2018-01-30 東京大学 科学技術振興機構(JST)内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)
ポイント
- 生物学・医学の研究で生体試料の観察に不可欠な共焦点蛍光顕微鏡は、撮像速度が遅いことが利用を制限する問題であった。
- 情報通信技術を応用することで、従来よりも桁違いに高速な共焦点蛍光顕微鏡の開発に成功した。
- 大量の細胞画像や生細胞の3次元構造情報を高速に取得できることから、がん発見に対応する超高精度血液検査法の開発やバイオ燃料を生産する微生物の研究を加速させることが期待される。
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻の三上 秀治 助教(ImPACTチームリーダー)、合田 圭介 教授らは、情報通信技術を応用することで生体の観察に不可欠な共焦点蛍光顕微鏡の撮像速度を桁違いに高速化する技術を開発し、毎秒16,000フレームの速度で生体試料を観察することに成功しました。また、本技術を応用して世界で初めて生体試料の3次元蛍光像を毎秒104コマの高速度で捉えることや、膨大な量の細胞の画像を短時間で取得・解析し、異なる細胞集団を高精度に識別できることを実証しました。本研究成果は、今後、多数の細胞画像から導かれる基礎科学の新たな発見や血中細胞からのがん診断やバイオ燃料生産微生物の開発などへの応用展開が期待されます。
本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のうち、合田 圭介 プログラム・マネージャーの研究開発プログラム「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」の一環として実施されました。
本研究成果は、2018年1月29日(米国東部時間)にアメリカ光学会(Optical Society of America)のジャーナル「Optica」のオンライン版で公開されます。
本研究チームは、東京大学の三上 秀治(理学系研究科 化学専攻 助教)、Jeffrey Harmon(研究当時:理学系研究科 化学専攻 修士課程学生)、小林 博文(理学系研究科 化学専攻 博士課程学生)、王 艺森(研究当時:理学系研究科 化学専攻 客員研究員)、Syed Hamad(研究当時:理学系研究科 化学専攻 博士研究員)、岩田 修(株式会社ユーグレナ 主任研究員)、鈴木 健吾(株式会社ユーグレナ 研究開発部長)、伊藤 卓朗(科学技術振興機構)、相阪 有理(エルピクセル株式会社)、朽名 夏麿(エルピクセル株式会社)、永澤 和道(研究当時:医科学研究所 博士研究員)、渡会 浩志(医科学研究所 特任准教授)、小関 泰之(工学系研究科 電気系工学専攻 准教授)、合田 圭介(理学系研究科 化学専攻 教授)で構成されています。
本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) http://www.jst.go.jp/impact/
プログラム・マネージャー | 合田 圭介 |
---|---|
研究開発プログラム | セレンディピティの計画的創出による新価値創造 |
研究開発課題 | セレンディピターのための細胞計測技術および細胞分取技術の開発 開発研究開発責任者:合田 圭介(東京大学 大学院理学系研究科 教授) |
研究開発責任者 | 合田 圭介(東京大学 大学院理学系研究科 教授) |
チームリーダー | 三上 秀治(東京大学 大学院理学系研究科 助教) |
研究期間 | 平成27年4月~平成29年3月 |
本プログラムでは、膨大な細胞集団から単一の目的細胞を発見する細胞検索エンジン「セレンディピター」の開発に取り組んでいます。その中で、三上チームは、高速蛍光イメージング手法の開発と、それを用いて高速流体中の細胞を撮影し、画像解析する技術の開発を担当しています。
<合田 圭介 プログラム・マネージャーのコメント>
本成果は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」に参画する、光学、流体力学、医学、生物学など異分野研究者の協力によるものです。今回開発した超高速の共焦点蛍光顕微鏡は、基礎科学の新たな発見を助けるツールとなるだけでなく、がん診断やバイオ燃料開発などのさまざまな応用展開が期待されます。本プログラムでは、最先端の異分野技術を組み合わせて、膨大な数の多種多様な細胞集団の細胞一つ一つを網羅的に調べ上げる細胞分析装置「セレンディピター」を開発しています。本研究成果は、セレンディピターの実現および細胞画像解析の応用生物学としてのライフイノベーション領域とデータ統合生命・医科学としてのIoBMT(Internet of Bio-Medical Things)への展開に向けた大きな一歩であると考えています。
<研究の背景と経緯>
生物学・医学の分野では細胞や組織などの生体試料を観察する手段として共焦点蛍光顕微鏡注1)が不可欠です。共焦点蛍光顕微鏡は複雑な生体試料の狙った部分だけを観察できたり、1ミクロン以下の微細な構造を観察できたりすることから、通常の顕微鏡よりも生体試料の観察に適した顕微鏡です。しかし、従来の共焦点蛍光顕微鏡は、撮像速度が非常に遅く、多数の画像を短時間で取得したり、高速に変化する生体試料の様子を捉えたりすることは困難でした。
<研究の内容>
本研究では、現代の生活を支える情報通信技術に着目し、その原理を共焦点蛍光顕微鏡に応用することで、従来よりも桁違いに高速な生体試料の撮像をできるようにしました(図1)。具体的には、周波数分割多重や直交振幅変調注2)と呼ばれる技術を用いて、生体試料の別々の場所から出てくる蛍光信号をまとめて捉えることで、撮像時間を大幅に短くしました。これにより、1秒あたり16,000フレームというきわめて高速度で生体試料の観察像を取得することに成功しました。従来の共焦点蛍光顕微鏡は1秒に数フレーム~数10フレーム程度の画像を取得するのが一般的なので、従来よりも1000倍程度高速であると言えます。本技術を応用して、水中を動きまわるユーグレナ注3)の3次元的な動きを、世界で初めて毎秒104コマという高速度(一般的なテレビ映像の毎秒60コマを上回る速度)で捉えることに成功しました(図2)。さらに、細胞集団を整列させて流体中を高速に流す技術と組み合わせることで、約5000個という膨大な量の細胞の個々の画像を短時間で取得・解析し、別々の条件で準備された細胞試料(マウスの白血球)を、約99%の高精度で識別できることを実証しました(図3)。
<今後の展開>
本技術により、従来の顕微鏡の撮像速度では時間がかかりすぎるために解析が難しかった膨大な量の細胞サンプルを精密に解析することが可能となります。このため、血液中の多数の細胞をひとつひとつ撮像してがん細胞の有無を調べることでがん診断を行ったり、ユーグレナなどの微小藻類を大量に培養した細胞集団の中からバイオ燃料に適した希少な種を探索したりするなど、さまざまな分野への応用が期待されます。また、従来は観察が難しかった生体の3次元構造の高速な変化など捉えることができるようになり、これまでの予想を覆す基礎科学の新たな発見につながることも期待されます(図4)。
<参考図>
図1 本研究で開発した共焦点蛍光顕微鏡の模式図
特殊なレーザー光が対物レンズを通して試料上のレーザービーム列を形成し、これが3D対応スキャナによって走査されることで試料から出てくる蛍光信号を光検出器で捉え、コンピュータで信号処理することで画像を生成する。
図2 水中をユーグレナが泳ぐ様子を毎秒104コマの頻度でとらえた3次元動画
ユーグレナは水中で自発的に運動するため追跡が難しいが、3次元動画撮影することでどの方向に向かっても動きを逃さず捉えることができた。また、撮像速度が十分に速いため、ユーグレナが動いても像がぶれることはなく、常に鮮明な像が取得できた。赤色は葉緑体(光合成を行う部分)、緑色は核(遺伝子の情報が入っている部分)を表す。黄色やオレンジ色に見える部分はこれらが重なった部分である。枠の大きさは縦、横、奥行がそれぞれ80ミクロン、70ミクロン、90ミクロン。 ms(ミリ秒):1000分の1秒を表す単位。
図3 2種類のマウスの白血球の画像を本技術でとらえた像
マウスのリンパ球、好中球(それぞれ白血球の一種)を整列させて流体中を高速で流した状態でひとつひとつ撮像し、それぞれ5000枚程度取得した。外形(灰色)と核の形状(緑色)の画像から、それぞれの白血球の特徴がはっきりと捉えられている。これらの画像データを機械学習と呼ばれるデータ解析手法で解析することで、約99%の精度で識別することができた。
図4 今後の展望
本技術により生体内の高速現象の観察や高速3次元ビデオ取得、膨大な量の細胞画像の取得が可能になる。これにより、基礎科学の新たな発見や、超高精度血液検査・バイオ燃料開発等の新技術開発への応用展開が期待される。
<用語解説>
- 注1)共焦点蛍光顕微鏡
- 前処理などにより蛍光を発するよう準備された試料にレーザー光を照射して、試料から発する蛍光を検出することによって試料の画像を取得する顕微鏡の一種。生体試料の観察したい部分だけを蛍光観察できたり、1ミクロン以下の高精細な蛍光画像を取得できたりするため、生体試料の観察に幅広く用いられている。
- 注2)周波数分割多重、直交振幅変調
- 情報通信技術において、データ通信量を増やす技術。いずれも別々の信号データを束ねて送受信することでデータ通信量を増やすことができる。本研究ではこれらの技術を生体試料からの蛍光信号の検出に応用することで高速化を実現した。
- 注3)ユーグレナ
- 微細藻類の一種で、べん毛を使って水中を自由に泳ぎ回ることができる。特定の条件下で油脂を溜めることが知られており、バイオ燃料への応用が期待されている。
<論文情報>
タイトル | “Ultrafast confocal fluorescence microscopy beyond the fluorescence lifetime limit” |
---|---|
掲載雑誌 | Optica |
著者名 | Hideharu Mikami*, Jeffrey Harmon, Hirofumi Kobayashi, Syed Hamad, Yisen Wang, Osamu Iwata, Kengo Suzuki, Takuro Ito, Yuri Aisaka, Natsumaro Kutsuna, Kazumichi Nagasawa, Hiroshi Watarai, Yasuyuki Ozeki, and Keisuke Goda* (*責任著者) |
doi | 10.1364/OPTICA.5.000117 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 助教
三上 秀治(ミカミ ヒデハル)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授
合田 圭介(ゴウダ ケイスケ)
<ImPACTの事業に関すること>
内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>
科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
<報道に関すること>
東京大学 大学院理学系研究科・理学部
科学技術振興機構 広報課