2022-07-14 国立環境研究所,電力中央研究所,福島県環境創造センター,日本原子力研究開発機構,農研機構,福島大学,東京大学
環境から淡水魚への放射性セシウム移行の把握には、魚の餌となる水生昆虫の放射性セシウム濃度を明らかにすることが重要です。国立環境研究所、電力中央研究所、福島県環境創造センター、日本原子力研究開発機構、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、福島大学、東京大学大学院理学系研究科の研究チームは、福島県内の河川において採集した水生昆虫(ヒゲナガカワトビケラ)の放射性セシウム濃度を個体ごとに測定し、他の個体に比べ比較的高い放射性セシウム濃度を示す個体から放射性セシウム粒子(セシウムボール※1:大きさ0.1-10 µm程度のガラス状の不溶性粒子で、放射性セシウムを含む)を発見しました。また、ヒゲナガカワトビケラの餌となる藻類や河川流下物からも放射性セシウム粒子を発見しました。
この結果から、放射性セシウム粒子の生物や食物網への取り込みが初めて明らかになりました。放射性セシウム粒子は不溶性であり、餌として体内に入っても、放射性セシウムが筋肉などの体組織に取り込まれるリスクはほとんどないと考えられます。一方で、食物網に移行する放射性セシウムの動態を理解するための調査研究において、放射性セシウム粒子の存在を考慮することは重要です。放射性セシウム粒子中の放射性セシウムは、生態系内で水溶性の放射性セシウムとは全く異なった動態を示すためです。また、生物試料に放射性セシウム粒子が含まれる場合、生物の放射性セシウム濃度を過剰に見積もる可能性があります。今後、渓流中でのセシウムボールを含めた放射性セシウムの動態が明らかになることで、水生昆虫やそれを餌とする魚の放射性セシウム濃度の将来予測の精度が向上することが期待されます。
本研究の成果は、令和4年5月20日付でオンライン学術誌「PLOS ONE」に掲載されました。
水生昆虫に取り込まれる放射性セシウム粒子のイメージ図。
ヒゲナガカワトビケラは、石の隙間に網を張り、流下する餌とともに網にかかる放射性セシウム粒子を取り込む場合がある(46匹中4匹)。放射性セシウム粒子は数日で体外に排出され、体組織の放射性セシウム濃度には影響を与えないと考えられる。
研究の背景
東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年が経過した現在でも、福島県の一部地域では放射性セシウム濃度が100 Bq/kg※2を超える淡水魚が散見され、出荷制限が続いています。淡水魚に含まれる放射性セシウムは、そのほとんどが餌を通して取り込まれることが分かっており、環境から淡水魚への放射性セシウム移行の把握には、魚の餌となる水生昆虫の放射性セシウム濃度を明らかにする必要があります。
そこで、福島県太田川で採集された水生昆虫の放射性セシウム濃度を個体ごとに測定したところ、放射性セシウム濃度にばらつきが見られ、放射性セシウム粒子の水生昆虫への取り込みが疑われました。放射性セシウム粒子とは放射性セシウムを含む不溶性の粒子でセシウムボールとも呼ばれています※1。これまでに東日本のさまざまな環境試料から発見されていますが、生物への取り込みについては明らかになっていませんでした。
研究の方法
本研究では、福島県太田川で2018年に採集したヒゲナガカワトビケラとヘビトンボという2種の水生昆虫の放射性セシウム濃度を個体ごとに測定しました。放射性セシウム濃度が比較的高い個体に対して、オートラジオグラフィー(放射性物質の分布を画像化する手法)による分析を行い、放射性セシウム粒子の有無を確認しました。放射性セシウム粒子が見つかった場合には個体から放射性セシウム粒子を単離し、電子顕微鏡などによる分析を行いました。さらに、ヒゲナガカワトビケラの餌となる藻類や河川中の粒子状流下物に同様の手法を適用し、放射性セシウム粒子の有無について解析を行いました。
研究結果と考察
ヒゲナガカワトビケラとヘビトンボの放射性セシウム濃度を個体ごとに測定した結果、どちらの水生昆虫でも大きな個体ほど放射性セシウム濃度が低い傾向が見られました(図1)。これは、消化管内容物の放射性セシウム濃度が体組織の放射性セシウム濃度よりも高く、大きい個体ほど消化管内容物の体全体に占める重量の割合が小さいからです。
放射性セシウム濃度のばらつきに注目すると、ヒゲナガカワトビケラでは他の個体より1桁程度放射性セシウム濃度の高い個体(図1、A~C)が見られたのに対し、ヘビトンボではそのようなばらつきは見られませんでした(図1)。また、ヒゲナガカワトビケラのA~Dサンプルからは放射性セシウム粒子が確認されました。放射性セシウム粒子を取り除くと放射性セシウム濃度が大幅に減少したことから、ヒゲナガカワトビケラに散発的に見られた高い放射性セシウム濃度は放射性セシウム粒子を取り込んでいたためと考えられます。
図1.水生昆虫個体ごとの重さと放射性Cs濃度の関係。A~D(赤い丸)は放射性セシウム粒子の見つかったサンプル。白抜きの丸は、放射性セシウム粒子を取り除いた後の体組織内の放射性セシウム濃度。
放射性セシウム粒子は、ヒゲナガカワトビケラだけでなくその餌となる藻類や河川流下物からも発見されました。放射性セシウム粒子を電子顕微鏡などにより分析したところ(図2)、大きさや元素組成、134Cs/137Cs 放射能比などから既報の放射性セシウム粒子※1と同様の粒子であることが確認されました。放射性セシウム粒子は、これまでにさまざまな環境試料から報告されていますが、本研究は生物に取り込まれることを示した初めての報告です。
図2.放射性セシウム粒子の電子顕微鏡画像。トビケラ、藻類から単離された粒子。
また、今回調べたヒゲナガカワトビケラ46匹中4匹から放射性セシウム粒子を発見しましたが、ヘビトンボ45匹からは見つかりませんでした。これは、2種の水生昆虫の餌の違いによると考えられます。ヘビトンボは他の小さな水生昆虫などを食べる肉食性ですが、ヒゲナガカワトビケラは石の隙間に網を張り、川を流れる藻類や有機物などを餌にしています。ヒゲナガカワトビケラの餌と放射性セシウム粒子は同程度の大きさであるため、川を流れる放射性セシウム粒子を餌と一緒に取り込みやすいと考えられます。
今後の展望
本研究は、東日本に分布する放射性セシウム粒子が水生昆虫から魚、鳥類など水域や陸域の食物網に取り込まれる可能性を示しています。放射性セシウム粒子は不溶性であり、餌として体内に入っても数日で消化管から排出されることが知られているため、放射性セシウムが筋肉などの体組織に取り込まれるリスクはほとんどないと考えられます。
一方で、放射性セシウム粒子の混入は、生物への放射性セシウム移行の理解を妨げる要因になります。生物試料に放射性セシウム粒子が含まれる場合、生物への放射性セシウム濃度を過剰に見積もる可能性があり、また個体による放射性セシウム濃度の大きなばらつきを引き起こすため生物への移行予測の不確実性を増加させます。さらに、生態系内で、放射性セシウム粒子中の放射性セシウムは水溶性の放射性セシウムとは全く異なった動態を示すため、本研究の結果は、食物網に移行する放射性セシウムの動態を理解する上で放射性セシウム粒子の存在を考慮することが重要であることを示しています。
注釈
※1 セシウムボール:
※2 Bq(ベクレル):
ベクレルは放射能の強さを表す単位。1ベクレルの物質は1秒間に1つの原子核が崩壊し、放射線を1回放出する。
研究助成
本研究は、JSPS科研費 20K12141 および 放射能環境動態・影響評価ネットワーク共同研究拠点(ERAN)No. E-20-14の助成を受けて実施されました。
発表論文
【タイトル】
Radiocesium-bearing microparticles cause a large variation in 137Cs activity concentration in the aquatic insect, Stenopsyche marmorata (Tricoptera: Stenopsychidae) in the Ota River, Fukushima, Japan
【著者】
Yumiko Ishii*, Hikaru Miura*, Jaeick Jo, Hideki Tsuji, Rie Saito, Kazuma Koarai, Hiroki Hagiwara, Tadayuki Urushidate, Tatsuhiro Nishikiori, Toshihiro Wada, Seiji Hayashi, Yoshio Takahashi
*共同第一著者
【雑誌】
PLOS ONE
【DOI】
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0268629
【URL】
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0268629
【各機関の役割】
国立環境研究所:試料採取、放射性セシウム測定、論文作成
電力中央研究所:セシウム粒子の分離・同定、放射性セシウム測定、論文作成
福島県環境創造センター:試料採取、論文作成
日本原子力研究開発機構:試料採取、論文作成
農業・食品産業技術総合研究機構:試料採取、論文作成
福島大学:試料採取、論文作成
東京大学大学院理学系研究科:セシウム粒子の分離・同定、放射性セシウム測定、論文作成