分子のねじれの強さを調節して分子運動を制御する~より複雑な動作機構を示す新たな分子機械の設計に期待~

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2023-12-06 東京大学

塩谷 光彦 (化学専攻 教授)
田代 省平 (化学専攻 准教授)
中島 朋紀 (化学専攻 博士課程)
江原 正博(分子科学研究所 教授)

発表のポイント

  • ねじれ度合いの異なる2種類の環状金属錯体のねじれ異性体を選択的に合成し、ねじれの強弱によってらせん反転運動の速度が大きく異なることを発見しました。
  • 分子運動を制御する分子機械の分野において、分子のねじれ度合いを変えることで運動速度を高度に制御した初めての例となります。
  • 本研究の成果は、より複雑な運動をする分子機械を設計するための新たな方法論として、高度で複雑な分子システムの開発に貢献することが期待されます。

分子のねじれの強さを調節して分子運動を制御する~より複雑な動作機構を示す新たな分子機械の設計に期待~
環状分子のねじれ度合いの違いによるらせん反転運動の速度制御


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の中島朋紀 大学院生、田代省平 准教授、塩谷光彦 教授および自然科学研究機構計算科学研究センター・分子科学研究所の江原正博 教授は、環状分子のねじれの度合いが異なる2種類の異性体(注1)を選択的に合成し、弱くねじれた異性体と強くねじれた異性体のらせん反転(注2)速度を制御することに成功しました。

本研究では、環状配位子とパラジウム塩から、ねじれの度合いが異なる2種類の環状パラジウム三核錯体(注3)を異なる条件下で選択的に合成しました。結晶および溶液中の分析により、弱くねじれた異性体はすぐにらせん反転が起こるのに対し、強くねじれた異性体はらせん反転が観察されないことが明らかになりました。この顕著な速度の違いは、環構造のねじれの度合いの違いによる反転機構の違いによるものです。

従来の単純な分子の並進運動や回転運動の制御に比べ、分子全体のねじれの反転をより高度に制御することが可能になり、より精巧な分子機械の構築につながることが期待されます。

発表内容

分子機械は、分子の運動を光や酸塩基などの外部刺激によって制御できます。例えば、ロタキサンやカテナン(注4)の運動制御は2016年ノーベル化学賞受賞者により達成されました。しかし、これまでの研究のほとんどは、並進や回転などの単純な運動の方向や速度の制御に焦点を当てていました。一方、最近では、より複雑な分子の運動を制御する手段として、分子のねじれの反転速度を制御する研究が進められていますが、その多くは化学修飾(注5)によって構成要素を変化させるものであり、新たな手法の開発が求められています。

本研究では、錯体形成反応を制御することで2種類のねじれ異性体を選択的に合成し、化学修飾を施すことなく、ねじれ度合いの違いのみで運動速度を制御することを目指しました。まず、環状配位子Lとパラジウム(II)塩Pdを室温で反応させることにより、環状ねじれパラジウム三核錯体1tightを合成しました(図1)。結晶構造解析(注6)の結果、1tightLのフェニレンジアミン部分が環状構造の内側に入り込むほど強くねじれていることがわかりました。


図1:環状パラジウム三核錯体の強くねじれた異性体1tightの合成スキームと構造
この条件下でLPdを一段階で反応させると、強くねじれた異性体1tightを選択的に合成することができます。結晶構造図では、簡略化のため、(P)-異性体のみを示しています。


次に、反応中間体としてLPdから二核錯体を得た後、さらに一当量のPdを還流条件下で反応させ、環状パラジウム三核錯体のもう一つの異性体である1looseを合成しました(図2)。結晶構造解析により、1looseLのフェニレンジアミン部分が環状構造の外側に位置していることが判明しました。1tightの結晶と1looseの結晶はどちらも、プラス方向とマイナス方向にねじれた(P/M)-鏡像異性体(注7)で構成されていました。


図2:弱くねじれた環状パラジウム三核錯体1looseの合成スキームと構造
二核錯体を介した段階的合成により、弱くねじれた異性体1looseが選択的に生成されます。結晶構造図では、簡略化のため、(P)-異性体のみを示しています。


最後に、2種類のねじれ異性体のらせん反転速度を評価しました(図3)。27 °Cにおける1looseの反転速度は、NMR測定(注8)から3.31 s–1と計算されました。一方、1tightの反転速度は非常に遅く、3日経っても反転は見られませんでした。構造を比較すると、このらせん反転速度の大きな違いは、2種類のねじれ異性体のねじれ方の違いによるPdIIイオンの配位様式の違いによるものであることがわかりました。さらに、反転が遅いことを利用して、CDスペクトル(注9)測定と量子化学計算から1tightのねじれ方向を決定することができました。


図3:2種類のねじれ異性体のらせん反転
どちらの異性体にも(P)-および(M)-らせん異性体が共存しますが、弱くねじれた1looseでは速やかならせん反転が起こるのに対し、強くねじれた1tightでは反転が観察されませんでした。


以上のように、環状分子のねじれ度合いが異なる異性体を作り分けることで、らせん反転の速度を制御することができました。分子機械の目標の一つは、マクロな世界の複雑な運動を分子スケールで再現することであり、この結果はこの目標を達成するための有用な方法論を提供します。また、ねじれ度合いの異なる異性体を選択的に合成するこの手法は、金属錯体の設計可能性を大きく広げ、分子機械をはじめとする機能性金属錯体の開発に貢献することが期待されます。

論文情報
雑誌名
Nature Communications論文タイトル
Selective synthesis of tightly- and loosely-twisted metallomacrocycle isomers towards precise control of helicity inversion motion

著者
Tomoki Nakajima, Shohei Tashiro*, Masahiro Ehara and Mitsuhiko Shionoya*

DOI番号
10.1038/s41467-023-43658-5

研究助成

本研究は、科研費「新学術領域 “配位アシンメトリ”」(課題番号:JP16H06509 研究代表者:塩谷光彦)、旭硝子財団(研究代表者:田代省平)の支援により実施されました。

用語解説

注1  異性体
同じ分子式でありながら異なる構造をもつ化合物のこと。

注2  らせん反転
らせん性の向きが反転すること。例えば、時計回り(プラスの向き、(P)-異性体)にねじれたらせん状構造体と反時計回り(マイナスの向き、(M)-異性体)にねじれた構造体の間での立体構造の相互変換が挙げられる。

注3  錯体
有機分子などの配位子が金属イオンと結合した化合物のこと。

注4  ロタキサン、カテナン
共有結合ではなく機械的な結合によって組み上がった分子のこと。ロタキサンは環状の分子の中を棒状の分子が貫通している分子で、カテナンは2つ(以上)の輪分子が鎖のように互いの輪の中を貫通している分子である。

注5  化学修飾
化学反応によって分子構造の一部を変えること。例えば、新たに置換基を付与したり、構成する一部の原子や置換基を入れ替えたりすること。

注6  結晶構造解析
分子が周期的に配列した単結晶にX線を照射して得られる回折パターンから、分子の立体構造を決定する解析手法のこと。

注7  鏡像異性体
分子を構成する全ての原子の立体的な配置が互いに鏡写しの関係にある異性体のこと。

注8  NMR測定
NMRはNuclear Magnetic Resonance の略で、和訳すると核磁気共鳴となる。分子に強い磁場をかけた際に各原子核がそれぞれの化学的環境によって異なる応答を示すことを利用して、分子の構造や動的な挙動を解析するのに使用される分析手法である。

注9  CDスペクトル
CDはCircular Dichroismの略で、和訳すると円二色性となる。試料の右円偏光と左円偏光の吸光度の差から算出される楕円率と光の波長の関係をプロットしたスペクトルである。

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