光応答性能を向上、次世代太陽電池開発に期待
2018/09/06 科学技術振興機構(JST),大阪大学
ポイント
- 光電変換素子の材料探索は、それぞれの材料に最適な成膜プロセスの開発と同時に進める必要があり、1つの材料でも数年を要していた。
- 粉末でも性能を評価できる独自の超高速スクリーニング法で200種類以上の材料を探索し、安価でより低毒な硫化ビスマスが優れた光電気特性を持つことを見いだした。
- 2段階の熱処理を施す薄膜生成プロセスを開発し、光応答性能は従来と比べて6倍~100倍向上した。次世代太陽電池材料の開発につながると期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業において、大阪大学 大学院工学研究科 佐伯 昭紀 准教授と西久保 稜佑 大学院生(博士後期課程1年)は、価格、低毒性、安定性に優れた硫化ビスマスの成膜プロセスを開発し、高性能光応答素子の作製に成功しました。
実用化されている太陽電池や光検出器の光電変換材料の多くは、高価で有毒な元素を含んでおり、安価で低毒な新規材料の開発が強く求められています。しかし、素子の性能を評価するには均一で平坦な薄膜を作製する必要があり、1つの候補材料だけでも成膜方法の開発に数年かかることもあります。そのため、多くの材料を一つ一つ検討していくには膨大な時間と労力を要していました。
本研究では、佐伯准教授らがこれまでに開発した、粉末でも簡便に光電気特性を評価できるマイクロ波分光法注1)を用いて200種類以上の材料を評価し、その中から硫化ビスマスが高い光電気特性を示すことを見いだしました。硫化ビスマスは安価でより低毒なものの、溶媒に溶けにくい粉末材料であり、このままでは素子作製が困難でした(図1)。そこで、前駆体注2)を溶かした溶液からアモルファス注3)性の薄膜を作製し、続いて硫化する新たな熱処理プロセスを開発し、優れた光電気特性と膜平坦性を兼ね備えた薄膜の作製に成功しました(図2)。従来、光電気特性と膜平坦性は両立しないものでしたが、新規プロセスは結晶の核生成と成長過程を個別に制御することでこの問題を克服しました。これにより、光応答性能が大きく向上しました(図3)。
本研究成果は、2018年9月5日(米国東部時間)に米国化学会誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」のオンライン速報版に掲載されました。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」
(研究総括:常行 真司 東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究課題名:「超高速スクリーニング法を駆使したエネルギー変換材料の探索」
研究者:佐伯 昭紀(大阪大学 大学院工学研究科 准教授)
研究期間:平成27年12月~平成31年3月
本研究領域では、実験科学、理論科学、計算科学、データ科学の連携・融合によって、それぞれの手法の強みを生かしつつ得られた知見を相互に活用しながら新物質・材料設計に挑む先進的マテリアルズインフォマティクスの基盤構築と、それを牽引する将来の世界レベルの若手研究リーダーの輩出を目指しています。
<研究の背景と経緯>
光を電気に、または電気を光に変換する光電変換素子は、それぞれ太陽電池や光検出器、発光ダイオードなどとして社会のさまざまな場所で利用されています。実用化されているこれらの光電変換材料が含んでいる元素には、高価なものや有毒なものがあります。そこで、安価・低毒・安定でかつ高性能な新規光電変換材料が世界中で開発されています。
例えば鉛ペロブスカイト太陽電池注4)は、低コスト溶液プロセスが可能で、この数年で変換効率も実用化レベルまで向上し大きな期待を集めていますが、鉛を使わないペロブスカイト材料の探索が依然として課題となっています。
光を受けると電気抵抗を変化させる素子はフォトレジスタ注5)と呼ばれており、暗くなると自動的にともる街灯などに使われています。従来、安価で高性能な硫化カドミウム(CdS)などが用いられてきましたが、カドミウムは有毒なためヨーロッパのRoHS(ローズ)指令注6)で使用が厳しく制限されるようになり、代替となる低毒性化合物材料が求められています。
数千万種類以上もある有機・無機およびハイブリッド材料の中には、優れた半導体が埋もれていると考えられます。しかし従来、素子材料の性能を評価するには均一で平坦な薄膜を作製する必要があり、しかも最適な成膜方法は材料ごとに異なるため、一つ一つの成膜方法を開発して多くの材料を検討するには、膨大な時間と労力を要していました。
また、今回着目したビスマスは低毒性の元素であり、次世代の材料として期待されます。硫化ビスマス(Bi2S3)の多結晶薄膜作製方法は、これまでにもいくつか報告がありました。しかし従来の成膜法では、素子性能に影響する「膜平坦性」と「光電気特性」の両立が困難でした。例えば、ナノ粒子を分散させた溶液を塗布する方法や、塗装で使われているスプレー法は、いずれも平坦で均一な膜を形成できるものの、結晶サイズが小さいために光電気特性は良くありません。一方、ある種のビスマス前駆体から熱処理して硫化ビスマス薄膜を直接作製する方法では、結晶性は高いものの、ナノ~マイクロメートルスケールの棒状の構造を形成するため膜平坦性が悪くなります。結晶サイズが大きくかつ平坦な硫化ビスマス薄膜の作製法が望まれていました。
<研究の内容>
研究グループは、粉末でも簡便に光電気特性を評価できるマイクロ波分光法を用いて材料を探索しました。200種類以上の材料を評価したところ、硫化ビスマス粉末が高い性能を示すことを見いだしました。しかし、硫化ビスマスは溶媒に溶けにくい粉末材料であり、このままでは素子に応用することはできません(図1)。
そこで、ビスマス(Bi)を含む化合物と硫黄(S)を含む化合物を前駆体とする溶液調整の検討から始めました。複数の前駆体と溶媒を試した結果、プロピオン酸を溶媒として前駆体をスピンコート注7)し、熱処理すると、平坦で均一なアモルファス性の薄膜が形成できることを見いだしました(図2aの1段階目)。続いて、希釈した硫化水素ガス(H2S)雰囲気下で熱処理すると硫化・結晶化が起こり、光電気特性と膜平坦性を兼ね備えた高品質の硫化ビスマス薄膜を形成することができました(図2aの2段階目)。
作製した硫化ビスマス薄膜は、肉眼で見ても(図2b)、原子間力顕微鏡注8)で観察しても(図2c)、優れた平坦性を示し、従来の成膜法と比べて結晶のサイズが大きくなりました(図2d)。ビスマスと硫黄の割合が理想的な2:3に近いことも確認でき、さらにビスマスと硫黄の結合が層構造を形成して基板に平行に積み上がっていることも分かりました。
この新規プロセスでも、前駆体の濃度、スピンコート回転数、熱処理温度と時間、硫化水素ガスの流量など、多くの条件を最適化する必要があります。ここでも前述のマイクロ波分光法で迅速・安定に評価することによって、最小労力でプロセスを最適化しました。このように本研究では、マイクロ波分光法を活用した評価法を基軸とした材料探索・プロセス開発という、独自の開発手法の有効性を示すことができました。
新たに開発したプロセスでは、多結晶形成に関わる核生成(図2aの1段階目)と結晶成長(図2aの2段階目)を独立したプロセスに切り分けることで、それぞれを最適化することに成功しました。その結果、従来のプロセスで作製した硫化ビスマス薄膜に比べて、素子の光応答性能を6倍~100倍以上向上させることができました(図3)。作製した素子は、大気中・室内で3ヵ月放置した後も性能を維持しており、長期安定性にも優れています。
<今後の展開>
今回は硫化ビスマスに特化して成膜法を開発しましたが、同様の開発プロセスが他の硫化物(カルコゲナイト)注9)にも適用できます。例えば、硫化モリブデン(MoS2)や硫化タングステン(WS2)は、優れた電気特性を持つ層状化合物として基礎科学的にも近年注目を集めています。ビスマスを含む低毒性化合物太陽電池材料も探索されており、開発した手法の適用が期待されます。
研究グループは、今後も超高速スクリーニング法を駆使し、さらに新規プロセスを他の材料にも適用して、優れた次世代太陽電池材料を開発する予定です。
<付記>
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(A)「非鉛ペロブスカイト太陽電池の探究と基礎物性の包括的解明(16H02285)」の支援も受けました。
<参考図>
図1 硫化ビスマス(Bi2S3)
無機半導体で、黒~灰色の粉末。ビスマスは元素周期表で鉛(Pb)のすぐ右に位置している。原子量の大きな重金属だが、毒性は鉛に比べて格段に低いとされている。しかし硫化ビスマスは粉末のままでは不溶で、素子は作製できない。
図2 硫化ビスマス薄膜の形成
a:今回開発した高品質硫化ビスマスの成膜プロセス。1段階目で溶液をスピンコート、アニール(熱処理)。2段階目で硫化・結晶化した。
b:石英基板上に形成した硫化ビスマス薄膜。
c:硫化ビスマス薄膜の原子間力顕微鏡図。明暗は高さ(0~14ナノメートル)を表す。
d:硫化ビスマスのナノ粒子溶液を塗布して作製した従来法による薄膜の原子間力顕微鏡図。
図3 硫化ビスマス薄膜を用いたフォトレジスタ素子
a:フォトレジスタの素子構造。
b:今回および従来の手法で作製した硫化ビスマス薄膜を用いた、フォトレジスタの性能(オン・オフ比)の比較。オン・オフ比とは、光(ここでは疑似太陽光)を当てていないときと当てているときの抵抗の比で、高い方が高性能。
<用語解説>
- 注1)マイクロ波分光法
- 正式には、時間分解マイクロ波伝導度法と呼ばれる。光パルスを材料に照射すると短寿命の電荷が生じ、その電荷がマイクロ波と相互作用してマイクロ波のエネルギーが減衰する。その量から、電荷の時間挙動や電荷キャリアの局所的な移動度をナノスケールで評価でき、太陽電池素子の性能と相関した信号を得られる。
- 注2)前駆体
- 目的化合物へ変換する前段階の反応物の名称。今回は、目的の硫化ビスマス薄膜を形成する前に、前駆体であるビスマス化合物と硫黄源となる化合物を溶液に溶かし、熱処理と硫化水素で目的生成物へ変換した。
- 注3)アモルファス
- 結晶のような規則正しい構造でもなく、液体のように流動性が高い状態でもない、ガラスと同じような不定形の状態。
- 注4)鉛ペロブスカイト太陽電池
- ペロブスカイトはカチオン(陽イオン)、金属イオン、アニオン(陰イオン)の比率が1:1:3で構成されている鉱物。結晶構造を発見したロシアの研究者ペロブスキーに由来する。従来の無機系太陽電池に比べて材料や製造コストが安く、軽量で曲がるものも作れるため、高性能の次世代型太陽電池として注目されている。
- 注5)フォトレジスタ
- 光が当たると電荷が生成し、その素子の電気抵抗が下がる現象を利用したスイッチング素子。逆に暗い場所では電気抵抗が上がるため、電気回路に組み込むことで、夜間照明のように暗くなると作動させる機構も実装できる。
- 注6)RoHS(ローズ)指令
- 電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会および理事会指令。一般に、Restriction of Hazardous Substances(危険物質に関する制限)の頭文字を取って呼ばれる。
- 注7)スピンコート
- 溶液を基板に落とし、基板を毎分1000~5000回転の速さで回転(スピン)させることで溶媒を瞬時に蒸発させ、薄膜を形成する手法。
- 注8)原子間力顕微鏡
- 小さな針(カンチレバー)を試料に近づけたときに受ける原子間力を、カンチレバーで反射させたレーザーの位置変化から読み取り、試料の凹凸を検知する顕微鏡。
- 注9)カルコゲナイト
- 元素周期表の左から16列目にある元素(軽い方から、酸素、硫黄、セレン、テルル)をカルコゲンと総称し、これらと金属元素からなる物質をカルコゲナイトと呼ぶ。特に層状構造を持つ硫化モリブデン(MoS2)や硫化タングステン(WS2)は、優れた電気・光物性が近年注目を集めている。
<論文タイトル>
“Solution-Processed Bi2S3 Photoresistor Film to Mitigate a Trade-off Between Morphology and Electronic Properties”
(膜形態と電子物性の間のトレードオフを解消できる溶液プロセスで作製したBi2S3フォトレジスタ膜)
DOI:10.1021/acs.jpclett.8b02218
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
佐伯 昭紀(サエキ アキノリ)
大阪大学 大学院工学研究科 准教授
<JST事業に関すること>
松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係