国内望遠鏡による観測でスターリンク衛星の日除け効果を検証

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2023-04-24 東京大学天文学教育研究センター

東京大学天文学教育研究センター 特任研究員 堀内 貴史

研究の概要

東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センターの堀内 貴史特任研究員を中心とした、国立天文台天文情報センター石垣島天文台の花山 秀和講師、国立天文台天文情報センター周波数資源保護室の大石 雅寿アドバイザーら総勢28名の研究グループは、日除けを搭載したスターリンク衛星、バイザーサットの太陽光反射低減効果を地上観測によって測定しました。近年、天文学のコミュニティではスターリンク衛星などの人工衛星からの太陽光反射が観測研究に及ぼす影響あるいは懸念に関して議論されてきました。研究グループは地上観測によるバイザーサット及び従来のスターリンク衛星の明るさの測定を通じて、天文観測に及ぶ影響について詳細に検証しました。検証にあたっては国立天文台と日本の大学の光・赤外線望遠鏡を連携させて用いる観測プログラム、OISTER(オイスター)注1 の協力を得る事により国内の複数の望遠鏡による紫外・可視・近赤外線連携観測を行いました。バイザーサットの航跡の明るさを測定したことで、従来のスターリンク衛星に比べて太陽光反射をおよそ半分に低減すること、つまり日除けの効果があることを示しました。また日除けが衛星本体を覆う割合を求めたところ、平均で50%程度であることも突き止めました。しかし、バイザーサットと従来のスターリンク衛星共に、観測された画像中で十分に明るい航跡が残り、反射光低減対策の余地があることもわかりました。この研究成果は人工衛星群の明るさを様々な角度から検証したことで、観測研究の将来について考えるための重要な材料となるでしょう。

研究の背景

アメリカ合衆国のスペースエックス社は、高速インターネットサービスの充実を目的としてスターリンク衛星を開発し、最初の60機を2019年5月に打ち上げました。2020年代中頃までには42,000機の打ち上げを計画しています。スターリンク衛星の運用高度は550 kmと人工衛星では低軌道に分類され、運用予定数も膨大です。そのため、スターリンク衛星からの太陽光反射が観測データに頻繁に写り込み、本来取得したかったデータを使用不可にすることなどが懸念されています(図1)。

2020年2月に国際天文学連合(IAU)はスターリンク衛星が天文観測や景観に多大な影響を及ぼす可能性があるとして、声明を発表しました。この声明を受けてスペースエックス社は、天文学研究者に衛星の明るさの測定を呼びかける共にスターリンク衛星の反射光低減対策を試験的に行いました。まず初めに行われた対策は、衛星の本体を黒色にするというもので、1機体のみ打ち上げられました。この試験機はダークサットと呼ばれています(図2左)。すでに先行研究注2によってダークサットの明るさが測定されており、従来のスターリンク衛星に比べて明るさがほぼ半分になることがわかりました。このように地上観測によって黒色塗装の効果が実証されてきましたが、一方でその塗装は熱を発生させやすく、また赤外線を含む光の一部が反射されるといった問題があります。スペースエックス社はダークサットとは別に、人工衛星本体に日除けを取り付けて太陽光反射を軽減する、バイザーサット(図2右)を開発し、2020年6月に最初の1機(STARLINK-1436)を打ち上げました。2020年8月に打ち上げられた60機弱のスターリンク衛星は全てバイザーサットです。しかし、このバイザーサットに関しては可視光以外での詳細な明るさの測定はあまり行われてきませんでした。


図1 2019年11月にスターリンクが打ち上げられた直後に、セロ・トロロ米州天文台 (CTIO) のビクトル・M・ブランコ 4 メートル望遠鏡/DECamによって撮影された約19のスターリンク衛星(©️CTIO/NOIRLab/NSF/AURA/DECam DELVE Survey)。


図2 左: 従来のスターリンク衛星(上)とダークサットのアンテナ部分(下)。右: バイザーサットのアンテナ。矢印で示した部分が搭載されている日除けになっている(©SpaceX)。

光・赤外大学間連携による多地点連携観測

そこで本研究では、紫外・可視・赤外線の広い波長帯でSTARLINK-1436(以後、バイザーサット)と、従来のスターリンク衛星の1つ、STARLINK-1113(以後、通常スターリンク衛星)の明るさを測定しました。この波長帯で観測を行うために、9つの国立大学および国立天文台からなる観測プロジェクトである光・赤外大学間連携、OISTER(オイスター)に観測提案をしました。観測は、国立天文台 石垣島天文台のむりかぶし望遠鏡/MITSuME (可視光・近赤外3色同時撮影)、広島大学のかなた望遠鏡/HONIR(可視光・近赤外2色同時撮影)、兵庫県立大学のなゆた望遠鏡/NIC(近赤外3色同時撮影)、京都大学の40cm望遠鏡(可視光)、埼玉大学のSaCRA望遠鏡/MuSaSHI(可視光・近赤外3色同時撮影)、東京工業大学の明野50cm望遠鏡/MITSuME(可視光・近赤外3色同時撮影)、北海道大学のピリカ望遠鏡/MSI(紫外線)の協力の下2021年2月からスタートしました注3。結果として、図3のような航跡データを得ることに成功しました。


図3 OISTERの連携観測によって撮影されたバイザーサット(1段目と3段目)と通常スターリンク衛星(2段目と4段目)の航跡の例。1と2段目はむりかぶし望遠鏡/MITSuME(左からg’、Rc、Icバンド)の、3と4段目はSaCRA望遠鏡/MuSaSHI(左からr、i、zバンド)の画像。

衛星の明るさの測定と物理モデルの適用

次に得られたバイザーサットと通常スターリンク衛星の航跡データ(図3)に対して明るさの測定を行い、それぞれ比較しました。その結果、(1)バイザーサットの方が通常スターリンク衛星よりも可視光・赤外線で明るさがほぼ半分になる傾向にあること、(2)両機ともに肉眼等級程度の明るさ注4になる場合があること、(3)可視光線より近赤外線観測の方が両機ともに明るく観測される傾向にあることがわかりました。ピリカ望遠鏡/MSIによる紫外線観測では両機ともに航跡が検出されませんでした。

さらに研究グループは、衛星の太陽光反射の物理モデルに黒体放射注5を適用することで衛星本体の反射率とバイザーサットの日除けが本体を覆う割合(カバー率)を求めました。図4を含む各機関で得られた航跡の明るさから、(i)反射率は可視光(6~15%)よりも近赤外線(14~47%)の方が高い傾向にあること、(ii)バイザーサットのカバー率Cfは平均50%程度 (0.18≦Cf ≦0.92)であることがわかりました。さらに、黒体放射モデルから求めたカバー率が大きくなるほどバイザーサットは暗くなるという直感と矛盾しない結果も得られました。以上の結果から、バイザーサットの日除けは太陽光反射を抑制する効果があることを示すことができました。その一方で、航跡が十分明るく写ることから観測への影響は残存することもまた明らかになりました。


図4 かなた望遠鏡/HONIRのBバンド(可視光:青三角)とHバンド(近赤外:橙クロス)で得られた通常スターリンク衛星(上段)とバイザーサット(下段)の航跡の明るさと、それらに対する黒体放射モデルのフィッティング。モデルには太陽光反射(青一点鎖線)、地球照反射(青実線)、衛星の熱放射(黒破線)、地球の熱放射の反射成分(黒点線)を適用した。黒実線はそれらの成分の足し合わせである。特定の反射率でBとHバンドを同時に満たすモデルの最適解が存在せず、Hバンド(反射率20%)の方がBバンド(反射率9%)より高い反射率を示す。このデータにおけるバイザーサットのカバー率は20~29%である。

今後の展開

現在はバイザーサットの開発は中止されています。次世代の衛星が次々と打ち上がる中でそれらの明るさ、特に赤外線での測定は詳しく調査されていません。今後は赤外線の観測も進めて、天文観測などへ及ぶ影響を評価することが重要となります。


この研究の成果は、日本の査読付き英文科学雑誌『日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan)』にて、2023年4月8日付けで「Multicolor and multi-spot observations of Starlink’s Visorsat」として発表されました。

(注1) 大学間連携による光・赤外線天文学研究教育拠点のネットワーク構築事業
(注2) 「黒い塗装で人工衛星の反射光が軽減されることを実証」を参照。
(注3) OISTERプロジェクト外の機関で、チリのセロ・トロロ汎米天文台(望遠鏡:プロンプト6)でもテスト観測を行いました。
(注4) 人間の眼で認識可能な限界の明るさのことで、夜空では6等級程度となります。等級は数字が小さくなるほど明るくなり、5等違うと天体の明るさが100倍違う量です。例えば1等星と6等星では1等星の方が100倍明るいです。
(注5) 黒体とは外部からの放射を全ての波長で完全に吸収し、また自分自身も電磁波を放射する仮想的な物体です。黒体放射のエネルギーは温度で決まり、太陽の場合約6000℃相当の放射に対応します。

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0303宇宙環境利用
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