時間結晶が可能にする、量子の世界の複雑なネットワーク構造を発見

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量子コンピュータ上で動く新しいシミュレーションの可能性

2020-10-17 国立情報学研究所

 国立情報学研究所、日本電信電話会社(以下NTT)、東京理科大学、大阪大学、JFLI(Japan-France Laboratory of Informatics)は、時間結晶と呼ばれる時間的な結晶状態の中から複雑なネットワーク構造を発見しました。

さまざまな現象の背後にある巨大かつ複雑なネットワーク構造を解析することは、現象を理解する鍵を握っていると考えられますが、その解析には膨大な計算リソースが必要になります。そこで本研究では、「時間結晶」というもの(※用語解説参照)と、このネットワーク解明に与るグラフ理論的なアプローチを用いることで、量子系の中に潜む様々な複雑ネットワークとその性質を捉えることに成功しました。今回の研究で明らかになった時間結晶がもつ不思議な性質を用いることで、例えばインターネットのような、巨大で複雑なネットワークの解析を量子コンピュータ上で行うことが可能となり、様々な応用研究や実社会での利活用が期待されます。本研究成果は米国東部時間2020年10月16日にScience Advances誌に発表されました。

背景

様々な現象は、ノードがエッジで繋がったネットワークとしてグラフ的に表わすことができ、ネットワークを用いた解析は社会現象から経済、生物まで様々な現象に広く応用されています。現実世界のネットワークではスケールフリー性を示すものが多く、数多くのノードからなるため、高い計算力が必要とされてきました。近年世界規模で研究開発が加速化する量子コンピュータや量子シミュレータは、このような問題の解明にも役立つことが期待されます。ところが、これまで量子コンピュータや量子シミュレータと複雑ネットワークの関係はあまりわかっていませんでした。

一方、時間結晶はその物理的な特異性から注目され、2017年に離散的な時間結晶が実証されました。とはいえ、現象の本質やその応用については多くが未解明なまま、現在に至っています。

本研究成果

本研究では、量子の世界で複雑ネットワークを生み出す源として時間結晶を用い、まず、通常の結晶でみられる「結晶が融ける」(例えば氷が水になる)という現象が時間結晶でどのように起こるのかを初めて解析しました。時間結晶がゆっくりと融けていくにつれて、スケールフリー・ネットワークのような複雑なネットワーク構造が現れることを数値解析によって発見し、その変化の様子を視覚的にも捉えることに成功しました。

図1は、この過程で出てくるスケールフリーネットワークの一例です。さらに時間結晶を溶かしていくと、相転移的な振る舞いを示すこともわかりました。

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図1 周期2の時間結晶が融け始めることによって出現したスケールフリー・ネットワークの一例

また時間結晶は、現在開発が進んでいる量子コンピュータや量子シミュレータで作り出すことができるのも大きな特徴です。時間結晶が融ける際に示す、この性質を利用することで、巨大なネットワークを小さな量子コンピュータの中で解析できるようになります。どのくらいの大きさのネットワークを生成可能かをみると、例えば、これまでに20量子ビットから53量子ビットをもつ量子コンピュータが登場してきていますが、これらの量子ビット数で生成できるネットワークは、20量子ビットで約100万ノード、53量子ビットではノードの数は10の15乗となります。2020年時点での予想されている世界のIoTデバイス数400億※(100億は10の10乗)と比較しても十分に大きなネットワークを生成できることがわかります。(※総務省令和元年版情報通信白書)

研究の詳細

本研究では離散的な周期性をもつ時間結晶に注目しました。実験的に実証されている時間結晶のモデルに、離散ダイナミクス解析に適するフロッケ理論を用いることで、時間結晶の周期ごとの離散的な構造を効率的に捉えることに成功しました。次に、グラフ理論的なアプローチを用いて、この構造を量子状態が作るネットワークとして捉えます。さらに、ネットワーク視覚化技術を応用することによって、時間結晶の量子力学的な周期的構造をネットワークとして初めて可視化しました。離散的な時間結晶が完全な時は、量子的な状態が時間軸上に周期的に配列しており、これに対応するネットワークも、単純なネットワーク構造で特徴付けられます。

次に、時間結晶の周期的制御を少しずつ変化させることで、時間結晶をゆっくりと融かすことができることを明らかにしました。これは、時間結晶の融解の過程にグラフ理論的なアプローチを応用し、ネットワークの変化として融解現象を捉えることに成功した初めての試みです。その結果、時間結晶の融解という新しい現象の中から、スケールフリーネットワークや相転移的な振る舞いの出現など、様々な新しい性質が発見されました。

このように本研究は、時間結晶の融解の機序の解明という観点から、時間結晶のもつ本質的な性質の解明に貢献したものと言うことができます。また、時間結晶の融解のような複雑な現象に対するグラフ理論的なアプローチの有用性も示されました。

将来の展望

量子コンピュータが小さくても大きな計算能力をもつのと同じように、時間結晶も、小さな時間結晶で大きなネットワークを包含することができます。時間結晶は量子コンピュータや量子シミュレータで生成できるので、この性質を応用することで、小さな量子コンピュータ上で巨大な複雑ネットワーク解析やデータの指数的圧縮などを通じて、様々な応用が期待されます。また基礎研究においても、複雑な量子の世界をネットワークとして解析することの有効性が示されたことは、量子複雑系や量子多体系、固体物理の量子的な性質の解明に新しい道筋がついたことになります。

研究プロジェクトについて

本研究成果は、文部科学省量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118069605、科学研究費新学術領域「ハイブリッド量子科学」15H05870及び科学研究費19H00662、the John Templeton Foundation (JTF) project “The Nature of Quantum Networks” (ID 60478) ※の支援を受けています。

※The opinions in this publication are those of the authors and do not necessarily reflect the views of the John Templeton Foundation.

論文タイトルと著者

タイトル:Simulating complex quantum networks with time crystals
著者:M. P. Estarellas, T. Osada, V. M. Bastidas, B. Renoust, K. Sanaka, W. J. Munro, and K. Nemoto
掲載:Science Advances (2020)
発表日:2020年10月16日(米国東部時間)

用語解説

時間結晶
塩や金属、ダイヤモンドなど様々な物質は、結晶と呼ばれるミクロ的にみると原子が規則正しく配列した構造を持っています。結晶構造は、古くから知られた物質の構造で、多くの固体物質で結晶構造をもつことが知られています。結晶がこのように空間的な規則正しい、周期的な配列を指すのに対して、これが時間方向に起こると考えるのが「時間結晶」です。一般相対論の時空の同等性から、時間軸上でも結晶構造を持ちうるのではないかと議論されてきましたが、理論的に結晶と時間結晶は異なることが証明されていました。
最近になって、時間結晶は、周期的な制御のある場合に、物質の状態そのものが制御周期とは異なる周期的な結晶構造をもつことが知られるようになり、離散的な時間結晶と呼ばれ2017年に米国の研究グループによって実証※されています。時間結晶は特殊な状況下でしか観測されないため、最近になって量子コンピュータの発展によって、ようやく実現が可能になった結晶です。
※Nature volume543, pages217-220 (09 March 2017)
本研究で用いている離散的な時間結晶のモデルは、量子コンピュータと同じように、量子ビットの列からなります。量子ビットの一つずつの操作と量子ビット同士の相互作用とを組み合わせた周期的な操作を量子ビット列に施すことで、量子的な状態が時間軸上に周期的に配列し、時間結晶が生み出されます。図2は、周期2の時間結晶となっている時を表したものです。一番下の列が初期時刻の状態で、横に並んだ量子ビットがとる状態を矢印を使って示しています。その上の2つの列は離散時刻Tと2T(周期的操作のサイクル)ごとの量子ビットの状態を表しています。

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