2019-09-11 東京大学
長野 晃士(物理学専攻 博士課程3年生)
藤田 智弘(京都大学大学院理学研究科 日本学術振興会特別研究員)
道村 唯太(物理学専攻 助教)
小幡 一平(宇宙線研究所 特任研究員)
発表のポイント
- アクシオン暗黒物質がレーザー光の偏光を回転させる効果に着目し、シンプルなレーザー干渉計を用いてアクシオンの性質を先行研究以上の精度で測定できる新手法を考案しました。
- 強磁場発生装置などを用いないシンプルな手法であるため、既に重力波望遠鏡として建設されているレーザー干渉計を用いてアクシオン暗黒物質を探査できるようになりました。
- 現在日本に建設されている重力波望遠鏡KAGRAに本手法を適用できれば、重力波観測と同時に、世界最高精度でのアクシオン暗黒物質探査を行うことができます。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の長野晃士大学院生、道村唯太助教、東京大学宇宙線研究所の小幡一平特任研究員、京都大学大学院理学研究科の藤田智弘日本学術振興会特別研究員は、レーザー干渉計を用いてアクシオン暗黒物質の探査を行う新しい手法を考案しました。
我々の宇宙は、暗黒物質と呼ばれる物質で満たされていますが、その正体は依然分かっていません。暗黒物質の候補の一つとして、アクシオン(注1)と呼ばれる粒子が注目されています。
アクシオンには、直線偏光(注2)を持つ光の偏光面を回転させる性質があります。レーザー干渉計(注3)を用いて、レーザー光の偏光回転を精密に測定することで、アクシオンが光に与える影響の度合いを表す結合定数(注4)を測定できます。
今回提案された新手法は、強磁場発生装置などの複雑な装置が不要であるため、既に建設されているレーザー干渉計に広く適用することができます。現在、世界で建設されている最も精度の高いレーザー干渉計の一つが重力波望遠鏡(注5)です。本手法は、重力波望遠鏡の光検出部に偏光測定用の装置を取り付けるだけでよく、重力波観測を妨げません。重力波望遠鏡に本手法を適用すると、結合定数をこれまでより10倍以上高い精度で測定できるようになり、暗黒物質としてのアクシオンの兆候を発見できる可能性があります。発見できない場合にも、これまでの測定の上限値を大きく更新できます。
発表内容
①研究の背景
我々の宇宙の組成の約1/4は暗黒物質と呼ばれる未知の物質であることが知られています。我々がよく知っている水素などの物質は全宇宙の組成の5%程度でしかなく、暗黒物質は宇宙の多くの部分を占めていることが分かります。しかしながら、依然として暗黒物質の正体は分かっておらず、暗黒物質の正体を明らかにすることは、現代の物理学の最大の課題の一つとなっています。
暗黒物質の候補として、アクシオンと呼ばれる粒子が注目されています。これまでに、強磁場を発生させて人工的にアクシオンを生成して検出する実験や、地球に飛来する太陽内部で生成されたアクシオンを検出する実験、超新星爆発の際に生成されるアクシオンの観測などが行われてきました。例えば、東京大学大学院理学系研究科の蓑輪眞名誉教授のグループも太陽からのアクシオンの当時の世界最高精度での探査を行いました。しかし、いずれの実験観測においてもアクシオンの確たる証拠はまだ発見されていません。そのため、より精度の高いアクシオン探査の手法が必要となりました。
②研究内容
アクシオンには、直線偏光を持つ光の偏光面を周期的に回転させる性質があります。東京大学大学院理学系研究科の長野晃士大学院生、道村唯太助教、東京大学宇宙線研究所の小幡一平特任研究員、京都大学大学院理学研究科の藤田智弘日本学術振興会特別研究員の研究チームは、この性質に着目し、レーザー干渉計を用いて、ひも理論などの高エネルギー物理から存在が予言されているアクシオンを探査する新しい手法を考案しました。
アクシオンが暗黒物質である場合、地球上を進むレーザー光の偏光面が、アクシオンの質量に応じた周波数で回転します。この偏光面回転の大きさはアクシオンが光に与える影響の度合いを表す結合定数に依存します。したがって、レーザー光の偏光面回転を観測して結合定数を測定できれば、アクシオンを探査することができます。
今回研究チームが考案したのは、図1のように、レーザー干渉計の一種である2枚の正対する合わせ鏡で構成したファブリ・ペロー干渉計を用いて、レーザー光の偏光面回転を高精度で検出する手法です。ファブリ・ペロー干渉計を用いると、レーザー光が合わせ鏡の間を何度も往復するので、偏光面回転を増幅することができ、結合定数の高精度測定が可能となります。また、今回の新手法は、強磁場の発生装置等が必要ないため、既に建設されている多くのファブリ・ペロー干渉計に、ほぼそのまま適用することができます。
図1:ファブリ・ペロー干渉計を用いたアクシオン探査実験のイメージ図
(1) まずファプリ・ペロー干渉計に特定の偏光のレーザー光を入射させさます。(2) その偏光が干渉計内でアクシオンの影響で回転します。(3) アクシオンによって生じた偏光成分を偏光ビームスプリッターで分離し、光検出器(A)または(B)で取得することでアクシオンを探査します。 。
現在世界に建設されているレーザー干渉計の中で、最も精度が高いものの一つが重力波望遠鏡です。重力波望遠鏡は、重力波と呼ばれる非常に微小な時空の歪みを捉えるための装置であり、米国にあるAdvanced LIGOやイタリアにあるAdvanced Virgoなどが既に稼働中で、日本にあるKAGRAも2019年中に重力波観測運転を開始する計画です。これらの望遠鏡は、km級の大きなファブリ・ペロー干渉計を持っています。例えば、KAGRAの最も大きいファブリ・ペロー干渉計は長さが3 kmであり、その中をレーザー光が約1000回往復します。本手法は、重力波望遠鏡の主干渉計部には手を加えずに、光検出部に偏光測定用の装置を取り付けるだけで良く、重力波観測を妨げません。これらの重力波望遠鏡に本手法を適用すると、図2のように、結合定数の測定の上限値をこれまでより10倍程度向上させられます。また、更にファブリ・ペロー干渉計の長さを伸ばした次世代の重力波望遠鏡として米国が中心となって計画しているCosmic Explorerや日本が中心となって計画しているDECIGOを用いれば、現在の結合定数に対する測定精度を1000倍以上向上させることができます。また、有限の値の結合定数を発見できない場合にも、これまでの測定の上限値を大きく更新できます。
図2:重力波検出器を用いた場合の、あるアクシオンの質量(横軸)に対する結合定数測定の精度
アクシオンの質量によって偏光の回転周期が異なり、結合定数に対する感度が異なります。下に行くほど高精度で結合定数を測定できることを意味します。
③今後の予定
研究チームは、まず既に建設されている重力波望遠鏡に本手法を適用し、結合定数を世界最高精度で測定するための実験計画を進めています。もし日本に建設されているKAGRAに本手法を適用できれば、早ければ、2019年から始まる重力波観測運転中の期間のデータを用いてアクシオン暗黒物質の探査を行うことができます。その後、測定データを蓄積したり、将来建設される次世代重力波望遠鏡に本手法を適用したりすることで、結合定数の測定精度をさらに向上させ、上限値の更新や、さらには暗黒物質としてのアクシオンの兆候を掴むことが期待されます。本研究は「Physical Review Letters」オンライン版に9月13日以降掲載予定です。
発表雑誌
- 雑誌名
Physical Review Letters論文タイトル
Axion Dark Matter Search with Interferometric Gravitational Wave Detectors著者
Koji Nagano*, Tomohiro Fujita, Yuta Michimura, and Ippei Obata
用語解説
注1 アクシオン
元々は量子色力学の強いCP問題を解決するために提案され、ひも理論などの高エネルギー物理からも存在が予言されている未発見の粒子です。アクシオンは非常に小さい質量を持ち、宇宙論的動機から暗黒物質の候補として注目されています。アクシオンの特徴の一つとして、光とわずかに相互作用をすることが知られています。
注2 偏光
光は空間を伝わる電磁波です。光は横波であることが知られており、この波の振動する方向を偏光と呼びます。光の偏光方向は、偏光の向きによって透過・反射する光の量が異なる偏光ビームスプリッターを用いることで測定することができます。
注3 レーザー干渉計
レーザー光は波の性質を持つため、2つのレーザー光を合わせると強めあったり弱め合ったりします。この現象を干渉と呼びます。レーザー干渉計は、干渉を用いて鏡間の距離や光の速度を高精度で測定する装置です。
注4 結合定数
アクシオンが光子に与える影響の度合いを表すパラメータで、大きいほど相互作用が強くなります。アクシオン結合定数の大きさは明らかになっておらず、これまでの実験・観測からつけられた上限値のみ知られています。その大きさを決定するためには、幅広い質量領域で結合定数を測定する実験・観測を実施していくことが重要です。
注5 重力波望遠鏡
重力波とは、時空の歪みが伝搬する波動です。重力波は、地球と太陽の間の距離を水素原子1個分変動させる程度の非常に小さい影響しか持ちません。この重力波をとらえるための装置が重力波望遠鏡であり、現在の主流はレーザー干渉計型の重力波望遠鏡です。重力波は、米国にあるレーザー干渉計型重力波望遠鏡Advanced LIGOによって、2015年に世界で初めて直接検出されました。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―