2024-02-20 東京大学
発表のポイント
- 分泌性トライコムに新しい構造を発見し、ネックストリップ(Neck strip)と命名しました。
- この構造の発見により分泌性トライコムに物質を貯蔵する機構が明らかになりました。
- この成果は植物の病気や害虫抵抗性、有用物質の生産向上に繋がることが期待されます。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の神谷岳洋准教授らによる研究グループは、キュウリのブルーム(果実表面の白い粉)が形成されない変異株を解析することにより、分泌性トライコム(注1)の特定の細胞(neck cell)に形成されるリグニン(注2)が、分泌トライコムに貯蔵された物質が漏れないようにする障壁として機能することを見出しました。この構造は本研究で初めて見出されたことから「ネックストリップ」と命名しました(図1)。ネックストリップは他の植物の分泌トライコムにも存在しており、植物に普遍的な構造であると考えられます。分泌性トライコムは病気や害虫から植物を守る機能を持っています。また、人にとって有用な化合物の合成・貯蔵を行っています。ネックストリップの形成機構や役割を理解することにより、病気や害虫に強い植物の作出や、物質生産能力向上への貢献が期待されます。
発表内容
分泌性トライコムは、特殊な物質を合成・貯蔵しています。ここで合成される物質は、植物にとって様々なストレス下で生存するために不可欠です。例えば、キュウリの分泌性トライコムで合成されるブルーム(主成分はシリカ(注3))は、物理的な強度を与えることにより害虫抵抗性を付与しているとされています。さらに、合成・貯蔵される化合物の中には人にとって医学的・商業的に価値がある物質も含まれています。例えば、マラリア治療薬であるアルテミシニン(クソニンジン)、マリファナの成分であるカンナビノイド(大麻草)、メントール(ペパーミント)などの一般にハーブと呼ばれる植物の多くの香り成分が、分泌性トライコムで合成・貯蔵されます。 このようなユニークな特性から、分泌性トライコムは化学工場とも呼ばれます。しかし、どのようにして分泌性トライコムが合成と貯蔵を行うことができるのか、その仕組みについては長年の謎でした。 先行研究により、キュウリのブルームを形成しない(ブルームレス)変異株では、CsMYB36と呼ばれる転写因子(注4)の機能が壊れることによりブルームレスになることが明らかになっていました。しかし、なぜCsMYB36の機能が壊れるとブルームが形成されないのか、その理由はわかっていませんでした。この謎を解明すべく、本研究では、キュウリブルームレス変異株の詳細な解析を行い、その理由を明らかにしました。 研究チームは、果実においてブルームの主成分であるケイ素の濃度を調べました。果実のケイ素濃度は野生型株とブルームレス変異株と同程度でしたが、野生型株では果実表面の分泌トライコムにケイ素が局所的に多く蓄積していることを発見しました(図2)。ブルームはケイ酸の重合体であるシリカが主成分であり、シリカはケイ酸濃度が高くなると酵素非依存的に形成されることがわかっています。このことから、変異株でブルームが形成されない理由は、分泌性トライコムにおいて高濃度のケイ素が蓄積できないためだと考えられました。
次に、CsMYB36とブルームレスの関係を調べました。CsMYB36が転写因子であり果実で多く発現していることから、果皮の網羅的なmRNA発現解析を行い、野生型株と変異株で発現量に差がある遺伝子を調べました。その結果、CASP1と呼ばれる遺伝子の発現が顕著に低下していました。CASP1は、根においてリグニンを主成分とするアポプラスト障壁(カスパリー線;注5)の形成に必要な遺伝子であることが他の植物を用いた先行研究によって明らかになっています。そこで、果実でリグニン染色を行ったところ、分泌性トライコムのneck cellの周囲にリグニンが蓄積していることを発見しました。さらに、色素を用いた実験により、この蓄積したリグニンがアポプラスト障壁として機能していることを明らかにしました。この構造が新規の構造であることから「ネックストリップ」と命名しました。変異株ではバリアの機能をするネックストリップがないために、ケイ素が漏れ出てしまい、頭部の細胞(glandular cell)に高濃度に蓄積できずブルームが形成されないと考えられます(図3)。ネックストリップはキュウリ以外の分泌性トライコムにも存在することを確認しており、植物に普遍的な構造であることが示されました(図4)。
今回の研究は、分泌性トライコムがその機能を発揮するための要となる構造を発見したものです。農業だけではなく医学分野においても大きな進展をもたらすことが期待されます。
発表者
東京大学大学院農学生命科学研究科
神谷 岳洋 准教授
発表雑誌
- 雑誌
- Nature Plants
- 題名
- Novel lignin-based extracellular barrier in glandular trichome
- 著者
- Ning Hao, Hongxin Yao, Michio Suzuki, Baohai Li, Chunhua Wang, Jiajian Cao, Toru Fujiwara, Tao Wu*, Takehiro Kamiya*
研究助成
本研究は、科研費「アポプラスト障壁形成の環境応答機構と栄養循環における機能の理解(課題番号:21H02087)」、科研費「アポプラスト障壁の形成と機能の理解(課題番号:17H03782)」、JSPS二国間交流事業(JSPS-NSFC)、科研費「植物の栄養感知機構の解明と栄養応答統御(課題番号:19H05637)」、中国国家自然科学基金、科研費「生命金属動態を利用したバイオレメディエーション技術の開発(課題番号:JP19H05771)」などの支援により実施されました。
用語解説
注1 分泌性トライコム
植物の表面に形成される突起をトライコム(毛状突起)と呼ぶ。そのうち、物質を分泌する機能を持つトライコムを分泌性トライコムと呼ぶ。
注2 リグニン
フェノール性の高分子化合物(ポリマー)
注3 シリカ
ケイ酸が重合体したもの。二酸化ケイ素。
注4 転写因子
遺伝子の転写発現を制御するDNA結合タンパク質。
注5 アポプラスト障壁
細胞膜の外側の空間をアポプラストと呼ぶ。アポプラストの移動を妨げる構造をアポプラスト障壁と呼び、根ではリグニンよりなるカスパリー線がその機能を果たす。
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 神谷 岳洋(かみや たけひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)