2023-01-23 分子科学研究所
発表のポイント
- 触媒表面を一分子層の水分子で被覆することで,常温常圧において光照射時の非熱的メタン活性化効率が飛躍的に増大することをリアルタイムガス質量分析で実証し,オペランド赤外分光(1)と分子動力学シミュレーションを組み合わせることで,常温常圧環境下での非熱的メタン活性化触媒反応において界面水が果たす本質的役割を解明。
- 界面水を介して活性化されたメタンは,界面水の水素結合ネットワーク(2)の中で過度な安定化が抑制され,触媒表面を被毒(3)することなく効率的に転換されることが判明。
- これらの微視的知見は,常温常圧での持続可能なメタン資源有効活用のための反応系及び界面デザインの指針となることが期待される。
概要
分子科学研究所の佐藤宏祐院生,斎藤晃博士研究員,東泰佑特別共同利用研究員(当時),杉本敏樹准教授の研究グループは,物質・材料研究機構(NIMS)の石川敦之主任研究員,筑波大学の武安光太郎助教と共同で,リアルタイム質量分析,オペランド赤外分光,分子動力学シミュレーションを組み合わせることで,常温常圧での非熱的なメタン活性化触媒作用において界面水が果たす役割を解明することに成功しました。この成果は,国際学会誌『Communications Chemistry』に,2023年1月20日付けで掲載されました。
研究の背景
メタンは天然ガスの主成分であり,石油代替資源の候補として期待されています。しかし,化学的に安定なメタンを活性化し,水素などの有用な物質を得るためには,通常700℃以上,20気圧以上といった,非常に過酷な反応環境を用意する必要があります。このようなエネルギー多消費型の反応プロセスを脱却し,持続可能な形でメタンを有効活用していくためには,常温常圧などの温和な条件でメタンを活性化させる化学プロセスの開発が不可欠です。
このような活性化障壁の高い反応を,熱ではなく光や電圧(電流)などを外部から印加することにより進行させる,非熱的な化学技術に期待が寄せられています。近年,非熱的な触媒作用によりメタン転換反応が進行することが報告されてきました。しかし,触媒表面で非熱的に誘起されるメタンの活性化過程や水素発生過程といった酸化還元反応の微視的メカニズムに関する知見が不足しており,実用化に向けたさらなる活性向上・研究加速に資する学理の構築が求められていました。
研究の成果
今回,杉本敏樹准教授らの研究グループは,光を用いた非熱的反応によるメタン(CH4)のC–H結合活性化とその転換反応において,触媒表面に存在する水分子(界面水)が重要な役割を果たしていることを,実験と理論の両側面から明らかにしました。
まず,本研究グループは,触媒表面を一分子層の水分子で被覆した状態と,触媒表面に水分子が存在しない状態との反応活性を比較しました。すると,界面水が存在する場合には,メタン転換と水素生成の光触媒活性が数十倍増大することが明らかになりました(図1)。このことは,界面水が非熱的なメタンの活性化および転換において,何らかの重要な役割を担っていることを示唆しています。
図1:界面水が存在しない場合と1分子層存在する場合でのPt/Ga2O3光触媒試料における(a)メタン転換レートと(b)水素生成レートの違い。メタン分圧70 kPaにおいて,界面水が存在しない条件下(水分圧0 kPa)または界面水が1分子層存在する条件下(2 kPa)の混合ガス中で,常温近傍の反応温度318 Kで観測されたもの。界面水の存在により,常温常圧近傍での反応活性が著しく増大している。
この現象を理解するために,本研究グループはメタン(CH4)と水の同位体である重水(D2O)を用いた反応実験も行いました。同位体を用いることで,メタン由来の水素原子(H)と水由来の水素原子(D)を区別して観測することができます。反応中の赤外分光,いわゆるオペランド赤外分光により触媒表面をその場観測した結果,反応の進行に伴って触媒表面にHDO分子が一定の割合で生成していることが分かりました(図2a)。これは,元々すべてD2Oであった界面水のネットワーク内に,メタン由来の水素原子(H)が取り込まれていることを示しています。さらに,この観測されたHDO分子の生成速度は,メタンの転換効率と非常に良い相関を示しました(図2b)。一般に非熱的反応においては,酸化物表面の酸素イオンに捕捉された正孔によるメタンの酸化過程も提案されていますが,これらの結果は,触媒表面で活性化された界面水種による水素引き抜き反応(CH4(gas) + •OD(ad) → •CH3(ad) + HDO(ad))がメタン転換反応における最初の重要なステップであり,水分子を介さないメタンの酸化(活性化)反応経路は水分子を介した反応経路と比較して,極めて不利であることを示しています。
図2:(a)メタン分圧30 kPa,重水分圧2 kPaの条件でのオペランド赤外分光によって観測された,Pt/Ga2O3光触媒試料におけるHDO分子由来のピークの成長。(b)様々なメタン分圧でオペランド測定を行った結果,このHDOピークの成長速度(左軸,赤色)は,メタン転換速度(右軸,青色)とよく相関することが明らかとなった。
さらに,この反応系に対する第一原理分子動力学シミュレーションにより,活性化されたメチルラジカル中間体種(•CH3(ad))が,界面水の水素結合ネットワークの中で適度に安定化されることで,効率的に反応に消費されることがわかりました(図3)。一方で界面水が存在しない場合は,このメチルラジカル中間体種は触媒表面で過度に安定化され,触媒の活性サイトを被毒させてしまうと考えられます。
図3:Ga2O3表面における界面水を介したメタン活性化のポテンシャルエネルギー曲線と,それぞれの点に対応したスナップショット(i-iii)。(i) 気相に存在していたメタンが,(ii) 光誘起正孔により活性化した界面水由来のラジカル種(•OH)と相互作用し,(iii) 適度に(50 kJ/mol程度)安定化された•CH3中間体種が生じる。
以上のようなメチルラジカル中間体種の適度な安定化効果により,図1のように,水が存在する条件でのメタン転換効率は,水が存在しない条件での効率に比べて,典型的には30倍以上と飛躍的に向上します。すなわち,界面水がメタン転換において重要なアシスト機能を有していることがわかります。特に,C1化合物であるメタンからC2化合物であるエタンが生じる過程においても,水分子それ自身は反応式(2CH4 → C2H6 + H2)に明示的には関与していないにも関わらず,水によるアシスト効果が顕著に現れていることも確認されました。また,このような水のアシスト効果は,最も有名な光触媒であるTiO2だけなく,Ga2O3やNaTaO3等のバンドギャップや各種物性の異なる他の酸化物光触媒でも共通して見られることから,様々な光触媒において,界面の水素結合ネットワークへのメチルラジカルの取り込みがメタンの非熱的な活性化と転換に重要であることが見出されました。
今後の展開・この研究の社会的意義
本研究で得られた分子レベルの知見は,天然ガス資源の主成分であるメタンを効率的かつ持続的に利用するための触媒界面設計指針となります。非熱的反応系としては,光以外に電圧(電流)を印加する触媒系も重要な技術であり,光・電圧(電流)印加触媒系を包括した今後の研究展開において,常温常圧という極めて温和な条件で界面水を積極的に利活用する非熱的メタン活性化および変換効率の更なる増大を目指します。
用語解説
(1)オペランド赤外分光
オペランド“operando”はラテン語で“working”,“operating”という意味を持ち,反応中の触媒や動作中のデバイスを,種々の方法で計測することをオペランド計測という。本研究では,生成物を質量分析により定量しながら,反応中の触媒表面を赤外分光観測するオペランド赤外分光によって,反応中の触媒表面の分子種をその場観測した。
(2)水素結合ネットワーク
触媒表面などに存在する水分子集団が形成する網目状の結びつき。それぞれの水分子(H2O)の酸素原子(O)と水素原子(H)が,互いに静電的に相互作用し合う(水素結合)ことで生じる。
(3)被毒
触媒反応において,触媒表面に強く吸着した分子の存在によって,本来発揮されるべき触媒の働きが失われること。
論文情報
掲載誌:Communications Chemistry
論文タイトル: “Critical impacts of interfacial water on C–H activation in photocatalytic methane conversion”(「光触媒メタン転換におけるC–H結合の活性化に対する界面水の決定的役割」)
著者: Hiromasa Sato, Atsushi Ishikawa, Hikaru Saito, Taisuke Higashi, Kotaro Takeyasu, and Toshiki Sugimoto
掲載日:2023年1月20日(オンライン公開)
DOI:10.1038/s42004-022-00803-3
研究グループ
分子科学研究所
物質・材料研究機構 (NIMS)
筑波大学
研究サポート
本研究は,JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR16S7),JSPS 科学研究費助成事業 特別推進研究 (17H06087),基盤研究(A) (19H00865),特別研究員奨励費 (22J13055),NINS Joint Research (01112104),環境省「地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業」の支援の下で実施されました。
研究に関するお問い合わせ先
杉本 敏樹(すぎもと としき)
分子科学研究所 准教授
報道担当
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当