2022-05-12 国立天文台
史上初の天の川銀河中心のブラックホールの画像。これは、私たちが住む天の川銀河の中心にある巨大ブラックホール、いて座A*の姿を初めて捉えた画像です。この天体がブラックホールであるということを初めて視覚的に直接示す証拠です。地球上の8つの電波望遠鏡を繋ぎ合わせて地球サイズの仮想的な望遠鏡を作るイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によって撮影されました。望遠鏡の名前は、光すらも脱出することのできないブラックホールの境界である「イベント・ホライズン(事象の地平面)」にちなんで名付けられました。ブラックホールは光を放たない完全に漆黒の天体であり、そのものを見ることはできません。しかし周囲で光り輝くガスによって、明るいリング状の構造に縁取られた中心の暗い領域(「シャドウ」と呼ばれます)としてその存在がはっきりと映しだされます。今回新たに取得された画像は、太陽の400万倍の質量を持つブラックホールが作り出す強力な重力によって曲げられた光を捉えたものです。いて座A*のブラックホールの画像はEHTの2017年の観測データから得られたさまざまな画像の平均です。(クレジット:EHT Collaboration) オリジナルサイズ(1.7MB)
国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」は、地球規模の電波望遠鏡ネットワークを使って、私たちが住む天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールの撮影に初めて成功しました。今回の結果は、この天体が間違いなくブラックホールであることを示す揺るぎない証拠であり、多くの銀河の中心に存在すると考えられている巨大ブラックホールの働きについて貴重な手がかりを与えるものです。
今回撮影された画像によって、私たちが住む天の川銀河のまさに中心に存在する大質量天体の姿が明らかになりました。これは多くの研究者が待ち望んでいた成果です。これまで天の川銀河の中心領域において、非常に重く、コンパクトで目に見えない何らかの天体の周りを星たちが回っていることが観測されていました。この天体は「いて座A*(エースター)」として知られており、これらの間接的な証拠からブラックホールであることが強く示唆されていました。本日公開された画像により、いて座A*がブラックホールであることを示す初めての視覚的かつ直接的な証拠が得られました。
ブラックホールは光を放たない完全に漆黒の天体であり、そのものを見ることはできません。しかし周囲で光り輝くガスによって、明るいリング状の構造に縁取られた中心の暗い領域(「シャドウ」と呼ばれます)としてその存在がはっきりと映しだされます。今回新たに取得された画像は、太陽の400万倍の質量を持つブラックホールが作り出す強力な重力によって曲げられた光を捉えたものです。
「リングの大きさがアインシュタインの一般相対性理論の予言と非常によく一致していることに衝撃をうけています」と、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)のプロジェクトサイエンティストであるジェフェリー・バウワー氏(台湾中央研究院天文及天文物理研究所)は語りました。「この前人未到の観測によって私たちの天の川銀河の中心での現象に対する理解は大きく進展し、このような巨大ブラックホールが周囲とどのように相互作用するかについての新しい知見が得られました」EHTチームの成果は米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』特集号に2022年5月12日付で掲載されました。
今回観測したブラックホールは地球から約2万7000光年の距離にあり、その見かけの大きさは月の上のドーナツ(直径8cm程度)ほどの大きさしかありません。これを撮影するため、研究チームは世界各地の8つの電波望遠鏡を結んだEHTと呼ばれる観測ネットワークを作り、地球サイズの望遠鏡を仮想的に作り上げました[1]。EHTはいて座A*を複数晩に渡って観測し、カメラで長時間露光するように何時間もかけてデータを取得しました。
「日本が国際協力の下で運用に参加しているアルマ望遠鏡は、EHTの要となる観測局として天の川銀河の巨大ブラックホールの撮影において重要な役割を果たしました」と話すのは、いて座A*のデータ較正(こうせい)と画像化チームの双方を主導した秋山和徳氏(マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所リサーチサイエンティスト)です。日本が参加しヘイスタック観測所が主導した国際チームが開発した最先端の装置を通して、アルマ望遠鏡の何十ものアンテナが一つの巨大なアンテナとして合成され、EHTで最も感度の高い観測局となりました。「アルマ望遠鏡による感度と精度の高い観測により、ブラックホールの周りのガスの運動によっていて座A*の明るさが観測中どのように変化し、EHTの観測データにどのように影響しているかを詳細に調べられました。これにより、いて座A*の代表的な構造を画像化することが可能になったのです」
このブレイクスルーは、EHTが2019年に発表したM87の中心にある巨大ブラックホールの画像に続くものです。M87は、いて座A*よりもずっと遠く5500万光年かなたにある楕円銀河です。
私たちの住む天の川銀河のブラックホールはM87の巨大ブラックホールと比べて1000分の1以下の質量ですが、2つのブラックホールの見た目は非常によく似ています[2]。「大きく異なる2つの銀河に存在する全く異なる質量の別々のブラックホールですが、これらのブラックホールのごく近傍だけに注目してみると、驚くほど似たように見えるのです」と、セラ・マルコフ氏(EHT科学諮問委員会議長の一人、オランダ・アムステルダム大学理論天体物理学教授)は述べています。「これは、ブラックホールのごく近傍は一般相対性理論が支配しており、そこから遠くに離れた際に見られる違いはブラックホール周囲の物質の違いであることを意味しています」
いて座A*はM87の巨大ブラックホールよりもはるかに近い距離にありますが、今回の成果の達成にはM87の場合よりもはるかに困難を極めました。「いて座A*もM87巨大ブラックホールも周りにあるガスはほとんど光速に近い同じ速度で運動します。しかし、大きなM87ブラックホールの周囲をガスが一周するには数日から数週間を必要とするのに対し、遥かに小さないて座A*ではわずか数分しかかかりません。これはいて座A*周囲のガスの明るさや模様が、EHTが観測している最中に激しく変化することを意味しています。それはまるで、自分の尻尾を素早く追いかける子犬の鮮明な写真を撮ろうとするようなものです」と、EHTの研究者であるチークワン・チャン氏(アリゾナ大学スチュワード天文台、天文学科、データサイエンス研究所)は説明しています。
研究者たちはいて座A*周囲のガスの運動を考慮した、高度で新しいデータ処理の手法を開発しなければなりませんでした。M87は構造が安定しており画像化が容易であったため、異なる手法で導き出された全ての画像が同じように見えましたが、いて座A*に関しては状況が異なりました。今回のいて座A*の画像は、研究チームが観測データから得たさまざまな画像を平均することで得られました。この画像によって、ついに私たちが住む天の川銀河の中心に潜む大質量天体の姿が初めて明らかになりました。
今回の研究成果は、EHTコラボレーションを構成する80の研究機関の300名以上の研究者の知を結集することで可能になりました。複雑な手法を開発することで、いて座A*の画像化を乗り越えたことに加え、研究チームはスーパーコンピュータを駆使してデータを組み合わせて分析し、さらに前例のない規模のブラックホールの数値シミュレーションの画像を多数作成し観測データと比較をして、5年間にわたり緻密に解析を行いました。
「EHTの観測によって得られた数ペタバイトものデータから、最終的な画像や物理的な解釈に至るまでの全ての工程で、スーパーコンピュータを用いた非常に大規模な計算が行われました」と、画像化チームによって得られた大量の画像の解析を主導した小藤由太郎氏(東京大学大学院理学系研究科 博士課程在学)は述べています。「画像化においては、20万通り以上のパラメータの中から最適な数千の組合せが選ばれ、いて座A*の画像が得られました」
研究者たちは特に、大きさの全く異なる2つのブラックホールの画像が得られたことに興奮しています。これにより2つのブラックホールを比較・対比する機会が得られたからです。既にこの新たなデータを用いて、巨大ブラックホール周りでのガスの振る舞いに関する理論やモデルの更なる検証も始められています。まだ完全には理解されていないこうしたガスの振る舞いは、銀河の形成と進化において重要な役割を果たしていると考えられています。
「今私たちは、これらの2つの巨大ブラックホールの違いを研究し、巨大ブラックホール周りでのガスの振る舞いという重要な問題に関する貴重で新しい手がかりを得ることができました」と、EHTの研究者である浅田圭一氏(台湾中央研究院天文及天文物理研究所)は述べています。「私たちは2つのブラックホールの画像を得ましたが、ひとつはこの宇宙に存在する巨大ブラックホールの中で最大級であり、もうひとつは最も小さい部類のものです。それ故、このような極限環境で重力がどのように振る舞うかを、よりたくさんの方法で検証することが可能になるのです」
EHTの進化は続いていきます。2022年3月の観測キャンペーンにはこれまでで最も多くの望遠鏡が参加しました。今現在もEHTの観測ネットワークは拡大し、観測技術も大きく発展し続けており、さらに素晴らしい画像やブラックホールの動画を近い将来公開できるでしょう。
「今後のいて座A*とM87の時間変動の調査は、強い重力場のさらなる理解のために、最も期待されているテーマの一つです」と、日本の画像化アルゴリズムを用いたチームの主導をはじめ、いて座A*の画像化と理論の幅広いプロジェクトに携わった、森山小太郎氏 (ゲーテ大学フランクフルト ポストドクター研究員) は述べます。「近い将来、観測技術の発展によって、ブラックホールごく近傍の世界の詳しい様子を動画として捉えることで、アインシュタインの一般相対性理論に代わる重力理論の検証が可能になるでしょう」
脚注
[1] 2017年4月の観測に使用された望遠鏡は、アルマ望遠鏡(チリ)、APEX(チリ)、IRAM30m望遠鏡(スペイン)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(米国ハワイ)、アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、サブミリ波干渉計(米国ハワイ)、サブミリ波望遠鏡(米国アリゾナ)、南極点望遠鏡(南極)です。その後、グリーンランド望遠鏡(グリーンランド)、NOEMA観測所(フランス)、アリゾナ大学キットピーク12m望遠鏡(米国アリゾナ)がEHTの観測網に加わっています。
アルマ望遠鏡は、欧州南天天文台、アメリカ国立科学財団、日本の自然科学研究機構が、カナダ国立研究機関、台湾科学技術省、台湾中央研究院天文及天文物理学研究所、韓国天文宇宙科学研究院とチリ共和国の協力で運用しています。合同アルマ観測所は欧州南天天文台、アメリカ北東部大学連合/アメリカ国立電波天文台、日本の国立天文台によって運用されています。APEXはドイツ・マックスプランク電波天文学研究所、スウェーデン・オンサラ天文台、欧州南天天文台が協力し、欧州南天天文台が運用しています。IRAM 30m望遠鏡は、ドイツ・マックスプランク協会とフランス国立科学研究センター、スペイン国立地理研究所が共同で運用しています。ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡は、中国科学院のCAMS、日本の国立天文台、台湾中央研究院天文及天文物理学研究所、韓国天文宇宙科学研究院、タイ国立天文学研究所、及びイギリスとカナダの組織で構成される東アジア天文台が運用しています。大型ミリ波望遠鏡はメキシコINAOEとマサチューセッツ大学が運用しています。サブミリ波干渉計は、スミソニアン天文台と台湾中央研究院天文及天文物理学研究所が共同で運用しています。サブミリ波望遠鏡は、アリゾナ大学が運用しています。南極点望遠鏡はシカゴ大学が運用しており、イベント・ホライズン・テレスコープのための装置はアリゾナ大学から提供されました。
グリーンランド望遠鏡は台湾中央研究院天文及天文物理学研究所とスミソニアン天文台によって運用されています。グリーンランド望遠鏡はALMA-台湾プロジェクトの一部であり、一部に台湾中央研究院と台湾科学技術省の支援を受けています。NOEMA観測所はドイツ・マックスプランク協会とフランス国立科学研究センター、スペイン国立地理研究所が共同で運用しており、キットピーク12m望遠鏡はアリゾナ大学により運用されています。
[2] ブラックホールは天体の大きさ(半径)が質量に比例する、知りうる限り唯一の天体です。質量が1000分の1になると、半径も1000分の1になります。いて座AスターはM87の約1000分の1の質量なので、リングサイズもおよそ1000分の1となります。一方で地球からいて座A*の距離はM87よりもおよそ1000分の1近いので、見た目のサイズは約1000倍大きくなります。よって両効果(ブラックホールの重さ、天体までの距離)が互いに打ち消し合い、ほぼ同じ見た目のリングサイズとなります。
補足情報:天の川銀河中心のブラックホール画像ができるまで
イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーションは、EHTの観測から得られた画像を合成し、天の川銀河中心の巨大ブラックホールであるいて座A*の代表的な画像(上段)を作成しました。この画像は異なる画像化手法を用いて得られた何千もの画像を平均することによって得られました。これらの画像はどれも観測データとはとても整合的です。平均画像には異なる画像に共通する特徴が残り、たまにしか現れない特徴は見えなくなります。画像は似たような特徴ごとに分類すると4つのグループに分かれます。下段の画像は4つのグループごとに平均した代表画像です。3つのグループの画像にはリング構造が見られますが、リングの周りの明るさの分布が異なります。4つ目のグループはデータとは整合的であるもののリング状ではない画像を含んでいます。棒グラフはそれぞれのグループに属する画像の相対的な数を示しています。何千もの画像が最初の3つのグループに属していますが、4つ目の最小のグループには数百個の画像しかありません。棒グラフの高さは、平均画像へのそれぞれのグループの画像の相対的な寄与率を示しています。(クレジット:EHT Collaboration)オリジナルサイズ(4.4 MB)
より詳しい情報
EHTコンソーシアムは、以下の13の理事機関が参加しています。中央研究院天文及天文物理研究所(台湾)、アリゾナ大学(米国)、シカゴ大学(米国)、東アジア天文台、 ゲーテ大学フランクフルト(ドイツ)、ミリ波電波天文学研究所(フランス、スペイン)、アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、マックスプランク電波天文学研究所(ドイツ)、マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所 (米国)、自然科学研究機構国立天文台(日本)、ペリメーター研究所(カナダ)、ラドバウド大学(オランダ)、ス ミソニアン天体物理学観測所(米国)。
今回の研究成果は米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』特集号に6つの主論文およびそれを補う4つの公認論文として、2022年5月12日付で出版されました。
主論文
- First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole in the Center of the Milky Way
- First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. II. EHT and Multi-wavelength Observations, Data Processing, and Calibration
- First Sgr A* Event Horizon Telescope Results. III. Imaging of the Galactic Center Supermassive Black Hole
- First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. IV. Variability, Morphology, and Black Hole Mass
- First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results. V. Testing Astrophysical Models of the Galactic Center Black Hole
- First Sagittarius A* Event Horizon Telescope Results VI: Testing the Black Hole Metric
主論文を補う公認論文
- Selective Dynamical Imaging of Interferometric Data
- Millimeter Light Curves of Sagittarius A* Observed during the 2017 Event Horizon Telescope Campaign
- A Universal Power Law Prescription for Variability from Synthetic Images of Black Hole Accretion Flows
- Characterizing and Mitigating Intraday Variability: Reconstructing Source Structure in Accreting Black Holes with mm-VLBI
この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. 18K13594, 18K03656, 18H01245, 18H03721, 18KK0090, 19K14761, 19KK0081, 21H01137, 21H04488, 25120007, 25120008)、大学共同利用機関法人自然科学研究機構「ネットワーク型研究加速事業」、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの 統一的描像の構築」(JPMXP1020200109)および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)、東レ科学振興会東レ科学技術研究助成、住友財団基礎科学研究助成(170201)他、国際的な支援を受けて行われたものです。