2019-12-14 東京工業大学,科学技術振興機構
ポイント
- これまで観測できなかったサブナノ粒子の振動分光の直接計測に成功
- 振動スペクトルの理論解析によって、サブナノ粒子の構造と組成を決定
- サブナノ粒子の物性や触媒活性を理論・実験双方から解明する新たな指針
東京工業大学 科学技術創成研究院の葛目 陽義 特任准教授、山元 公寿 教授らの研究グループは、高感度化したシリカ被覆ナノ粒子増強ラマン分光法(SHINERS)注1)を開発し、新しいナノ材料素材として潜在的な触媒機能を有するものの、これまで観測できずにその特異的な物性評価ができなかった粒子径0.5~1.5ナノメートルからなるサブナノ粒子注2)の微弱な分子振動の計測に成功した。
得られた分子振動の結果を理論計算的手法により振動分光シミュレーション注3)することにより、サブナノ粒子の原子構造や表面組成を明らかにした。さらにサブナノ粒子の構成原子数が減少することによる反応活性の著しい増加の原因を実験的・理論的双方から解明した。
この成果は今後、サブナノ領域における新規素材の物性・活性評価法の指針となることが期待される。
研究成果は2019年12月13日付(米国東部時間)の米国科学振興協会(AAAS)の「Science Advances」オンライン版に掲載される。
この研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト(山元 公寿 研究総括)」で実施した。
<研究の背景>
山元教授らの研究グループは、これまでに分子鋳型を用いた精密金属集積法注4)により、構成原子数を制御した各種のサブナノ粒子の合成に成功している。中でもガスセンサーなどに利用される酸化スズのサブナノ粒子は、構成原子数が60個、28個、12個と減少することにより、一酸化炭素の酸化反応活性が増加することを解明している。
しかし、その構成原子数と反応活性の相関は解明されていなかった。触媒の結晶構造や表面における結合構造を解明するには振動分光法が有効だが、サブナノ粒子の観測は振動信号が微弱であるため従来の分析法では検出が困難だった。
<研究の経緯>
サブナノ粒子の振動分光スペクトルを得るために、同研究グループはシリカ被覆ナノ粒子増強ラマン分光法(SHINERS)に注目した。しかし、従来のSHINERS法は感度不足からサブナノ粒子の検出はできなかった。
そこで、金の増強素子の表面にラマン信号の増強能が最も高い元素である銀を被覆し、さらにシリカで被覆した金銀コアシェル増強素子注5)を開発した(図1)。増強素子の粒子径が100ナノメートルの時、ラマン信号増強能が最も高くなることを実験的に明らかにし、理論計算を用いて実証した。
この金銀コアシェル増強素子を用いて酸化スズのサブナノ粒子を観測したところ、ラマンスペクトルの計測に成功し、さらにサブナノ粒子の構成原子数に依存した微弱なスペクトル挙動変化を捉えることにも成功した(図2)。
酸化スズサブナノ粒子の化学組成式を決定するために、X線光電子分光法(XPS)注6)を用いて酸化状態を調査し、得られたスズ(Sn)と酸素(O)の組成式を求めた。得られた組成式に水分子を適当数添加したそれぞれの化学組成式(Sn12O25H16、Sn28O48H12、Sn60O112H24)について、理論計算的手法で構造安定化後の構造に対してラマンスペクトルをシミュレーションし、実験で得られた振動スペクトルと一致することを明らかにした(図3)。
こうして得られた酸化スズサブナノ粒子の構造から、スズ-酸素結合の平均結合距離を算出すると、構成原子数の小さいサブナノ粒子ほど、結合距離が長くなり、酸素供給能力が高くなることが示された。これは構成原子数が小さくなることで、触媒活性が向上する原因を直接的に解明する結果である。
<研究成果>
今回の研究ではシェル被覆金銀コアシェルナノ粒子を増強素子として高感度化した表面増強ラマン分光法を開拓し、既存の分光法では計測することができなかったサブナノ粒子の振動分光スペクトルの直接計測に成功した。さらに構成原子数の変化による微弱なスペクトル挙動の変化を捉えることにも成功した。
得られた各スペクトル挙動を理論計算的手法により振動分光シミュレーションすることで、サブナノ粒子の原子構造・表面組成を解析し、これまで現象学的注7)にのみ確認されていたサブナノ粒子の特異的な反応活性の起源について、その構造や物性から論理的に説明することに成功した。
<今後の展開>
分子鋳型を用いて原子数や原子の種類を精密制御したサブナノ粒子は、山元教授らにより多数開発されており、新たな機能を持つ電子材料や高活性触媒材料の開発へ展開されている。今回、開発した超高感度ラマン分光法が、サブナノ科学の新領域において未知材料の、物性・活性の解明につながる評価指針となることが期待される。
<参考図>
図1
鋳型合成法で作成されたサブナノ粒子が、シリカ被覆金銀コアシェルナノ粒子増強素子の粒子間ギャップに入ることで、ラマン信号が増強され、超高感度な直接計測に成功した。
図2
(A)金銀コアシェルSHINERS法によって直接計測された酸化スズサブナノ粒子のラマンスペクトルと、(B)構成原子数変化によるピークトップ位置と(C)ピーク半値幅値の変化
図3
実測されたラマンスペクトル(実線)と構造安定化された構造からシミュレーションされたラマンスペクトル(点線)との比較と、それぞれの構造安定化されたクラスターの原子構造
<用語解説>
- 注1)シリカ被覆ナノ粒子増強ラマン分光法(Shell-isolated nanoparticle-enhanced Raman spectroscopy:SHINERS)
- ラマン分光法は入射光と試料との相互作用による散乱光(ラマン散乱光)を分光解析することで、試料の化学結合・分子構造を分析する分光法である。特にラマン分光法は金属と非金属原子間の低波数振動信号を検出できる直接分光法で、中でも増強素子を導入することで信号強度を顕著に高めたものが表面増強ラマン分光法(Surface-enhanced Raman spectroscopy:SERS)である。さらに増強素子の表面を化学的に不活性な物質(今回はシリカ=二酸化ケイ素)で被覆することで、観測する物質が増強素子と直接接触しないSHINERS法は、サブナノ粒子に必要な観察環境に適している。
- 注2)サブナノ粒子
- 粒子径1ナノメートル程度の極微小な粒子。構成するほぼすべての原子が表面に露出するため、特異的な結晶構造や電子状態を示し、新奇な物性発現が期待されるナノ材料素材である。その一方、粒子間での凝集を抑制するため、広い粒子間距離を確保できるようにするなどの必要がある。
- 注3)振動分光シミュレーション
- コンピューターシミュレーションを駆使することで、化学構造から振動スペクトルを予想する方法。分光計測で得られるスペクトルを精緻に解釈したり、新たな振動モ―ドや化学構造を予測したりすることで、物質の性質を明らかにする理論計算的方法論。
- 注4)分子鋳型を用いた精密金属集積法
- 規則的に分岐した樹状構造の高分子で、コアと呼ばれる中心分子と、コアから樹状に延びるデンドロンと呼ばれる側鎖部分から構成されるデンドリマーをナノサイズの分子鋳型として利用し、1ナノメートル程度のサブナノ粒子を合成する手法。本研究では、デンドリマーの側鎖部分にイミンと呼ばれる炭素と窒素の二重結合からなる化学結合部位を組み込むことで、窒素上の電子が塩基として働き、金属イオンと結合することで、デンドリマー分子内部に金属イオンを集積する独自設計のデンドリマーを採用した。この取り込んだ金属イオンを化学的に還元することで目的のサブナノ粒子を得る。本研究では12個、28個、60個の塩化スズをデンドリマー内部に集積した。
- 注5)金銀コアシェル増強素子
- 金を核(コア)として、銀で表面を覆った(シェル)、ラマン信号を増強する粒子径約100ナノメートルのナノ粒子。
- 注6)X線光電子分光法(X-ray photoelectron spectroscopy:XPS)
- X線を照射することで試料表面から放出される光電子のエネルギーを分光分析することで、試料の元素分析、酸化状態や結合状態を評価する固体表面分析法。
- 注7)現象学的
- 自然科学により実証された普遍的・客観的本質ではなく、感覚的経験による主観的な記述や理解。
<論文タイトル>
- “Ultrahigh sensitive Raman spectroscopy for subnanoscience: Direct observation of tin oxide clusters”
(サブナノサイエンスのための超高感度ラマン分光法:酸化スズクラスターの直接観察) - 著者名:Akiyoshi Kuzume, Miyu Ozawa, Yuansen Tang, Yuki Yamada, Naoki Haruta, Kimihisa Yamamoto
- DOI:10.1126/sciadv.aax6455
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
山元 公寿(ヤマモト キミヒサ)
東京工業大学 科学技術創成研究院 教授
<JST事業に関すること>
古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
<報道担当>
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
科学技術振興機構 広報課