海洋由来のエアロゾル粒子が南極海上空の雲の性質に影響 〜衛星観測をもとに解明〜

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2021-12-15 北見工業大学,国立極地研究所

南極大陸を取り巻く南大洋では、大陸由来及び海洋由来の微粒子(エアロゾル粒子)が大気中を浮遊しており、雲粒を生成する核として機能しています。雲粒には水滴と氷晶の2種類があり、上空の気温などによってその構成比が決まりますが、エアロゾル粒子の中には、比較的高温な環境でも氷晶の核として氷雲の生成を促進するものがあります。氷雲の多寡は、地球が受け取る太陽エネルギー量に大きく影響することから、氷雲が形成される環境を調べることは気候システムとその変動を理解する上で重要です。南極大陸や南大洋の上空に存在する大陸由来のエアロゾル粒子の研究は以前より行われ、古気候研究にも応用されてきていますが、海洋由来のエアロゾル粒子の雲形成への役割については十分に検討されてきていません。

北見工業大学の佐藤和敏助教及び国立極地研究所の猪上淳准教授の研究チームは、衛星観測で得られた雲の相状態(水雲か氷雲か)を判別できるデータから、南大洋及び南極大陸沿岸域での氷雲の存在割合を調査しました。その結果、夏季には、上空の気温が約-10℃以上の環境下で、ほかの温度帯よりも氷雲の存在割合が高く、海洋生物由来の粒子が氷晶の核となり氷雲の形成を促進している可能性が示されました。一方、冬季には、海から大気へ雲の核となる粒子を大量に供給する波しぶきが形成される強風時に、上空の気温が約-20℃以上の環境下で氷雲の存在割合が高くなることが明らかとなりました。

本成果では、海洋性エアロゾル粒子が氷晶核粒子として働くことで比較的高温な環境下で大気下層の氷雲が形成される可能性を示しており、将来予測モデルで用いられる雲物理過程の改良に極めて重要な知見を含んでいます。この成果は、2021年12月9日(日本時間)にGeophysical Research Lettersのオンライン版に掲載されました。

研究の背景

雲は、放射過程を通じて地球が受け取るエネルギーの量を変動させるとともに、降水を通じた水循環変動にも密接に関連します。特に高緯度地域で発生する雲は、海氷の生成過程や氷床の涵養にも影響を及ぼすことから、気候システムを理解する上での重要な要素の1つです。雲には水滴でできた水雲と氷晶でできた氷雲があり、それぞれの雲の放射特性(日射の透過量や反射量など)が異なることから、広範囲の雲の相状態とその空間分布を把握することが重要です。

全球の雲分布を数値モデルで再現することは気候研究において大きな課題であり、雲の相状態の誤差は海面でのエネルギー収支にも影響することが報告されています(文献1)。特に南大洋では、IPCC第6次評価報告書などでも指摘があるように、観測値より数値モデル内の氷雲の割合が多くなる傾向にあります。氷雲は水雲に比べ日射の反射量が小さいため、氷雲の割合が実際より過大評価される数値モデル内では、海面へ到達する日射量が多くなることで海面水温が実際より高くなり、南半球全体の大気・海洋循環の再現性にも影響しています。そのため、観測データを用いて南大洋で発生する雲の相状態や存在環境を調査する必要がありますが、広範囲の南大洋の雲に着目した観測的研究はこれまでほとんどありませんでした。

そこで本研究チームは、南大洋や南極大陸に存在する雲の相状態と存在環境を調べるため、Cloud-Aerosol Lidar and Infrared Pathfinder Satellite Observation(CALIPSO)衛星で取得された雲の観測データを使用した解析を実施しました。

研究の内容

本研究では、CALIPSOの観測データから算出された雲粒子タイプデータセット(注1、図1b)を使用し、南極や南大洋3領域(太平洋、大西洋、インド洋:図1a)で形成されている雲の相状態や気温について2006年から2015年までを対象に調べました。その結果、高度2km以下の対流圏下層に存在する南大洋の雲(下層雲)は、南極大陸沿岸域において比較的高温度の環境下(冬:-17.5~-10℃、夏:-7.5~0℃)で全下層雲(水雲+氷雲)に対する氷雲の存在割合が高くなっていたことがわかりました(図2a,d)。このような高温環境では、氷晶の核となる微粒子の存在なしに氷雲は形成されません(注2)。

海洋由来のエアロゾル粒子が南極海上空の雲の性質に影響 〜衛星観測をもとに解明〜

図1:(a)南大洋と南極大陸でのCALIPSOの1日間の軌道(黒・赤線)。色は解析で着目したそれぞれの領域(橙:南極大陸、青:南大洋インド洋領域、赤:南大洋太平洋領域、緑:南大洋大西洋領域)を示している。(b) (a)の赤の軌道で取得された雲粒子の高度-緯度・経度断面図と雲粒子の種類、本研究で定義した水雲と氷雲。


次に、氷晶核粒子の由来を検討しました。冬のインド洋の南極大陸沿岸域(南緯66o以南)では、気温-30℃以下に存在している氷雲の存在割合が80%以上と最大になっていますが、-17.5~-10℃の比較的高温下でも存在割合が50%以上と極大になる結果となりました(図2a)。この比較的高温下に存在する氷雲は、南極大陸からの寒気の吹き出しが強い(大気-海洋間の熱交換インデックス(℃・m/s)が高い)時に存在割合が高く(図2b)、熱や蒸発の盛んな環境下で海洋由来(海洋中の氷晶核粒子)の物質も大気中に供給されることで氷雲の形成を増加させている可能性があることを示唆しています。一方、夏のインド洋の南極大陸沿岸域では、高温環境下での氷雲の存在割合が気温-7.5℃以上で60%以上と最大になっています(図2d)。氷雲の存在割合が高くなると同時に海面でのクロロフィルa濃度(注3)も高くなっており(図2f)、海洋から放出された生物由来の氷晶核粒子が、比較的高温下での氷雲の存在割合を増加させている可能性があることがわかりました。大西洋や太平洋の南極大陸沿岸域でも氷雲の高い存在割合がそれぞれの季節で似た傾向にあることから、同じプロセスで海洋由来の氷晶核粒子が増加し、氷雲の増加に影響していると考えられます。

図2:(a)冬の南大洋インド洋領域(図1a青領域)における各緯度の各温度下で発生した下層全雲に対する氷雲の割合[%]。赤破線は本研究で定義した冬の高温環境(-17.5~-10℃)。(b)各緯度の高温の環境下で発生した下層氷雲と大気-海洋間の熱交換インデックスとの関係。熱交換インデックス(℃・m/s)は、海面水温と地表気温の温度差と地表付近の風速を乗算した値で、高い値は南極大陸からの強い風に伴い寒気が流入していることを示している。(c)各緯度でのクロロフィル濃度(mg/m3)。(d)~(e)は夏の事例。

今後の展開

海洋由来のエアロゾル粒子により比較的高温下で氷雲が存在していることを示した本研究の成果は、数値モデル内の雲の再現性の理解に貢献すると考えられます。前述の通り、IPCCの報告書で使用されている将来予測モデル内でも、南大洋上の雲の再現性が低いことによる大気・海洋循環の再現性への影響が指摘されています。そのため、本研究で明らかになった比較的高温下での氷雲の形成を考慮した数値モデルの雲物理過程を開発することで、将来予測計算の精度を向上させることが期待できます。北極域では船舶観測データから波しぶきにより供給された海洋中の有機物が氷晶核として氷雲の形成を促進させることが示されていますが(文献2)、本研究では大気中や海洋中の微粒子の直接観測は実施されていません。本研究で提唱した氷雲と海洋由来のエアロゾル粒子の関係性を実証するためには、大気エアロゾルや海水のサンプリングなどの現場観測が望まれます。本研究チームは、2022年度からの南極地域観測事業において、南極観測船「しらせ」を用いた南大洋上の雲やエアロゾル粒子の直接観測を実施する予定です。

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)(20H04963、18H05053)、科学研究費助成事業 若手研究(19K14802)の助成を受けて実施されました。

注1:CALIPSOの観測データから算出された雲粒子タイプデータセット
宇宙航空研究開発機構の雲エアロゾル放射ミッションプロジェクトサイエンスチームが開発したアルゴリズムを用いて、複数の衛星から得られた観測を基に作成されたデータセット。雲エアロゾル放射ミッション研究A-Trainプロダクトともいう。

注2:氷雲の形成温度
微粒子を含まない純水の場合、低温度環境である約-36℃以下にならないと氷晶の形成が活性化されず、雲中では過冷却水水滴として存在する。大気中には氷晶を形成する際に核として働くエアロゾル粒子が存在するため、比較的高温度の環境でも雲の中で氷晶が形成される。氷晶核として働く微粒子は様々あり、氷晶の形成を促進する温度はそれぞれ異なる(例:バクテリア:気温-10℃以上、有機物:気温-10℃以下)。

注3:クロロフィルa濃度
ほとんどの植物プランクトンに含まれており、水域では植物プランクトンの量を示す。植物プランクトンは大気や雲の中で氷晶を形成する氷晶核として働かないが、-10℃の温度下で氷晶核として働くバクテリアの数と比例することが知られている。濃度の測定に太陽光が必要であることから極夜のある極域では観測可能な時期が限定される。

文献

文献1:国立極地研究所、北見工業大学プレスリリース「北極海の結氷予測は「雲」がカギ~「みらい」北極海航海データを利用した、数値予報モデルの検証プロジェクトから~」(2021年1月27日)

文献2:国立極地研究所、北見工業大学プレスリリース「北極海の海氷減少で雲の性質が変化 ~強風による波しぶきにより氷雲の割合が増加~」(2021年11月16日)

発表論文

掲載誌:Geophysical Research Letters
タイトル:Seasonal Change in Satellite-Retrieved Lower-Tropospheric Ice-Cloud Fraction over the Southern Ocean
著者:
佐藤 和敏(北見工業大学 工学部 助教)
猪上 淳(国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科極域科学専攻 併任准教授)
DOI:10.1029/2021GL095295
URL:https://doi.org/10.1029/2021GL095295
論文出版日:2021年12月9日(オンライン公開)

お問い合わせ先

(研究内容について)
北見工業大学 助教 佐藤 和敏(さとう かずとし)
国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授 猪上 淳(いのうえ じゅん)

(報道について)
国立極地研究所 広報室
北見工業大学 総務課広報戦略担当
国立極地研究所 広報室

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