量子論で解く、ブラックホールでのガンマ線渦生成

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2021-11-25 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 地上で生成可能な磁場より桁違いに強い磁場を持つブラックホールから放出されるジェットや中性子星の表面において、電子のシンクロトロン放射で放出されるガンマ線は、渦状の形状を持つガンマ線(ガンマ線渦)が主成分であることを量子力学理論によって明らかにした。また、磁場が強くなるほどガンマ線渦の割合が高くなることが判明した。
  • 本研究で理論的に提示したガンマ線渦の存在は、隕石に含まれる元素分析により実験的に証明される可能性がある。
  • 将来的には、新しい人工衛星に搭載した検出器でガンマ線渦が観測されることが期待される。

日本大学の丸山智幸教授、量子科学技術研究開発機構の早川岳人上席研究員、北京航天航空大の梶野敏貴教授等の研究グループは、強い磁場を持つ天体(例えば、ブラックホールのジェットや、中性子星の表面など)における電子のシンクロトロン放射で、ガンマ線渦と呼ばれる渦状の形状を持つガンマ線が主に放射されていることを量子力学理論の計算によって明らかにしました。

天体観測によって、強いガンマ線/X線がガンマ線バーストやX線パルサーから飛来することが分かっています。これらのガンマ線等の発生機構として、非常に強い磁場中でらせん運動を行う電子からのシンクロトロン放射が有力と考えられていました。しかし、宇宙に存在する磁場の強さは、人工的に作れる磁場の強さより遥かに強いため実験的に再現できず、また理論研究も完全には進んでいませんでした。そのため、宇宙の超強磁場中の現象はまだよく分かっていません。

このため、本研究グループは、強い磁場中におけるシンクロトロン放射で生成されるガンマ線の性質を、量子力学理論を用いて解き明かすアプローチを試みました。その結果、ガンマ線バースト等が発生するような強い磁場中のシンクロトロン放射では、渦状の構造を持つガンマ線(ガンマ線渦)が放出されるガンマ線/X線の主成分であることが分かりました。さらに磁場が強くなれば強くなるほど、ガンマ線渦が占める割合も大きくなることが分かりました。

先行する研究によって、ガンマ線渦と原子核と反応する確率や生成物は、渦状の構造を持たない通常のガンマ線と原子核の反応とは異なると理論的に予想されています。この予想と本研究結果と照らし合わせると、強い磁場を伴うガンマ線バーストで生成された元素は、磁場が弱い場合に生成された元素とは異なることが予想されます。このようなガンマ線渦が放出され物質と反応した痕跡は、隕石に含まれる元素の分析によって発見される可能性があります。また、将来のことですが、新しいガンマ線検出器が搭載された人工衛星が宇宙空間に打ち上げられた時に、ガンマ線バーストの中のガンマ線渦が直接観測されることが期待されます。

本研究成果については、物理学誌「Physics Letters B」に2021年11月25日(木)16:00(日本時間)に掲載されました。

研究の背景と目的

天体観測では、人工衛星に搭載した観測装置によって高エネルギーの光であるガンマ線やX線が観測されている。そのような天体観測によって、ガンマ線バーストと呼ばれる膨大なガンマ線放出や、X線パルサーと呼ばれる周期的に強いX線を放出する天体現象が観測されている。ガンマ線バーストやパルサーの正体は部分的にしか分かっていない。ガンマ線バーストは、図1のように強い磁場が存在する降着円盤とジェットを伴ったブラックホールから放出されているとの考えが有力である。また、X線パルサーは強い磁場を持った中性子星(マグネター)から放出されていると考えられている。これらの天体において、極めて強い磁場がガンマ線/X線の放出に重要な役割をする。そのような磁場に電子が飛来すると磁場の力を受けて電子はらせん運動を行う。らせん運動する電子はシンクロトロン放射によって、ガンマ線やX線を放出する。シンクロトロン放射とは、運動(飛行)する電子などの粒子の軌道が変わったときに、光を発生する現象である。極めて強い磁場が存在するために、強いガンマ線やX線が生成されていると考えられている。

ブラックホールやマグネターにおける磁場の強さは、天体観測によって1012~15ガウスにも達すると推定されている。しかし、人工的に作り出せる磁場の強さは約105~7ガウスであり、宇宙に存在する磁場の強さは人工的に生成可能な磁場の強さよりも何桁も強い。そのため、宇宙に存在する強い磁場中で発生する現象は地上では実験できないばかりか、理論的にも良く分かっていない点が多い。一方、地上で生成可能な強さの磁場中のシンクロトロン放射については研究が進み、SPring-8などの放射光施設では高輝度な光の発生方法として広く使われている。放射光施設では、磁石の中に高エネルギーの電子を通過させ、らせん運動などをさせることで効率よく光を発生させている。

強い磁場中のシンクロトロン放射は、量子力学と呼ばれる理論で十分に研究されておらず、不明な点が残る。中でも、極めて強い磁場中のシンクロトロン放射で放出されたガンマ線/X線がどのような形状を持つのか、すなわち量子力学における波動関数が解明されていなかった。一方、近年レーザー科学分野で、光渦と呼ばれる特殊な形状の光を作り出し、様々な応用研究が進んでいる。強い磁場中において電子のシンクロトロン放射で光渦が生成されることが古典電磁気学理論によって示唆されていた。そのため、本研究では量子力学理論によって、強い磁場中の電子のシンクロトロン放射を計算した。

ガンマ線バーストと電子のらせん運動の模式図

図1 ガンマ線バーストと電子のらせん運動の模式図

研究内容と結果

磁場中の電子は、フレミング左手の法則にしたがって、進行方向に対して垂直な方向に力がかかる。一様に磁場がかかっていている場合、電子は常に曲がる力を受けて、らせん運動を行う。らせん運動を行っている電子は、シンクロトロン放射を行い、光を放出することで少しずつエネルギーを失う。このような磁場中の電子の運動は古典電磁気学理論で計算できるが、磁場の強さが極めて強い場合には、古典電磁気学による計算値と実際の値との差が大きくなるため、電子の運動を量子力学で計算する必要がある。

量子力学理論と古典電磁気学理論の間には様々な違いがある。量子力学では、場(電場や磁場など)の中で運動する電子は、特定の直径の軌道しかとることができない。有名な例として、原子に対するボーア模型が挙げられる。原子はプラスの電荷を持つ原子核とその周りをまわるマイナスの電荷を持つ電子で構成されており、原子核が生成する電場の中で電子が原子核の周りを周回している。古典電磁気学では電子は様々な直径の軌道をとることできる。しかし、実際の原子では、原子の中の電子は特定の直径の軌道しかとれない。このような現象は量子力学理論で初めて解明された。同様に、磁場中でらせん運動する電子も、量子力学理論によれば特定の軌道しかとることができない。なお、このように磁場中の電子の軌道をより正確に考慮して計算することをランダウ量子化と呼ぶ。

磁場中の電子のらせん運動の量子化の模式図

図2 磁場中の電子のらせん運動の量子化の模式図。らせん運動する電子を進行方向から見ると円軌道に見える。量子力学では、この円軌道の直径は磁場の強さに応じて特定の値しかとれない。


本研究では、磁場中の電子のらせん運動及び、らせん運動からシンクロトロン放射で放出させる光について、ランダウ量子化を用いて計算した。図2に示すように、電子のらせん運動を進行方向から見た場合、電子の軌道は円に見える。この時、円軌道の直径は特定の値しかとれない。このような電子の状態について求めた。さらに計算を進めた結果、図3のように電子のらせん運動から放出された光(ガンマ線)は、渦の形状をしていることが判明した。量子力学では、光は粒子と波としての性質を合わせ持つ光子である。波としての性質や、光子の空間的に存在している確率は、波動関数と呼ばれる関数で表される。本研究では、放出された光子(ガンマ線)の波動関数が、渦状であることを初めてランダウ量子化を用いて導いた。このような渦状の波動関数を持つ光子を「光子渦」と呼ぶ。なお、ガンマ線はエネルギーの高い光であり量子力学では光子でもある。そのため、エネルギーの高い光子渦をガンマ線渦と呼ぶ。

次に空間的に均一の磁場で、シンクロトロン放射で放出される通常の光と渦状のガンマ線渦の割合を計算した。その結果、ガンマ線渦が放出される割合は、磁場の強さに強く依存することが判明した。つまり、磁場が強ければガンマ線渦が生成される割合が高い。1013ガウスの磁場においては、通常のガンマ線(図4の右参照)よりガンマ線渦が生成される割合が非常に高いことが判明した。すなわち、ガンマ線バーストやX線パルサーにおいてガンマ線渦が多数含まれていることを示唆している

ガンマ線渦の模式図。らせん運動する電子(黄)から、ガンマ線渦(青)が放出される。

図3 ガンマ線渦の模式図。らせん運動する電子(黄)から、ガンマ線渦(青)が放出される。

通常のガンマ線 ガンマ線渦

図4 通常のガンマ線(右)とガンマ線渦(左)の模式図。左から右に飛来する。

研究の意義と将来の展望

先行研究によって、ガンマ線渦は通常のガンマ線とは異なるため、素粒子、原子核、原子、分子などの物質と反応する時には、通常のガンマ線とは異なる反応確率を持ち、反応の生成物が異なると予想されている。これは、ガンマ線渦が、量子力学の観点で大きな角運動量を持つためである。いわば、物質と反応した時に物質を回転させる力が強い。これまで、このようなガンマ線渦が発生することはブラックホールや中性子星の理論モデルでは考慮されていなかった。これらの天体で生成されたガンマ線/X線はそのまま宇宙に放出されるとは限らず、天体の周りに存在する物質や磁場と反応して、エネルギーを別の物質に与える場合もある。このような複雑な反応の結果、ガンマ線/X線が放出されるのである。そのため、今回の成果を踏まえて強い磁場を持つ天体現象をより正確に計算しようとすると様々な影響があるはずである。

現在、ガンマ線/X線天文学では、人工衛星や惑星探査機に搭載した測定装置で、宇宙から飛来するガンマ線を観測している。これらの測定装置は、コンプトン散乱の原理を基づいている。既に、本研究グループは理論計算によって、コンプトン散乱に基づいた測定装置を新たに作れば、ガンマ線渦が観測できることを明らかにしている(「渦を巻いて飛行する「光子渦」の量子状態を調べる手法を提案」(2019年1月プレスリリース) https://www.qst.go.jp/site/press/20778.html)。将来、現在よりも高性能な測定装置を搭載した人工衛星や惑星探査機が宇宙に打ち上げられたら、宇宙から飛来するガンマ線渦が直接観測されることが期待される。ガンマ線渦の強度やエネルギーを計測することで、ガンマ線渦が発生した天体(ブラックホールの降着円盤やジェット、中性子星の表面など)の磁場の強さ、ガンマ線渦を放射した電子のエネルギー分布や、らせん運動の平均直径などを知ることができる。

また、ガンマ線バーストなど宇宙での爆発的な現象で、新らに重元素が生成されていると考えられている。例えば、高エネルギーのガンマ線が原子核に入射すると、中性子を叩きだしてより軽い安定同位体に変換されることが宇宙で起きていることが分かっている。通常のガンマ線と原子核が反応する確率と、ガンマ線渦と原子核が反応する確率は異なる。ガンマ線渦が原子核に入射した場合には、中性子を叩きだす確率が非常に小さくなると既に予想されている。そのため、ガンマ線渦が主に生成されている天体環境では、中性子を叩きだして軽い元素を生成する反応が起きにくい。このような現象は、プレソーラーグレインと呼ばれる隕石中に含まれる微粒子の分析から検証できると期待される。

本研究による量子力学による計算は、磁場が強い場合も計算できるが、磁場が弱い場合にも適用できる。将来的には、QSTが建設を進める次世代放射光施設(軟X 線向け高輝度3GeV 級放射光源)で検証実験が行われることも期待される。

用語解説

1)量子力学理論
20世紀初頭に構築された現代物理学の基盤を成す理論の一つ。量子力学では、光は粒子との性質と光としての性質を合わせ持つ。その2つの性質を同時に表すのが波動関数である。

2)古典電磁気学
電荷(電子や陽イオンなど)と電場・磁場などの相互作用を理解するための物理学の一部。19世紀に大きく発達したが、マクスウェルの貢献が特に大きい。

3)シンクロトロン放射
電子などの電荷を持つ粒子が、磁場などの力を受けて加速したり、軌道が曲げられたりするときに光を放出する現象。

4)ランダウ量子化
原子の中の電子は、決まった軌道しかとれない。そのため、原子ごとに固有の特定のエネルギーしかとることができず、電子のエネルギーは連続的に変化することはできず、とびとびの離散値しかとることができない。磁場中でらせん運動する電子も、同様に特定の軌道しかとることができず、電子のエネルギーも回転部分部分についてはとびとびの離散値しかとることができない。磁場中の電子のエネルギーや軌道について、このように量子化することをランダウ量子化と呼ぶ。

5)光子
量子力学で、光は波と粒子の両方の存在を合わせ持つ粒子であり、その最小単位を光子と呼ぶ。ガンマ線はメガ電子ボルト領域のエネルギーの高い光子でもある。

6)メガ電子ボルト
エネルギーの単位。電子ボルトは、エネルギーの単位の一つ。1電子ボルトは、電子1個が1Vの電位差がかかった状態間で加速されたときに得られるエネルギーに等しい。キロ電子ボルトは1電子ボルトの千倍のエネルギー、メガ電子ボルトは1電子ボルトの百万倍のエネルギー。

7)ガンマ線バースト
宇宙の1点から非常に強いガンマ線が短時間(数秒から数時間)に観測される現象である。ガンマ線バーストの有力な起源の一つが、大質量を持つ恒星が重力崩壊してブラックホールを形成する過程である。ブラックホールの周りには降着円盤があり、2つのジェットを通してガンマ線が放出すると考えられる。また、大質量星の重力崩壊以外にも、中性子星と中性子星の合体によっても発生すると考えられている。

8)X線パルサー
定期的にX線をパルス的に放出する天体。パルスはミリ秒から数秒に渡る。中性子星が発生源と考えられている。特に、特異X線パルサーと呼ばれるX線パルサーは、場合によっては10秒を超える長いパルス幅を持つ。その正体は、非常に強い磁場を持つ中性子星(マグネター)と考えられている。また、軟ガンマ線リピーターは比較的不定期にX線パルスを発生する。これもマグネターによって発生していると考えられている。

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