アルミの乱れた構造でコンピュータメモリを省電力化 ~微視的な視点から解き明かす、不揮発メモリの機能と構造の関係~

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2024-07-09 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 現在、世界で広く使用されているコンピュータの主記憶メモリ「DRAM(ディーラム)」は、揮発性のため電力消費が大きく、AIやビックデータなどを活用した社会を実現する上で省エネ問題が課題となっています。この問題を克服できる次世代不揮発メモリとして、遷移金属を用いた「ReRAM(アールイーラム)(抵抗変化型不揮発メモリ)」の研究が着目されています。しかし、書き換え回数などのメモリ性能の不十分さや有害・希少原料使用といった課題を抱えています。
  • 不揮発メモリの電気特性は、電子状態で変わります。その電子状態は材料の構造で変わります。本研究では、遷移金属を含まない全く新しいアルミ酸化物不揮発メモリの微細な構造を解明するために放射光実験を行いました。不揮発メモリ機能を発現するために必要な微細な構造の特徴を明らかにしたのは世界初です。
  • 低消費電力社会・脱炭素社会の実現に向けて、安定的に調達可能な原料を活用するアモルファスアルミ酸化物不揮発メモリの開発は、今後の社会を担う新たな電子デバイス材料として期待されます。

アルミの乱れた構造でコンピュータメモリを省電力化 ~微視的な視点から解き明かす、不揮発メモリの機能と構造の関係~

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)物質科学研究センター強相関材料物性研究グループの久保田正人研究副主幹、国立研究開発法人物質・材料研究機構(理事長 宝野 和博)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の加藤誠一主任研究員の研究グループは、次世代不揮発メモリ*1の材料として期待されるアモルファス*2アルミ酸化物において、不揮発メモリ機能を発現するために必要な微細な構造の特徴を世界で初めて明らかにしました。

現在、コンピュータの主記憶メモリとして利用されているDRAM*3は、電源供給がないと記憶の保持ができません。従って、一定時間ごとに記憶を保持する動作が必要なために電力消費が大きいという問題を抱えています。この解決のために次世代不揮発メモリの研究が行われており、その候補として、タンタル酸化物(Ta2O5)などの遷移金属酸化物を用いたReRAM*4が広く研究されています。しかし、一般的に遷移金属酸化物では、メモリ動作時に遷移金属原子の価数が変わってしまう化学反応が起こります。その結果、副生成物が生じるためにReRAMが劣化しやすく、書き換え回数に限界があると言われています。

我々は遷移金属を含まず化学変化を伴わないアルミ酸化物不揮発メモリの研究を行っています。アルミ酸化物は、アモルファス状態では不揮発メモリの機能が発現しますが、結晶状態では不揮発メモリ機能が生じないという特徴があります。本研究では、この理由を明らかにするために、SPring-8の放射光*5を用いて、次に示す様な両者の微細な構造の違いを明らかにしました。

1) 不揮発メモリ機能の発現には、原子ペアの距離が短い方が好ましい
アルミ酸化物を構成するアルミニウム(Al)と酸素(O)の原子のペアの組み合わせには、Al-O, O-O, Al-Alの3種類があります。不揮発メモリ機能が生じるためには、特に、Al-O間, Al-Al間の距離が短い方が好ましいことを明らかにしました。
2) アモルファスにおける酸素空孔の存在を実験的に解明
アルミニウムの周りにある酸素の数を比べると、結晶よりもアモルファスで、酸素の数が少ないことを実験的に明らかにしました。このことは、アモルファスの中には、本来あるべき酸素原子が欠損していて、酸素空孔が生じていることを意味しています(理論計算による微細な構造の予想とも一致)。

本研究では、抵抗変化型不揮発メモリの材料となるアモルファスアルミ酸化物の微細な構造の特徴を明らかにしました。本研究成果は、乱れや欠陥がある構造を積極的に活用して、消費電力問題を解決できる次世代不揮発メモリの有力候補であるアモルファスアルミ酸化物を開発していくための重要な試金石となります。

本研究成果は、2024年7月8日(現地時間)付のアメリカの科学雑誌「Journal of Applied Physics」のオンライン版に掲載されました。また、本研究成果は「Editor’s Pick(特別に価値が高く注目する論文)」として選出されました。

【研究の背景と目的】

DRAMは、コンピュータの主記憶メモリとして広く活用されています。しかしDRAMは揮発性のため、一定時間ごとに記憶を保持するリフレッシュ動作が常時必要なので電力消費が大きいという問題を抱えています。DRAM素子を不揮発メモリ素子で置き換えることができれば、消費電力を劇的に少なくできます。

消費電力課題を克服できる次世代不揮発メモリには、低消費電力のほか、 高速応答性、高耐久性(書き換え回数)といった特性が求められます。

そうした次世代不揮発メモリの中で、ReRAM(抵抗変化型不揮発メモリ)は有力な候補とされています。ReRAMとしては、Ta2O5などの遷移金属酸化物が材料として広く研究されています。しかし、メモリ状態のオン・オフが切り替わる際に、遷移金属酸化物材料では、遷移元素*6の価数が変わります。(例:タンタル原子の価数。5価(Ta2O5)→4価(TaO2))そのために、材料物質自体が変わってしまい劣化しやすくなります。従って、書き換え回数には限界があり、DRAMの代替不揮発メモリとすることは困難です。

そこで本研究グループは、遷移金属ではないアルミニウムを使ったアモルファスアルミ酸化物(AlOx;図1(a)) ReRAMの研究を進めています。

AlOx-ReRAMには、次のような特長があります。

  1. ①高速応答速度や低駆動電流性能 (図1(b))
  2. ②稀少元素・有害元素を含まない低環境負荷な材料
  3. ③オン・オフ抵抗比が非常に大きいため、省電力でありノイズにも強い


図1(a): アモルファスアルミ酸化物


図1(b): 各種・次世代不揮発メモリの応答速度・駆動電流

本研究の目的は、どうして同じアルミ酸化物でも、結晶だと不揮発メモリ機能が生じないのに、アモルファスアルミ酸化物だと不揮発メモリ機能が生じるのかを放射光を用いて微視的に明らかにすることです。

【研究の成果】

最初に、アモルファスアルミ酸化物と結晶アルミ酸化物の微細な構造データを示します。両者を比べると、アモルファスアルミ酸化物データでの強度が弱く、ピークは幅が広いですが、結晶アルミ酸化物データは、強度が強く、ピークは幅が狭い特徴があります。これは、結晶アルミ酸化物では、原子がきれいに並んでいるのに対して、アモルファス酸化物で原子が乱れて分布していることが理由です。


図2 : 微視的構造データ
アモルファスアルミ酸化物 (左図). 結晶アルミ酸化物(右図)


これらの微細な構造データを解析することにより、アルミ酸化物を構成するアルミニウム(Al)と酸素(O)の原子ペアの種類ごとに原子間距離を求めることができます。その結果を図3にまとめました。不揮発メモリ機能を示すアモルファスアルミ酸化物は、不揮発メモリ機能を示さない結晶アルミ酸化物と比べて、原子間距離が短くなっていることが分かりました。 (アモルファスのAl-Al 原子間距離は、結晶 のAl-Al 原子間距離よりも約 0.008 nm 短いということが分かりました*7。アモルファスのAl-O 原子間距離は、結晶のAl-O 原子間距離よりも 約0.01 nm 短いです。O-O 原子間距離は、両者でほぼ同じでした。) 非常に微妙な原子間の距離の違いが不揮発メモリの機能に影響することが明らかになりました。原子どうしの距離が短いことにより、不揮発メモリ機能を生み出す酸素空孔内の電子雲が、酸素空孔クラスタ*8 (図4)内に広がりやすいので、不揮発メモリ機能が発現できると考えられます。このことは理論計算による微視的構造の予想とも一致します。また、原子が乱れて分布することにより、実際に酸素空孔がアモルファスアルミ酸化物に数多く存在していることも明らかにしました。このことは、不揮発メモリ機能が生じるには、酸素空孔が重要な役割を果たしていることを示唆しています。


図3 : アルミ酸化物の原子間距離


図4: 酸素空孔クラスタ内の電子雲(黄色)のイメージ

【今後の期待】

今回の実験結果では、不揮発メモリの機能を向上させるためには、どれくらいの構造制御の精度が必要であるかについて、定量的な値を明らかにすることができました。このことは、今後アモルファスアルミ酸化物不揮発メモリの研究開発を行っていくうえで、非常に重要な情報です。アモルファスアルミ酸化物は、稀少元素・有害元素を含まない低環境負荷材料です。化学変化により副生成物が生じないアモルファスアルミ酸化物は、消費電力問題を解決できる電子材料になると期待されます。

【論文情報】

「Influence of local structures on amorphous alumina exhibiting resistance random-access memory function」 (Editor’s Pick)。

M. Kubota and S. Kato, Journal of Applied Physics, X, XXXX (2024).

【用語解説】

1)不揮発メモリ
電力を供給しなくても記憶情報を保持できるメモリの総称。

2)アモルファス
不定形な物質。原子が規則正しい空間的配置をもつ結晶をつくらずに乱れて分布している物質。

3)DRAM
集積回路中に組み込まれたコンデンサに貯めた電荷の有無で情報を記憶する仕組みだが,電荷は徐々に放電して失われます。このため一定時間ごとに情報を読み出し,書き込み直すリフレッシュという操作を繰り返して記憶を保持し続ける必要があります。

4)ReRAM
電圧の印加による電気抵抗の変化を利用したメモリ。

5)放射光
通常のX線と比べ強度が強く、エネルギーを変えられる特長がある電磁波。

6)遷移元素
元素周期表で、周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する元素の総称。多くの遷移元素は、複数の価数を取ることができる特徴があります。

7)ナノメートル(nm)
10億分の1メートル。

8)クラスタ
原子や電子の集まり。

0403電子応用
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