッチング装置など次世代磁気デバイスの材料となる物質探索の足掛かりとすることができます。一方で、物質中の磁気の変化量は地球の持つ地磁気の大きさよりも小さく、通常の環境では地磁気の影響を受けるため、測定が非常に困難です。また、通常のモーターでは回転に磁力を使用しているため、今回のような高速回転系での測定にはモーターを使用することもできません。
そこで、今回、本研究グループは、①磁力を使用しない空気軸受回転子を用いて高速回転系を構築、②軟磁性体を用いた磁気シールドを二重にすることで地磁気による影響を抑制、③高感度磁気センサーの使用、の3点を組み合わせて、周囲の磁気に影響されることなく、角運動量を温度制御しながら測定する角運動量測定装置を開発し、実際の磁性体を用いて測定を行いました。
図1 角運動量測定装置の外観と装置概略図
a. 角運動量測定装置全体と温度制御用クライオスタット(写真下部の銀色タンク)。
b. 角運動量測定装置(写真左側。磁気シールドを外したところ)。
c. 角運動量測定装置拡大写真。
d. 装置概略図。
図2 フェリ磁性体の磁気と角運動量
通常の状態では鉄原子とホルミウム原子が逆方向の角運動量を持っており、その大きさの差が、合計磁力として表れている。
図3 回転による磁気測定結果(上)とその結果から得られた角運動量の温度変化
角運動量補償温度(240 K, -33 ℃)で角運動量が消失し0になっている。
【研究の手法と結果】
磁石を回転させると、磁石内部の角運動量が回転運動と相互作用してバーネット効果注3が働き、磁気量が変化します。バーネット効果の大きさは角運動量の大きさに比例するため、角運動量が消失する角運動量補償温度ではバーネット効果が働かなくなります。バーネット効果の大きさや向きを正確に測ることで、磁石の中の角運動量を評価することができます。本研究では、磁石を1秒間に1500回転させながら、磁力の温度依存を測定する角運動量測定装置を開発しました(図1)。これにより、磁石中の角運動量の温度変化を測定することが可能になりました。
角運動量測定装置を用いて、フェリ磁性体について、温度を変えながら測定を行いました。フェリ磁性体は、2種類の磁性原子が反対方向の角運動量をもつため、角運動量や磁気は互いの差の分だけ発生します(図2)。一部のフェリ磁性体では、全体の磁気が消失する磁気補償温度や全体の角運動量が消失する角運動量補償温度をもつことが知られています。この角運動量補償温度は、角運動量に由来する磁気の歳差運動が抑制されているため、高速な磁気の反転が実現される舞台として次世代磁気デバイス開発の分野で注目されています。しかしながら、これまで角運動量補償温度は、磁気反転の高速化現象や角運動量移行による磁気反転現象がなくなる温度を調べることで、間接的に測定されていました。このような測定では測定材料の微細加工技術が必要であり、また加工可能な材料の種類も限られています。
ホルミウム鉄ガーネット注4は、磁気が消失する磁気補償温度が135 K(-138℃)のフェリ磁性体化合物です。この物質に対し、角運動量測定装置で磁気測定を行ったところ、角運動量が消失する角運動量補償温度の直接観測に成功しました(図3)。また、角運動量補償温度と磁気補償温度の間の温度で、磁気と角運動量の向きが、通常の磁石とは逆の状態になることを初めて測定しました。これは、全ての磁石は磁場をかけるとN極の向きがそろいますが、回転を使うとN極にそろうものとS極にそろうもの2種類に分類できることを意味しています。この性質を生かして回転を磁気応答に対する新たな自由度として利用することが期待されます。
【今後の展開】
今回の研究で、新しく開発した角運動量測定装置によって磁性体の角運動量補償温度を正確に測定することができました。また、角運動量測定装置では試料管の試料を詰め替えるだけで、さまざまな物質の角運動量を測定することができます。今後は、さまざまな物質で角運動量補償温度を測定することで、コンピューターの高速化などに必要な次世代の高速磁気メモリーの材料探索につながると期待されます。
また、新たに角運動量が消失する物質の探索とともに、測定温度領域、測定感度の向上を図ることで、回転運動に応答する磁気の物理現象の探索を進めて行きます。
書籍情報
雑誌名:Applied Physics Letters
タイトル:Observation of gyromagnetic reversal
著者:Masaki Imai1, Yudai Ogata1, Hiroyuki Chudo1, Masao Ono1, Kazuya Harii1, Mamoru Matsuo2,3,4, Yuichi Ohnuma1,3,4, Sadamichi Maekawa1,4,3 and Eiji Saitoh1,2,5
所属:1日本原子力研究開発機構、2東北大学、3中国科学院大学、4理化学研究所、5東京大学
DOI番号:10.1063/1.5041464
【用語解説】
注1) 角運動量
回転の方向と大きさをあらわす量。電子は、自転に対応する「スピン」と呼ばれるミクロな角運動量をもっている。また、電子は原子の周りを回ることで軌道角運動量を獲得する。
図4 電子のもつ回転運動(角運動量)の概念図
注2) フェリ磁性体
磁性体の中に2種類の磁性原子があり、それぞれ反対方向の角運動量をもつため、互いの角運動量の大きさの差の分だけ磁気を発生する磁性体。一般的な磁石(フェライト磁石)はフェリ磁性体の代表例。
注3) バーネット効果
磁石を回転させると磁気量が変化する効果。1915年にバーネットが発見した。バーネットは巨大な鉄の塊を回転させることで、この現象を発見した。この逆で磁石の磁気量を変化させると物体が回る効果はアインシュタイン・ドハース効果と呼ばれ、アインシュタインが行った唯一の実験としても知られている。
注4) ホルミウム鉄ガーネット
フェリ磁性体の一種。一般的な磁石(フェライト磁石)の仲間。化学式はHo3Fe5O12。ホルミウムイオンと鉄イオンの角運動量が逆向きに結合している。図2参照。