放射光による原子の量子状態制御に世界で初めて成功!

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2019-11-05  分子科学研究所

発表のポイント

  • 精密に制御されたレーザーでのみ可能と思われていた原子の量子状態の制御を放射光で行うことに世界で初めて成功した。
  • レーザーでは対象とすることができないような高いエネルギー状態や短時間で起こる反応についても、放射光を用いることで量子状態制御ができる可能性を示した。
  • 物質との相互作用の強い極端紫外線や物質に対する高い透過力を持つX線の波長域の放射光を用いた量子状態制御は、化学反応制御の新しい手段となり、新たな機能性材料の創生に活用できるかもしれない。
概要

富山大学の彦坂泰正教授、九州シンクロトロン光研究センターの金安達夫副主任研究員(分子科学研究所客員准教授)、広島大学の加藤政博教授(分子科学研究所特任教授)らの共同研究チームは、分子科学研究所の放射光施設UVSORを用いて、最先端のレーザー技術でのみ可能と考えられてきた原子の量子状態制御を放射光注)で実現することに世界で初めて成功しました。レーザー光よりも短波長・高時間分解能化が容易であり、極端紫外線やX線を用いたより高度な量子状態制御への道をひらく研究成果です。

光による量子状態制御とは、光の波としての性質(コヒーレンス注))を物質に転写することで、物質の量子状態を波の干渉を用いて制御する技術です。量子状態制御は、高い選択性をもった化学反応の制御法として提唱され、今日では量子コンピュータなどの量子情報分野の基礎技術としても活発に研究されています。共同研究チームが今回見出した放射光による量子状態制御の手法を用いると、現在のレーザーでは対象とすることができないような高いエネルギー状態や極めて短時間で起こる反応過程についても制御することが可能になります。物質と強く相互作用する極端紫外線注)や物質に対する高い透過力を持つX線の波長域の放射光を用いた量子状態制御は、化学反応制御や機能性材料創生への応用が期待されます。

この研究成果は、「Nature Communications」誌のオンライン版に2019年11月1日に掲載されました。

研究の背景

化学合成においては、ある有用な反応過程だけを選択的に起こし望みの生成物を高い収率で得るのが理想です。一般的には、温度や圧力、濃度などを調整して反応過程の起こりやすさを変えて生成量を高めます。工業的な化学合成を含めた様々な場面で行われているこのような反応の最適化は、熱力学的な条件を変えることで反応を制御する間接的な反応制御と言えます。これよりももっと直接的に反応を制御し、特定の反応を選択的に引き起こすことはできないか?それを可能とする反応制御法として、量子状態制御(コヒーレント制御とも呼ばれます)が提唱されました。

量子状態制御では、波の性質を精密にデザインした光を用い、これと物質とを相互作用させることで、物質の量子状態を直接的に操作して反応制御を実現します。このような光化学反応の制御に加え、今日では量子情報分野の基礎技術としても量子状態制御の利用が進められています。これまでに幾つかの量子状態制御の方式が確立されていますが、二つの光パルスを用いる波束干渉法は最も汎用性が高い方式です。波束干渉法では、位相を精密に制御した二つの光パルスを物質に照射することで、その物質に量子的な波を二つ形成します。そして、それら二つの波の干渉を利用することで、その物質の状態や反応を制御します。
このような量子状態の制御は、孤立原子や分子、半導体ナノ構造等の様々な対象に対してレーザー光を用いることで実現されています。これはレーザー光が波の位相の揃った時間的にコヒーレントな光であり、その波の性質の制御が容易であるからです。近年、レーザー高次高調波や自由電子レーザーといった波長の短いレーザーも開発されるようになり、極端紫外線の波長域での量子状態制御も報告されています。しかしながら、波長が短くなればなるほどレーザー光の波としての性質を精密にデザインすることが技術的に困難になり、それによって量子状態制御の短波長化や高時間分解能化が阻まれてきました。
共同研究チームの今回の研究成果は、X線までもの幅広い波長域で既に汎用的に用いられている放射光を使い、それによる量子状態制御が可能であることを実証したものです。これは、量子状態制御の短波長化・高時間分解能化に、レーザーの利用とは全く違う方向からの突破口を切り開く成果です。

研究の成果

共同研究チームは、分子科学研究所の放射光施設UVSORに設置されたアンジュレータ注)と呼ばれる光源装置から放射される極端紫外線の波長域の放射光を用い、ヘリウム原子の量子状態を制御することに成功しました。

放射光とは、高エネルギー電子が加速度運動する際に放射される電磁波です。その時間構造は電子の運動を正確に反映したものになります。例えば、今回の実験に用いたアンジュレータは10周期の磁場構造を持っているので(図1a)、その中を通過する電子は水平方向に10回振動します。そのような電子の運動により、水平方向に正確に10回振動する波(波束)が放射されます(図1b)。しかし、そのような放射光の良く定まった波の性質は、実際にはそのまま利用することはできません。これは、アンジュレータを通過するたくさんの電子がそれぞれ波束を放射し、それらが無秩序に重なってしまって、一つ一つの電子の出す波束の形が埋もれて見えなくなってしまうためです(図1c)。このような状況はコヒーレンスが無いと表現されますが、そのコヒーレンスが無い放射光を量子状態制御に使えるとは、これまで誰も考えませんでした。
共同研究グループの着想は、個々の高エネルギー電子に波束を二つ続けて放射させるというものです。UVSORのBL1Uと呼ばれるビームラインには、2台のアンジュレータが直列に設置されています。図2にその2台のアンジュレータとそこを通過する電子からの放射の様子を示しました。電子は1台目のアンジュレータ内で一つ目の波束を放射し、アンジュレータ間にセットされているウィグラと呼ばれる電磁石の中で少しだけ回り道をした後、2台目のアンジュレータ内で二つ目の波束を放射します。これにより、図2bのような波束ペアを生成します。ウィグラの設定により途中の電子の回り道の長さを変えることで二つの波束間の時間差を変更することができますが、その時間差はアト秒注)の精度で調整することができます。しかし、このようにして波束ペアを作っても、やはり多数の電子からの放射では波は時間的に無秩序に重なり合ってしまいます(図2c)。このような光ですが、果たして量子状態制御は可能なのでしょうか?

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図1.アンジュレータからの放射。一個の電子からの放射(b)は良く定まった波であるが、実際には多数の電子からの放射が無秩序に重なり、個々の電子の出す波の形は埋もれて見えなくなる(c)。
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図2.2台の直列アンジュレータからの放射光。一個の電子から波束ペアが放射される(b)。その二つの波束間の時間差は、アンジュレータ間にあるウィグラによってアト秒の精度で調整できる。実際の多数の電子からの放射では、波束ペアが無秩序に重なってしまう(c)。

共同研究チームが行った実験は、非常に単純なものです。様々な物質のプロトタイプと言えるヘリウム原子を標的として、2台のアンジュレータからの極端紫外線の波長域の放射光を照射しました。これによりヘリウム原子はエネルギー的に高い幾つかの状態に励起されますが、それらの状態が失活する過程で放射される光(蛍光)の強度を測定しました。図3は、二つの波束の時間差を上述の方法で少しずつ変えながら蛍光強度を測定したものです。蛍光強度には170アト秒程度の周期構造が見られ、その振幅が波束間の時間差とともに変調する様子が観測されました。これは、波束ペアからなる光の波としての性質がヘリウム原子に転写されて、ヘリウム原子に二つの電子波束が生成し、それらの電子波束が時間差に応じて異なる干渉を起こしていることを示しています。つまり、アンジュレータを通過する多数の電子からの時間的に無秩序な放射であっても、その個々の波束ペアの時間構造を制御することで、量子状態制御に利用できる電子波束の干渉を引き起こせるということです。これは、ヘリウム原子が応答しているのは、多数の重なりの中にある一つの波束だけであるためです。

図3に矢印で示した遅延時間において、その蛍光強度に含まれている主要な三つの励起状態(4p、5p、6p励起状態)からの寄与を選別して観測しました。図4は、それらの寄与を比較したものです。1515アト秒の遅延時間では三つの状態のうち4p励起状態が主要に生成していますが、1590アト秒の遅延時間では逆に4p励起状態の生成は抑制されています。これは、波束ペアの遅延時間を設定することで、特定の励起状態の生成量を電子波束の干渉によって増加させたり抑制したりすることができることを示しています。すなわち、放射光による波束干渉法によって極端紫外域の励起状態の生成量をコントロールすることができることが実証されました。図3で170アト秒程度の周期構造がコントラスト良く観測されていることから分かるように、この量子状態制御では数十アト秒の時間分解能を達成できています。この時間分解能は、最先端のレーザーで実現されている量子状態制御の最高分解能と同等のものです。

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図3.2台のアンジュレータから放射される波束間の時間差を変えながら計測したヘリウム励起状態からの蛍光強度。ヘリウムの量子状態に生成された二つの電子波束の干渉により、170アト秒程度の周期構造が形成されている。周期構造のコントラストから、数十アト秒の時間分解能が達成できていることが分かる。二つの矢印の遅延時間において、図4に示す個々の励起状態からの蛍光の寄与を選別して観測した。

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図4. 二つの遅延時間(図3に矢印で示した遅延時間)における蛍光強度に含まれている主要な三つの励起状態からの寄与。波束ペアの遅延時間を設定することで、特定の励起状態の生成量を電子波束の干渉によって増加させたり抑制したりすることができている。

今後の展開・この研究の社会的意義

共同研究チームが見出した手法は、現在のレーザー技術では到達不可能な波長の短いX線での量子状態制御までを可能とするものです。X線の物質に対する高い透過力を活かせば、量子状態制御の対象は気体試料や物質表面に留まらず、液体や固体内部といった様々な環境下の分子にまで拡張できます。このX線領域の量子状態制御では、分子内の特定の原子に強く捉われている電子についても対象とすることができるため、分子内のサイトを指定して反応を制御できます。これにより、あたかもハサミを使ってひもを切るような感覚で分子内の狙った結合を切断できるようになるかもしれません。このハサミで分子を思いのままにデザインし、有益な機能を持たせる、量子状態制御は新たな機能性材料の創生へ活用できるかもしれません。

用語解説

放射光:
ほぼ光の速さまで加速された電子が磁場により進行方向を曲げられるときに出す光。シンクロトロン光とも呼ばれる。
コヒーレンス:
波の持つ性質の一つ。二つの波の干渉のしやすさを表す。レーザー光線は光の波の位相がよく揃った光でよく干渉する。 極端紫外線:紫外線とX線の間の波長域の光。
アンジュレータ:
ほぼ光の速さまで加速された電子を周期的に向きの変わる磁場の中で蛇行運動させることで、輝度(光の密度)の高い放射光を発生する装置。
アト秒:
時間の単位。1アト秒は100京分の1秒。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:“Coherent control in the extreme ultraviolet and attosecond regime by synchrotron radiation”(「シンクトロン放射による極端紫外・アト秒領域のコヒーレント制御」)
著者:Y. Hikosaka, T. Kaneyasu, M. Fujimoto, H. Iwayama, and M. Katoh
掲載日:2019年11月1日(オンライン公開)
DOI:10.1038/s41467-019-12978-w

研究グループ

富山大学
九州シンクロトロン光研究センター
分子科学研究所
広島大学

研究サポート

科研費(17H01075, 18K03489, 18K11945)

研究に関するお問い合わせ先

彦坂 泰正(ひこさか やすまさ)
富山大学 教授

金安 達夫(かねやす たつお)
九州シンクロトロン光研究センター 副主任研究員
(分子科学研究所 客員准教授)

加藤 政博(かとう まさひろ)
広島大学 教授
(分子科学研究所 特任教授)

報道担当

自然科学研究機構・分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当

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