光ファイバによる根の可視化が実現、フィールドでのモニタリングへの応用
2021-07-12 海洋研究開発機構,農業・食品産業技術総合研究機構
1. 発表のポイント
- ◆地中の生物による微小運動を非破壊で簡便に検出・可視化するための装置を開発した。
- ◆地中などの不可視領域で困難であった植物根などの生物の動きをリアルタイムで観測することを実現。
- ◆高感度の分布型光ファイバセンシング(※1)装置によって、地中の状態をデジタル情報として再現し、スマート農業への利用が期待できる。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)超先鋭研究開発部門の鄭美嘉特任研究員らは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(理事長 久間 和生、以下「農研機構」という。)と共同で、地中の生物の動きをリアルタイムで可視化する装置「Fiber-RADGET (Fiber-radicle gadget)」を開発しました(図1)。
地球規模の環境変動が進む現代、持続的な食料生産を行うためには干ばつや養分欠乏などの環境ストレス下でも栽培できる作物を迅速に開発する必要があります。根は養水分を吸収するうえで必須の器官であり、その形の違いは植物の環境ストレス耐性に大きく作用します。そこで、近年根系の改良に注目が集まっています。改良には根の生長を調べる必要がありますが、地中に存在する根を掘り起こさず、リアルタイムで観測することはこれまで困難とされていました。
根の生長をリアルタイムで可視化する方法を確立するにあたって、時にコンクリートさえ突き破る根の力強さに着目し、根が土を押す応力から根のサイズや位置などを特定できるか検討しました。根が土を押すと、それに合わせて地中が変形します。変形を測定できる分布型光ファイバセンシング(※1)を用いることで、その数値から根の状態を逆算できると考えました。このような理論のもと、実際に根の「可視化」を検証しました。細い根による微弱な応力でも検出できるよう高感度な光ファイバセンシング装置を開発し、地中などの光が通らない不可視領域で植物根の生長を観測しました。その結果、装置を柔らかく丈夫な円筒状に加工し(図1:装置製作の過程)、不可視領域に事前に設置することで、微小な動きを検出できることが判明しました(図2:針金の検出例、図3:根の観測例)。本発明により、これまで不可視領域であった地中で、植物根の生長や小動物の活動、微生物の複合構造(※2)形成など幅広い生物の動きをリアルタイム観測することが可能となります。
本発明は、国立研究開発法人科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業研究領域「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」における研究課題「ROOTomicsを利用した環境レジリエント作物の創出」およびムーンショット型農林水産研究開発事業(管理法人:農研機構生物特定産業技術支援センター)「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」での研究開発の成果に係るものです。
なお、本成果は特許出願中です。
- 発明者:
- 鄭美嘉1、川人洋介1、宇賀優作2
- 特許出願人:
- 1.JAMSTEC、2.農研機構
3. 背景
JAMSTEC・超先鋭研究開発部門では、海洋空間という遠隔観測可能な宇宙をも凌駕する不可視領域を有する極限的な環境に対し、既存技術の発展的延長に寄らない挑戦的・独創的な技術開発研究に取り組んでいます。特に、従来の調査・観測においてはほとんど活用されていませんでしたが、既に萌芽性が認められているレーザー加工や電気化学的な処理を活用した計測、極微小領域や超高精度での分析といった新しい技術を組み合わせた独自技術開発に取り組み、積極的な異分野連携を通して、社会との協創による地球規模の未来の創造に向けて研究開発を推進しています。
2020年度から、農研機構と協力し、作物生育-ゲノム-環境の相互作用を明らかにし、目的に応じて作物を迅速・自在に改良する研究プラットフォームを開発しています。地球規模の環境変動が進む現代、土壌ストレス(干ばつ、養分欠乏、塩害など)に対して強靭な作物開発には、このようなストレスにさらされる根の観測と改良が不可欠です。
根は、環境ストレス下で作物生育に大きく影響する重要な器官です。例えば、深い根は土壌深層で水や窒素を吸収し、干ばつ時の生産性を向上させます。一方、浅い根は地表の酸素を得やすく、塩害や湿害で酸素不足の土壌で生産性を向上させます。
しかし、地中という不可視領域にある根をリアルタイムで観測することは、これまで困難とされてきました。掘り起こさずに非破壊で計測する方法では、X線CT(※3)がありますが、撮影のたびに植物個体をCT装置内部に移動する必要があり、リアルタイム計測とフィールド研究への応用は事実上困難です。
迅速・自在な作物開発では、作物生育-環境-ゲノムの情報が即時得られるリアルタイム計測が重要になってきます。その理由として、1つ目は植物には数多くの遺伝子があり、改良すべき候補を絞るのに時間がかかります。早い時期から作物生育への効果を評価できると、絞り込みの期間が短くなり、開発迅速化に繋がります。2つ目は、環境は刻々と変化しているため、作物の環境応答を調査するにはその瞬間の根の変化を捉える必要があります。高精度な時間分解能に基づく表現型解析により、作物生育-環境-ゲノムの相互作用メカニズム解明に役立つと期待できます。
フィールド栽培はポット栽培よりも土壌環境が複雑で作物の状態も異なります。今回発明した分布型光ファイバセンシング装置は、地中に長期間設置することができ、地表に出た光ファイバの終端から連続的な計測が可能です。そのため、フィールド研究への応用も期待されます。
4. 成果
根の生長をリアルタイムで可視化する方法を確立するにあたって、細い根による微弱な応力を検出するための理論を構築しました。その結果、地中に柔らかく丈夫な円筒状の光ファイバセンサ装置を設置すると、その円筒内部で根が生長する際、ひずみが検出できることが予測されます。さらに、そのひずみの数値や発生位置から生長する根の太さや位置が特定できることが示唆されました。
この理論に基づき、高感度な光ファイバセンシング装置「Fiber-RADGET」を開発し、土や寒天などの可視光が通らない物質内で根の動きが「見える」か実験しました。柔らかいフッ素樹脂フィルムに施工した光ファイバセンサを円筒状や渦巻状に組み立てた装置(図1)を、地中や寒天中に設置したところ、予測通り根の動きの観測に成功しました。
最初に、直径1 mmの植物根に見立てた針金を用いた予備実験では、光ファイバのひずみの発生位置と針金を突き刺した位置が一致しました(図2左)。針金の太さと突き刺す媒体の固さを変えて検証したところ、光ファイバに発生するひずみの数値と針金の太さに関係があることが分かりました(図2右)。また、媒体が固い方がひずみも一様に上昇することが分かりました(図2右中の5%寒天と10%寒天のグラフ)。これは、媒体が固いと突き刺すためにより大きな応力を必要とし、ひずみは応力に比例するからと考えられます。
次に、ハツカダイコンを用いた実験では、根の生長に合わせて光ファイバに発生するひずみが変化する様子が観測できました(図3)。3週間観測した後、動きが止まったのでX線CTで確認したところ、ひずみが大きく発生した位置と肥大した根の位置が一致しました。
このように、理論と実験の両方で、柔らかく丈夫な円筒状に加工した光ファイバセンシング装置を不可視領域に設置することで、微小な生物の動きを検出・可視化できることが分かりました。
5. 今後の展望
本発明により、これまで不可視領域であった地中で、植物根の生長や小動物の活動、微生物の複合構造形成など幅広い生物の動きをリアルタイムで観測することが可能となります。
例えば、農業への応用として根菜類やトリュフなどの地中作物の生育診断により、収穫時期の決定に役立ちます。さらに、本装置で得られたデータを元に地中の状態をデジタル情報で再現したサイバーフィジカルシステム(※4)の構築(図4:サイバーフィジカルシステムの構築)により、先に述べた作物の生育診断などのテレワーク化と自動化を通して将来の食料生産の安定化に貢献します。
また、海洋研究への利用として海底環境下の生態調査への展開などが考えられます。例えば、底生生物が掘る巣穴が生態系に大きく作用することが示唆されています。巣穴構造の形成過程や範囲など、これまで不可視領域なため困難であった海底調査が促進することが期待できます。
【補足説明】
※1 分布型光ファイバセンシング:光ファイバに沿って歪みを計測し、歪みの空間的な分布状況を明らかにする。
※2 複合構造:複数の微生物が集合して作る構造。子実体。キノコやスライムなど。
※3 X線CT(X線断層撮影):電磁波の1種であるX線を用いた3次元撮影技術。可視光とは違い、X線は物体を透過し、内部構造の観察が可能となる。撮影対象の様々な角度からX線を照射し、透過したX線の強度から撮影対象の3次元構造を計算する。
※4 サイバーフィジカルシステム:現実世界(フィジカル空間)でのセンサーネットワークが生みだす膨大な観測データなどの情報について、サイバー空間の強力なコンピューティング能力と結びつけ数値化し定量的に分析することで、これまで「経験と勘」に頼っていた事象を効率化し、より高度な社会を実現するために、「あらゆる社会システムの効率化」「新産業の創出」「知的生産性の向上」などを目指すサービスおよびシステム。
図1 地中の生物をリアルタイムで可視化する装置「Fiber-RADGET」製作の過程。柔らかいフッ素樹脂フィルムに施工した光ファイバセンサ(展開した光ファイバセンサ部)を渦巻状に組み立てた装置(組立後・単体のみ)を、地中に設置し(組立後・地中設置時)、実際に地中でどのような配置になっているのかX線CTの断面図で確認した(組立後・X線断面図)。
図2 「Fiber-RADGET」を用いた針金の検出例。装置を地中に設置した後、直径1 mmの針金を中央から左に約50 mmの地点から地中に突き刺した(地中・針金)。光ファイバのひずみの発生位置と針金を突き刺した位置が一致した(図2左:地中の針金検証)。針金の太さと突刺す媒体の固さを変えて検証したところ、針金が太い方が光ファイバに発生するひずみの数値が高かった(図2右:寒天中の針金検証)。また、媒体が固い方がひずみの数値が高かった。媒体が固いと突刺すためにより大きな応力を必要とし、ひずみは応力に比例するからと考えられる。
図3 「Fiber-RADGET」を用いた根の生長観測。渦巻状の光ファイバ装置を地中に設置し、その中央付近にハツカダイコンの種を蒔いた。X線CTで確認した植物根の位置を赤く示している。根は地下50 mm付近まで生長・肥大し、それに応じて光ファイバにひずみが生じた。
図4 「Fiber-RADGET」を用いたサイバーフィジカルシステムの構築。光ファイバ信号をリモート環境に通信し、地中の状態をサーバー空間で再現することにより、作物の生育診断などのテレワーク化と自動化を目指す。
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- (本研究について)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 超先鋭研究開発部門 超先鋭技術開発プログラム 特任研究員 鄭美嘉
- (報道担当)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 海洋科学技術戦略部 広報課
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- 作物研究部門 研究推進部 研究推進室