蓄電池の充電率など秘密のままフィードバック制御
2018/11/12 科学技術振興機構,名古屋大学,北見工業大学
ポイント
- IoTの実現に向けて、クラウドと端末の間で計算処理するフォグコンピューティングが期待され、これに対応するが求められている。
- フォグコンピューティングの環境下で、利用に適した秘匿化制御技術を開発。
- これを用い、蓄電池の充電率の情報を、秘匿化しながら目標の値に制御できることをシミュレーションで確認した。
JST 戦略的創造研究推進事業において、名古屋大学の東 俊一 教授と北見工業大学の佐藤 一宏 助教は、フォグコンピューティングの環境下において、端末の内部情報を秘匿化しながら、端末を思い通りに制御するための技術を開発しました。
近年、超スマート社会の実現に向けて、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)が注目されていますが、この実現において「フォグコンピューティング」への期待が高まっています。これは、クラウドと端末の間に中継的な計算装置を設置し、クラウドサーバーに代わって一部のタスクを担当させるという処理環境の概念です。脳を介さず運動を制御する脊髄反射のように働き、IoTを効率的に運用できます。
このようなフォグコンピューティングは、1秒未満で超高速に制御できる可能性があるため、次世代のエネルギー管理システムにおいても重要な役割を果たすことが期待されます。しかし、フォグコンピューティングの導入を想定した電力系統制御については、これまでほとんど研究されていませんでした。
本研究グループが開発した秘匿化制御技術は、フォグコンピューティングの特徴を的確に捉えており、蓄電池の充電率制御に有効であることが示されました。本研究成果は今後、フォグコンピューティングの環境下における標準的な秘匿化制御技術になると期待されます。
本研究成果は、2018年11月12日(日本時間)に米国電気電子学会誌「IEEE Transactions on Industrial Informatics」のオンライン速報版で公開されました。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」(研究総括:藤田 政之 東京工業大学 教授)
研究課題名:「太陽光発電予測に基づく調和型電力系統制御のためのシステム理論構築」
研究代表者:井村 順一(東京工業大学 教授)
研究期間:平成27年4月~平成32年3月
JSTは本領域で、分散協調型エネルギー管理システムを実現するための多角的な研究を進めています。本研究課題で共同研究者の東教授らは、再生可能エネルギーなど出力変動しやすい電源の大量導入を想定し、系統全体を安定的に運用するための次世代の電力系統制御技術の構築を目指しています。
<研究の背景と経緯>
超スマート社会の実現に向けて、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)への注目が高まっています。IoTは、「センサーで実世界の情報を得て、アクチュエーターで実世界へ働きかける」という一連の流れを、複数の端末に対して同時に管理します。その情報処理と制御をクラウドで集中管理する技術は、重要な役割を担うと考えられてきました。しかし、クラウドサーバーでの処理やクラウドサーバーとの通信には一定の時間を要します。そのため集中管理型でIoTを適用できるのは、数秒以上の応答時間を許容できるものに限られます。通常、電力システムや交通システムといった、電気系や機械系の管理システムでは、1秒未満の速さで情報処理と制御が実行されなくてはなりません。
そこで近年、「フォグコンピューティング」という概念が提案されています(図1)。これは、クラウド(雲)と端末デバイスの間に、フォグ(霧)と呼ばれる計算装置を設置し、計算負荷の小さい一部のタスクをクラウドサーバーの代わりに担当させるものです。フォグは、クラウドサーバーほどの計算能力や容量は持ちませんが、クラウドサーバーと適切に役割分担することで、脳を介さず運動を制御する脊髄反射のように働き、IoT全体を効率的に運用することができます。
その一方、フォグコンピューティングの導入を想定した制御系設計の研究は、これまでほとんど見受けられませんでした。特に、IoT環境では、制御対象である端末デバイスのセキュリティーを保証するために、端末の内部情報を秘匿化しながら制御することが重要ですが、フォグコンピューティングの特徴を捉えた秘匿化制御技術の研究は、これまでなされていませんでした。
<研究の内容>
本研究では、システムを制御するためのコントローラー(フォグ)が実装される場合を想定し、制御対象のセンサー情報を秘匿化しながらコントローラーに受け渡し、フィードバック制御する技術を開発しました(図2)。この方法では、センサー情報を直接フォグに送信するのではなく、「セキュリティー信号」とよぶランダムな信号を加えて秘匿化して送信します。その結果、制御対象の内部情報の秘密が保たれます。
この制御技術の特徴は以下のようにまとめられます。
(1)セキュリティー信号を加えることによって、「センサー情報」と「秘匿化された情報」の相互情報量注1)を任意の値に設定できます。相互情報量を小さくすることで、センサー情報の秘匿化が達成されます。
(2)セキュリティー信号は標準的な確率分布を用いて生成されます。そのため、計算能力の高いコンピューターは必要ありません。
(3)通常、信号を秘匿化すると、どこかの工程で信号の復号化(戻すこと)が必要となりますが、本方式では復号化することなく、フォグでの計算量を低減できます。この性質は、セキュリティー信号として期待値が0のものを採用することによって得られています。
(4)従来の秘匿化制御では暗号鍵(公開鍵と秘密鍵)を用いるため、外部への漏洩が許されない秘密鍵を管理する必要がありますが、本方法では暗号鍵は必要ありません。
(5)セキュリティー信号を加えても、本研究グループが明らかにした条件のもとでコントローラーと制御対象のフィードバック系の安定性(最終的に目標値を達成できること)が保証されます。
(6)複数の制御対象に同時にこの秘匿化制御をした場合、フォグ側は、センサー情報の平均値(統計量)をほぼ正しく推定できます。これにより、複数の制御対象を統計量で一括制御することができます。このような技術はスマートグリッドにおける蓄電池の制御において有用です。
さらに、本研究では、この秘匿化制御技術を蓄電池の充電率(SOC:State Of Charge)を目標値に到達させる制御へ適用しました。シミュレーションの結果、充電率の情報を秘匿化しながら目標の値に制御できることが示されました(図3、4)。将来、蓄電池が家庭にまで広く普及することが想定されますが、充電率の履歴から在宅状態の推定ができてしまうと、空き巣などの犯罪被害につながる恐れがあります。各家庭の充電率はその家庭の生活パターンを示す個人情報であり、秘匿化が強く求められます。このようなエネルギー管理システムにおいて、本研究で開発した秘匿化制御技術は有効であるといえます。
<今後の展開>
本研究成果は、今後、フォグコンピューティングの環境において標準的な秘匿化制御技術になると期待されます。実用化に向けて、実環境においての秘匿性および制御性能の評価が望まれます。
<参考図>
図1 フォグコンピューティングを利用したIoTの概念図
クラウドと端末の間に中継的な計算装置(フォグ)を設置し、計算負荷の小さい一部のタスクをクラウドサーバーの代わりに担当させる。フォグは、脳を介さず運動を制御する脊髄反射のように働き、IoTの効率化に寄与する。
図2 本研究で提案した秘匿化制御技術のブロック図
制御対象のセンサー情報を秘匿化しながら、フォグ上に実装されたコントローラーに受け渡し、フィードバック制御する。
図3 開発した秘匿化制御技術で蓄電池の充電率を制御した例
充電率が20%の蓄電池に対し、充電率が80%(目標値)になるように制御した。セキュリティー信号が印加されているために挙動が揺らぐが、最終的に目標値を達成する。
図4 秘匿化されたセンサー情報
制御のために図3の信号をセンサーで読み取り、セキュリティー信号を印加した様子を示している。センサー情報にセキュリティー信号を印加することによって、「センサー情報」と「秘匿化された情報」の相互情報量を小さくすることで、ノイズのように不規則なグラフとなっており、秘匿化された情報からセンサー情報を推定できないようにしている。
<用語解説>
- 注1)相互情報量
- 一方の変数の情報から、もう一方の変数の情報をどれだけ推測できるかの尺度。これが小さい方が、片方の変数の情報からもう一方の情報を推測しにくいことになる。
<論文情報>
タイトル:“Secure real-time control through Fog computation”
(フォグコンピューテーション環境における秘匿化リアルタイム制御)
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
東 俊一(アズマ シュンイチ)
名古屋大学 大学院工学研究科 教授
<JST事業に関すること>
松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
名古屋大学 総務部 総務課 広報室
北見工業大学 総務課 広報担当