2022-12-14 理化学研究所
理化学研究所(理研)開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室のヤン・ヤオルン 研究員、坂井 南美 主任研究員らの国際共同研究グループは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)[1]を用いた赤外線観測により、分子雲[2]中で形成途中の太陽型原始星[3]を取り巻く微小な氷の化学的特徴を明らかにしました。
本研究成果は、星形成から惑星系形成に至る化学進化の解明につながると期待できます。
今回、国際共同研究グループはJWSTを用いて、おおかみ座にある太陽型原始星IRAS15398-3359を中間赤外線[4]で観測し、原始星周りの塵に付着した氷の化学組成を調べました。従来よりも圧倒的に高い感度で得られた吸収スペクトルから、水や二酸化炭素、メタンなどの単純な分子のほかに、ホルムアルデヒドやメタノール、ギ酸などの有機分子が検出されました。また、エタノール、アセトアルデヒドといった複雑な有機分子についても、モデル構築による確認が必要ですが、氷に含まれている可能性があることが分かりました。これらの有機分子は、最終的には惑星系のもととなる原始惑星系円盤[3]に取り込まれる可能性があります。
本研究は、科学雑誌『The Astrophysical Journal Letters』オンライン版(12月12日付)に掲載されました。
JWST(Background image credit: Gabriel Rodrigues Santos)と原始星周囲の氷による赤外線吸収スペクトル
背景
「私たちはどこから来たのか」、この質問は単純ですが、宇宙物理学者にとっては最も難しい質問の一つです。地球上で生命が誕生するには、複雑な有機分子が不可欠です。星間化学分野では、メタノールなどの有機分子が宇宙空間でどのように作られ、どのような化学反応を起こして、複雑な有機分子へと進化していくのかを調べています。この20年間に、生まれたての星(原始星)や太陽系で最も古い物質を含むと考えられている彗星から、地球で知られている有機分子と同様の分子が検出されるようになりました。それらの有機分子は、星が誕生する場所である分子雲に含まれる塵の粒の表面で水分子(氷)とともに作られたと考えられています。
この塵の粒の周りに凍りついた有機分子を特定するには、赤外線分光法が有効です。原始星から赤外線が放射されると、その赤外線のエネルギーを得て、氷に含まれる有機分子が振動します。その結果、特定のエネルギー(波長)の赤外光が中間赤外線の波長領域で弱くなり、吸収線として観測されます。理論計算や実験などで得られているデータと比較することで、この赤外光の吸収の原因となる氷を特定し、氷に含まれる分子の組成を調べることができます。
中間赤外線の分光観測研究は、日本の赤外線天文衛星「あかり」[5]や米国のスピッツァー宇宙望遠鏡[6]によって先駆的に進められました。実際、原始星周囲からは、水(H2O)や二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)などの単純な分子が発見されています。しかし、有機分子を観測するにはこれらの衛星では感度が不十分でした。一方、赤外線分光観測の感度が100倍に向上したジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が2021年12月に打ち上げられ、2022年7月に科学運用が始まったことで、ようやく氷に含まれるさまざまな有機分子の観測が可能になりました。また、JWSTは塵表面の氷だけでなく、一部のガス状の分子も十分な空間分解能で観測することができます。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、JWSTを用いた中間赤外線分光観測により、太陽型原始星IRAS15398-3359の周りに存在するさまざまな分子を含む氷を調べました。IRAS15398-3359は、おおかみ座の方向、地球から約500光年の距離にある暗黒星雲[2]B228で形成途中の若い原始星です(図1)。
図1 おおかみ座にある暗黒星雲(Background image credit: Gabriel Rodrigues Santos)
青線で囲んだ場所がB228と呼ばれる場所で、今回の観測対象となった若い原始星IRAS15398-3359はここで誕生している。
中間赤外線観測装置の中分解能分光(MRS)モードを用いて、波長5~28マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の赤外線吸収スペクトルを取得しました。得られたスペクトルには、水、二酸化炭素、メタンといった単純な分子のほかに、これまでの観測では確定できていなかったホルムアルデヒド(H2CO、波長6.7μm)、メタノール(CH3OH、波長9.74μm)、ギ酸(HCOOH、7.24μm)などの有機分子による吸収がはっきりと見られました(図2)。また、他の分子による吸収線と混合しているものの、エタノール(C2H5OH)、アセトアルデヒド(CH3CHO)など、より複雑な有機分子による吸収の影響を受けていると思われるスペクトルも得られました(図2上の枠内)。
図2 観測された赤外線吸収スペクトル
上:今回JWSTで観測された赤外線吸収スペクトル。メタノール(CH3OH)のはっきりとした吸収が見られる。左上の枠内には、ホルムアルデヒド(H2CO)、ギ酸(HCOOH)といったさまざまな有機分子の吸収が見られる。エタノール(C2H5OH)、アセトアルデヒド(CH3CHO)などのより複雑な有機分子による吸収の影響を受けていると思われるスペクトルも検出されている(*は他の分子による吸収と混合しているため暫定検出)。
下:過去にスピッツァー宇宙望遠鏡で観測された赤外線吸収スペクトル(オレンジ)と今回JWSTで観測されたスペクトル(青)の比較。左は図2上の5~8μmの波長域における比較、中は波長分解能の違い、右は、空間分解能の違いに起因する吸収強度の違いを表している。
さらに、水素(H2)、一酸化炭素(CO)、電離したネオン(Ne)や鉄(Fe)原子などについては、吸収ではなく発光のスペクトルも検出されました。これは、原始星周辺の温度や衝撃波領域の有無、原始星から放出された物質と周囲のガスとの相互作用などを調べられることを意味しています。実際、この相互作用が起こっている領域の中間赤外線画像が偶然観測視野に入っていたため、原始星から噴き出したジェットによって作られた殻状の痕跡を発見することもできました(図3)。従来の赤外線観測ではぼやけて形が全く分かりませんでしたが、明らかに殻状になっている様子が初めて捉えられ、原始星から放出されたガスによる衝撃の様子が明らかになりました。
図3 原始星IRAS15398-3359から噴き出したジェットによって作られた殻状構造
左から順に、5.6、7.7、10μmの波長での中間赤外線画像。赤の×で示した原始星から右下に向かって三つの殻のような構造が検出されているのが分かる。一番右は、過去にスピッツァー宇宙望遠鏡で観測された5.8μmの波長での赤外線画像。
今後の期待
JWSTの登場は、赤外線の感度を100倍向上させ、原始星周りの氷の化学の探究に革命を起こしました。今後、詳細なモデルやガス中に含まれる類似分子との比較研究などが進めば、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」[7]で検出されている太陽系始原物質に含まれる複雑な有機分子の起源との関連についても解明が進むものと期待できます。
今回の観測は、氷の化学的特徴の詳細を明らかにした一方で、氷の存在量を導き出すことが非常に複雑であることも示しています。国際共同研究グループは今後、実験室での測定と数値モデルを用いて、検出されたスペクトルの特徴をモデル化することで、氷の存在量を推定したいと考えています。
また、今回得られたデータは、ヤン研究員が率いるJWSTの第1サイクル観測プログラム、総計25時間で四つの原始星にある氷の特徴を観測して比較する計画の一部であり、2023年の春、他の三つの若い原始星の観測も予定されています。今回観測した原始星IRAS15398-3359を取り巻くガスには、塵に付着した氷から蒸発したメタンにより生成されたと考えられる不飽和有機分子(炭素間に二重結合や三重結合をもつ分子)が他の天体に比べて多く存在していることが知られています。四つの原始星の観測結果がそろえば、ガスの化学組成と塵表面の氷の化学組成の関係を丁寧に比較できるようになり、原始星ごとの化学組成の違いの原因も解明できるかもしれません。氷とガス、それぞれに含まれる分子の関係を調べ、星の誕生から太陽系のような惑星系に至るまでの化学進化の特徴を明らかにしたいと考えています。
補足説明
1.ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)
アメリカ航空宇宙局(NASA)が中心となって開発した口径6.5mの赤外線観測用宇宙望遠鏡。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として、2021年12月25日に打ち上げられ、欧州宇宙局(ESA)と共同で運用されている。JWSTの名称は、NASAの第2代長官ジェイムズ・E・ウェッブにちなんで命名された。JWSTは、太陽-地球系のラグランジュ点の一つ(L2)に置かれており、地球から見て太陽とは反対側150万kmの位置の空間を飛行している。その距離は月の公転軌道より約4倍外側である。2022年7月初めてJWSTで撮影されたデータが公開された。JWSTはJames Webb Space Telescopeの略。
2.分子雲、暗黒星雲
星間空間にまき散らされた原子や塵が集まって雲のようになった際、周囲からの紫外線(星間紫外線)が内部まで届かなくなると、紫外線によって分子が壊されなくなるため、原子から分子が作られ始める。そのような雲を「分子雲」と呼ぶ。さまざまな大きさのものがあり、数光年から数十光年の大きさがある。分子雲の中で、自己重力でガスや塵が集まってできた高密度な場所を分子雲コアと呼び、B228もその一つである。暗黒星雲は分子雲の別名で、背後の星からの光を遮って真っ黒に見えるためそう呼ばれる。
3.太陽型原始星、原始惑星系円盤
将来、太陽と同程度の質量の星へと進化する若い星を指す。分子雲の中で、ガスや塵が自己重力によって収縮することで誕生する。若い原始星には、周囲からさらにガスや塵が降着するため、円盤構造が作られるとともに、円盤に垂直な方向へジェットが放出される。この円盤は原始惑星系円盤と呼ばれ、数千万年程度をかけて、ゆっくりと惑星系へ進化していく。そのため、原始星を取り巻くガスや塵の化学組成は、将来の惑星系の化学組成の起源と考えられ、精力的に研究が進められている。
4.中間赤外線
波長の違いによって、電磁波(光)は電波・赤外線・可視光・紫外線など異なる名称で呼ばれている。波長1~400μmのものを赤外線と呼び、この範囲で波長が短いもの(1~3μm)を近赤外線、長いもの(40~400μm)を遠赤外線と呼ぶ。中間赤外線は、近赤外線と遠赤外線の中間に相当する波長(3~40μm)の赤外線の総称。赤外線のうち、地球大気に吸収されずに地上まで届くのはごく一部であるため、観測は主に宇宙から行われる。
5.赤外線天文衛星「あかり」
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部が開発した赤外線天文衛星。別名はIRIS。2006年にM-Vロケット8号機によって打ち上げられた。日本で初めての赤外線天文衛星で、2011年11月末に運用停止するまで5年9カ月運用された。原始星周りの氷を観測しただけでなく、太陽系内の小惑星に水を発見するなどの成果を出した。
6.スピッツァー宇宙望遠鏡
アメリカ航空宇宙局NASAが2003年8月にデルタロケットにより打ち上げた口径85cmの赤外線宇宙望遠鏡。2020年1月までの16年間にわたり運用された。地球を追いかける形で太陽周回軌道上に置かれていた人工衛星である。広い波長範囲、そして高い感度で赤外線を観測し、暗黒星雲に埋もれた多くの原始星を発見した。
7.小惑星探査機「はやぶさ2」
小惑星探査機「はやぶさ」の後継機として宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した小惑星探査機。2019年2月に地球近傍小惑星「リュウグウ」へ2回タッチダウン(接地)し、リュウグウの表面物質と、弾丸発射による表層物質をそれぞれ採取することに成功した。2020年12月に地球に帰還し、5g以上のサンプルを持ち帰った。
国際共同研究グループ
理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室
研究員 ヤン・ヤオルン(Yao-Lun Yang)
主任研究員 坂井 南美(サカイ・ナミ)
および、宇宙望遠鏡科学研究所(米国)、シカゴ大学(米国)、バージニア大学(米国)、テキサス大学(米国)、米国航空宇宙局、カトリック大学(米国)、ベネディクティン大学(米国)、米国国立電波天文台、ソウル大学(韓国)、韓国天文研究院、ライデン大学(オランダ)、マックスプランク研究所(ドイツ)に所属する研究者14名
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)
「高感度・高分解能観測で探る惑星系形成領域の化学進化(研究代表者:坂井南美)」、同研究活動スタート支援「Icy Origins of Organic Molecules Unveiled by JWST(研究代表者:Yao-Lun Yang)」、理化学研究所新領域開拓課題「Evolution of Matter in the Universe:r-EMU(研究代表者:坂井南美)」、NASA/STScI GO grant JWST-GO-02151、およびVirginia Initiative of Cosmic Origins(VICO)による助成を受けて行われました。
原論文情報
Yao-Lun Yang, Joel D. Green, Klaus M. Pontoppidan, Jennifer B. Bergner, L. Ilsedore Cleeves, Neal J. Evans II, Robin T. Garrod, Mihwa Jin, Chul Hwan Kim, Jaeyeong Kim, Jeong-Eun Lee, Nami Sakai, Christopher N. Shingledecker, Brielle Shope, John J. Tobin, Ewine F. van Dishoeck, “CORINOS I: JWST/MIRI Spectroscopy and Imaging of a Class 0 protostar IRAS 15398-3359”, The Astrophysical Journal Letters, 10.3847/2041-8213/aca289
発表者
理化学研究所
開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室
研究員 ヤン・ヤオルン(Yao-Lun Yang)
主任研究員 坂井 南美(サカイ・ナミ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当