放射光X線が地球核の化学組成を変える~新しい絶対圧力スケールを決定~

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2023-09-22 理化学研究所,東北大学

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター 物質ダイナミクス研究グループのアルフレッド・バロン グループディレクター、東北大学大学院 理学研究科 地学専攻の生田 大穣 特任研究員(研究当時)、大谷 栄治 名誉教授らの研究チームは、カールスルーエ工科大学 量子材料科学研究所のロルフ・ハイト 副所長との国際共同研究で、新たな絶対圧力スケール[1](状態方程式)を決定し、それに基づいて、地球の核の化学組成に変更を迫る成果を発表しました。本研究成果は、太陽系外惑星の内部構造だけでなく、数百万気圧の高圧下における、物理学、化学、材料科学に関連するあらゆる物質の振る舞いに再評価を迫る重要な結果です。

今回、国際共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[2]の世界最高輝度の放射光X線と、金属レニウムを用いて、超高圧下での圧力と物質の密度の関係を表す新しい絶対スケールを決定しました。この絶対圧力スケールは、従来の2倍となる世界最高の圧力範囲で、地球の核内部の圧力まで外挿(既知の測定値から未知の値を推定・推測)することなく適用できます。これと比べると、従来のスケールは、地球の核内部の圧力領域において、20%以上も圧力を過大評価していたことが分かりました。

地球の核は、固体鉄を主成分として、ケイ素、硫黄のような軽い物質が含まれています。今回の絶対圧力スケールを用いると、内核の条件では、固体鉄の密度が地震学的に観測された密度より8%大きく、従来の圧力スケールで見積もられていた密度との差の約2倍に当たります。この結果から、核に含まれる軽い物質は、地球の表層部(地殻)の質量の5倍以上に相当する量に見積もられることが分かりました。これは、地球内部構造の議論において非常に重要な成果です。

本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(9月8日付)に掲載されました。

背景

地球や天体の内部には、非常に大きな圧力がかかっています。どれくらいの圧力がかかっているかは、天体内部の質量分布(密度分布)が決まれば計算できます。例えば、地球の中心の圧力は365万気圧と計算されています。

実験室で超高圧を発生させ、物質の高圧下における密度を決定し、惑星内部の圧力と密度の観測値を比較することで、惑星内部の物質を調べることができます。実験における正確な圧力を決定することは、物質の高圧下での物性を研究する上で重要です。高圧実験における圧力は、標準物質の密度と圧力の関係を示す状態方程式(圧力スケール)により計算されます。このスケールが不確かであると、高圧下における現象を定量的に評価することができません。信頼できる圧力スケールの開発は、長い間、高圧科学の分野における基本的で重要な課題となっていました。

これまでは、ランキン・ユゴニオ断熱曲線[3]と呼ばれる圧力と密度の関係式を仮定と外挿に基づいて補正したものが、圧力スケールとして一般的に用いられてきており、数多くの研究者によりさまざまな圧力スケールが提唱されてきましたが、補正法に仮定と外挿があるために、それらの圧力スケール間に最大40%もの誤差が生じていました。従って、地球の核に相当する数百万気圧における物質の圧力と密度の関係には、スケール間の不一致のために大きな不確かさが存在します。これが高圧実験における圧力の決定や惑星内部の定量的な議論を難しくしてきました。

このため、仮定と外挿を用いない絶対(一次)圧力スケールが待ち望まれてきました。すでに20年以上前、高圧下において、物質の縦波速度、横波速度および密度の三つの物性を独立に測定できれば、絶対圧力スケールが実現可能であることが提案されていました。しかしながら、超高圧下における縦波速度と横波速度の測定が非常に困難であったため、地球の核におよぶ超高圧にも適用できる絶対圧力スケールは実現できていませんでした。

研究手法と成果

密度については粉末X線回折法[4]という測定法が確立されています。縦波速度は、非弾性X線散乱法[4]によって、150万気圧程度までは測定されていました。

国際共同研究グループは、非弾性X線散乱法を改良し、より高圧で縦波速度を測定するとともに、測定が困難な横波速度を測定できるかどうかを検討しました。

横波は縦波と比べて非弾性散乱強度が微弱で、測定が難しいとされていました。そこで、大型放射光施設「SPring-8」のBL43LXU理研量子ナノダイナミクスビームライン[5]の高強度で微小径(5ミクロン径)の放射光X線ビームと、ダイヤモンドアンビル高圧発生装置[6]、そして非弾性X線散乱法と粉末X線回折法という手法を組み合わせました。加えてソーラースクリーンという特殊な装置を用いてX線光学系を改良し、試料からのシグナル以外のノイズを限界まで減らしました。その結果、これまでノイズに埋もれていた横波からの非弾性散乱シグナルを、地球の核マントル境界(135万気圧)を超えた核内部の230万気圧の超高圧条件まで測定することに成功しました(図1)。

230万気圧の超高圧における金属レニウムからの非弾性散乱の測定例の図
図1 230万気圧の超高圧における金属レニウムからの非弾性散乱の測定例
1秒間で0.025カウント程度の弱いシグナルであるが、金属レニウム試料からの横波(赤のピーク)による非弾性X線散乱シグナルが、レニウムの縦波(青のピーク)と、高圧発生装置であるダイヤモンドからのシグナル(黄と緑のピーク)とは明確に分離できる。


密度に加え縦波速度と横波速度の測定ができるようになったことで、核内部に相当する超高圧下においても、絶対圧力スケールを作ることが可能になりました。図2の黒い曲線は、金属レニウムの超高圧下における縦波速度、横波速度および密度を用いて得られた絶対圧力スケールによる、レニウムの圧縮曲線です。仮定と外挿を含んだ圧力スケールによって評価された先行研究のレニウムの圧縮曲線と比較すると、これまでの圧力スケールは、核マントル境界の135万気圧を超えるような圧力では、圧力を有意に過大評価しています。その差は圧力の増加とともに増え、230万気圧では20%以上も過大に見積もっていたことが分かりました(図2)。

絶対圧力スケールと従来の圧力スケールによって評価した金属レニウムの圧縮曲線の比較の図
図2 絶対圧力スケールと従来の圧力スケールによって評価した金属レニウムの圧縮曲線の比較
黒い四角と線が、本研究で構築された絶対圧力スケールによって評価された、金属レニウムの各測定条件における圧力と密度の関係(圧縮曲線)を示している。参考として、衝撃圧縮実験(赤)、理論研究(黄)およびこれまでの圧力スケール(緑:ルビー・ヘリウム・タングステンスケール、青:金スケール)による、先行研究の圧縮曲線を示す。温度はいずれも常温である。


本研究で明らかになった、これまでの圧力スケールによる圧力の過大な見積もりは、地球や惑星内部の研究において非常に大きな意味を持っています。

図3は、地震波速度観測によって得られた、地球内部の層構造と、地表からの深さに対する地震波速度と密度の分布を示したものです。地球内部構造モデル(PREM)[7]と呼ばれています。

PREMによると、地球内部の中で大きな領域を占めるのが、上部マントル(およびマントル遷移層)、下部マントル、外核、そして内核です。上部マントルがカンラン石、下部マントルがブリッジマナイト、フェロペリクレースといった鉱物からできています。核は主に金属鉄合金(外核が液体鉄合金、内核が固体鉄合金)から成り、一部にケイ素、硫黄のような軽い物質が含まれています。この核に含まれる軽い物質を特定することは、地球科学における長年にわたるテーマの一つとなっています。

地表からの深さに対する地震波速度と密度の相関(左)と、地球内部構造の模式図(右)の図
図3 地表からの深さに対する地震波速度と密度の相関(左)と、地球内部構造の模式図(右)
地震波速度観測により、地表からの深さに対するP波(縦波)とS波(横波)の伝播速度分布と密度分布が得られている。これらに基づいて計算される地球内部の層構造を地球内部構造モデル(PREM)と呼ぶ。PREMによると、地球内部は明確に区分できるいくつかの層に分かれており、その中でも大きな領域を占めるのが、上部マントル(およびマントル遷移層)、下部マントル(主成分はブリッジマナイトやフェロペリクレースといった高圧鉱物)、外核(液体鉄合金)、そして内核(固体鉄合金)である。私たちが住む地球の表層部(地殻)は、上部マントル表面を薄皮のように覆う黒線で示されたわずかな領域(10~30km、中心までの深さ6,370kmの0.5%以下)にすぎない。


図4は、本研究の絶対圧力スケールによって再評価された、地球の核の温度圧力条件(内核境界を圧力330万気圧、温度6,000Kと推定)における金属鉄の密度を、PREMによる内核の密度と比較したものです。

これまでの圧力スケールに基づくと、金属鉄とPREMの密度差の見積もりが約4%であったのに対し、絶対圧力スケールに基づいた金属鉄とPREMの密度差は約8%と、実に2倍の密度差に相当します。外核の条件においても、絶対圧力スケールによる金属鉄とPREMの密度差は、これまでの推定値と比べ30%から50%も大きくなります。この結果を基に、地球の核に軽い物質が含まれているとして、どのくらいの量の軽い物質が核に含まれていればこの密度差を説明できるか換算すると、核には地殻の5倍以上に相当する量の軽い物質が含まれていることになります。これは地球の内部構造に対するこれまでの議論に変更を迫る重要な知見です。

絶対圧力スケールで再評価した地球の内核境界の条件下の金属鉄の密度とPREMとの比較の図
図4 絶対圧力スケールで再評価した地球の内核境界の条件下の金属鉄の密度とPREMとの比較
赤い四角が、本研究で構築された圧力スケールによって再評価された、地球の内核の温度圧力条件(内核境界を330万気圧、地球中心を365万気圧、温度はともに6,000Kと推定)における金属鉄の密度を示している。灰色の丸が地震波観測によって得られたPREMによる内核の密度であり、本研究による鉄の密度との密度差は約8%である。参考として、これまでの圧力スケールによる、先行研究の金属鉄の同条件における密度を青の三角で示しており、PREMとの密度差は約4%である。本研究と先行研究による密度差には2倍に相当する開きがあり、これは地球の核にはこれまでの見積もりの2倍の量の軽い物質が含まれている可能性を示唆している。

今後の期待

今回決定した絶対圧力スケールは、地球の核の構造や組成を見直す結果を示しました。しかしその影響は、地球の核だけに限定されません。地球の核よりも大きな圧力の下にある太陽系の他の惑星や地球よりも巨大な太陽系外惑星の内部構造の研究にも、変更を迫るものです。ひいては物性物理学、化学、そして材料科学で取り扱われるあらゆる物質の超高圧下における振る舞いに対しても再考を促す成果であり、高圧科学分野全般に大きな影響を与えるものです。

今後は、本研究による絶対圧力スケールの精度を高めるとともに、この絶対圧力スケールが適用できる圧力範囲を、地球の核内部の圧力より高い圧力の系外惑星内部にまで拡張していくことを検討しています。絶対圧力スケールを用いて、地球の核と系外惑星の内部の構造をより詳細に再評価することについても計画しています。

補足説明

1.絶対圧力スケール
従来の圧力スケールの基となってきたランキン・ユゴニオ断熱曲線は衝撃圧縮実験によって求められるが、衝撃圧縮は圧力上昇とともに温度も上昇する断熱圧縮であるため、圧力スケールとして用いるためには等温圧縮過程への変換が必要となる。この変換に用いられる物質の熱力学特性の算出には仮定と外挿が含まれており、特に高圧条件における変換はこの仮定と外挿法に大きく依存し、これが衝撃圧縮を基にした圧力スケールの大きな不確かさの要因となっている。この長年にわたる問題を解決することを目的として、カーネギー研究所のZhaらによって2000年に提案されたのが、等温過程において物質の縦波速度、横波速度および密度を同時に測定し、仮定を用いず三つの物理量のみを用いて等温圧縮曲線を決定する手法である。この圧力と密度の関係を絶対圧力スケールと呼ぶ。

2.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センター(JASRI)が利用者支援などを行っている。放射光とは、亜光速まで電子を加速させつつ、その進行方向を電磁石によって曲げた際に発生する細く強力な電磁波のことである。SPring-8ではこの放射光を用いて、基礎科学から産業利用まで幅広い研究が行われている。

3.ランキン・ユゴニオ断熱曲線
物質を衝突させた際に、その衝撃で発生する衝撃波が物質内を通過する際に生じる、圧力や密度といった物理量の変化の関係を、質量保存則、運動量保存則およびエネルギー保存則によって表した式をランキン・ユゴニオ関係式と呼ぶ。各物理量の変化量は、対象の物質の初期密度と衝突速度によって一意に決定されるため、衝突速度を変えて衝撃圧縮実験を行うことで得られる衝撃圧縮データにランキン・ユゴニオ関係式を適用することで、断熱過程における圧縮曲線を決定することができる。これをランキン・ユゴニオ断熱曲線と呼ぶ。

4.粉末X線回折法、非弾性X線散乱法
粉末X線回折法とは、粉末試料にX線を照射し、試料の結晶格子からの回折X線を測定することによって結晶格子の構造や体積を測定する手法。試料の化学組成が分かれば、その結晶の密度を決定できる。高圧下での測定により、物質の高圧下における密度が決定でき、さらに圧力スケールと組み合わせることで状態方程式が決定できる。非弾性X線散乱法とは、物質にX線を照射した際の結晶格子による非弾性散乱によって、物質の格子振動を観測する手法。格子振動の音響モードには縦波モードと横波モードがあり、おのおのの振動数が物質内を伝播する縦波と横波の弾性波速度に相当する。弾性波速度の測定法については非弾性X線散乱法以外にも複数の手法が確立されており、それぞれの手法に長所と短所があるが、ダイヤモンドアンビル高圧発生装置による、安定した圧力発生状態(静的圧縮)にある金属試料の弾性波速度を精度よく測定する手法としては、非弾性X線散乱法による測定がほぼ唯一の手法である。

5.BL43LXU理研量子ナノダイナミクスビームライン

SPring-8に設置されている理研ビームラインの一つであり、バロン グループディレクター(写真左)が率いる理研放射光科学研究センター物質ダイナミクス研究グループによって設計・建設され、運用されている。このビームラインは、非弾性X線散乱法を用いてナノメートルスケール(原子間距離レベル)で物質の格子振動を観測し、物質内に伝播する弾性波速度を決定することができるほか、物質のさまざまなダイナミクスの研究が行われている。物質ダイナミクス研究グループは10年前からこのビームラインにおいて高圧下での弾性波速度測定を行っている。写真右の人物は、バロン グループディレクターと同じBL43LXUビームラインのスタッフである石川大介客員研究員。2人の間に見える全長約10mの大型アームが奥側から手前側に動作することで高分解能分光計によるさまざまな運動量変化の測定が可能になる。試料からの非弾性散乱スペクトルは、バロン グループディレクターの左上に見える、それぞれが独立した検出器(2023年9月時点で28個)を備えた大規模な分析器によって検出される。

BL43LXU理研量子ナノダイナミクスビームラインの写真

6.ダイヤモンドアンビル高圧発生装置

ブリリアンカットされたダイヤモンドの先端部(キュレット)を微小径の平面に研磨したアンビル2個を用いて、研磨面を対向にして試料を挟み込むように設置することで試料部に高圧を発生させる装置。写真(A)が今回の研究で用いたダイヤモンドアンビル高圧発生装置で、装置中央のすり鉢状のくぼみの底に2個のアンビル(研磨加工されたキュレットの直径は30μm)が設置されており、それらの間に試料を挟み込む。写真(B)の光学観察像において、直径約10μmの、中央で強く光を反射している部分が約230万気圧の高圧下にある試料である。

ダイヤモンドアンビル高圧発生装置の図

7.地球内部構造モデル(PREM)
地球内部を伝播する地震波の伝播速度は、伝播経路上の物質の物性に依存するため、観測された地震波速度を調べることで、地球内部の地震波速度や密度の分布を明らかにすることができる。この地震波観測から得られる地球内部構造の代表的なモデルが、DziewonskiとAndersonによって1981年に提唱されたPREMである。地球内部で常に発生している地震によるP波(縦波)とS波(横波)は、世界的なネットワークによってその発生地点、発生時刻と世界各地への到達時刻(伝播速度)が日々記録されているため、モデルの構築に当たり、その膨大な量のデータを活かすことで誤差の非常に小さいモデルが構築されており、PREMは地球内部構造を表す代表的なモデルとして広く受け入れられている。PREMはPreliminary Reference Earth Modelの略。

国際共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター 物質ダイナミクス研究グループ
グループディレクター アルフレッド・バロン(Alfred Baron)
客員研究員 福井 宏之(フクイ・ヒロシ)
(現 高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター)
客員研究員 石川 大介(イシカワ・ダイスケ)
(永久所属 高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター)

東北大学大学院 理学研究科 地学専攻
特任研究員(研究当時)生田 大穣(イクタ・ダイジョウ)
(現 岡山大学惑星物質研究所)
名誉教授 大谷 栄治(オオタニ・エイジ)
助教 坂巻 竜也(サカマキ・タツヤ)

カールスルーエ工科大学(ドイツ)量子材料科学研究所
副所長 ロルフ・ハイト(Rolf Heid)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(15H05748、20H00187(研究代表者:大谷栄治))の助成を受けて行われました。

原論文情報

Daijo Ikuta, Eiji Ohtani, Hiroshi Fukui, Tatsuya Sakamaki, Rolf Heid, Daisuke Ishikawa, Alfred Q. R. Baron, “Density deficit of Earth’s core revealed by a multimegabar primary pressure scale”, Science Advances, 10.1126/sciadv.adh8706

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 物質ダイナミクス研究グループ
グループディレクター アルフレッド・バロン(Alfred Baron)

東北大学大学院 理学研究科 地学専攻
特任研究員(研究当時)生田 大穣(イクタ・ダイジョウ)
名誉教授 大谷 栄治(オオタニ・エイジ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東北大学大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室

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