驚異の安定性を実現する四面体型「不斉亜鉛」錯体!

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2020-12-9 東京大学

遠藤 健一(化学専攻 博士課程3年(研究当時))
Yuanfei LIU(化学専攻 博士課程1年)
宇部 仁士(化学専攻 助教)
長田 浩一(化学専攻 特任助教(研究当時))
塩谷 光彦(化学専攻 教授)

発表のポイント

  • 亜鉛中心のみに不斉中心を持ち、光学的に純粋でかつ安定な四面体型「不斉亜鉛」錯体(注1)を合成する方法を開発し、この錯体が不斉反応の触媒として利用できることを示した。
  • 一般的に四面体型金属錯体は配位子交換が速く、光学的に純粋な錯体は短寿命とされてきたが、本研究では光学的に純粋でかつ安定な四面体型「不斉亜鉛」錯体の合成と不斉触媒反応(注2)への応用に成功した。
  • 本研究は、金属中心にのみ不斉中心をもつ「不斉金属」錯体の化学を拓き、医薬品合成の不斉触媒や光学材料のための新たな物質群と基礎技術を提供することが期待される。

発表概要

金属中心のみに不斉中心をもつ「不斉金属」錯体は、医薬品合成の触媒や光学材料として近年注目されています。しかしながら、従来の研究は安定な八面体型の「不斉金属」錯体に限られており、四面体型錯体はラセミ化(注3)が速く、光学的に純粋な錯体は短寿命であるとされてきました。今回、東京大学大学院理学系研究科の塩谷光彦教授らは、亜鉛中心にのみ不斉中心を持ち、光学的に純粋な状態を安定に保つことができる四面体型「不斉亜鉛」錯体の合成法を開発し、不斉触媒反応に用いることに成功しました。

光学的に純粋な「不斉亜鉛」錯体は、非対称な三座配位子から、不斉補助剤(注4)による不斉誘導を介して、3工程で合成できました。この錯体は、ベンゼン中で長時間高温に保った場合でも実質的にラセミ化は起こらず、従来の数分以内に完全ラセミ化する例に比べて、驚異的に高い安定性を示し、不斉触媒反応に適用できました。本研究は、「不斉金属」錯体の化学を拓き、医薬品合成の不斉触媒や光学材料のための新たな物質群と技術を提供します。

本研究成果は「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。

発表内容

キラル(注5) 金属錯体は、医薬品合成の触媒や光学材料として重要な物質群です。従来のキラル金属錯体は不斉源としてキラル配位子を用いたものがほとんどですが、近年、金属中心にのみ不斉中心を持つ「不斉金属」錯体が注目されています。このタイプの「不斉金属」錯体は、触媒反応における基質活性化と不斉環境場の両方を担うことができるため、キラル金属錯体の設計の幅を広げるものとして期待されます。しかしながら、従来の「不斉金属」錯体は安定な八面体型がほとんどであり、四面体型の「不斉金属」錯体はラセミ化が速く、光学的に純粋な錯体を広範な用途に利用することができませんでした。そこで本研究では、金属中心にのみ不斉中心を持ち、光学的に純粋な状態を安定に保つことができる四面体型「不斉金属」錯体の合成法を確立し、さらに触媒反応へと適用することを目的としました(図1)。具体的には、生体内の代表的な金属酵素に用いられている亜鉛を用いました。生体内の亜鉛酵素は亜鉛中心に不斉中心を持ち、亜鉛のルイス酸性はpH調整、合成・分解、還元反応などに広く活用されています。

図1:本研究の成果の全体像

光学的に純粋な「不斉亜鉛」錯体は、非対称な三座配位子から、不斉補助剤による不斉誘導を介して、3工程で合成できました(図2)。この配位子設計で最も重要な点は、不斉中心である亜鉛上で立体反転によるラセミ化を防ぐことでした。そこで、立体反転の要因として、亜鉛からの配位子の脱離や、配位子と亜鉛の同一平面への変形が考えられたため、亜鉛–配位子間の強い結合と変形しにくい剛直な構造を考慮した非対称な三座配位子を設計・合成しました。亜鉛上の残り一つの配位部位は、不斉触媒反応に利用可能であると考えました。

図2:本研究で開発された四面体型「不斉亜鉛」錯体と不斉触媒反応への応用

次に、この三座配位子と亜鉛イオンを反応させると、亜鉛中心に不斉中心を持つ「不斉亜鉛」錯体のラセミ混合物が得られます。ここに不斉補助剤であるキラル配位子を反応させたところ、動的不斉誘導が起こり、二つの可能な生成物のうち片方が主生成物となることを見出しました。この不斉補助剤は、一時的に立体反転を加速させながら、片方の生成物を選択的に安定化することにより、主生成物を片方に偏らせる働きをしています。次に、不斉補助剤をアキラル(注5) な単座配位子に置換し再結晶することにより、望みの亜鉛中心にのみ不斉中心を持つ、光学的に純粋な「不斉亜鉛」錯体を結晶として得ることに成功しました。この錯体の化学構造と亜鉛中心の絶対配置は、単結晶X線回折により決定しました。また、核磁気共鳴分光法により、再結晶により精製した後の最終生成物の亜鉛錯体のエナンチオマー過剰率(注6)は99% ee以上であることが判明し、溶液中においても光学的に純粋であることが確認されました。

この亜鉛錯体の溶液中のラセミ化速度を調べました。その結果、亜鉛錯体をベンゼン中70 °Cで24時間加熱した場合でも、99% eeの光学純度が維持されました。この結果により、一般的な四面体型の不斉亜鉛錯体が室温で数分以内に完全ラセミ化することと比較して、今回開発した「不斉亜鉛」錯体が驚異的な安定性を持つことが示されました。

最後に、この「不斉亜鉛」錯体の不斉触媒作用について調べました。その結果、この錯体は亜鉛中心がルイス酸として働くことにより、不斉オキサ-ディールス-アルダー反応を触媒できることがわかりました。典型的な反応では、2 mol%の触媒量で収率98%、光学純度87% eeの生成物が得られました(図2)。反応基質が結合した亜鉛錯体の単結晶X線回折などの分析結果から、反応基質が亜鉛中心に結合することにより反応部位が不斉環境に置かれ、エナンチオ選択的に反応が進んだことが示唆されました。なお、用いた亜鉛触媒は、反応後も99% ee以上の高い光学純度を保っていたことから、今回の「不斉亜鉛」錯体の高い安定性が有効に作用したと言えます。

以上のように、本研究では光学的に純粋な状態を安定に保つことができる四面体型「不斉金属」錯体の合成と不斉触媒反応への応用を世界で初めて達成しました。本研究成果は、金属中心にのみ不斉中心を持つ「不斉金属」錯体の化学を拓き、医薬品合成の不斉触媒や光学材料のための新たな物質群と基礎技術を提供することが期待されます。

発表雑誌
雑誌名
Nature Communications論文タイトル
Asymmetric construction of tetrahedral chiral zinc with high configurational stability and catalytic activity著者
Kenichi Endo, Yuanfei Liu, Hitoshi Ube, Koichi Nagata, Mitsuhiko Shionoya*DOI番号
10.1038/s41467-020-20074-7

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用語解説

注1 「不斉亜鉛」錯体、「不斉金属」錯体
四つの異なる置換基が結合した炭素原子は不斉中心となることから不斉炭素と呼ばれ、有機化学におけるキラリティ(注5) の重要な構造モチーフである。これになぞらえ、四つの異なる配位子が結合した金属原子のことを「不斉金属」と名付けた。本研究では、亜鉛イオンが不斉中心である「不斉金属」錯体の合成に成功した。金属中心に結合する分子やイオンを配位子、その結果生成した化合物を金属錯体と呼ぶ。金属錯体は、配位子や金属の構造や性質に特異な触媒作用や光学特性を示すため、広く研究されている。

注2 不斉触媒反応
あるキラル(注5) な分子を少量用いて、別のキラルな分子を合成する反応。日本では野依良治博士が2001年にノーベル化学賞を受賞したことで有名である。医薬品などの分子はキラルなものが多いため、不斉触媒反応による製造が重要である。

注3 ラセミ化
光学活性な化合物の一部が鏡像体に変化し、光学純度が低下する現象。本研究の亜鉛錯体でこの反応が起こってしまうと、キラル(注5) な分子としての性質が鏡像の分子と打ち消し合って失われてしまう。一般に、配位子と金属間の結合が弱い「不斉金属」錯体においては重大な問題となる。両鏡像体の1:1混合物をラセミ体と呼ぶ。

注4 不斉補助剤
あるキラル(注5) な分子を合成する際に、一時的に結合させる別のキラルな分子。不斉補助剤を用いると分子内の相互作用により左右の区別が容易になる。結合させるのはあくまで一時的であり、本研究で用いた補助剤は使用後に回収して再利用することができる。

注5 キラリティ、キラル、アキラル
元の構造とその鏡像が重なり合わない性質をキラリティと言い、この性質を持つことを形容詞形でキラルと表す(この性質を持たない場合は、アキラルと表す)。キラル分子の鏡像体は主な物理的性質(融点や沸点、屈折率など)は同一であるが、光学的性質(旋光度など)や生理活性が異なるため、キラルな分子の合成においては不斉元素中心をどう構築するかが肝要となる。

注6 エナンチオマー過剰率(ee = enantiomeric excess)
キラルな分子の鏡像体(エナンチオマー)の存在比率の差分。キラル化合物の光学純度を表す指標の一つ。キラル化合物の光学純度決定で初期に用いられていた旋光度と対応するため、キラル化合物の光学純度を表す際に汎用される。鏡像体の1:1混合物が0% ee、完全に純粋なものは100% eeとなる。

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