ホットメルト手法で衣服に直接貼り付けるウェアラブル電源
2018-04-17 理化学研究所 東レ株式会社 科学技術振興機構
ポイント
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトシステム研究チームの福田憲二郎専任研究員、染谷隆夫チームリーダー、東レ株式会社の北澤大輔主任研究員らの国際共同研究グループ※は、耐熱性と高いエネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)を兼ね備えた「超薄型有機太陽電池[1]」の開発に成功しました。
本研究成果は、衣服貼り付け型の電源応用に大きく貢献すると期待できます。
今回、共同研究グループは、理研独自のウルトラフレキシブル有機半導体デバイス技術に加え、新しい半導体ポリマー[2]を開発することで、超柔軟で極薄の有機太陽電池の耐熱性とエネルギー変換効率を大きく改善することに成功しました。この有機太陽電池は、最大エネルギー変換効率10%を達成しながら、100℃の加熱でも素子劣化が無視できるほど小さいという高い耐熱性を持っています。また、大気環境中で80日保管後の性能劣化も20%以下に抑えられています。このような高効率と高安定性の両立により、「ホットメルト手法[3]」を用いた衣服への直接貼り付けが可能になりました。
本研究は、米国アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』の掲載に先立ち、オンライン版(4月16日付け:日本時間4月17日)に掲載されます。
※国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)
(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 専任研究員、JSTさきがけ研究者)
チームリーダー 染谷 隆夫(そめや たかお)
(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 主任研究員、東京大学大学院工学系研究科教授)
特別研究員(研究当時) シャオミン・シュー(Xiaomin Xu)
特別研究員 ソンジュン・パク(Sungjun Park)
大学院生リサーチ・アソシエイト 甚野 裕明(じんの ひろあき)
(東京大学 工学系研究科 電気系工学専攻 博士課程)
研修生 木村 博紀(きむら ひろき)
(早稲田大学創造理工学部 総合機械工学科 修士課程)
東レ株式会社 基礎研究センター 先端材料研究所 新エネルギー材料研究室
主任研究員 北澤 大輔(きたざわ だいすけ)
主任研究員 渡辺 伸博(わたなべ のぶひろ)
研究員 山本 修平(やまもと しゅうへい)
研究員 下村 悟(しもむら さとる)
東京大学大学院 工学系研究科 電気系工学専攻
講師 横田 知之(よこた ともゆき)
カリフォルニア大学サンタバーバラ校 Department of Chemistry & Biochemistry
教授 チュク クエン グエン(Thuc-Quyen Nguyen)
Graduate Student アクシェタ カルキ(Akchheta Karki)
早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科
准教授 梅津 信二郎(うめづ しんじろう)
※研究支援
本研究はJST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成(研究総括:桜井貴康)」の研究課題「ナノ膜厚ポリマー絶縁膜を利用した全印刷型基板レス有機集積回路の創成(研究者:福田憲二郎)」の支援を受けて行われました。
背景
近年、柔軟性の高い太陽電池は、ウェアラブルセンサーおよび電子デバイスを実現するための電源として大きな期待を集めています。こうした機能を持つ太陽電池を衣服などへ貼り付けることで、e-テキスタイル[4]などに搭載されたウェアラブルなセンサーなどへ電力を供給するシステムが実現可能になります。福田専任研究員らもこれまでに、伸縮性と耐水性を両立した「超薄型の有機太陽電池」を報告してきました注1)。
しかし、これまでの超薄型有機太陽電池では、十分なエネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)と耐熱性を両立することは難しいため、高温下での駆動や熱を伴う加工プロセスへの適応が妨げられていました。
注1)2017年9月19日プレスリリース「洗濯可能な超薄型有機太陽電池」
研究手法と成果
国際共同研究グループは、基板から封止膜までの全てを合わせた膜厚が3マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)という極薄でありながら、エネルギー変換効率と耐熱性、大気安定性を兼ね備えた有機太陽電池の作製に成功しました。この有機太陽電池は最大エネルギー変換効率10%を達成しながら、100℃の加熱でも素子劣化が無視できるほど小さいという高い耐熱性を持っています。また、大気環境中で80日保管後の性能劣化も20%以下に抑えられています。このような高効率と高安定性を両立したことで、「ホットメルト手法」を利用した衣服への直接貼り付けを可能にしました(図1)。
本研究成果のポイントは、高エネルギー変換効率と高耐熱性を併せ持つ新しい半導体ポリマーを開発したことです。耐熱性と高エネルギー変換効率を両立する新しい半導体ポリマー「PBDTTT-OFT」を合成しました。PBDTTT-OFTは、これまで有機太陽電池の材料として広く用いられてきた「PBDTTT-EFT(またはPTB7-Th)」と似た骨格を持っていますが、PBDTTT-EFTに比べて直線状の側鎖を持っています(図2)。これによって、高い結晶性を持つ膜を形成でき、加熱による導電性の低下が従来のPBDTTT-EFTに比べて小さいことを見いだしました。
新しい半導体ポリマーに加え、超薄型基板材料と封止膜にも新たな工夫を加えました。従来の超薄型基板として用いていたパリレン[5]に比べて、表面平坦性と耐熱性に優れた透明ポリイミド[6]を基板に用いることで、従来の超薄型有機太陽電池よりも高いエネルギー変換効率と耐熱性を実現しました。また、撥液性に優れたポリマーとガスバリア性に優れたポリマーの二層からなる封止膜構造(二重封止膜)を採用したことで、大気安定性を大きく改善することも実現しました。
まず、今回作製した超薄型有機太陽電池は、ガラス支持基板から剥離した状態で高いエネルギー変換効率を示しました(図3)。具体的には、擬似太陽光(出力100 mW/cm2)照射時における複数素子の平均値で、短絡電流密度(JSC)が17.2 mA/cm2、解放電圧(VOC)0.79 V、フィルファクター[7]69%であり、エネルギー変換効率9.4%、最大10.0%を達成しました。当研究グループは、これまでに超薄型有機太陽電池でエネルギー変換効率7.9%まで改善していました注1)が、本研究によってさらに約1.3倍向上させることに成功しました。
また、この有機太陽電池を5cm角の超薄型基板に110個形成した上で電気的に接続させることにより、大面積モジュールを形成しました。このモジュールで、擬似太陽光(出力100 mW/cm2)照射時における最大電力36 mWを達成しました。
次に、大気安定性について、2,000時間(約80日)大気中に保管した後であっても、エネルギー変換効率の低下は20%に抑えられました。従来の基板・封止膜や半導体ポリマーを用いたこれまでの超薄型有機太陽電池では、700時間後のエネルギー変換効率の低下が50%程度だったことと比較すると、圧倒的に優れた大気安定性を実現していることが分かります。
さらに、加熱したホットプレート上に5分間置いた後でのエネルギー変換効率の変化を測定したところ、新しい半導体ポリマーを用いた太陽電池では、100℃の加熱後もエネルギー変換効率がほとんど変化しなかったのに対し、従来材料を用いた太陽電池では100℃の加熱でエネルギー変換効率が20%程度減少しました(図4)。
このような高い耐熱性を持つことにより、アパレル作製時に布地の接着などに一般的に用いられているホットメルト手法によって、布地への貼り付けに成功しました。布地の材質にはポリエステルを用い、超薄型有機太陽電池と布地の間に加熱によって溶けるポリウレタン製のメルトフィルムを挟み、加熱圧着をすることで太陽電池を布地に貼り付けました(図5(a))。なお、同手法の前後で太陽電池の特性の変化や劣化はほとんど観測されませんでした(図5(b))。
今後の期待
本研究では、新しい半導体ポリマーと新しい基板材料、封止構造を組み合わせることで、耐熱性と高いエネルギー変換効率を持つ超薄型有機太陽電池を実現しました。また太陽電池性能を劣化させることなく、ホットメルト手法で布地へ密着させることにも成功しました。
本技術は、衣服貼り付け型の太陽電池を容易に実現できるだけでなく、加熱を伴う過程にも耐えうるフレキシブルな電源となります。これにより、車内などの高温・多湿環境下でも安定して駆動する軽量な電源の実現に貢献すると期待できます。
また、本研究で実現した高耐熱・高エネルギー変換効率の超薄型有機太陽電池は、ウェアラブルデバイスやe-テキスタイルに向けた長期安定電源応用の未来に大きく貢献すると期待できます。
原論文情報
- Xiaomin Xu, Kenjiro Fukuda, Akchheta Karki, Sungjun Park, Hiroki Kimura, Hiroaki Jinno, Nobuhiro Watanabe, Shuhei Yamamoto, Satoru Shimomura, Daisuke Kitazawa, Tomoyuki Yokota, Shinjiro Umezu, Thuc-Quyen Nguyen, Takao Someya, “Thermally stable, highly efficient, ultraflexible organic photovoltaics”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 10.1073/pnas.1801187115
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)
(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 専任研究員、JSTさきがけ研究者)
チームリーダー 染谷 隆夫(そめや たかお)
(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 主任研究員、東京大学大学院工学系研究科教授)
東レ株式会社基礎研究センター 先端材料研究所 新エネルギー材料研究室
主任研究員 北澤 大輔(きたざわ だいすけ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
東レ株式会社 広報室
科学技術振興機構 広報課
産業利用に関するお問い合わせ
理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
JST事業に関すること
中村 幹(なかむら つよし)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
補足説明
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- 有機太陽電池
- 有機半導体を光電変換層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。
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- 半導体ポリマー
- 半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。可視光を吸収することができ、有機溶剤に溶けるため、塗ることができる半導体として、有機薄膜太陽電池をはじめとした有機デバイスに応用されている。
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- ホットメルト手法
- 熱をかけることで溶ける接着剤を利用した接着プロセス。アパレル分野では、無縫製での衣服成形が可能となる手法として利用されている。
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- e-テキスタイル
- センサーやマイクロチップなど、電子機器を衣料や布地(テキスタイル)に埋め込み、情報収集や遠隔管理など、一般の繊維素材では得られない新しい機能を備えたテキスタイル素材のこと。より広義の同様の語句として「スマートテキスタイル」がある。
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- パリレン
- 高分子材料の一種。化学気層堆積法によって良質の均一薄膜が形成できる。生体適合性に優れているため、さまざまな生体・医療用途に応用されている。
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- 透明ポリイミド
- 高分子材料の一種。繰り返し単位にイミド結合を含む高分子の総称をポリイミドと呼ぶ。通常のポリイミドは透明ではないが、材料の工夫などにより可視領域の光透過性を向上させることで、透明化を実現したものを特に「透明」ポリイミドと呼ぶ。
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- フィルファクター
- 太陽電池素子の最適動作点での出力(最大出力)を、開放電圧と短絡電流の積で割った値のこと。曲線因子とも呼ぶ。一般的にフィルファクターが高い(100%に近い)素子のほうがよい性能であると考えられる。太陽電池内部の直列・並列接続の抵抗値やダイオード損失の影響を受けて、フィルファクターの値は小さくなっていく。
図1 ホットメルト手法により布地上に貼り付けた超薄型有機太陽電池の写真
本研究成果のポイントは、高エネルギー変換効率と高耐熱性を併せ持つ新しい半導体ポリマーを開発したことです。耐熱性と高エネルギー変換効率を両立する新しい半導体ポリマー「PBDTTT-OFT」を合成しました。PBDTTT-OFTは、これまで有機太陽電池の材料として広く用いられてきた「PBDTTT-EFT(またはPTB7-Th)」と似た骨格を持っていますが、PBDTTT-EFTに比べて直線状の側鎖を持っています(図2)。これによって、高い結晶性を持つ膜を形成でき、加熱による導電性の低下が従来のPBDTTT-EFTに比べて小さいことを見いだしました。
図2 新しい半導体ポリマー「PBDTTT-OFT」と従来材料「PBDTTT-EFT」の構造式
直線状の側鎖(赤枠)を持つことが新しい半導体ポリマーの大きな特長である。これにより、高い結晶性と耐熱性を実現している。
図3 超薄型有機太陽電池の電流・電圧特性
参照となるガラス基板状の太陽電池特性(黒)と、超薄型有機太陽電池特性(赤)の比較。ガラスと比べても遜色のない性能を持つことが確認された。エネルギー変換効率は最大で10%を達成した。
図4 超薄型大面積有機太陽電池の耐熱性
加熱温度に対するエネルギー変換効率の変化。新しい半導体ポリマー「PBDTTT-OFT」(ピンク)と従来材料の「PBDTTT-EFT」(黒)との比較。新しい半導体ポリマーでは、100℃の加熱時も特性劣化は観測されなかったのに対し、従来材料では100℃の加熱でエネルギー変換効率が20%程度減少した。
図5 ホットメルト手法による衣服への貼り付け試験
(a) ホットメルトプロセスのセットアップ。布地(ポリエステル)と超薄型太陽電池の間にメルトフィルム(ポリウレタン性)を挟み、120℃、15 kPaの条件で30秒間加熱圧着させた。これによって超薄型太陽電池を布地に貼り付けた。
(b) ホットメルトプロセス前後の特性変化。接着前(青)、ホットメルト接着後(赤)共に太陽電池の性能に変化はみられず、特性劣化なく布地へと貼り付けできていることが確認された。