天の川銀河系内で最も活動的なマイクロクエーサージェットと相互作用している可能性のある分子雲を新たに発見

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2023-06-15 国立天文台

概要:
鹿児島大学理工学研究科天の川銀河研究センター所属の酒見はる香研究員と国立天文台、名古屋大学からなる研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡を用いた観測によりマイクロクエーサーSS433から噴出するジェットの先端領域に分子雲を発見しました。その複雑な速度・密度構造から、この分子雲がジェットと相互作用している可能性があることが明らかになりました。またこの分子雲は体積充填率が低く、観測でわからないほど細かい分子雲の粒がジェットによって掃き集められて形成している可能性もあると考えられます。

本研究成果は1月27日出版の『Publications of the Astronomical Society of Japan』に掲載されました。

研究背景:
ブラックホールや中性子星などのコンパクト天体はしばしば通常の恒星とペアになって連星系をなしており、X線で非常に明るいためX線連星と呼ばれています。X線連星の中には、通常の恒星からコンパクト天体に向かって落ちたガスの一部が非常に細く絞られて外に噴き出した宇宙ジェットと呼ばれるプラズマ流を持つものがあり、この宇宙ジェットによって物質やエネルギーを遠方に伝播させることで銀河の組成や進化に影響を及ぼしています。X線連星のうち光速に近い速度で宇宙ジェットを噴出する天体を特にマイクロクエーサーと呼び、マイクロクエーサーは通常のX線連星よりもさらに遠方まで大量の物質やエネルギーを伝播させるため、その影響を考慮することは非常に重要です。

宇宙ジェットは周辺に分布しているガスなどの星間物質と衝突することで、そのガスの状態を変化させることが知られています。この働きにより、星の素となる分子雲と呼ばれる低温高密度なガスの形成に影響を及ぼします。つまり宇宙ジェットはその周辺にどの程度星が誕生するかに直接的に関係していると言っても過言ではありません。しかしながら、宇宙ジェットが星間物質と相互作用することで分子雲の形成を促進するのか抑制するのか、さらに分子雲から星への進化にどのように影響するかについてその詳細は明らかにされていません。

このような宇宙ジェットと星間物質との相互作用を観測的に調査するため、本研究チームは天の川銀河の中で最も活発なマイクロクエーサーの1つである天体SS433に着目しました。SS433はわし座の方向に存在し、光速の26%の速度の宇宙ジェットを噴出していることで知られています。またSS433は電波星雲W50と呼ばれる天体の内部に存在しており、宇宙ジェットによって星雲の形を東西方向に引き伸ばしていると考えられています。この星雲の引き伸ばされた構造はイヤー(ear)と呼ばれ、これ自体がSS433から噴出する宇宙ジェットの表面の構造であると考えられます。イヤーの周辺に存在する星間物質の観測的研究はこれまでにも盛んに行われており、特にSS433より西側のイヤーの周辺には多数の分子雲が確認されています(図1中の黄色の楕円領域)。本研究チームは、これまで分子雲の検出例の無かった東側のイヤーに注目して野辺山45m電波望遠鏡とチリのASTE望遠鏡を用いた観測を行い、新たな分子雲の発見を目指しました。

天の川銀河系内で最も活動的なマイクロクエーサージェットと相互作用している可能性のある分子雲を新たに発見図1 X線連星SS433(画像中央)とその周辺を取り囲む電波星雲W50のイメージ。黄色の楕円で示される領域では過去に分子雲が発見されている。黄色のコントアで示されているのが本研究で発見された新たな分子雲(クレジット:鹿児島大学)。

研究内容・成果:
観測の結果、研究チームは東側イヤーの先端領域に大きな分子雲の塊が2つ存在していることを初めて明らかにし、これら2つの分子雲をchimney cloud、edge cloudと命名しました(図1中の黄色コントア、図2)。どちらの分子雲でも、イヤーと接する領域で分子雲の中心速度が1 km/s程度変化している様子が確認されています。また、典型的な分子雲ではみられないような、裾野の広がったスペクトル構造が存在することから、これらの分子雲が特異な速度構造を持っていることがわかります。加えてedge cloudにはイヤーに接する領域でより密度が高くなるような勾配があることがわかりました。これらの結果から、本研究チームは発見した2つの分子雲がイヤーと衝突することで複雑な速度・密度構造を形成している可能性が高いことを指摘しました。さらに野辺山45m電波望遠鏡とASTE望遠鏡の双方の観測結果を組み合わせた解析から、これらの分子雲が典型的な分子雲に比べて一桁程度密度が低いことがわかりました。しかしながら、本観測ではある程度高密度な分子雲でなければ放射することのできない13CO(J=1-0)輝線をこれらの分子雲から検出しています。このような結果を矛盾なく説明するシナリオとして、これらの分子雲が今回の観測の解像度では見ることのできないようなより細かい分子雲の粒が集まって塊のように見えていると考えました。解像度よりも小さい分子雲からの放射の情報は観測によってなまされてしまうため、実際の密度よりも過小評価してしまうということが起こります。よって今回本研究チームが発見した分子雲も、実際にはもっと小さい分子雲が集まっている可能性があるということになります。また、小さな分子雲の粒が1箇所に掃き集められる機構として、本研究チームはSS433から噴出した宇宙ジェットが伝搬中に周辺に分布していた分子雲の粒を掃き集めたというシナリオを提唱しました。すなわち、先行研究で提案されているように、宇宙ジェットで周辺の星間物質を圧縮して分子雲を形成するだけではなく、即座に星になる程重くない分子雲の粒を掃き集めることで、ある程度の質量を持った分子雲を形成することも可能であるという示唆を与えたこととなります。

今後の発展:
本研究により、マイクロクエーサーから噴出する宇宙ジェットと相互作用している可能性の高い新たな分子雲を発見し、その形成過程に関する新たな示唆を与えました。今後これらの分子雲をさらに詳細に観測することで、宇宙ジェットが分子雲の形成・進化に与えている影響を明らかにしていくことができると考えています。またSS433だけに留まらず、その他の活発なマイクロクエーサーのジェットと周辺の星間物質の研究も現在国内外で進められており、将来的には系内に存在するマイクロクエーサーを含むX線連星が我々の天の川銀河の形成・進化にどの程度寄与しているのか明らかになると期待されます。

図2 W50東側イヤーの先端に同定された分子雲からの12CO(J=1-0)輝線の積分強度図。マゼンタのコントアは東側イヤーの構造を示している(クレジット:論文(Sakemi et al. 2023))。図3 SS433から噴出する宇宙ジェットで周辺に散らばっている小さな分子雲の粒を掃き集めているイメージ(クレジット:国立天文台)。

1701物理及び化学
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