極微の時空間スケールで格子振動の量子ダイナミクスを観察

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2022-10-26 分子科学研究所

発表のポイント

●原子スケールに迫る時空間分解能で物質表面における量子ダイナミクスを直接観察する先端計測の開発に成功した

●原子スケールの厚みをもつ酸化物超薄膜における格子振動の量子ダイナミクスを10-15秒、10-9メートルという極微スケールで直接観察した

●本研究は極限的な時空間スケールにおける量子ダイナミクスの理解と制御に向けた発展が期待される

概要

物質を構成する電子や原子核の運動(ダイナミクス)を直接観察することは物質の成り立ちを解明することを目的とする物性物理、物理化学の分野における重要な計測の一つです。

分子科学研究所メゾスコピック計測研究センターの熊谷崇准教授が率いる国際研究チームは、フリッツ・ハーバー研究所(ドイツ)、大阪大学大学院工学研究科と共同で超短パルスレーザーを用いた超高速走査トンネル顕微鏡の最新技術を応用し、物質表面における電子や格子の量子ダイナミクスを10-15秒、10-9メートルという極微スケールで直接観察する手法の開発に成功しました。これによって原子スケールの厚みをもつ酸化物超薄膜における格子振動の量子ダイナミクスを観測しました。

本研究成果は、2022年10月21日に「Science Advances」誌のオンライン速報版で公開されました。

極微の時空間スケールで格子振動の量子ダイナミクスを観察
実験のイメージ図

研究の背景

物質を構成する電子、原子核の構造とダイナミクスを直接見ることは、物質の成り立ちを知る上で重要です。しかし、その構造と運動のスケールは10-9メートル、10-15秒以下という極微の世界です。それは私たちが日常目にするものではありませんが、ナノサイエンス・ナノテクノロジーの分野でのモノづくりはそのような極限的な時空間スケールに到達しようとしています。そのため、原子スケールの極微の世界を直接観察できる計測手法の重要性が増しています。それによって物質の量子論的な構造と運動(ダイナミクス)を理解し、さらに制御していくことが期待されています。

研究の成果

今回、研究チームは光走査トンネル顕微鏡(注1)、量子プラズモニクス(注2)、超短パルスレーザー(注3)の技術を融合し、極限的な時空間分解能をもつ計測法の開発に成功しました。この先端計測によって物質表面における電子や原子核の量子ダイナミクスを10-9メートル、10-15秒オーダーの分解能で観察することを可能としました。

発表論文中で研究チームはこの新しい先端計測を応用し、原子スケールの厚みをもつ酸化物超薄膜において量子論的な格子振動を実時間で直接観測するコヒーレント振動分光(注4)が可能であることを示しました。さらに、物質の物性を決める重要な物理パラメータである電子状態を原子スケールの空間分解能で観察できる走査トンネル分光(注5)と組み合わせることによって電子状態と格子の量子ダイナミクスとの間にあるミクロな相関を可視化しています。

(a) 銀単結晶表面上にエピタキシャル成長させた酸化亜鉛超薄膜の走査トンネル顕微鏡像。薄さわずか10-9 m (nm)以下の薄膜を成長させている。(b) 酸化亜鉛超薄膜の走査トンネル顕微鏡(STM)と走査トンネル分光(STS)の像。STS像では局所的な電子状態が観察されている。(c) STS像に示されている位置で計測を行った局所的なコヒーレントフォノン分光。左は格子振動の時間発展を計測したもので、右はその周波数(フーリエ)スペクトル。

成果の意義および今後の展開

パソコンやスマートフォンに用いられる半導体素子の微細加工は10-9 メートルオーダーに到達しつつあり、原子スケールの時空間分解能で物質を計測することの重要性は増しています。本研究はそのような極微な世界における量子構造とダイナミクスの理解と制御に向けた基礎研究でさらなる応用が期待されます。

用語解説

(注1)光走査トンネル顕微鏡:
鋭く尖った探針を導電性試料の表面に近づけ、針先と表面との間に流れるトンネル電流から表面の原子レベルの構造、電子状態を観察することのできる走査トンネル顕微鏡において光励起・光検出による分光計測を可能とした装置。

(注2)量子プラズモニクス:
金属のナノ構造体に光を閉じ込め、原子スケールで光を操る技術。

(注3)超短パルスレーザー:
フェムト秒(10-15秒)オーダーの時間スケールに閉じ込められたパルス状の光を発するレーザー。

(注4)コヒーレント振動分光:
物質に超短パルスレーザーを照射すると原子がその位相を揃えて(コヒーレントに)振動運動をする。この振動運動を時間領域で観察する分光法。

(注5)走査トンネル分光:
走査トンネル顕微鏡によって試料の表面の状態を分析する手法。原子スケールの分解能で試料の局所的な電子状態密度に対応したスペクトルが得られる。

論文情報

掲載誌:Science Advances
論文タイトル:Nanoscale Coherent Phonon Spectroscopy
著者:Shuyi Liu, Adnan Hammud, Ikutaro Hamada, Martin Wolf, Melanie Müller, Takashi Kumagai
オンライン掲載日:2022年10月21日
DOI: 10.1126/sciadv.abq5682

研究グループ

本研究は、分子科学研究所・メゾスコピック計測研究センター・熊谷グループ、フリッツ・ハーバー研究所・Shuyi Liu, Adnan Hammud, Martin Wolf, Melanie Müller、大阪大学・大学院工学研究科・濵田幾太郎との共同研究により行われました。

研究サポート

本研究は、文部科学省科学研究費補助金・帰国発展研究(19K24684)、JST・創発的研究支援事業(JPMJFR201J)のサポートを受けて行われました。

研究に関するお問い合わせ先

熊谷 崇(くまがい たかし)
自然科学研究機構 分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 准教授

濵田 幾太郎(はまだ いくたろう)
大阪大学大学院工学研究科 准教授

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室
大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係

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