2022-04-21 森林総合研究所,国立環境研究所
ポイント
- 植物にとっての様々な気候ストレスが森林分布に与える影響を地球規模で評価できるモデルを新たに開発しました。
- 気候が変化することで森林分布が拡大・縮小する地域を、約1km2の高解像度で推定することが可能になりました。
- 森林の二酸化炭素吸収能力が今後も維持されるのかを知る上で重要な情報となります。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、国立研究開発法人国立環境研究所らの共同研究グループは、高温や乾燥といった植物にとっての様々な気候ストレスと森林の分布限界との関係を地球規模で評価するモデルを新たに開発しました。これにより、気候変動による気温の上昇や乾燥化によって森林分布が変化しやすい場所を地球規模かつ高解像度(赤道付近で約1km2)で推定することが可能になりました。
気候変動によって森林面積が減少した場合、森林の二酸化炭素吸収能力は低下します。しかし、気候の変化に対して、森林分布が広域でどのように応答するのかを予測することは困難でした。本研究では、植物の光合成活性に影響を与える3つの気候条件(乾燥、日射、気温)を統合し、植物にとっての気候ストレスを指数化することで、気候ストレスが森林分布に与える影響を評価できるモデルを開発しました。これにより、気候変動による世界の森林分布の変化を高解像度で推定することが可能になりました。これらの成果は、森林の二酸化炭素吸収能力の将来変化を予測する上で重要な情報となります。
この成果は、2022年2月16日にScience of the Total Environment誌でオンライン公開されました。
背景
森林は、光合成により二酸化炭素を吸収することで、気候変動の緩和に貢献しています。しかし、気候変動がこのままのスピードで進行し、気温や降水量などの気候条件が大きく変化した場合には、森林の分布そのものが大きく変わってしまう可能性があります。気候変動に対する森林の応答は複雑で、地域によって大きく異なることが予想されることから、現在の森林の二酸化炭素吸収能力が今後も維持されるのかを知るためには、将来、どの地域でどの程度森林の分布が変化するのかを、地球規模で定量的に予測する必要があります。
しかし、気候ストレスに対する樹木の応答についての知見は特定の種や分類群に限られていることから、気候の変化に対して、森林分布が地球規模でどのように応答するかを予測することは困難でした。そこで本研究では、植物の光合成活性に影響を与える3つの気候因子(乾燥、日射、気温)を統合することで、植物にとっての気候ストレスを指数化し(以下、気候ストレス指数)、この指数が気候変動によってどのように変化するのかを地球規模かつ高解像度(赤道付近で約1km2の格子ごと)で推定しました。さらに、現在の気候ストレス指数と森林分布との関係をみることで、気候変動による地球規模の森林分布の変化を高解像度で推定しました。
内容
材料と方法
現在の気象データを用いて、乾燥度*1、日射量、気温を組み合わせた7つの気候ストレス指数を地球規模で算出しました(図1)。これら7つのストレス指数と、衛星画像をベースにした現在の地球の土地被覆(森林、低木・草地、裸地、氷・雪)との関係を機械学習によってモデル化し、現在の森林の成立や欠落に強く関係する気候ストレス指数を明らかにしました。さらに、構築したモデルに、全球気候モデルによって予測された将来気候下の気候ストレス指数を当てはめることで、将来の森林分布の変化を高解像度で推定しました。
結果
「年間を通じた乾燥」と「初夏(日射量が多い時期)の低温」が、地球規模での森林の分布限界と関連性の高い気候ストレスであることがわかりました。北半球の高緯度地域では、日射量が多い時期の平均気温が約7.2°Cを下回ったあたりから、森林の成立が難しくなる傾向がありました。中緯度の乾燥地域周辺では、乾燥度が0.45を下回ったあたりから、森林の成立が難しくなる傾向がありました。気候変動によって森林が拡大しやすい地域は、縮小しやすい地域より面積的には大きいことが予測されました(図2)。また、両地域は地理的に離れていることが示されました。
図1.本研究で推定した気候ストレス指数
黒塗りの四角は植物の光合成活性に影響を与える3つの気候因子で、白抜きの四角は気候因子間の相互作用を示しています。赤字は、本研究で開発した7つの気候ストレス指数です。これら7つの指数値を地球規模で算出し、地球の土地被覆との関連をモデル化しました。初夏は、最も日射量の多い時期を示しています。
図2.気候変動によって森林が拡大しやすい地域(赤)と森林が縮小しやすい地域(青)
赤色と桃色は、現在は森林の分布には適していない気候条件であるが、将来は森林の分布に適した気候条件になる地域を示しています。RCP8.5とRCP2.6は、将来気候を予測するために想定されたシナリオです。RCP8.5は、特段の気候変動対策を実施しなかった場合を想定した将来気候シナリオで、21世紀末における現在(1986~2005年)からの気温上昇が2.6~4.8℃(平均3.7℃)になると予測されています。RCP2.6は、気候変動対策を進めて産業革命以降の気温上昇を2℃以内に抑えた場合を想定した将来気候シナリオで、21世紀末における現在(1986~2005年)からの気温上昇が0.3~1.7℃(平均1.0℃)になると予測されています。北方の地域では、最も日射量の多い時期の平均気温が上昇することによって、森林に適した気候条件の地域が拡大する可能性が示されました(RCP2.6では赤色の地域のみで約5.5億ha、RCP8.5では赤色と桃色の地域を合せて約9.0億ha)。一方、青色および水色は、現在は森林の分布に適した気候条件であるが、将来は森林の分布が難しい気候条件になる地域を示しています。これらは主に現在の乾燥地域周辺であり、乾燥化することによって、森林の分布に適さない気候条件の地域が拡大することが予測されました(RCP2.6では青色の地域のみで約1.6億ha、RCP8.5では青色と水色の地域を合せて約3.6億ha)。
今後の展開
今世紀中ごろまでに世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロにするという世界的な目標を受けて、森林の二酸化炭素の吸収能力に期待が寄せられています。本研究の成果は、このような目標に対する森林の貢献度を評価する上で重要な知見となります。また、気候変動によって森林が拡大しやすい地域と縮小しやすい地域は地理的に離れており、生態系の特徴が大きく異なります。そのため、気候変動による森林分布の変化は、森林の二酸化炭素吸収能力だけでなく、地球の陸域全体の生物多様性にも大きな影響を与える可能性があることに注意が必要です。
今後は、極端な気象現象が頻発することで、台風や山火事、病虫害などの自然災害による大規模な森林破壊が増加することが懸念されています。本研究の開発した手法による気候の変化に脆弱な森林の予測と、これらの自然災害の発生リスク評価を統合することで、将来の森林の脆弱性をより良く評価できるようになると期待されます。
論文
タイトル:Global estimates of stress-reflecting indices reveal key climatic drivers of climate-induced forest range shifts
著者:Akiko Hirata, Yuji Kominami, Haruka Ohashi, Ikutaro Tsuyama, Nobuyuki Tanaka, Katsuhiro Nakao, Yasuaki Hijioka, Tetsuya Matsui
掲載誌:Science of the Total Environment、824巻(2022年6月)予定(2022年2月16日にオンラインで公開)
DOI:10.1016/j.scitotenv.2022.153697
研究費:独立行政法人環境再生保全機構:環境研究総合推進費(JPMEERF20202002)
共同研究機関
森林総合研究所、国立環境研究所、環境コンサルタントENVI
用語解説
*1 乾燥度
乾燥度の指標には、降水量に対する可能蒸発散量の比(乾燥度指数)を用いました。可能蒸発散量とは、十分に水が供給されたと仮定したときの地表面からの蒸発散量です。降水量と可能蒸発散量の比である乾燥度指数は、実際に雨として供給された水分量のうち、蒸発散によって失われる水分量を比として指数化したものです。国連環境計画(UNEP)では乾燥度指数を用いて乾燥地域を4つに区分(極乾燥地域、乾燥地域、半乾燥地域、乾燥半湿潤地域)しています。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 生物多様性・気候変動研究拠点 気候変動研究室 主任研究員 平田晶子
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係