2023-10-18 東京大学
発表のポイント
◆新元素を導入し組織を制御することで、合金の力学特性が飛躍的に向上しました。
◆今まで添加元素として考えられてこなかった元素の相平衡、力学特性を調査し、各元素の生成相と強度への影響について明らかにしました。
◆産業界からの要求を満たす新しいニオブシリサイド基合金開発を加速させることが期待されます。
本研究で作製したニオブシリサイド合金
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の松永紗英助教、御手洗容子教授は、ケー・エヌ・ビー・プラス合同会社の駒村聖氏と共同で、新元素を導入したニオブシリサイド基合金(注1)の高温での相安定性と力学特性への影響を実験において明らかにしました。ニオブシリサイド基合金は、より燃費の良い航空機エンジンや発電用ガスタービンのタービンブレードに使用するための次世代耐熱材料として1990年代から研究されてきましたが、ベースとなるニオブ(Nb)とケイ素(Si)に混ぜる添加元素についての研究は限定的でした。
今回、有力な添加元素として期待されるものの、実験による調査例が極めて少ない、ジルコニウム(Zr)、タンタル(Ta)、アルミニウム(Al)をそれぞれNbとSiに対して添加した、Nb-Si-Zr, Nb-Si-Ta, Nb-Si-Alの3つの系について、高温での相安定性と室温・高温における力学特性への影響について調査を行い、Zr添加により室温・高温での力学特性を飛躍的に向上できること、また、組織制御によりシリサイド相(注2)を大きな島状に析出させることで、添加元素に関わらずすべての系で力学特性が飛躍的に向上することを明らかにしました。
本研究の成果の活用により、産業界からの要求を満たす新しいニオブシリサイド基合金開発を加速させることが期待されます。
発表内容
研究背景
近年、電力供給源として再生可能エネルギーの利用が増加していますが、総電力需要を支えるベース電力として、ガスタービンを使用した火力発電は今後も使用されると想定されています。また、新型コロナウイルスの流行により一時急落したものの、航空需要は世界的に年々増加しており、ジェットエンジンの台数は今後飛躍的に増加すると予想されています。化石燃料に代わるクリーンな燃料として水素燃料やバイオ燃料が注目されていますが、生産コストは現在より増大する見込みであり、使用にあたり、今以上の燃料コスト削減策が望まれています。より少ない燃料でより大きなエネルギーを生み出すためには、燃料の燃焼温度を上げる必要がありますが、現在のタービン運転可能最高温度はすでに既存の耐熱合金(ニッケル基超合金)の融点に対して約90%の温度にまで達しており、現在よりも高い温度で運転するためには、現在の運転可能最高温度を超える温度で優れたパフォーマンスを発揮する次世代耐熱合金の開発が急務となっています。
ニオブシリサイド基合金は、優れた耐熱性と高温安定性を持つことから、1990年代から次世代耐熱合金の候補として研究されてきましたが、未だに多くのことが不明であり、開発は難航しています。また、ベースとなるニオブ(Nb)とケイ素(Si)に混ぜる添加元素についての研究も限定的でした。添加元素の候補は遷移金属元素(注3)を中心に無数にあるものの、チタンやハフニウムなどの一部を除きほとんど調査されて来なかったため、未だにこれらの元素の添加による効果は明らかになっていません。
研究の内容
今回、有力な添加元素として期待されるものの、実験による調査例が極めて少ない、ジルコニウム(Zr)、タンタル(Ta)、アルミニウム(Al)をそれぞれNbとSiに対して添加した、Nb-Si-Zr, Nb-Si-Ta, Nb-Si-Alの3つの系について、添加するSiの量と第三元素をそれぞれ変更してタイプA、タイプBの2種類の合金を作成し、1300℃での相平衡(注4)を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscopy、注5)、エネルギー分散型X線分光法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy、注6)、電子後方散乱回折法(EBSD:Electron Backscatter Diffraction Pattern、注7)、X線構造解析(XRD:X-ray Diffraction、注8)により調査しました。図1中タイプBで示すように、適切な量のSiと第三元素を配合することで、組織制御により、新元素を導入した合金で世界で初めてシリサイド相を大きな島状に析出させることに成功しました。また、室温・高温における力学特性についてビッカース硬さ試験(注9)と1300℃での圧縮試験により調査した結果、Zr添加により室温での延性を改善し、かつ高温強度を飛躍的に向上できることが判明しました。さらに、島状シリサイド相の実現により、従来型合金と比較して添加元素に関わらずすべての系で力学特性が飛躍的に向上することを明らかにしました。
図1:作製した合金を1300℃で96時間熱処理した後の組織
今後の展望
本研究で、力学特性を大幅に向上させる元素と組織を発見したことにより、1300℃以上という超高温域で高い強度を持つニオブシリサイド基合金を設計する際の新添加元素候補の情報を提供することができました。また、多元系合金(注10)の開発の基礎となるベース3元型の実験データを広く世界に提供することで、第一原理計算(注11)等のコンピューターシミュレーションを使用した合金設計に利用し、優れた特性を持つ合金をより早く見つけ出すことが可能になります。
発表者
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
松永 紗英(助教)
御手洗 容子(教授)
ケー・エヌ・ビー・プラス 合同会社
駒村 聖(CEO)
論文情報
〈雑誌〉Metallugical and Materials Transactions A
〈題名〉Phase equilibrium and high-temperature mechanical properties of Nb-Si-X ternary alloys
〈著者〉S. Matsunaga, K. Komamura, Y. Yamabe-Mitarai
〈DOI〉10.1007/s11661-023-07220-8
〈URL〉https://doi.org/10.1007/s11661-023-07220-8
研究助成
本研究は、ケー・エヌ・ビー・プラス合同会社からの支援により実施されました。
用語解説
(注1)ニオブシリサイド基合金
ニオブとケイ素を主な成分として、他にいくつかの元素を混ぜた合金。複数元素が固溶したニオブ母相と、強化相であるシリサイド相で構成される。シリサイド相には複数の種類があることが知られている。
(注2)シリサイド相
ニオブシリサイド基合金において、主に合金の強化に貢献する相。
(注3)遷移金属元素
周期表で第3族から第11族の間に存在する元素からなる金属単体のこと。
(注4)相平衡
ある物質において、複数の相が安定に共存していること。本研究では、1300℃でどのような相が共存しているのか調査した。
(注5)走査型電子顕微鏡(SEM)
電子線を利用した顕微鏡で、数ナノメートル程度の非常に小さいものまで観察することができる。表面観察の他、注7、8に示すような分析機器と組み合わせることで、どのような物質ができているか、詳しく調べることができる。
(注6)エネルギー分散型X線分光法(EDS)
電子線やX線の照射により発生したX線のエネルギーと信号量から元素分析を行なう手法。試料の化学組成を詳細に調べることができる。
(注7)電子後方散乱回折法(EBSD)
電子線を使用して試料の微細構造やひずみなどを調べる手法。相の種類や結晶方位、ひずみの分布等について調べることができる。
(注8)X線構造解析
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法の一つ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱されたかを測ることで、構成成分の同定や定量が可能。
(注9)ビッカース硬さ試験
測定物に対して一定の荷重をかけ、圧痕の大きさを測ることで硬さを測定する手法。
(注10)多元系合金
3種類以上の元素を含む合金のこと。
(注11)第一原理計算
材料の電子状態や電子密度を計算することで、材料の特性や構造について予測する手法。
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新領域創成科学研究科 広報室