人工知能を用いた疾患判別法による精神疾患の関係性の解明に道!
2020-04-17 東京医科歯科大学,株式会社国際電気通信基礎技術研究所,京都大学,日本医療研究開発機構
ポイント
- 脳MRIによる脳機能的結合※1と人工知能技術から疾患を特徴づける症状や行動など重複の多い統合失調症と自閉症の判別法を開発しました。
- 本疾患判別法により、統合失調症には自閉症の傾向があるのに対して、自閉症には統合失調症の傾向がないことが明らかになりました。
- 各精神疾患の判別法の開発により、生物学的な側面からの各精神疾患の関係性についての解明につながることが期待でき、今後の精神疾患の個別化医療に役立つものと考えられます。
概要
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神医学分野の高橋英彦教授、(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・脳情報通信総合研究所の川人光男所長、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)の研究グループは、量子科学技術研究開発機構、昭和大学発達障害医療研究所、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻臨床神経精神医学講座、広島大学大学院医歯薬保健学研究科、ジョンズホプキンス大学精神科、ユトレヒトメディカルセンターとの共同研究で、脳機能的結合を基にした統合失調症・自閉症の疾患判別法を開発しました。本判別法により、両者には重複する部分も多いが、統合失調症には自閉症の傾向があるのに対して、自閉症には統合失調症の傾向がないことを明らかにしました。この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・脳科学研究戦略推進プログラム「BMI技術を用いた自立支援、精神・神経疾患等の克服に向けた研究開発」の「DecNefを応用した精神疾患の診断・治療システムの開発と臨床応用拠点の構築」(JP17dm0107044)、戦略的 国際脳科学研究推進プログラムの「脳科学とAI技術に基づく精神神経疾患の診断と治療技術開発とその応用」(JP19dm 0307008)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Schizophrenia Bulletinに、2020年4月17日午前1時1分(英国夏時間)にオンライン版で発表されます。
研究の背景
幻覚や妄想、思考障害などの精神症状を主とする統合失調症スペクトラム障害(Schizophrenia Spectrum Disorder:SSD)、社会性やコミュニケーションの障害などの精神症状を主とする自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)という2つの精神疾患の関係性は、この半世紀の間、議論されてきました。ASDの幼少期からの発達歴とSSDの思春期以降の発症時期は異なりますが、最近の生物学的な研究では、2つの疾患の重複性や共通点が示されています。脳MRI画像の研究では、共通した脳部位の灰白質の体積異常、脳の活動性の異常が指摘されています。このように未だにSSDとASDの関係性については十分に解明されたとは言えない状況です。
精神疾患の関係性が明確でない根本的な理由は、精神疾患の信頼できる生物学的な指標がないこと、また、米国の精神疾患の診断基準のように、精神疾患の診断に用いられる指標の多くが患者の症状と行動から規定されることにあります。患者の症状は、個々に異なり、不規則に変化しています。そのために、生物学的なエビデンスと診断との間にギャップが存在します。SSDとASDの関係性を明らかにするためには、生物学的な手法と従来の疾患分類的な診断手法の両方が必要となってきます。そこで、研究グループは、両方の手法で人工知能技術※2を用いて、SSD(統合失調症と統合失調感情障害を含む)の信頼性の高い判別法※3の開発を実行しました(図1)。さらに、以前に研究グループが開発したASDの信頼性の高い判別法※4も利用することにより、診断の確実性をSSD度、ASD度として、定量的に表すことが可能となりました※5。SSD度とASD度をそれぞれ、二次元の座標として、個々の診断の確実性を表示し、同時に集団としてのSSD群、ASD群の関係性を定量的に評価しました。
図1:SSDの判別法の開発。本邦のデータを基にして、判別法を開発し、海外データへの汎化性を検証した。
研究成果
本邦で募集された成人の研究参加者:京都データ 170人(行動と症状により診断されたSSD患者68人・健常者102人)の安静時※6のMRI上の脳機能的結合(9,730個)から、(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・脳情報通信総合研究所で開発された革新的な人工知能技術を適用することで、SSDの診断に関わる16個の機能的結合を特定しました。16個の機能的結合の重み付け和※5でSSDの診断の確実性(SSD度)を定量化し、SSDもしくは健常者いずれかの判別法としました(図2A)。
判別率の精度を示すAUC※7は、SSD判別法を慢性期※8のSSDを含む京都データに適用した場合、0.83と高い判別率を示しました。開発されたSSD判別法は、海外の米国の慢性期のSSDデータに対してはAUCが0.75、オランダの慢性期のSSDデータに対しては、AUCが0.66の判別の精度が得られました(図2B、2C)。一方、米国の初発エピソード※8のSSD患者データに対してはAUCが0.42の低い判別率を示しました(図2D)。
図2:本研究で開発されたSSDの判別法による各データの結果。A)京都データ、B)米国の慢性期患者のデータ、C)オランダの慢性期患者のデータ、D)米国の初発SSD患者のデータ。
SSD判別法の16個の機能的結合は、左右大脳半球内・半球間に広く分布しています(図3Aの青線)。SSD判別法の16個の機能的結合は、以前に我々の研究チームが開発したASD判別法の機能的結合と全て異なる結合で、ASD判別法とは独立した判別法です(図3B)。
図3:A)SSD判別法の16個の機能的結合。B)SSD判別法(Aの青線とBの赤線は同じ)とASD判別法の機能的結合。
SSDの判別法を行動と症状により診断された他の精神疾患であるASDデータ(東京大学、昭和大学などによる集積)、うつ病データ(広島大学などによる集積)に適用したところ、いずれも低い判別率(図4B、4C)となりました。また、ASDやうつ病と比較した結果、開発したSSD判別法はSSDに特異的であることが実証されました。
図4:SSD判別法をASDとうつ病に適用した結果。灰色は健常者群、赤色はSSD群、青色はASD群、黄色はうつ病群。各図のAUC値、P値について、A)はSSD群と健常者群との比較、B)はASD群と健常者群との比較、C)はうつ病群、健常者群との比較を示す。
SSD判別法により定量化された個々のSSD度を横軸として、また、以前に研究グループが開発したASD判別法により定量化されたASD度を縦軸として、二次元の座標上に、京都データのSSDと健常者、本邦のASDと健常者を示しました(図5)。SSD-ASDの座標面では、SSD群の中心(図5の赤色の楕円形モデルの中心)がASD軸上で健常者群の中心(灰色の楕円形の中心)よりもASD度が高くなりSSD群とASD群が重なり合う要因となっています。一方でASD群の中心はSSD軸上で健常者群の中心と差はありませんでした。また、ASD群の中で、SSD度が高いほど、ASD度が高くなる傾向が有意に認められ(図5の青い点の分布・楕円、P = .040)、一方でSSD群の中ではSSD度とASD度の関係性は認められませんでした(図5の赤い点の分布・楕円)。このようにSSD群とASD群は、重なり合う関係性と、非対称な関係性の両方の特性があることを、SSD-ASD座標上は示しました。
図5: SSD度(SSD診断の確実性、横軸)とASD度(ASD診断の確実性、縦軸)によるSSD(赤色点)、ASD(青色点)、健常者(黒もしくは灰色)の定量化と視覚化。判別法により個人の疾患度が数値化され、集められた疾患度のデータに多変量正規分布を適応し、SSD-ASD座標上で、楕円形のモデルとした。楕円は、それぞれ、赤色はSSD群、青色はASD群、灰色は健常者群。図中のAUC値、P値について、SSD度はASD群と健常者群との比較、ASD度はSSD群と健常者群との比較を示す。
研究成果の意義
本研究では、生物学的な安静時の脳機能結合と、従来の症状や行動から規定される精神疾患の診断を基に、高度な機械学習アルゴリズムを用いてSSDの判別法を新たに開発しました。SSD判別法は、本邦のデータだけでなく、MRI機種や国籍を超えて海外データにも汎化されるものです。さらに、このSSD判別法と研究グループが以前に開発したASD判別法を応用し、SSDとASDの診断の確実性を定量的に視覚化することで、2つの疾患の関係性を世界に先駆け明らかにしました。つまり、両者には重複する部分も多いが、SSDにはASD傾向があるのに対して、ASDにはSSDの傾向がないことがわかりました。本研究で、2つの精神疾患の関係性を定量的に視覚化することが可能となり、今後は、他の精神疾患についてもそれぞれの判別法を開発し、また、生物学的な診断の確実性を計量することで、様々な精神疾患の関係性を広く検討することができます。今後、精神疾患の個別化医療への応用が期待されます。
用語解説
- ※1 脳機能的結合
- 解剖学的に離れた脳の各々の領域の神経活動の変動パターンが時間的に同期している結合。
- ※2 判別法の開発に用いられた人工知能技術
- L1正則化スパース正準相関分析法(L1-regularized sparse canonical correlation analysis)とスパースロジスティック回帰法(sparse logistic regression)を組み合わせた人工知能技術。この技術を用いて、診断に関連する特異的な数少ない脳機能的結合を取り出すことが可能となる。
- ※3 信頼性の高い判別法
- 有効性(感受性)・信頼性(特異性)の両方が共に高い判別法。
- ※4 ASDの判別法
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東京大学、昭和大学、ATRで集積されたASDと健常者の脳回路データを基に、人工知能技術を用いて、高い汎化性を持つ判別法を開発した。
- ※5 診断の確実性の定量化
- 判別法の疾患特異的に選別された脳機能的結合の個々の結合の強度に重み(係数)をかけて、選別された結合の全ての和を足したもの(重み付け和という)。高い数値ほど、疾患の可能性が高くなり、マイナスの値は、健常者の可能性が高くなる。ゼロに近い値は、疾患か健常かの判別が不確実なことを示す。
- ※6 安静時脳機能的結合
- 安静時でも脳が多くのエネルギーを使い、自発活動を行なっていることが知られている。機能的MRI画像で、安静時の脳活動を知ることができる。
- ※7 AUC(Area under thee receiver-operator curve)
- 0~1の数値をとり、1に近い値ほど、優れた判別方法であることを示す。ランダムで判別には向かない方法では0.5に近い値になる。
- ※8 慢性期、初発エピソードのSSD
- 慢性期のSSDは、幻覚・妄想などの陽性症状に効果がある抗精神病薬を投与されている例がほとんどである。数年以上の長い経過により、感情の平板化や意欲の欠如などの陰性症状が目立つようになる。本研究の慢性期のSSDは、抗精神病薬を服用しても、陽性症状は残存している。初発エピソードのSSDは、幻覚・妄想などの症状が出現して、比較的早期の時期の患者を示す。
論文情報
- 掲載誌:
- Schizophrenia Bulletin
- 論文タイトル:
- Overlapping but asymmetrical relationships between schizophrenia and autism revealed by brain connectivity
研究者プロフィール
高橋 英彦(タカハシ ヒデヒコ)Hidehiko Takahashi
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
精神行動医学分野 教授
- 研究領域
- 精神医学、非侵襲脳イメージング
お問い合わせ先
研究に関すること
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
精神行動医学分野 氏名 高橋 英彦
京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座
精神医学分野 氏名 村井 俊哉
報道に関すること
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
経営統括部 企画・広報チーム
京都大学大学院医学研究科 総務企画課企画広報掛
AMEDの事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課