AIが生成した材料の構造画像を用い、物性を予測する技術を開発

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材料の選定から加工・評価までを高速・高精度に再現、材料開発を加速

2021-08-30 新エネルギー・産業技術総合開発機構,先端素材高速開発技術研究組合,日本ゼオン株式会社

NEDOの「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」で、先端素材高速開発技術研究組合、日本ゼオン(株)は産業技術総合研究所と共同で、人工知能(AI)によって材料の構造画像を生成し、高速・高精度で物性の予測を可能とする技術を開発しました。

今回開発した技術は、単純な化学構造を持つ低分子化合物に限定されない材料にディープラーニング(深層学習)を適用する新しいAI技術です。カーボンナノチューブ(CNT)のような複雑な構造を持つ材料に対して、構造画像の学習および生成を行い、実際の実験と比べて98.8%もの時間を短縮し、材料物性の高精度な予測を実現しました。これにより従来はAI技術を適用できなかったさまざまな材料系についても材料選定から加工・評価まで一連の実験作業を高速・高精度にコンピューター上で再現(仮想実験)することが可能になり、材料開発のさらなる加速が期待できます。

なお、本技術の詳細は、8月30日(英国時間)に、Nature Researchが発行する国際学術誌「Communications Materials」の電子版に掲載されました。

1.概要

材料開発のさらなる高度化・高速化の要求に応えるため、急速に発展したデータ駆動型※1の研究開発によって、ディープラーニング(深層学習)※2などの情報処理技術を利活用する動きが活発になっています。これらは、さまざまな材料データをコンピューターに学習させることで、高性能な新しい材料の提案を可能とするAI技術で、人の勘や経験に頼る従来の材料開発をさらに高度化することができます。しかし、コンピューター上で扱える材料は構造が定義できる低分子化合物や周期構造を持つ金属、無機化合物に限定されることが大きな課題でした。

このような背景のもと、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(2016年度~2021年度)で、カーボンナノチューブ(CNT)※3をはじめとする機能性材料開発の高速化を目指し、データ駆動を活用した研究を進めています。本事業で先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)、日本ゼオン株式会社(日本ゼオン)は、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)と共同で、より汎用(はんよう)性の高い材料へディープラーニングを適用する手法を開発しました。

今回開発した技術では、まず複雑な構造を持つCNT膜の構造画像と物性をAIに学習させます。その上で、種類の異なるCNTを任意の配合で混合した場合のさまざまなCNT膜の構造画像をコンピューター上で生成することで、実際の実験と比べて98.8%もの時間を短縮し、その物性の高精度な予測を可能にしました。この技術は、従来のAIでは適用できなかった複雑な構造を持つ材料の組成選定・加工・評価といった一連の実験作業をコンピューター上で高速・高精度に再現(仮想実験)することを可能にするもので、材料開発のさらなる加速が期待できます。

なお、本技術の詳細は8月30日(英国時間)に、Nature Researchが発行する国際学術誌「Communications Materials」の電子版に掲載されました。

今回開発したAI技術によるCNT膜の仮想実験(a)とさまざまなCNT膜の物性予測(b)

図1 今回開発したAI技術によるCNT膜の仮想実験(a)とさまざまなCNT膜の物性予測(b)

2.今回の成果
【1】複雑な構造へ適用可能なディープラーニング技術

今回開発した技術では、AIによる構造画像の生成手法として敵対的生成ネットワーク(GAN)※4を用いています。GANはAIの最新の技術の一つであり、データの持つ特徴を学習することで複雑な構造(人の顔や景色など)を忠実に疑似画像として生成させるツールです。複雑な形態のCNT膜を、マクロな集合体からミクロな束状構造(バンドル構造)までいくつかの“階層”を持つ構造としてコンピューターに取り込み、GANに学習させました(図1a)。学習には走査型電子顕微鏡(SEM)※5で観察した、低倍率(2千倍)から高倍率(10万倍)まで四つの画像を組み合わせた画像(タイリング画像)を用いました。

この技術により、コンピューター上で異なるCNT膜のさまざまな“階層”の構造画像を高精度に生成可能になりました。今回開発した技術で生成したAI画像(図2)では、スーパーグロース法※6など市販されている七つの製法によるCNTを用いて、CNT構造の再現を行いました。観察倍率ごとの複雑なCNT膜の階層構造を高精度に学習し、疑似画像を生成した結果、実際の実験で見られるSEM画像がAI画像にて忠実に再現されていることが分かります。

実際に製造したCNT膜と今回開発したAI技術で生成したCNT膜の構造画像の比較

図2 実際に製造したCNT膜と今回開発したAI技術で生成したCNT膜の構造画像の比較

【2】仮想実験による物性予測と経済性最適組成の算出

CNT膜の構造をAI画像として生成可能となったことで、コンピューター上で選択・混合した任意のCNTの材料物性を予測できるようになりました。図1(b)は7種類あるCNT材料のうち2種類または3種類を任意の配合比率で混合させたCNT膜(総計1,716種類)について、電気特性および比表面積の物性値を予測したものです。この結果、単層のCNT(赤色)から多層のCNT(青色)を任意の配合比率で混合させることで、さまざまな物性値を持つCNT膜の作製が可能であることが明らかになりました。また、今回得られた予測データを実際の実験で得られる物性値と比較したところ、その信頼性(決定係数:R2)は学習済み/学習なし※7それぞれで、0.99/0.85(電気特性)および0.99/0.42(比表面積)と、高い精度であることがわかりました。

さらに今回開発した技術では、必要な物性値を持つCNT膜を作製するための経済的な最適解を得ることができます。図3の上図は、仮想実験で得られたCNT膜(1,716種類)の電気特性値に対する経済性(材料コスト)を示したものです。大きな値の経済性ほど低コストであることを表します。星印で示した点が最も低コストを実現する組成であり、下図は各電気伝導度において、その最適解におけるCNTの組成の割合を示したものです。従来、このような複雑な情報は実験による試行錯誤を通じて経験的に得られるものでした。ここにAIを用いることで、98.8%もの時間を短縮し、最適な組成の予測ができるようになりました。

これら一連の検証は、全てコンピューター上の仮想実験で得られたもので、これまで実際の実験では長時間かかっていた材料設計が高速・高精度に可能となりました。CNTと高分子との複合材料など、従来適用が困難であった複雑な構造にも汎用(はんよう)的に利活用できる新たなAI技術として、さまざまな材料を対象とした研究開発ステージのさらなる高度化・高速化が期待されます。

今回開発したAI技術によって得られた経済的な最適解(上図)および最適解におけるCNTの割合(下図)

図3 今回開発したAI技術によって得られた経済的な最適解(上図)および最適解におけるCNTの割合(下図)

3.今後の予定

NEDO事業で実施三者は、CNTをはじめとするナノ材料と高分子材料との複合材料を対象とした汎用的なAI技術開発に取り組むとともに、ファインセラミックス※8、マルチマテリアル※9といった幅広い材料へ適用可能な技術開発につなげていきます。

【注釈】
※1 データ駆動型
マテリアルズインフォマティクスやプロセスインフォマティクスを含む研究開発方法の総称を指します。材料に関する実験やシミュレーション結果のデータベースを、情報科学(インフォマティクス)の手法を用いて解析することで、効率的で高速な新材料探索を行う取り組みや、材料試作から工業的に利用可能な製造方法に至る開発をデータ科学により加速させ、製品化までの試行錯誤や擦り合わせを簡略化させるための研究開発方法です。
※2 ディープラーニング(深層学習)
コンピューターに大量のデータを与えて、データのパターンなどを認識させ、予測させる技術は機械学習と呼ばれ、人工知能分野でよく用いられています。その中で人間の神経回路(ニューロン)を模したシステムであるニューラルネットワークを多層にした手法をディープラーニングと呼んでいます。入力と出力の複雑な関係を結び付け、対象を分類や予測したい問題に広く適用することができます。
※3 カーボンナノチューブ(CNT)
炭素原子のみで構成される直径が0.4nm~50nmの一次元性のナノ炭素材料です。グラファイト層を丸めてつなぎ合わされた構造で、層の数が1枚だけのものを単層CNT、複数のものを多層CNTと定義されています。
※4 敵対的生成ネットワーク(GAN)
GANはGenerative adversarial networksの略です。ニューラルネットワークを用いて、入力されたデータや画像から新しい疑似データを生成するモデルをGANと呼んでいます。例えば、人の顔の持つ特徴を抽出して学習することで、実在しない人物の写真を生成することができます。二つのニューラルネットワークを互いに競わせて入力データの学習を進めて行くことから敵対的ネットワークと呼ばれています。
※5 走査型電子顕微鏡(SEM)
SEMはScanning electron microscopeの略です。試料表面に電子線を照射し、表面から表出される二次電子や反射電子を検出して試料形態を観察する手法です。
※6 スーパーグロース法
2004年、産総研 畠 賢治 博士らによって見出された単層CNTの大量合成手法です。化学気相成長(CVD)法を用いた単層CNT合成法であり、加熱炉内で単層CNTを合成する際に、水分を極微量添加することにより、触媒の活性時間および活性度が大幅に改善され、当時、従来の5百倍の長さに達する高効率成長、従来の2千倍の高純度の単層CNTを合成することが可能になりました。2015年11月に日本ゼオンによって工業的量産が開始されています。
※7 学習済み/学習なし
ここでは、モデルを構築するための学習に用いたCNT膜を学習済み(検証用データ)、モデル構築に使用していないものを学習なし(テスト用データ)と呼びます。
※8 ファインセラミックス
セラミックスのうち、材料の純度と精度を高め、欠陥制御、粒界構造制御などを行うことで、耐熱、耐摩擦、耐食性や電気絶縁性などの優れた物理・化学特性を持つものを指します。半導体デバイスや自動車、情報通信、産業機械、医療などさまざまな分野で利用されています。
※9 マルチマテリアル
鋼材やアルミニウムをはじめとする金属や、炭素繊維複合材料などの樹脂材料を組み合わせることで、軽量化や高強度化を実現する手法です。主に自動車や航空機など輸送機器の軽量化に重要な技術です。
4.問い合わせ先

(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)
NEDO 材料・ナノテクノロジー部 担当:三宅、高宮
ADMAT 技術部 担当:松田
日本ゼオン 広報室 担当:高橋

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部 担当:坂本、橋本、鈴木(美)、根本

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