2021-03-19 理化学研究所,バージニア大学
理化学研究所(理研)開拓研究本部坂井星・惑星形成研究室のヤオルン・ヤン訪問研究員(研究当時、現バージニア大学天文学科フェロー)、坂井南美主任研究員、イーチェン・チャン基礎科学特別研究員らの国際共同研究グループは、「アルマ望遠鏡[1]」を用いて、約50個の原始星の周りに存在するガスの化学組成を調べた結果、有機分子の存在量が天体によって大きく異なることを発見しました。
これほど多くの、それも同じ領域にある原始星で、周囲を取り巻くガスの化学組成が調査されたのは初めてであり、本研究成果は原始太陽系の環境の化学的起源の理解に貢献すると期待できます。
今回、国際共同研究グループは、「原始惑星系円盤[2]」が形成され始める若い天体に着目し、アルマ望遠鏡を用いて、ペルセウス座分子雲[3]に属する約50個の原始星周りのガスの化学組成を調べたところ、天体ごとのガスや塵の総量などの違いを考慮に入れても、メタノールとアセトニトリルの存在量は天体によって100倍以上異なることが分かりました。一方で、それらの分子同士の存在量比は良く相関していました。また、より複雑なギ酸メチルあるいはジメチルエーテルのメタノールに対する存在量比は、ガスの密度が高いほど高い傾向にありました。これらの結果は、同じ領域の分子雲で惑星系が誕生したとしても、異なる化学組成の惑星系となり得る可能性を示しているとともに、惑星系形成に伴う有機分子の生成・進化過程の理解の大きな手掛かりとなるものです。
本研究は、科学雑誌『The Astrophysical Journal』の掲載に先立ち、オンライン版に近日掲載予定です。
背景
星と星との間(星間空間)には、宇宙開闢のときから存在する水素やヘリウムだけでなく、死にゆく星々がまき散らした炭素や酸素、窒素などをはじめとした多種多様な原子、そして星間塵(ダスト)が漂っています。それらは、他の天体から影響を受けたり、長い年月をかけ自己重力によって集まったりして密度が高くなると、「分子雲[3]」と呼ばれるようになります。分子雲の中で、さらに密度の高い場所ができると、自己重力で周囲のガスや塵を次第に集めるようになり、やがて新しい星(原始星)が誕生します。
この過程は、星という天体が形成される過程であるとともに、星間空間を漂う原子のガスから、さまざまな分子や物質が作られていく化学進化の過程ともいえます。その過程の最後で、原始星の周りには「原始惑星系円盤」が形成され、惑星系が誕生します(図1)。
分子雲の中に埋もれた若い原始星は、まさに原始惑星系円盤を形成している最中であり、そこでのガスの化学組成を調べることは、将来誕生する惑星系の化学組成を知る上で重要です。
図1 惑星系の誕生過程
原始惑星系円盤形成領域の化学組成は、将来作られる惑星系の化学環境の「初期状態」といえる。
研究手法と成果
国際共同研究グループは「アルマ望遠鏡」を用いて、2016年から複数年にわたり、地球から約980光年彼方のペルセウス座分子雲に属する約50個の若い原始星を観測しました。メタノール(CH3OH)、アセトニトリル(CH3CN)、ギ酸メチル(CH3OCHO)、ジメチルエーテル(CH3OCH3)などさまざまな有機分子が出す電波スペクトル線を、形成される原始惑星系円盤の大きさ(半径100天文単位[4]程度)の空間分解能で観測し、原始星を取り巻くガスの化学組成を網羅的に調査しました。これほどの数の原始惑星系円盤の形成領域に対する有機分子の分布を調べた例は過去になく、同じ分子雲に属する原始星周りの化学環境が初めて明らかになりました。
解析の結果、原始星の58%が周囲にメタノールなどの有機分子を含むガスをまとっている一方で、残りの42%では有機分子は検出されませんでした。各有機分子の存在量を、原始星周りのガスや塵の総量を基準として比較したところ、天体によって100倍以上も異なることが明らかになりました。ガスや塵の総量は十分あるのに有機分子の存在量が少ない、あるいは検出されない天体がある一方で、ガスや塵の総量はそれほど多くないにもかかわらず有機分子が豊富な天体など、さまざまなケースがあることが分かりました(図2)。
この結果に対して、原始星の明るさ(進化段階)や観測領域の温度など、現在の物理的状態と比較しましたが、明確な原因は特定されませんでした。したがって、過去の進化過程や局所的な環境の違いにより、このような多様性が生じた可能性が高いと考えられます。
図2 三つの原始星それぞれの周りに存在するガス(メタノールとギ酸メチル)の分布
左から原始星Barnard 1c、IRAS 03235+3004、L1455 IRASS4の周りに存在するメタノール(上)とギ酸メチル(下)の分布。カラーが分子の出すスペクトル線の強度、等高線は星間塵の出す熱輻射の強度を表す。有機分子の存在量が塵の量、すなわち天体の規模によって決まっていないことが分かる。
また、有機分子同士の存在量を比較したところ、メタノールが多い天体ほどアセトニトリルも多いことが分かりました(図3)。酸素を含む有機分子と窒素を含む有機分子は、宇宙ではその生成過程が異なる可能性が指摘されていたため、これほどの相関が見られたことは驚きでした。どちらも有機分子としては最も単純で、より複雑な有機分子の生成において鍵となる分子です。
図3 メタノールとアセトニトリルの存在量の相関
(左)縦軸がアセトニトリル(CH3CN)、横軸がメタノール(CH3OH)の存在量に相当する。50個の天体で、両分子の相対的な量は変わらないが、それぞれの存在量は100倍以上(200~500倍)の範囲にわたるさまざまな値を示す。
(右)ガスの総量や密度状態の指標となる値(星間塵が出す電波の強度)で、分子の存在量を規格化して比較した結果。規格化後も相関関係はほぼ変わらず、値も依然として100倍以上にわたる広い範囲に分布している。両分子の関係性を示すとともに、天体の規模によらず有機分子の存在量比そのものがばらつき(多様性)を持っていることを示している。
そこで、酸素を含む有機分子に着目して、メタノールと、より複雑なギ酸メチルやジメチルエーテルとで存在量を比較したところ、おおむね相関が見られたものの、ガスや塵の密度が高い天体ほど複雑な有機分子の存在量がやや高いという傾向が見られました(図4)。これらの結果は、それぞれの有機分子の生成過程を反映しているものと考えられることから、原始惑星系円盤の形成領域における有機分子生成過程の理解に大きく役立つと期待できます。
図4 有機分子の存在量比とガスの総量や密度状態の相関
ギ酸メチル(CH3OCHO)(左)、あるいはジメチルエーテル(CH3OCH3)(右)と、メタノール(CH3OH)の存在量比を縦軸に、ガスの総量や密度状態の指標となる値(星間塵が出す電波の強度)を横軸にとって比較したグラフ。どちらも、ガスの総量や密度が高い(横軸の値が大きい)天体ほど、メタノール分子に対する存在量比が高い(縦軸の値が大きい)傾向が見られる。
今後の期待
メタノールは、塵の表面で一酸化炭素(CO)分子に水素が付加することで作られていることがほぼ間違いないと考えられていますが、アセトニトリルは、塵の表面での生成と気相反応での生成、どちらが重要なのかよく分かっていませんでした。本研究結果は、アセトニトリルの主な生成過程がメタノールと似ている、すなわち、気相での生成がそれほど重要ではない可能性を示しており、星間空間における有機分子の生成過程をより詳しく解明する大きな手掛かりとなります。
また、同じ分子雲の中であっても、惑星系が誕生する前の原始惑星系円盤の形成領域に、有機分子に富む領域とそうでない領域が存在するという事実は、将来そこで誕生する惑星系の化学環境にも大きな多様性がある可能性を示しています。今後、この多様性の起源と将来形成される惑星系への伝播が理解できれば、原始太陽系の化学環境との共通点などを通して、太陽系の化学環境がありふれたものであるのか、あるいは特殊なケースであるのかなどが明らかになると期待できます。
補足説明
1.アルマ望遠鏡
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA, 「アルマ望遠鏡」)は、ヨーロッパ南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設。直径12 メートルのアンテナ54台、7 メートルのアンテナ12 台、計66台のアンテナ群をチリ・アンデス山中の標高5,000メートルの高原に設置し、一つの超高性能な電波望遠鏡として運用する画期的な計画。2011年より部分運用が開始され、2013年より本格運用開始。感度と空間解像度でこれまでの電波望遠鏡を10倍から100倍上回る性能を持つ。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOとNSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担される。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施する。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行うことを目的とする。
2.原始惑星系円盤
新しく生まれた星の周囲を取り巻く濃いガスが回転して作る円盤のこと。惑星系のもとになる。ガスや塵が重力によって密度の高い原始星方向へ集められる際、角運動量保存則が働き、原始星から遠く離れた場所では小さな揺らぎだった動きが、原始星に近づくにつれ速い動き(回転)となり、円盤状の構造となる。
3.ペルセウス座分子雲、分子雲
星間空間にまき散らされた原子や塵が集まって雲のようになった際、周囲からの紫外線(星間紫外線)が内部まで届かなくなると、原子から分子が作られ始める。作られた分子が紫外線で壊されなくなるからである。そのような雲を「分子雲」と呼ぶ。さまざまな大きさのものがあり、数光年から数十光年の大きさがある。「ペルセウス座分子雲」は南北に約30光年、東西に約60光年の比較的大きな分子雲で、その中の各所で、非常に小さいものも含めると数百もの原始星が誕生している。
4.天文単位
1天文単位は太陽と地球の平均距離、約1.5億キロメートルに相当する。太陽系の大きさは約100天文単位あり、他の惑星系においても、典型的な大きさは100天文単位程度である。原始星周囲100天文単位の化学組成は、将来できる惑星系の初期化学組成と捉えることができるため、この大きさの空間分解能が必要とされる。
国際共同研究グループ
理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室
訪問研究員(研究当時) ヤオルン・ヤン(Yao-Lun Yang)
(現 アメリカ バージニア大学 天文学科 フェロー)
主任研究員 坂井 南美(さかい なみ)
基礎科学特別研究員 イーチェン・チャン(Yichen Zhang)
基礎科学特別研究員 ナディア・ムリョ(Nadia Murillo)
特別研究員 ズィウェイ・チャン(Ziwei Zhang)
特別研究員 シャオシャン・ゼン(Shaoshan Zeng)
国立天文台
助教 廣田 朋也(ひろた ともや)
研究員 樋口 あや(ひぐち あや)
電気通信大学
准教授 酒井 剛(さかい たけし)
芝浦工業大学
准教授 渡邉 祥正(わたなべ よしまさ)
(理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 客員研究員)
東京大学
教授 山本 智(やまもと さとし)
助教 大屋 瑶子(おおや ようこ)
大学院生(研究当時) 今井 宗明(いまい むねあき)
フランス グルノーブル惑星天体物理学研究所
上席研究員 セシリア・セッカレーリ(Cecilia Ceccarelli)
主任研究員 バルトランダ・レフロック(Bertrand Lefloch)
研究員 アナ・ロペスセプルクレ(Ana Lopez-Sepulcre)
大学院生 マチルダ・ブーヴィエ(Mathilde Bouvier)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金学術変革領域研究(A)計画研究「高感度・高分解能観測で探る惑星系形成領域の化学進化(研究代表者:坂井南美)」、同基盤研究(S)「原始惑星系円盤形成領域の化学組成とその進化(研究代表者:山本智)」、同基盤研究(B)「原始星円盤における化学的多様性の全貌解明と円盤形成過程の探求(研究代表者:坂井南美)」による支援を受けて行われました。また、日本学術振興会海外短期特別研究員制度およびVirginia Initiative of Cosmic Origins(VICO)の支援を受けています。
原論文情報
Yao-Lun Yang, Nami Sakai, Yichen Zhang, Nadia M. Murillo, Ziwei E. Zhang, Aya E. Higuchi, Shaoshan Zeng, Ana Loopez-Sepulcre, Satoshi Yamamoto, Bertrand Lefloch, Mathilde Bouvier, Cecilia Ceccarelli, Tomoya Hirota, Muneaki Imai, Yoko Oya, Takeshi Sakai, and Yoshimasa Watanabe, “The Perseus ALMA Chemistry Survey (PEACHES). I. The Complex Organic Molecules in Perseus Embedded Protostars”, The Astrophysical Journal, 10.3847/1538-4357/abdfd6
発表者
理化学研究所
開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室
訪問研究員(研究開始時) Yao-Lun Yang(ヤオルン・ヤン)(現 アメリカ バージニア大学 天文学科 フェロー)
主任研究員 坂井 南美(さかい なみ)
基礎科学特別研究員 Yichen Zhang(イーチェン・チャン)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当