鉄リン系超伝導体で高エネルギーの反強磁性磁気ゆらぎを世界で初めて発見

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鉄系超伝導体の機構の解明、新しい超伝導体の探索へ

2018/11/05  総合科学研究機構,日本原子力研究開発機構,J-PARCセンター

発表のポイント】

  • 鉄リン系超伝導体1)(LaFePO0.9)で、高エネルギーの反強磁性磁気ゆらぎ2)を世界で初めて発見しました。
  • 反強磁性磁気ゆらぎと超伝導3)との新たな関係の解明により、新しい超伝導体を探索する手がかりになると期待されます。

一般財団法人総合科学研究機構(理事長 横溝英明)中性子科学センターの石角元志技師、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)先端基礎研究センターの社本真一研究主席、J-PARCセンターの梶本亮一研究主幹らは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)4)、米国のオークリッジ国立研究所、仏国のラウエ・ランジュバン研究所での中性子非弾性散乱実験5)により、鉄リン系超伝導体(LaFePO0.9)で、高エネルギーの反強磁性磁気ゆらぎを世界で初めて発見しました。

鉄系超伝導体1)の発見以来、その超伝導の発現には反強磁性磁気ゆらぎが密接に関わっていると考えられ、様々な鉄系超伝導体に対し反強磁性磁気ゆらぎの探索が行われてきました。その結果、反強磁性磁気ゆらぎのエネルギーと超伝導転移温度(TC)は関係があり、TCの低い物質では、反強磁性磁気ゆらぎのエネルギーは低いか存在しないと考えられてきました。鉄リン系超伝導体(LaFePO)では酸素濃度を正確に調節しないと超伝導が生じず、超伝導を示すものでもTCは5 K程度という低温でした。TCが5 Kの鉄リン系超伝導体(LaFePO)では、約2.5 meV程度のエネルギー領域に反強磁性磁気ゆらぎが存在することが期待されました。しかし米国や英国のグループの先行研究で、この領域に反強磁性磁気ゆらぎが見つからなかったため、鉄リン系超伝導体(LaFePO)には反強磁性磁気ゆらぎはないと信じられていました。

今回、当研究グループは、酸素濃度の調節条件を最適化することによって高品位鉄リン系超伝導体(LaFePO)試料の大量合成に成功しました。この試料を用いて、これまで見過ごされてきた高いエネルギーまで観測領域を広げることによって、予想よりも約15倍程度高い約40 meVに反強磁性磁気ゆらぎが存在することを世界で初めて明らかにしました。これにより、高エネルギーの反強磁性磁気ゆらぎをもつ超伝導体が必ずしも高い超伝導転移温度を示さないことがわかりました。これまでの常識とは異なる高エネルギーの反強磁性磁気ゆらぎの発見により、鉄系超伝導体において超伝導機構の鍵となる反強磁性磁気ゆらぎの役割への理解が深まることが期待されます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』に11月5日付でオンライン掲載されました。

背景

超伝導とは電気抵抗がゼロとなる現象です。1911年にオランダの物理学者オンネスにより水銀(TC = 4.2 K)で初めて発見されました。電気抵抗がゼロになると電力を損失しないで電流を流せるため、TCが室温となる室温超伝導には様々な応用が期待されています。1986年に銅を含んだ酸化物(銅酸化物)で高温超伝導が発見され、TCはおよそマイナス140 ℃(133 K)まで上がりました。室温超伝導の実現は現代物理学の重要課題の一つであり、そのためには様々な超伝導の機構を理解していくことが必要です。

最近注目されている超伝導体が2006年に東京工業大学の細野秀雄教授らにより発見された鉄系超伝導体です。世界中でその超伝導特性が調べられた結果、鉄系超伝導体の起源には“反強磁性磁気ゆらぎ”とよばれる現象が深く関わっていることが分かってきました。鉄系超伝導体では反強磁性磁気ゆらぎのエネルギーが高いほどTCが高くなると言われてきました。

鉄リン系超伝導体(LaFePO)は初めて発見された鉄系超伝導体ですが、そのTCは5 K程度で他の鉄系超伝導体と比べても低い温度でした。これまでの考えに基づくと、TCが低いと反強磁性磁気ゆらぎのエネルギーは低いか存在しないと考えられます。実際、先行する米国や英国のグループによる実験で、反強磁性磁気ゆらぎは期待されるエネルギー領域に存在しないことが報告されていました。そのため、鉄リン系超伝導体(LaFePO)には反強磁性磁気ゆらぎはないと信じられていました。

研究手法と成果

以上のような背景から、当研究グループは図(a)に示すように試料中の超伝導の割合(超伝導体積分率)が高い良質な粉末試料を大量に合成し、反強磁性磁気ゆらぎの有無を先行研究よりも高いエネルギーまで詳細に調べました(図(b))。中性子非弾性散乱実験はJ-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF)の4次元空間中性子探査装置「四季」(BL01)6)の他、米国のオークリッジ国立研究所、仏国のラウエ・ランジュバン研究所で行いました。

その結果、図(b)に示すように30 meVから50 meVまでの高エネルギーで、予想される波数7)領域に反強磁性磁気ゆらぎによるピークを発見することができました。これまでの常識に反するこの反強磁性磁気ゆらぎの発見は、粉末試料の質や量だけではなく、特に幅広いエネルギーを同時に測定できる四季を用いることで実現しました。

図(a) 超伝導体の帯磁率測定結果。負に大きくシグナルが出ることで、超伝導体積分率が高いことがわかる。(b) 30 Kでの中性子非弾性散乱強度。30 meVから50 meVでは、波数 2.5 Å-1に反強磁性磁気ゆらぎによるピークが見える(図中の矢印)。

図(a) 超伝導体の帯磁率測定結果。負に大きくシグナルが出ることで、超伝導体積分率が高いことがわかる。(b) 30 Kでの中性子非弾性散乱強度。30 meVから50 meVでは、波数 2.5 Å-1に反強磁性磁気ゆらぎによるピークが見える(図中の矢印)。

今後の展開

今回発見した高エネルギーの反強磁性磁気ゆらぎが、鉄リン系超伝導体(LaFePO)の超伝導とどう関わっているのか、引き続き研究を行うことで、この関係を明らかにし、鉄系超伝導体の超伝導機構への理解をより深めるとともに、新しい超伝導体の探索の指針を明らかにしていく予定です。

本研究は、受託研究JST 戦略的創造研究推進事業「新規材料による高温超伝導基盤技術(TRiP)」および日本学術振興会による科学研究費助成事業の成果の一部です。また、東日本大震災により日本でJRR-3とJ-PARCが停止した際には、米国のオークリッジ国立研究所(日米協力事業)と仏国のラウエ・ランジュバン研究所の国際的なご厚意により、中性子散乱測定を行うことができました。

書籍情報

雑誌名:Scientific Reports

タイトル:High-energy spin fluctuation in low-TC iron-based superconductor LaFePO0.9

著者:石角元志1,2,3、社本真一2、樹神克明4、梶本亮一5、中村充孝5、タオ ホング6、ハンヌ ムトカ7

所属:1総合科学研究機構中性子科学センター、 2日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター、3産業技術総合研究所、4日本原子力研究開発機構物質科学研究センター、5日本原子力研究開発機構J-PARCセンター、6オークリッジ国立研究所、 7ラウエ・ランジュバン研究所

DOI番号:10.1038/s41598-018-33878-x

【用語解説】

1)鉄リン系超伝導体、鉄系超伝導体

超伝導を引き起こす物質を超伝導体と呼びます。鉄系超伝導体は鉄を含む超伝導体の総称で銅酸化物に続き超伝導転移温度(TC)が高い物質です。2006年に東京工業大学の細野秀雄教授らにより発見されました。鉄リン系超伝導体(LaFePO)は鉄の他にリンを含み、鉄系超伝導体の中では最初に見つかりました。

2)反強磁性磁気ゆらぎ

電子にはスピンという極微の磁石のような性質があり、結晶全体でスピンが互いに反対方向に向いて整列した状態から振動することを指します。

3)超伝導

特定の物質を非常に低い温度まで冷却したときに電気抵抗がゼロとなる現象です。このとき外部からの磁力線が物質内部から排除されます(マイスナー効果)。超伝導現象が現れる温度は超伝導転移温度(TC)と呼ばれます。

4)大強度陽子加速器施設(J-PARC)

高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している先端大型研究施設です。素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われており、世界中から研究者が集まっています。J-PARC内の物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高クラスの中性子およびミュオンビームを用いた研究が行われており、MLFの共用ビームラインの利用支援などは総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターが中心となって行っています。

5)中性子非弾性散乱実験

照射した中性子と試料との間にエネルギーの授受がある散乱を中性子非弾性散乱といいます。この現象を利用した中性子非弾性散乱実験では、中性子のもつ運動量とエネルギーの変化を観測することにより、試料中の電子のスピンや原子の動きをみることが出来ます。

6)4次元空間中性子探査装置「四季」(BL01)

J-PARC MLFの第1ビームライン(BL01)に設置されている実験装置です。MLFの中性子源から発生する中性子のうち特定の速さを持つ中性子のみを選択して試料に照射し、試料によって散乱された中性子の速さの変化を観測することで、スピンや原子の動きを捉える装置です。同種の装置の中でも特に広いエネルギー領域を高い効率で観測することが可能なのが特徴です。

7)波数

ミクロ(量子力学)の世界において電子や中性子は粒子性と波動性を併せ持ちます。波数とは波長の逆数に対応し、運動量に比例します。中性子散乱では試料によって散乱された中性子の運動量の変化を通じて、電子スピンの動き(ゆらぎ)の運動量(波数)を求めることができます。

1701物理及び化学
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