放射線照射により生じる水の発光現象の機序を解明、 シミュレーションでも発光現象を評価可能に

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新しい発光現象を利用した“高精度放射線イメージング機器”開発に期待

2018/06/28 名古屋大学 兵庫県立粒子線医療センター 量子科学技術研究開発機構

名古屋大学大学院医学系研究科の 山本 誠一 教授、小森 雅孝 准教授は、兵庫県立粒子線医療センターの 赤城 卓 博士、山下 智弘 博士、タンペレ工科大学の トイヴォネン 博士、量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所の 山口 充孝 主幹研究員、河地 有木 プロジェクトリーダーと共同で、放射線照射による水の発光現象の発光機序を明らかにしました。山本教授らは、これまでに放射線が水中で微弱光を発する現象を発見し、線量測定に応用できることを明らかにしましたが、その発光機序は不明でした。今回、炭素線照射による水の発光波長分布を求める実験を行い、得られた分布から、水の発光はチェレンコフ光のもとになっている発光であることを明らかにしました。

また、山本 誠一教授は、名古屋大学大学院医学系研究科の 平野 祥之 准教授、小森 雅孝 准教授、矢部 卓也 大学院生(当時)、名古屋陽子線治療センターの 歳藤 利行 博士、兵庫県立粒子線医療センターの 赤城 卓 博士、山下 智弘 博士、三菱電機先端技術総合研究所の 笹野 理 博士、林 真照 主任研究員、東 哲史 研究員、坂本 裕 介 研究員と共同で、水の発光現象をコンピュータシミュレーションに追加することに成功しました。山本教授らが発見した水の発光現象は全く新しい現象であるため、放射線物理の分野で利用されているコンピュータシミュレーションに組み込まれていません。そのため、現状の計算では、水の発光に関して実験とは全く異なる分布が得られていましたが、今回、水の発光をシミュレーションに追加することで、実験データと一致する発光分布を得ることができるようになりました。これら一連の研究成果によって、放射線照射による水の発光機序が明らかになり、さらに、コンピュータシミュレーションで水の発光を正しく計算できるようになったため、今後、この現象を利用した機器開発が飛躍的に発展するものと期待されます。

ポイント

・これまでに放射線が水中で微弱光を発することを発見し、発光が線量と一致することを明らかにしましたが、その発光機序は不明でした。今回、炭素線注1)照射による水の発光波長分析から、水の発光はチェレンコフ光注2)のもとになっている発光であることを明らかにしました。
・この水の発光現象は全く新しい現象であるため、これまで物理学の分野で信頼されて使われているコンピュータシミュレーションにも組み込まれていませんでしたが、粒子線照射で生じる水の発光現象をシミュレーションに追加し、放射線照射による水の発光量を正しく評価することを可能にしました。
・これらの研究成果によって、放射線照射による水の発光機序が明らかになり、さらにコンピュータシミュレーションで水の発光を正しく計算できるようになったため、今後、この現象を利用した機器開発が飛躍的に発展するものと期待されます。

背景

研究グループでは、これまで放射線が水中で微弱光を発することを発見しました。この発光は、これまで知られていたチェレンコフ光が生じない条件で発光する全く新しい現象であり、世界的な注目を集めています。発光を高   感度カメラで撮像することで放射線が水に与える線量分布を画像化できることも明らかにしていました。
しかし、水の発光現象は全く新しい現象であり、その発光機序は未だ不明でした。可能性としては、いろいろな候補が考えられましたが、それを証明する実験データは、これまで得られていませんでした。

研究の内容

今回、研究グループでは、水面近くの浅い部分にチェレンコフ光が生じるエネルギーの炭素線を水に照射しながら水の発光画像のスペクトルを計測することで、水の発光機序を明らかにしました。図1(A)に得られた水の発光画像を、図1(B)に得られた画像の深さ方向の発光強度分布(プロファイル)を示します。水面から発光が始まり、その後低くなり、最後にブラッグピーク3)と呼ばれる部分が高く発光しています。水面近くの輝度が高いのはチェレンコフ光が含まれるためで、深くなるほど炭素線のエネルギーが減少することでチェレンコフ光が少なくなり、ブラッグピークでは、チェレンコフ光閾値以下のエネルギーでの水の発光4)であり、チェレンコフ光は含まれません。
図1(C)に水面近くの発光波長分布を、図1 (D)にブラッグピーク近くの発光波長分布を求めた結果を示します。水面近くは、発光波長(λ)の-2.6乗、ブラッグピークでは発光波長(λ)の-2.0乗に比例することが分かりました。チェレンコフ光の発光波長分布はこれまで、発光波長(λ)の-2.0乗に比例すると報告されていましたが、水の屈折率の発光波長依存性を考慮に入れると、水面近くの発光波長分布は発光波長(λ)の~-2.6乗になることが明らかになりました。一方で、ブラッグピークの発光の発光波長分布が、発光波長(λ)の-2.0乗に比例することは、水の発光現象が、水の屈折率の発光波長依存性を考慮に入れない場合のチェレンコフ光の発光波長分布と一致します。これはブラッグピークの発光がチェレンコフ光のもとになっている発光であると考えると矛盾なく説明できます。このように、水の発光は、チェレンコフ光のもとになっている発光が、粒子線治療装置などからの高い線量の放射線を照射することで、はじめて観察されるようになったものであることが明らかになりました。

放射線照射により生じる水の発光現象の機序を解明、 シミュレーションでも発光現象を評価可能に
図1 炭素線照射による水の発光スペクトルの測定:水の発光画像(A)、
深さ方向の発光強度プロファイル(B)、浅い部分の発光波長分布(C)、

ブラッグピーク部の発光波長分布(D)
水の発光現象に関する研究では、別の課題もありました。チェレンコフ光以下のエネルギーで生じる水の発光は、新しく発見された現象であることから、物理学の分野で信頼されているコンピュータシミュレーションには、未だ組み込まれていません。これまでのコンピュータシミュレーションで計算を行った炭素線を水に照射したときの発光画像と、実験で得られた発光画像を図1(A)と(B)にそれぞれ示します。
これらの発光分布は全く異なります。これは、水の発光現象が新発見であり、未だ科学界に広く知られるに至っていないため、コンピュータシミュレーションに組み込まれていないことに起因します。最近の放射線物理の研究者は、コンピュータシミュレーションの結果は間違いのないものと考える傾向があり、得られた図1(A)のような計算結果から、放射線照射による水の発光は線量分布測定には使えないと判断し、欧米の研究者らからは、このような間違った結論の論文が、これまで発表されていました。


図2 これまでのコンピュータシミュレーションを用いて計算した炭素線を
水に照射したときの発光画像(A)と実験により得られた発光画像(B)

この課題を解決するために、研究グループでは、現状のコンピュータシミュレーションソフト(GEANT4)に、水の発光現象を追加する修正を行い、新たに計算を行いました。新しく水の発光現象のプロセスを追加して計算を行った発光画像と、実験で得られた発光画像を図3(A)と(B)にそれぞれ示します。修正を行った新しいコンピュータシミュレーションでは実験データと一致する発光分布が得られるようになりました。


図3 修正したコンピュータシミュレーションを用いて計算を行った炭素線を
水に照射したときの発光画像(A)と実験により得られた発光画像(B)

成果の意義

今回得られた研究成果により、放射線照射による水の発光機序が明らかになり、さらにコンピュータシミュレーションを用いて水の発光を正しく計算できるようになりました。実験的にも理論的にも放射線照射による水の発光現象が解明され、さらにコンピュータシミュレーションでも正確に計算できるようになったことから、この現象を利用した応用研究を飛躍的に発展させることが可能になります。今後、産業界とさらに協力を深め、放射線照射による水の発光現象を用いた日本発、世界初の高精度線量分布測定装置などの画期的な製品開発を進めていく予定です。

用語説明

注1)炭素線:粒子線を加速し、患者の腫瘍に照射することで治療を行う放射線治療に使われる粒子の一種。線量を腫瘍に集中して与えることができるため、治療効果が大きい。
注2)チェレンコフ光:電子などの電荷をもつ粒子が、水などの物質中を運動する時、粒子の速度が物質中の光の速度よりも速い場合に発生する光。チェレンコフ光が発生するためには、一定以上の放射線のエネルギーが必要である。
注3)ブラッグピーク:陽子線などの粒子線は物質中で止まる直前で大きな線量を物質に与えるが、この線量分布のピークをブラッグピークという。
注4)チェレンコフ光閾値以下のエネルギーでの水の発光:放射線照射でチェレンコフ光が発生するためにはチェレンコフ光閾値とよばれる一定以上のエネルギーが必要とされるため、それ以下のエネルギーの放射線では水は発光しないと考えられていた。研究グループは、この常識に反し、チェレンコフ光閾値以下のエネルギーでの水が発光することを明らかにした。

論文名

雑誌名:Journal of Physics Communications(英国物理学専門誌)
論文名:”Source of luminescence of water lower energy than the Cerenkov-light threshold during irradiation of carbon-ion”
著者:Seiichi Yamamoto, Takashi Akagi, Tomohiro Yamashita, Juha Toivonen, Mitsutaka Yamaguchi, Masataka Komori, Naoki Kawachi (山本誠一、赤城卓、山下智弘、トイヴォネン・ユーハ、小森雅孝、山口充孝、河地有木)
DOI:10.1088/2399-6528/aaca28
雑誌名:Physics in Medicine and Biology(英国医学物理学専門誌)
論文名:”Addition of luminescence process in Monte Carlo simulation to precisely estimate the emitted light from water during proton and carbon-ion irradiations”
著者:Takuya Yabe, Makoto Sasano, Yoshiyuki Hirano, Toshiyuki Toshito, Takashi Akagi, Tomohiro Yamashita, Masateru Hayashi, Tetsushi Azuma, Yusuke Sakamoto, Masataka Komori and Seiichi Yamamoto(矢部卓也、笹野理、平野祥之、歳藤利行、赤城卓、山下智弘、林真照、東哲史、坂本裕介、小森雅孝、山本誠一)
DOI:10.1088/1361-6560/aac74b

1701物理及び化学
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