世界初、100%に近い量子収率で水を分解する光触媒を開発

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収率低下要因を完全に抑える高活性な光触媒の設計指針

2020-05-29 新エネルギー・産業技術総合開発機構,人工光合成化学プロセス技術研究組合

NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)は、信州大学、山口大学、東京大学、産業技術総合研究所と共同で、紫外光領域ながら世界で初めて100%に近い量子収率(光子の利用効率)で水を水素と酸素に分解する粉末状の半導体光触媒を開発しました。これまでに開発された光触媒では量子収率が50%に達するものはほとんど報告されておらず、画期的な成果といえます。

半導体光触媒における太陽光エネルギー変換効率の改善には、光触媒が吸収する光の波長範囲を拡大することと量子収率を高めることの大きく2つがありますが、今回の開発では後者を最大化する画期的な触媒設計指針を見出しました。従来の光触媒の課題であった収率低下要因をほぼ完全に抑えることに成功し、さらにその触媒の構造、機能、調製方法などを明らかにしました。

今回の光触媒設計指針を応用することにより、さらなる太陽光エネルギー変換効率の向上が期待でき、ソーラー水素製造技術の実用化に貢献します。今後も光触媒や人工光合成プロセス全体のさらなる効率向上を目指します。

なお本研究成果は、2020年5月28日(英国時間)に英国科学誌「Nature」オンライン速報版に掲載されました。

1.概要

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、環境に優しいモノづくりを実現するために、太陽光エネルギーで水から生成した水素(ソーラー水素)と工場などから排出されるCO2を利用して、プラスチック原料などの基幹化学品(C2~C4オレフィン※1)製造プロセスを実現するための基盤技術開発※2に取り組んでいます(図1)。

今般、NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)※3は、国立大学法人信州大学、国立大学法人山口大学、国立大学法人東京大学、国立研究開発法人産業技術総合研究所と共同で、世界で初めて100%に近い量子収率(光子の利用効率)※4で水を水素と酸素に分解する粉末状の半導体光触媒を開発しました。

ソーラー水素の実用化には、製造コストを大幅に下げる必要がありますが、そのためには太陽光エネルギーの変換効率を向上させる必要があります。変換効率向上には、光触媒による水分解において応答する光の波長範囲を広げることと、各波長における量子収率を高めることの二つの要素を改善する必要があります。前者は用いる光触媒材料のバンドギャップ※5で決まり、後者はその調製法や助触媒※6との組み合わせで決まります。本研究では後者に焦点を絞り、理論上最大となる100%に近い量子収率での水分解を達成しました。

代表的な酸化物光触媒であるSrTiO3(Alドープ)を用い、フラックス法※7により粒子形状を制御し、粒子の特定の結晶表面に水素生成助触媒と酸素生成助触媒を選択的に導入しました。その構造では光により励起された電子と正孔がそれぞれの助触媒に選択的に移動するため、従来の光触媒で量子収率低下の原因となっていた電子と正孔の再結合などがほぼ完全に抑えられ、吸収した光のほぼ全てが水分解反応に利用できることを明らかにしました。

今回用いた光触媒では紫外光しか吸収しないため、よりバンドギャップの小さな可視領域の波長の光を吸収する光触媒に応用し、高い量子収率で変換していく必要があります。今回の研究で見出した触媒構造制御と機能化の手法を光触媒開発に応用することにより、太陽光エネルギー変換効率の向上が期待できます。

なお本研究成果は、2020年5月27日(英国時間)に英国科学誌「Nature」オンライン速報版※8に掲載されました。詳細については、以下のWebサイトをご参照ください。

Photocatalytic water splitting with a quantum efficiency of almost unity

世界初、100%に近い量子収率で水を分解する光触媒を開発

〔1〕光触媒開発
太陽光エネルギーを利用した水分解で水素と酸素を製造する光触媒およびモジュールの開発

〔2〕分離膜開発
発生した水素と酸素の混合気体から水素を分離する分離膜およびモジュールの開発発

〔3〕合成触媒開発
水から製造する水素と発電所や工場などから排出する二酸化炭素を原料としてC2~C4オレフィンを目的別に合成する触媒およびプロセス技術の開発

図1 人工光合成プロジェクトの概要(今回の成果は〔1〕光触媒開発のテーマ)

2.今回の成果

半導体光触媒による水の水素と酸素への分解は、可逆的で多電子移動を含む光化学反応です。そのため、再結合や逆反応などの機会を多く含み、必然的に反応効率低下は避けられません。このような反応において、100%に近い量子収率の反応は実証されていませんでした。光触媒内で何らかの“特別な機能”が作用しなければそのような効率で水分解反応は進行しません。現に、これまでに開発された水分解光触媒では紫外光励起を必要とするバンドギャップの大きな酸化物でも、多くの場合が10%以下の量子収率で、50%以上で水分解が進行したのはわずか数例でした(図2)。

本研究では、“100%に近い量子収率で水分解は実現できる”ということを初めて実証しました。代表的な酸化物光触媒であるSrTiO3(Alドープ)にRh/Cr2O3からなる水素生成助触媒とCoOOHからなる酸素生成助触媒を光電着法※9により担持すると、従来の含浸法に比べて水分解活性が向上しました。350~360nmの波長範囲で外部量子収率(照射した光子数に対する反応に利用された光子数)では96%に達しました。この場合、光触媒に吸収された光のほぼ100%を反応に利用できている計算になります(図2)。

開発したSrTiO<sub>3</sub>:Al光触媒における外部量子収率の波長依存性と既存の高活性光触媒との比較

図2 開発したSrTiO3:Al光触媒における外部量子収率の波長依存性(左図)と既存の高活性光触媒との比較(右図)

次に、この高活性な光触媒の構造を調べることにより、その“特別な機能”を明らかにしました。用いた半導体光触媒はフラックス法で合成した結晶癖※10のある微粒子で{100}面、{110}面という異なる特定の結晶面が露出しています。このような半導体微粒子において、光によって励起された電子と正孔がそれぞれ{100}面、{110}面に選択的に移動する異方的電荷移動という現象が起こり、これを効果的に利用しました。光電着法では光により励起された電子が到達する結晶表面に水素生成助触媒が還元的に、正孔が到達する別の結晶表面に酸素生成助触媒が酸化的に、それぞれ析出―担持されます。これは、半導体微粒子内で電位勾配があり、その整流作用により励起された電子と正孔を異なる方向に移動させ、空間的に電荷分離できていることを意味します。電子と正孔が、光電着法で担持した助触媒により水素および酸素生成反応で速やかに消費されることで再結合がほぼ完全に抑えられ、100%に近い量子収率での水分解反応が達成できました(図3)。

空間的電荷分離機能による高効率水分解光触媒の反応モデルと構造

図3 空間的電荷分離機能による高効率水分解光触媒の反応モデルと構造

光エネルギー変換の最も重要な要素は光励起された電子と正孔を一定の方向に移動させることであり、本研究によって開発された光触媒はそれをモデル化したものとなっています。植物の光合成においても電荷移動を一方通行にすることで高い量子収率が得られますが、それは複雑な蛋白質構造によって可能となり、それを人工的に再現することは非現実的です。今回開発した光触媒は簡易構造で人工的に作り出すことが可能であり、高効率なソーラー水素製造技術実現に不可欠な高活性光触媒の明確な設計指針となります。

3.今後の予定

今回用いたSrTiO3(Alドープ)はバンドギャップが大きく紫外光しか利用できません。今後、さらにバンドギャップが小さく幅の広い可視領域の光を利用できる光触媒においても量子収率を上限まで高めていく必要があります。図4は量子収率100%で水を分解したときの利用波長範囲と太陽光エネルギー変換効率を示しています。例えば、500nmまでの光を全て水分解に利用できた場合は約8%、600nmの場合は約16%の太陽光エネルギー変換効率が得られます。バンドギャップの小さな化合物で水を分解する場合はさらに高度な触媒性能が求められますが、今回の触媒設計指針を応用することにより、製造プラントの省スペース化や製造コストの低減が期待されます。引き続き光エネルギー変換効率向上を進め、人工光合成技術の早期実用化を目指します。

応答波長範囲と太陽エネルギー変換効率

図4 応答波長範囲と太陽エネルギー変換効率

【注釈】
※1 C2~C4オレフィン
二重結合を1つ含む炭化水素化合物で、炭素数2から4のものです。C2はエチレン、C3はプロピレン、C4はブテンと呼ばれ、プラスチック原料等となる基幹化学品として用いられます。
※2 製造プロセスを実現するための基盤技術開発
事業名: 二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)

事業期間: 2012~2021年度(2012~2013年度は経済産業省、2014年度からはNEDOのプロジェクトとして実施中)

事業内容: 人工光合成とは太陽光エネルギーを用いて、水や二酸化炭素などの低エネルギー物質を、水素や有機化合物な どの高エネルギー物質に変換する技術で人工光合成に係る基盤技術開発に取り組んでいます。

※3 人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)
参画機関: 国際石油開発帝石(株)、TOTO(株)、(一財)ファインセラミックスセンター、富士フイルム(株)、三井化学(株)、三菱ケミカル(株) (五十音順)
※4 量子収率(光子の利用効率)
内部量子収率と外部量子収率の二通りの表記があります。前者は、光化学反応において、吸収された光子が反応に利用された割合を示します。後者は、照射した全ての光子のうち反応に利用された光子の割合を示します。固体光触媒を用いた場合は実際に吸収された光子数を正確に求めにくい場合があり、外部量子収率で表記することが多くなります。
※5 バンドギャップ
半導体では電子が充填された価電子帯と充填されていない伝導帯があり、その二つのバンドの隔たりの大きさを示します。半導体材料の電子的、光学的物性を決定づけます。
※6 助触媒
酸化還元反応の活性点として光触媒に担持される金属・金属酸化物等の微粒子。半導体光触媒表面は一般的に酸化還元反応である水素・酸素生成反応には低活性であるため、高効率な水分解反応の実現には助触媒の担持が不可欠です。
※7 フラックス法
主に単結晶育成に用いられ、溶融塩などを用いて材料の溶解-析出により結晶を育成する方法です。溶解-析出過程の制御により単結晶性の微粒子を合成することもできます。
※8 「Nature」オンライン速報版
タイトル: Photocatalytic water splitting with a quantum efficiency of almost unity

著者    : Tsuyoshi Takata, Junzhe Jiang, Yoshihisa Sakata, Mamiko Nakabayashi, Naoya Shibata, Vikas Nandal, Kazuhiko Seki, Takashi Hisatomi & Kazunari Domen

DOI 10.1038/s41586-020-2278-9

※9 光電着法
光励起により生成した正負の電荷が光触媒粒子の表面で前駆体となる金属塩を還元もしくは酸化し、金属もしくは金属酸化物を析出することにより助触媒を担持する方法です。
※10 結晶癖
結晶形状の外観的特徴のことで、それぞれの結晶面の成長速度の違いによって結晶面の露出具合や粒子形状に差異が特 徴的に生じることです。
4.問い合わせ先
(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)

NEDO 材料・ナノテクノロジー部 担当:内山、土井 ­

人工光合成化学プロセス技術研究組合 担当:西見 ­

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)

NEDO 広報部 担当:坂本、佐藤

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