2020-04-13 国立天文台
京都産業大学神山天文台と国立天文台ハワイ観測所の研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡の高分散分光器 (HDS) を用いて2018年にジャコビニ・ツィナー彗星の可視光高分散観測を行いました。その結果、この彗星はこれまでに観測された彗星の中でも、特に二酸化炭素の存在量比が小さいことが明らかになりました。これは、ジャコビニ・ツィナー彗星が他の彗星に比べて暖かい領域で形成された可能性が高いことを示唆しています。過去に行われたすばる望遠鏡の中間赤外線観測で明らかとなった、同彗星に高温環境で作られやすい複雑な有機物が豊富に含まれるという先行研究の結果とも矛盾しません。彗星が誕生する環境を知る上で新たな知見を与える成果です。
図1:2018年8月22日にアマチュア天文家 Michael Jaeger 氏によって撮影されたジャコビニ・ツィナー彗星。(クレジット:Michael Jaeger 氏)
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彗星(太陽系の氷小天体)は太陽系誕生の材料となった成分や当時の温度などを探る手がかりとして重要です。彗星は、ガスとダスト(塵粒)を含む円盤状の雲(原始太陽系円盤)の中で誕生したと考えられています。この原始太陽系円盤は、太陽系が誕生した 46 億年前に生まれたての太陽の周囲に存在しました。彗星は、原始太陽系円盤の中でも、彗星氷の主成分である水(H2O)が凍るような低温度になっている場所(宇宙空間のような真空ではおよそマイナス 120 ℃以下)で誕生したはずです。そのため、多くの彗星は似た氷の組成比をもっています(注1)。
しかし、ジャコビニ・ツィナー彗星(図1)と呼ばれる彗星は、変わり者として知られていました。ジャコビニ・ツィナー彗星は、「10月りゅう座流星群」の流星のもとになっている小石程度のダストを放出している天体でもあります。この彗星は、複雑な有機物を他の彗星に比べて豊富に含んでいることが、過去のすばる望遠鏡による観測で明らかになっています(2019年11月18日ニュース)。なぜジャコビニ・ツィナー彗星は他の彗星と違って複雑な有機物を豊富に持っているのでしょうか?複雑な有機物は、比較的温暖な環境でたくさん作られると考えられます。では、ジャコビニ・ツィナー彗星は、暖かい環境で誕生したのでしょうか?
今回、京都産業大学神山天文台と国立天文台ハワイ観測所の研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器 HDS を用いて、ジャコビニ・ツィナー彗星の誕生の謎を探るための観測を行いました。研究者チームは、彗星核に含まれる分子において H2O に次いで豊富に含まれる二酸化炭素(CO2) が H2O よりもずっと低温度で昇華して失われてしまう(CO2の宇宙空間での昇華温度は約マイナス 200 ℃)ことに注目し、CO2:H2O の成分比を観測から明らかにすれば、ジャコビニ・ツィナー彗星の氷が出来た環境が暖かかったかどうかを明らかにできるのではないか?と考えました。
しかし、CO2 は地球の大気にも大量に含まれているため、観測が邪魔されてしまいます。彗星が発する CO2 の光が、地球の大気に吸収されてしまうのです。そこで、研究チームはH2OやCO2が太陽紫外線で壊れてできる特殊な酸素原子に着目しました(図2、図3)。この酸素原子は通常よりも高いエネルギー状態に励起されており、光を出すことで安定な低いエネルギー状態へと遷移します。このときに出す緑や赤の光を「酸素禁制線」と言います。この光に最も近いのが、地球のオーロラ発光で見られる緑や赤の光です。彗星のコマ(放出されたガスやダストが彗星核を取り巻く領域)では、H2O から壊れてできた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、逆に CO2 から壊れてできた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度に放出するという特徴があります。そのため、酸素禁制線の緑と赤の光の強さを比べれば、CO2:H2O の比率を調べることができます。
図2:彗星コマ中での酸素の禁制線の発光メカニズム。水分子 (H2O) から作られた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、二酸化炭素 (CO2) から作られた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度放出するため、赤と緑の酸素禁制線の強度比から彗星コマ中の CO2:H2O の比率を推定できます。(クレジット:京都産業大学)
図3:ジャコビニ・ツィナー彗星の酸素禁制線のスペクトル (縦の黒線)。左から緑色の酸素禁制線 (波長 557.7 ナノメートル) と2本の赤色の酸素禁制線 (630.0 ナノメートルと 636.4 ナノメートル) を示します。各輝線の左側にある地球の惑星記号 (○の中に+印) は地球大気の酸素の禁制線による発光であり、彗星の成分と分離できています。(クレジット:Shinnaka et al.)
その結果、ジャコビニ・ツィナー彗星はこれまでに観測された彗星の中でも、特に CO2 の存在量比が小さい彗星であることが判明しました。通常の彗星は H2O に対して数%~30%程度ですが、ジャコビニ・ツィナー彗星は1%ほどしか CO2 を含んでいなかったのです。このことは、同彗星の過去の観測で得られていた一酸化炭素 (CO) の成分比が低めであることとも整合的です。なぜなら、 CO は CO2 よりもさらに低い温度で蒸発して失われてしまうからです。今回の観測結果だけでは具体的な温度までは正確には明らかにできていませんが、今回得られた少ない CO2 の存在量比と CO2 の真空中での昇華温度から、ジャコビニ・ツィナー彗星ができた場所の温度は、およそマイナス 200 ℃~マイナス 120 ℃ではないかと考えられます。
では、ジャコビニ・ツィナー彗星ができた場所はいったいどこだったのでしょうか?研究チームは、太陽系が誕生した際に木星や土星といった大きな惑星ができる際に付随していた「周惑星系円盤」という小さなガス・ダスト円盤ではないかと考えています (図4)。太陽系全体をつくったガス・ダスト円盤の中で大きな惑星が誕生する際、さながら太陽系全体のミニチュアのように、小さなガス・ダスト円盤が惑星の周りに存在し、衛星が誕生する現場となっていた可能性があります。この周惑星系円盤は、太陽から同じ距離の原始惑星系円盤中のガスやダストよりも暖められていたため、そこで誕生した彗星は、ジャコビニ・ツィナー彗星のように CO2 が少なく複雑な有機物が豊富な彗星になったのかもしれません。
図4: 原始太陽系円盤内の巨大惑星の周惑星系円盤と周惑星系円盤での彗星核形成についての模式図。(クレジット:京都産業大学)。
研究チームの田実晃人さん (国立天文台ハワイ観測所) は「ジャコビニ・ツィナー彗星は発見から 100 年以上経ち、周期も 6.6 年という有名な天体ですが、2018年の回帰は地球との距離が近く観測の好機でした。私たちが解析した酸素の輝線は地球大気でも発光しているため、彗星の移動速度によるわずかな波長のずれ (ドップラー効果) を検出する必要がありますが、HDS の高波長分解能 (光を細かく色分けする能力) によってそれを成し遂げることが出来ました」とすばる望遠鏡 HDS による観測の意義について語ります。また、論文筆頭著者の新中善晴さん (京都産業大学神山天文台) は「今回の研究で、昔からおかしな彗星として知られていたジャコビニ・ツィナー彗星の謎を一つ明らかにすることができました。今後は、さらに同彗星の研究を続けるとともに、同じような特徴を持った変わり者の彗星を新たに見付け出すことで、太陽系初期における彗星の形成環境を明らかにしていきたいです」と、この成果の意義と今後の展望について述べています。
本研究成果は2020年4月13日 (世界時) に米国天文学会の天文学雑誌『アストロノミカル・ジャーナル』のオンライン版に掲載されました (Shinnaka, Y., Kawakita, H., and Tajitsu, A., 2020, “High-resolution optical spectroscopic observations of comet 21P/Giacobini-Zinner in its 2018 apparition”。
注1: これまでに知られている多くの彗星には、水 (H2O) が 100 に対して、一酸化炭素 (CO) と二酸化炭素 (CO2) が 10~20 程度、他の分子や複雑な有機物などが1~5以下の比率で含まれています。