観測、シミュレーション、人工知能のタッグで描くクリアな宇宙
2021-07-02 国立天文台
本研究のイメージ。深層学習技術(ディープラーニング)を使って観測データからノイズを取り除くことで、埋もれていた暗黒物質の情報が得られるようになる。(クレジット:統計数理研究所) オリジナルサイズ(1.3MB)
宇宙を観測して得られるデータには、知りたい情報のほかにさまざまなノイズが含まれています。このノイズを取り除いて本当の宇宙の姿を描き出そうという試みが、観測、シミュレーション、人工知能(AI)を組み合わせた手法で行われました。宇宙を支配する見えない物質の正体に迫る、新しい技術の開発です。
宇宙の質量の約8割は、電磁波では観測ができない正体不明の「暗黒物質」が占めていると考えられています。その正体を解明するためには、宇宙のどこにどの程度存在するのかという情報、つまり「暗黒物質の地図」を知ることが鍵になります。暗黒物質は光を発しませんが、その重力によって背景に存在する銀河の像がゆがめられる「重力レンズ効果」という現象を起こすことから、存在を知ることができます。この現象を使って銀河の像のゆがみ具合を測り、暗黒物質の地図を描き出そうという試みが、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム、以下HSC)を用いた観測で精力的に行われています。
ところが、暗黒物質の分布は、観測から描かれる暗黒物質の地図に含まれる多くのノイズに埋もれてしまっているのです。このノイズは、ゆがめられる前の銀河がどのような形状をしているのかが分からないことや、暗い銀河ほど形状測定が困難であることなどに起因しています。暗黒物質が特に集中している銀河団のような領域は別として、暗黒物質の密度が低い領域ではノイズの影響が大きく、観測データからだけでは暗黒物質の情報を正しく引き出せないことが、これまでの研究から指摘されてきました。
統計数理研究所で研究を進める白崎正人(しらさき まさと)国立天文台助教らの研究チームは、人工知能(AI)の一つである深層学習(ディープラーニング)技術を利用し、観測から得られる暗黒物質の地図からノイズを取り除く方法を開発しました。このAIを安定して動作させるためには、ノイズを含まない暗黒物質の地図と、観測データに非常によく似たノイズを含んだ暗黒物質の地図とを大量に使い、AIを訓練しなければなりません。そのため研究チームは、2万5000組にも及ぶノイズ無し・有りの模擬的な暗黒物質の地図の組み合わせを、国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いたシミュレーションから作成しました。そして、これらの模擬データによって訓練されたAIに、HSCによる観測データを入力して、ノイズを取り除いた暗黒物質の地図を作成することに成功したのです。
このようにノイズを取り除いた暗黒物質の地図を用いることで、これまで観測だけでは調べることが難しかった暗黒物質の低密度領域、例えば質量が銀河団の10分の1程度の銀河群の調査が可能になりました。現在すばる望遠鏡HSCで行われているサーベイ観測の最終的なデータに、今回開発した技術を適用し、1400平方度に及ぶ暗黒物質の詳細な地図を描き出すことが今後予定されています。この地図をもとに、暗黒物質の基本的な性質をより詳細に調べることで、暗黒物質の正体にまた一歩近づくことが期待されます。
本研究は、ノイズに隠された暗黒物質の情報を、AIを用いたデータ解析から巧みに引き出すことによって、HSCデータの科学的価値を高められることを実証しています。観測、シミュレーション、AI技術がタッグを組むことで、天文学が新しい領域へと踏み出していく可能性を示した重要な成果です。
本研究成果は、Shirasaki et al. “Noise reduction for weak lensing mass mapping: an application of generative adversarial networks to Subaru Hyper Suprime-Cam first-year data”として、英国の『王立天文学会誌』2021年6月号に掲載されました。