日本産樹木種の70%以上を網羅するDNAバーコードライブラリーを公開~生態系保全など幅広い活用が可能~

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2023-01-25 森林総合研究所

ポイント

  • DNAバーコーディングは、データベースにある既知種のDNA配列と照合することで、生物の種を同定する手法です。
  • 今回、日本産木本植物種の70%以上を網羅するDNA配列のデータベース「DNAバーコードライブラリー」を作成・公開しました。
  • 木本植物種の同定が容易になり、学術研究だけでなく生態系保全や花粉症対策などさまざまな場面で活用できます。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所らの研究グループは、日本在来の木本植物種(樹木やつる植物)のうち70%以上(800種以上)を網羅するDNA配列のデータベース「DNAバーコードライブラリー」を作成し、ForestGENで公開しました。これは、国内の生物分類群のなかで最も包括的なDNAバーコードライブラリーのひとつです。

DNAバーコーディングは、特定の遺伝子領域の塩基配列に着目して、DNAバーコードライブラリーにある既知の種のDNA配列と照合することで、生物の種の同定を行う手法です。しかし、その実現のためには、生物種と塩基配列とが正しく対応づけられたデータベースが必須です。そこで、研究グループは、2008年から日本産木本植物を対象とした包括的なDNAバーコードライブラリーの作成に取り組んできました。

このDNAバーコードライブラリーを利用すれば、分類学の専門家でなくても木本植物種の同定が可能になるほか、個体の一部や原形を失った組織からでも同定が可能になります。また、環境中より採取されたDNAからも同定が可能となるため、基礎研究だけでなく生態系保全や花粉症対策などさまざまな場面で活用できます。

本研究成果は、2023年1月25日にMolecular Ecology Resources誌でオンライン公開されました。

背景

一般的に生物種の同定は、標本の形態学的特徴に基づいて、高度な専門知識を持つ分類学の専門家が行います。しかし、形態学的特徴による同定では、個体の一部や原型を失った組織からは同定できないという問題がありました。そこで、近年ではDNAの塩基配列をもとに、分子生物学的な手法による同定が行われるようになりつつあります。

このなかで現在、「DNAバーコード計画」と呼ばれる、地球上に生息するあらゆる生物種の遺伝子のDNA塩基配列を解析し、データベース化しようという計画が、国際的コンソーシアムiBOL(International Barcode of Life)を中心に世界規模で推し進められています。この計画では、各生物種よりDNAを抽出し、DNA中の特定の遺伝子領域の塩基配列(植物については葉緑体DNA領域)を解読して、その塩基配列を4色のバーコードで表したもの(DNAバーコード)がデータベースに登録されます(図1)。データベースであるDNAバーコードライブラリーには、形態学的特徴をもとに同定された学名や対応する証拠標本の採集地などの情報があわせて登録されます(図2)。

日本でも、すでにさまざまな分類群についてDNAバーコードライブラリーが作成されていますが、その多くが鳥類など動物を対象としたもので、植物についてはシダ植物以外ではまとまったDNAバーコードライブラリーがありませんでした。しかし、日本列島は非常に多様な植物相を有し、世界の35の植物多様性ホットスポットの1つでもあるため、日本固有の植物について包括的なDNAバーコードライブラリーが待ち望まれていました。

図1各生物種より抽出したDNAから塩基配列を解読し、バーコード状に表すまでの流れを示した図

図1 DNAバーコード計画の概要

図2学名や証拠標本の採取地などの情報が登録されているDNAバーコードライブラリーの参考画面

図2 DNAバーコードライブラリーのデータ閲覧画面(例:ノリウツギ Hydrangea paniculataの標本データ(奥)と塩基配列データ(手前)

内容

研究グループは、日本在来の木本植物を対象にDNAバーコードライブラリーを作成しました。日本の主要な植生、すなわち亜熱帯、温帯、亜寒帯、高山帯から木本植物の標本を採集しました。それらの標本を可能な限り低次の分類レベル(亜種または変種)まで形態学的特徴をもとに同定するとともに、DNAを抽出し、3つの葉緑体DNA領域(rbcLmatKtrnH–psbA)の塩基配列を解読して、DNAバーコードライブラリーを構築しました。標本数は日本列島全域の223地点から合計6216個体(43目99科303属834種)で、日本産木本植物の77.3%の属と72.2%の種を網羅しています。

このDNAバーコードライブラリーの有効性を確かめるため、BLAST(塩基配列比較のため利用される計算方法)を用いて、3つの各バーコード領域による識別能力を試験しました。rbcLmatKtrnH–psbAの種レベルの識別能力は、それぞれ57.4%、67.8%、78.5%、属レベルの識別能力は、それぞれ96.2%、98.1%、99.1%でした。種レベルの識別能力は、2つのバーコード領域を組み合わせると90.6%〜95.8%に向上し、さらに3つの領域を組み合わせると98.6%にまで上昇しました。属レベルの識別能力は、2つの領域を組み合わせた場合には99.7%〜100%、3つの領域を組み合わせた場合には100%に達しました(図3)。これらの結果から、このDNAバーコードライブラリーは、日本産木本植物の包括的かつ有効なデータベースであるとし、森林総合研究所が運用するForestGEN(https://forestgen.ffpri.go.jp/jp/index.html)で検索システムを実装して公開し、その他Barcode of Life Database(BOLD)、Genbankにも登録しました。

図3塩基配列比較のため利用される計算方法を用いて、識別能力を試験した結果を示したグラフ

図3 各バーコード領域、およびそれらを組み合わせることによる識別能力を表す。オレンジが種レベル、青が属レベルの識別能力を示す。

今後の展開

DNAバーコーディングによって、分類学の専門家でなくても種の同定が可能になるほか、個体の一部や原型を失った組織からも同定が可能になります。これにより、例えば、土壌堆積物からDNAを採取して分析すれば、その生態系における植物種の多様性を評価したり、過去の環境変動により失われてしまった森林の構成を明らかにしたりすることができます。また、希少動物や有害動物の糞から餌としている植物種を特定できるため、生態系内の食物網をより詳しく理解することができ、生物多様性や森林植生の保全に役立つ情報を得ることができます。さらに、空気中の花粉を採取して種の同定を行うことで花粉症の原因となる植物種や寄与の程度を明らかにすることも可能となります。

このDNAバーコードライブラリーが多くの人に利用され、多くの研究者が研究に用いた標本付きDNA配列を登録するようになれば、データベースとして今後さらに充実していきます。

論文

タイトル:A DNA barcode reference library for the native woody seed plants of Japan

著者:Suzuki Setsuko, Kensuke Yoshimura, Saneyoshi Ueno, James Raymond Peter Worth, Tokuko Ujino-Ihara, Toshio Katsuki, Shuichi Noshiro, Tomoyuki Fujii, Takahisa Arai, Hiroshi Yoshimaru

掲載誌:Molecular Ecology Resources

論文URL:https://doi.org/10.1111/1755-0998.13748

研究費:日本学術振興会「科学研究費助成事業(科研費)20248017、25292098」、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所「家族責任がある研究者のための支援制度」

共同研究機関

国立大学法人東北大学

お問い合わせ先

研究担当者:

森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 生態遺伝研究室 主任研究員 鈴木節子

広報担当者:

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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