難削材も容易に切削できる新しいサーメットを開発

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インコネル718などの切削時に低摩耗性を示す炭窒化チタン系サーメット

2020-09-14 産業技術総合研究所

ポイント

  • 最小厚さ数十ナノメートルの網目構造を持ち、整合結合を含む炭窒化チタン系サーメットを開発
  • 従来の切削工具と比較して、1/3未満の低摩耗量で難削材の切削が可能
  • 従来の超硬合金やサーメットより高温硬度が求められるさまざまな部品への応用を期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 芦田 極】トライボロジー研究グループ 村上 敬 主任研究員らは、最小厚さ数十ナノメートルの超微細な網目構造を持つ炭窒化チタン-タングステン(Ti(C, N)-W)系サーメットを開発した。また、開発したTi(C, N)-W系サーメットは、融点近くまで強力な強化機構として機能する整合結合をもつことを明らかにした。今回開発したサーメットは、網目構造や整合結合により硬度が従来の超硬合金K10より最大で2倍近く向上しており、これらの材料で切削工具を作製し、難削材であるインコネル718合金やスーパーステンレス鋼S32750のドライ切削を行ったところ、従来の超硬合金製工具と比べて、摩耗量が1/3未満になることを明らかにした。

今回開発した材料は難削材用切削工具の他、従来の超硬合金やサーメットよりも高温での硬度が求められるさまざまな部品への応用が期待される。なお、この技術の詳細はElsevier社の発行する学術論文誌Ceramics Internationalに掲載される。

難削材も容易に切削できる新しいサーメットを開発

網目状で整合組織を持ち、切削特性に優れる今回のサーメットの概略図

開発の社会的背景

航空機、発電用大型蒸気タービンなどの分野では、近年インコネル718合金、スーパーステンレス鋼、チタン合金のような難削材が使用され、その使用量は増加傾向にある。これら難削材は切削加工時に刃先温度が1000℃近くまで上昇するため、切削工具の材料では高温での硬度や化学的安定性に優れることが必須になる。現在主に切削工具の材料としては、ダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素(CBN)、ハイスや、硬質粒子を少量の金属バインダーで複合化した超硬合金やサーメットが用いられている。しかし、ダイヤモンド、ハイスや従来型の超硬合金、サーメットは600℃以上の温度で硬度が急激に低下してしまう。さらに、ダイヤモンドは鋼、CBNはアルミニウムやチタンと反応しやすい。そのため、難削材の高速切削加工が困難という問題があった。この問題を解決するには、単なる硬質粒子と金属バインダーからなる従来型の超硬合金やサーメットではなく、さらなる耐難削材、耐高温の新たな工具材料を開発する必要がある。しかし、これまでそのような工具材料は全く報告されてこなかった。

研究の経緯

産総研では従来、加圧焼結法の一種である放電プラズマ焼結法を用いて、高温条件下や、水、エタノールといった液体中などさまざまな環境下で使用できる、セラミックや金属ベースの摺動材料を開発してきた。一方で、長年切削などさまざまな材料加工に関する研究開発も行っている。このような背景から、産総研では数年前より難削材を高効率に切削加工できる切削工具材料の開発に取り組んできた。

研究の内容

今回、産総研では粒径が1μm以下の炭窒化チタン(Ti(C,N))とタングステン(W)粉末を単に混合し、加圧焼結するだけで、Ti(C, N)各粒子が網目状かつ最小厚さ数十ナノメートルのタングステンを含むTi(C,N)(W-rich Ti(C, N) )相でつながったサーメットが作製できることを見出した。また、高分解能透過型電子顕微鏡観察によって、Ti(C, N)粒子と網目状のW-rich Ti(C, N)相との境界が、整合結合(図1)であることを発見した。この整合結合は融点近くまで材料の強化機構として機能する結合方法であるが、結合する粒子の結晶構造が非常に似ていて、しかも格子定数がほとんど同じでないと実現できないという大きな制約があるため、これまで高温用構造材料であるニッケルを基にした超合金などわずかな種類の材料でしか応用されてこなかった結合方式である。

図1

図1 今回確認された整合結合の概念図

さらにWが70重量%で高靭性のTi(C, N)-70mass%Wサーメットを従来の超硬合金K10製切削工具と同一の形状に加工し、難削材であるインコネル718合金やスーパーステンレス鋼S32750を対象にドライ環境下、それぞれ切削速度100m/min、300m/minで100m切削を送り速度0.10 mm/rev、切り込み0.5 mmで行ったところ、工具の摩耗量が従来の超硬合金K10製切削工具の1/3未満になることを明らかにした(図2)。これは今回開発したサーメットが、超微細な網目構造と整合結合によって強化されたためと考えられる。

図2

図2 今回開発したサーメットを用いた切削工具の切削試験後の摩耗量(最大逃げ面摩耗幅)

今後の予定

今後は網目構造と整合結合による強化機構をさらに生かせるように炭窒化チタンやバインダーの粒径・成分を変えるなどの改良を行い、より多くの種類の難削材を切削加工できるサーメットの開発に取り組む。また難削材用切削工具の他、従来の材料よりも高温での硬度が求められている部品への応用も試みていく。

用語の説明

◆炭窒化チタン(Ti(C, N))
超硬質材料の一つ。耐摩耗性を持たせるためにコーティング材として用いたり、今回のように個々のTi(C, N)粒子を金属バインダーでつないで、硬度と靭性をバランスよく持たせたサーメットとして利用されている。
◆サーメット
セラミックス粒子を少量の金属バインダーでつないだ複合材料。硬度、靭性共に優れているため、切削工具などとして長年用いられている。しかし従来型のサーメットでは強化機構が限られ、高温での硬度が不充分なため、刃先温度が上昇しやすい難削材の切削加工には適していない。
◆強化機構
材料の硬度・強度を増大させる機構。
◆整合結合
融点近くまで強化機構として強力に機能する結晶粒子間の結合。しかしこの結合を利用するには結合する2種類の粒子の結晶構造が非常に似ていて、しかも格子定数がほとんど同じことが必要なため、今まで高温用構造材料であるニッケル超合金などわずかな種類の材料にしか利用されてこなかった。
◆超硬合金
硬質の炭化タングステンなどの粒子を少量のコバルトなどの金属バインダーでつないだ複合材料。硬度、靭性共に優れているため、切削工具などとして長年用いられているが、従来型サーメットと同様、難削材の切削加工に適していない。
◆K10
市販されている超硬合金の一種。炭化タングステン粒子を6重量%のコバルトでつないだ複合材料。鋳鉄の切削加工などに利用されている。
◆インコネル718合金
ニッケル合金の一種。「インコネル」はSpecial Metal Corporation.の登録商標。高温強度に優れており、耐熱材料として広く利用されているが、刃先温度が上がりやすく、高速の切削加工が行いにくい難削材である。
◆スーパーステンレス鋼S32750
従来のステンレス鋼より、高強度で高耐食性の材料。しかし切削加工時に刃先温度が上がりやすく、高速の切削加工が行いにくい難削材である。
◆ドライ切削
刃先付近に切削液をかけることなく行う切削加工。切削液をかけるより簡単にできるが、刃先温度が上がりやすい欠点がある。
◆立方晶窒化ホウ素(CBN)
ダイヤモンドに次ぐ硬さの材料。切削加工などで広く用いられているが、アルミニウムやチタンと反応しやすい問題がある。
◆ハイス
高速度鋼。切削工具などとして100年以上広く利用されてきているが、600℃以上で硬度が大きく低下するため、刃先温度が上昇しやすい難削材の切削加工には適さない。
◆金属バインダー
炭窒化チタンやセラミックス粒子間をつなぐ金属の結合材。従来型のサーメット、超硬合金ではコバルト、ニッケル、鉄などが用いられている。
◆摺動材料
低摩擦で潤滑性のある材料。すべり軸受、金型など滑りやすさが求められる部分に用いられる。
◆ニッケルを基にした超合金
結晶構造及び格子定数が似ているNi3Alベースの相とNiベースの相が主成分の合金。Ni3Alベースの相とNiベースの相が整合結合を起こすため、融点近傍まで高強度を示す。ジェットエンジンのタービン翼などに利用されている。
◆最大逃げ面摩耗幅
切削工具を用いて切削を行うと切削工具の被加工物側の面(逃げ面)が摩耗する。その最大摩耗幅を最大逃げ面摩耗幅と呼び、切削工具の耐摩耗性の評価に用いる。

最大逃げ面摩耗幅の説明図

逃げ面摩耗幅の定義

0107工場自動化及び産業機械0501セラミックス及び無機化学製品0703金属材料0705金属加工
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