将来の広域洪水ハザードマップを開発・一般公開~気候モデルのバイアスを適切に補正し、高精度に浸水深分布を推定~

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2023-04-21 東京大学生産技術研究所

○発表のポイント:
◆気候変動リスクの把握に必要な、将来の洪水ハザードマップ(想定浸水深分布)は、気候モデル予測に含まれるバイアスのために構築が難しかった。
◆気候モデルによる将来の洪水頻度変化と高精度な現在の気候再解析データを組み合わせるルックアップ手法を用いると、将来の想定浸水深を妥当に推定できることを示した。また、ハザードマップ構築時に発生する上流水位が下流水位より低い地点にバックウォーター補正を適用することで、物理的に妥当な想定浸水深分布を推計できることを示した。
◆グローバル河川水動態モデルを用いて、地球全域をカバーする将来の広域洪水ハザードマップを開発し、社会の気候リスク対応を後押しするためにハザードマップの一般公開を開始した。

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開発した将来の広域洪水ハザードマップ(東南アジアのメコン川デルタとチャオプラヤ川流域)

○発表概要:
東京大学 生産技術研究所 山崎 大准教授、周 旭東特任助教、MS&ADインターリスク総研株式会社 木村 雄貴主任研究員(東京大学 生産技術研究所 民間等共同研究員)、芝浦工業大学 工学部土木工学科 平林 由希子教授らの研究グループは、共同研究「気候変動による広域洪水リスクアセスメント(LaRC-Flood®プロジェクト)」(注1)の枠組みでグローバル河川水動態モデルと気候モデル(注2)予測情報を用いて、地球全域をカバーする将来の広域洪水ハザードマップを開発しました。
本研究で構築した広域洪水ハザードマップによると、将来における100年に1度の規模の洪水により全世界で約18.6億人に潜在的な洪水リスクがある可能性があり、将来の洪水規模の変化を考慮せず、現在のハザードマップのみから算定する従来の手法では、約2.3億人の潜在的な洪水リスクが見逃されている可能性があることがわかりました(将来の洪水規模の変化のイメージは図1)。
本研究成果は国土交通省の「TCFD提言における物理的リスク評価の手引き~気候変動を踏まえた洪水による浸水リスク評価~」において、利用可能な将来洪水ハザード情報として紹介されました。気候変動リスク対応への社会のニーズに応えるため、構築した将来の広域洪水ハザードマップの一部を、LaRC-FloodプロジェクトのWebPage(「成果公開用WebPage」を参照)で2023年4月19日から一般公開しました。

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図1 メコン川支流のMun川流域における100年に1度の規模の洪水による想定浸水深
(a) 現在の洪水ハザードマップ
(b) 将来の洪水ハザードマップ(本研究の手法で構築)
(c) 将来の想定浸水深の変化
(d) 将来の想定浸水域の広がり
将来洪水リスク算定で頻度変化のみに着目する従来手法では、(c)と(d)に示される将来の浸水深や浸水面積の増加といった洪水規模の変化が考慮されず、洪水リスクを過小評価する可能性がある。

○発表内容:
〈研究背景〉
洪水時に想定される浸水深分布を示す洪水ハザードマップが先進国を中心に作成され、避難経路の事前想定など防災や減災に活用されています。また近年では、洪水ハザードマップは企業の経営リスク管理にも用いられるようになっています。洪水ハザードマップの民間活用の一例として、企業などの団体組織に対して気候関連のリスクマネジメントと情報開示の枠組みを提言するTCFD(注3)が要請する気候変動リスク分析が挙げられます。
TCFDは、世界5,000社・団体(うち国内1,200)以上が支持を表明するなど、既に主流化しています。TCFDは、複数の気候変動シナリオを想定し、自社事業への影響を検討する「シナリオ分析」により、気候変動リスクの定量化を行うことを推奨しています。気候変動による洪水リスクの変化を定量的に評価するためには、温暖化時の浸水頻度や浸水深の情報、つまり「将来の洪水ハザードマップ」が必要です。
将来ハザードマップを構築する際には、気候モデルによる予測情報を用いる必要がありますが、気候モデルによる予測値(降雨や流出量など)にはバイアス(注4)が存在するため、これを適切に補正することが浸水深分布を高精度に推定するのに不可欠です。しかし、将来ハザードマップ構築のためのバイアス補正手法については、十分研究が進んでおらず、適切に将来ハザードマップを構築する方法は確立されていない現状にありました。

〈研究成果および一般公開〉
東京大学 生産技術研究所 山崎 大 准教授らの研究チームは、これまでに地球全域を対象としたグローバル河川水動態モデルCaMa-Floodを開発してきました。CaMa-Floodでは、降雨-流出モデル(注5)もしくは気候モデルの流出量データ(注6)を入力として、地球全域を対象に河川水動態シミュレーションを実施し、その結果に統計解析手法を適用することで、地球上の任意の地点における洪水規模ごとの浸水深を推定しています。
本研究では、CaMa-Floodを用いて、複数のバイアス補正手法を基に地球全域をカバーする将来の広域洪水ハザードマップを構築し、それぞれの妥当性を比較しました。将来の想定浸水深分布が妥当に算定できているかを判断するには、現在の洪水ハザードマップ(図2a)からの浸水深の増減が気候モデルで予測される洪水頻度の変化傾向(図2b)と合うようにバイアス補正できているかといった観点が重要です。
河川モデルへの入力データとなる気候モデルの流出量を直接補正する手法(既往研究の手法、以後「入力データを補正する手法」)で作成した将来の洪水ハザードマップでは、将来洪水リスクの変化傾向を適切に考慮できていない可能性があることがわかりました(図2d)。同手法では、気候モデルの月平均流出量と高精度な再解析データ(注7)の月平均流出量の差分を算出し、この差分を気候モデルの流出量に加算することでバイアスを補正しています。月平均流出量を基に補正しているため、月平均流量を適切に補正することは可能ですが、洪水ハザードマップに関連する低頻度で生じる極端現象については、適切に補正できないことがわかりました。
一方で、再解析データを用いた現在の高精度な気候シミュレーションと、気候モデルを基に算出した将来の洪水頻度変化を組み合わせる「ルックアップ手法」を用いることで、将来洪水リスクの変化傾向を適切に考慮した将来の広域洪水ハザードマップを構築できることを確認しました(図2f)。ルックアップ手法の特徴は、バイアスを含む気候モデルを、将来の洪水頻度変化の算出のみに使用し、将来の浸水深は高精度な再解析データを基に作られた各生起確率における現在の洪水ハザードマップを用いる点です。これにより、将来洪水リスクの変化傾向と整合的な将来の広域洪水ハザードマップを構築することに成功しました。

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図2 アマゾン川における100年に1度の規模の洪水による想定浸水深
(a) 現在の洪水ハザードマップ
(b) 将来の洪水頻度変化。21世紀末に100年に1度の確率で生じる洪水が、現在において何年に1度の頻度で生じる可能性があるか(青は将来洪水リスク増加、赤は減少)を示します。
(c) 将来の洪水ハザードマップ(入力データを補正する手法)
(d) 入力データ補正手法による現在からの浸水深の増減(c)-(a)
(e) 将来の洪水ハザードマップ(開発したルックアップ手法)
(f) ルックアップ手法による現在からの浸水深の増減(e)-(a)
(d)と(f)では、現在から、赤は浸水深が減少、青は浸水深が増加していることを示します。入力データを補正する手法では浸水深の増減パターン(d)が洪水頻度変化パターン(b)と一致せず、バイアス補正が機能していません。一方ルックアップ手法では、浸水深の増減パターン(f)が頻度変化パターンと整合性が取れています。


また、構築したハザードマップが物理的(水工学的)に妥当な浸水深分布となっているかについても確認しました。CaMa-Floodの河川水動態シミュレーションでは、洪水リスクにとって重要なバックウォーター現象 (注8)が表現されています。しかし、これまでの広域洪水ハザードマップの構築では、各モデル格子点で極値統計分析 (注9)を行い確率水位(例:100年に一度の洪水時の水位)を求めるため、格子間の水位の連続性が考慮されず、バックウォーター現象を表現できていないことが分かりました。そこで、本研究では極値解析手法適用後の河川水位に対して、上流下流の水位連続性を担保するバックウォーター補正を適用することで、物理的(水工学的)に妥当な浸水深分布の構築に成功しました(図3)。

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図3 千曲川における1000年に1度という規模の洪水の浸水深
(a) 国交省ハザードマップ、(b) 本研究で構築した現在の洪水ハザードマップ(バックウォーター補正適用前)、(c) 本研究で構築した現在の洪水ハザードマップ(バックウォーター補正適用後)
バックウォーター補正を適用しない場合(b)、国交省ハザードマップ(a)と比較して赤枠の地域などで浸水深が過小評価されています。バックウォーター補正を適用することで、浸水範囲が拡大し国交省ハザードマップとよく一致します(c)。


本研究で作成した将来の広域洪水ハザードマップを用いて、将来の洪水リスク変化や将来の被災人口について、分析を行いました。本研究では被災人口をハザードマップの浸水域内に含まれる人口と定義しました。将来における100年に1度という規模の洪水の場合、全世界で約18.6億人に潜在的な洪水リスクがある可能性が判明しました。一方で、将来の被災人口の推定において、将来の洪水規模の変化を考慮せず、現在のハザードマップのみから洪水頻度変化でリスク増加を算定する従来の手法では、約2.3億人の潜在的な洪水リスクが見逃されている可能性があることを示しました(将来の洪水規模の変化のイメージは図1)。
これらの結果は、気候変動リスクを適切に評価するためには、妥当性のある将来の広域洪水ハザードマップを整備することが重要であることを示唆しております。

本研究成果をまとめた論文が、国際査読誌Hydrology and Earth System Sciencesに掲載されました。また、構築した将来の広域洪水ハザードマップが、2023年3月に公表された国交省のガイドライン「TCFD提言における物理的リスク評価の手引き~気候変動を踏まえた洪水による浸水リスク評価~」(https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tcfd/index.html)において、利用可能な将来洪水ハザード情報として紹介されました。さらに、気候変動リスク対応への社会ニーズに応えるため、今回の研究成果である将来の広域洪水ハザードマップの一部をLaRC-FloodプロジェクトのWebPage上で新たに一般公開しました(図4)。広域洪水ハザードマップの一般公開を通じて、企業や行政による気候変動に伴う洪水リスク変化の把握を後押しし、気候変動対策の促進及び事前防災対策に貢献することが期待されます。

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図4 一般公開予定のハザードマップWebGISのイメージ

〈今後の予定〉
気候変動リスクを適切に把握して地球温暖化への対策を進めるためには、より高度な洪水ハザード情報が求められます。特に、これまでにダムや堤防の構築といった防災投資によって洪水リスクが低減されている実態が広域洪水ハザードマップでは十分反映されておらず、先進国の一部地域などでリスクが過大評価されています。これらの洪水防護を全球河川モデルで考慮することで、より現実的かつ実用的な広域洪水ハザードマップの開発に取り組みます。
また、気候変動に対して強靭な社会を構築するために、将来の洪水リスク情報を活用した保険システムや金融システム制度設計といった、経済的インフラストラクチャのあり方に関する研究にも取り組みます。

○発表者:
国立大学法人 東京大学 生産技術研究所
山崎 大(准教授)
周 旭東(特任助教)

MS&ADインターリスク総研 株式会社
木村 雄貴(主任研究員)<東京大学 生産技術研究所 民間等共同研究員>

学校法人 芝浦工業大学 工学部土木工学科
平林 由希子(教授)

○論文情報:
〈雑誌〉 Hydrology and Earth System Sciences
〈題名〉 Methodology for constructing a flood-hazard map for a future climate
〈著者〉 Yuki Kimura, Yukiko Hirabayashi, Yuki Kita, Xudong Zhou and Dai Yamazaki・
〈DOI〉  10.5194/hess-27-1627-2023

○成果公開用WebPage:
共同研究プロジェクトLaRC-FloodのWebPageにて、本研究で開発した将来の広域洪水ハザードマップの一部を無償公開しています。https://www.irric.co.jp/risksolution/sustainability/prediction_map/index.php

○研究助成:
本研究は東京大学・芝浦工業大学・MS&ADインシュアランス グループによる共同研究「LaRC-Floodプロジェクト」の成果です。また、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「官民による若手研究者発掘支援事業」(JP21500379)の助成を受けて実施されました。

○用語解説:
(注1)LaRC-Flood®プロジェクト
Large-scale Risk assessment of Climate change for Floodの略。東京大学、芝浦工業大学、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社、MS&ADインターリスク総研株式会社の四者で「気候変動による洪水リスクの大規模評価」を行うことを目的に、立ち上がったプロジェクト。

(注2)気候モデル
大気、海洋、陸地、雪氷などの変化を考慮して、流体力学、物理学など様々な方程式を用いて地球の気候を再現し、気候の変化を表現するモデル。

(注3)TCFD
Task Force on Climate-related Financial Disclosures(TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース)。気候関連の情報開示および金融機関の対応をどのように行うかを検討するために設立された。

(注4)バイアス
気候モデルには観測データとの差異があり、正確な推定に対する障害となる。

(注5)降雨-流出モデル
降雨から流出までのプロセス(蒸発や植生遮断による損失や、地面への浸透による時間遅れ)を計算して、河道に流れ込む流出の量とタイミングを計算するモデル。

(注6)流出量データ
降雨のうち蒸発せず河川に流入する水量で、河川氾濫モデルへの入力データとなる。

(注7)再解析データ
過去の大気や海洋の循環場・気温場などを、当時の観測データと最新の数値予報モデルを使って、コンピュータで再現したデータ。予報値を作り、観測値を使って誤差を修正する。気候モデルよりも観測値に近い高精度のデータを取得することが可能。

(注8)バックウォーター現象
下流の水位が上流側の水動態に影響を及ぼす現象のことを言い、特に平坦地や河川合流部では無視できない影響を及ぼす。

(注9)極値統計分析
ここでは、水位や流量などの時系列データ(毎年の最大値など)に確率分布関数を当てはめることで、発生確率ごとの洪水の大きさ(例:100年に一度の確率で発生する洪水の水位)を求める手法。

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
国立大学法人 東京大学 生産技術研究所
准教授 山崎 大(やまざき だい)

〈報道に関する問い合わせ〉
国立大学法人 東京大学 生産技術研究所 広報室
MS&ADインターリスク株式会社 営業推進部
学校法人 芝浦工業大学 入試・広報連携推進部 企画広報課

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